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大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)3388号 判決

《目次》

当事者の表示

主文

事実

第一 当事者の申立

一請求の趣旨

二請求の趣旨に対する答弁

第二 当事者の主張

一請求原因

1 当事者

2 事故の発生

3 因果関係

4 責任(その一) 安全配慮(確保)義務違反による債務不履行責任及び不法行為責任

(一) 債務不履行責任

(1) 予防接種の法律関係

(2) 予防接種における安全配慮義務

(3) 主張立証責任

(二) 不法行為責任

(1) 強制関係における安全確保義務

(2) 予防接種における安全確保義務

(3) 主張立証責任

5 責任(その二) 国家賠償法に基づく責任

(一) 本件における公務員概念

(二) 公権力の行使

(1) 強制接種

(2) 勧奨接種

(3) 旧法六条の二、九条、一〇条八項による接種

(4) 種痘法に基づく接種

(5) 救済措置の対象者からみた公権力行使

(三) 過失

(1) 本件各被害児全員について副作用を説明しなかつた過失

(2) 本件各被害児個々についての具体的過失

① 過失認定のあり方

② 種痘を廃止しなかつた過失

③ 一歳未満の乳児に種痘した過失

④ 種痘の接種数を誤つた過失

⑤ 腸パラワクチンを廃止しなかつた過失

⑥ インフルエンザワクチンを接種した過失

⑦ 百日咳ワクチン、二種混合ワクチン、三種混合ワクチンの接種量を誤つた過失

⑧ 予診をしなかつた過失

⑨ 禁忌者に接種した過失

⑩ 副作用発症に対する救急態勢を怠つた過失

(四) 違法性

6 責任(その三) 損失補償責任

(一) 特別犠牲に対する補償

(1) 予防接種制度

(2) 憲法二九条三項の生命、健康に対する侵害への適用

(3) 正当な補償

(4) 法的救済制度との関係

(二) 損失補償請求の併合

7 損害(損失)

(一) 本件各被害児の損害

(二) 損害賠償の包括的一律請求

(三) 個別的積み上げ方式による仮定的損害算定

(四) 弁護士費用

8 相続による権利の承継

9 結語

〔原告各論〕〈省略〉

一 高倉米一

二 河島豊

三 塩入信子

四 秋山善夫

五 吉田理美

六 増田裕加子

七 清原ゆかり

八 小林誠

九 幸長睦子

一〇 鈴木旬子

一一 稲脇豊和

一二 山本治男

一三 上野雅美

一四 金井真起子

一五 前田憲志

一六 上田純子

一七 藤本章人

一八 仲本知加

一九 森井規雄

二〇 末廣美佳

二一 四方正太

二二 三好元信

二三 毛利孝子

二四 柳澤雅光

二五 常信貴正

二六 三原繁

二七 中尾仁美

二八 田辺恵右

二九 福山豊子

三〇 澤崎慶子

三一 高島よう

三二 横山信二

三三 大橋敬規

三四 木村尚孝

三五 田村秀雄

三六 西晃市

三七 矢野さまや

三八 菅美子

三九 高橋勝己

四〇 原雅美

四一 池上圭子

四二 小川健治

四三 野々垣一世

四四 原篤

四五 垣内陽告

四六 山本実

四七 守田美保

四八 藤井崇治

二請求原因に対する被告の認否及び反論

1 請求原因1の事実について

2 同2の事実について

3 同3の事実について

(被告の主張)

(1) 因果関係の判断基準について

(2) ポリオ生ワクチン接種後の脳炎、脳症について

(3) 予防接種後のてんかんについて

(4) 因果関係を否認する本件各被害児について

①ないし  高倉米一ほか二七名

4(一) 同4(一)の事実について

(被告の主張)

(二) 同4(二)の事実について

(被告の主張)

5(一) 同5(一)の事実について

(被告の主張)

(二) 同5(二)の(1)の事実について

(被告の主張)

(三) 同5(三)の(1)の事実について

(被告の主張)

(四) 同5(三)の(2)①の事実について

(被告の主張)

(五) 同5(三)の(3)②の事実について

(被告の主張)

(六) 同5(三)の(3)③の事実について

(被告の主張)

(七) 同5(三)の(3)④の事実について

(被告の主張)

(八) 同5(三)の(3)⑤の事実について

(被告の主張)

(九) 同5(三)の(3)⑥の事実について

(被告の主張)

(一〇) 同5(三)の(3)⑦の事実について

(被告の主張)

(一一) 同5(三)の(3)⑧の事実について

(被告の主張)

(一二) 同5(三)の(3)⑨の事実について

(被告の主張)

(一三) 同5(三)の(3)⑩の事実について

(被告の主張)

(一四) 同5(四)の事実について

(被告の主張)

6 同6の事実について

(一) 本案前の主張

(二) 本案について

(被告の主張)

(1) 憲法一三条、一四条一項及び二五条の法意

(2) 憲法二九条三項の法意

(3) 憲法二九条三項の要件

(4) 憲法二九条三項に基づく損失補償請求の可否

(5) 予防接種事故と憲法二九条三項

(6) 予防接種健康被害者救済制度下における損失補償請求の可否

7 同7の事実について

(被告の主張)

(1) 損害賠償額について

(2) 損失補償額について

8 同8の事実について

9 原告各論に対する認否〈省略〉

(一)ないし(四八)高倉米一ほか四七名について

三仮定抗弁

1 違法性阻却事由若しくは被告の責に帰すべからざる事由の存在

2 時効及び除斥期間

(一) 債務不履行責任について

(二) 国家賠償法上の責任及び不法行為責任について

(三) 損失補償責任について

3 損益相殺等について

4 予防接種法に基づく給付と本訴請求との調整について

5 損害算定に当たり考慮されるべき減額事実

四被告の仮定抗弁に対する原告らの認否及び反論

1 仮定抗弁1の事実について

(原告らの主張)

2(一) 同2(一)の事実について

(二) 同2(二)の(2)の事実について

(原告らの主張)

(三) 同2(二)の(2)の事実について

(四) 同2(三)の事実について

3 同3の事実について

(原告らの主張)

4 同4の事実について

(原告らの主張)

5 同5の(一)、(二)の事実について

(原告らの主張)

五再抗弁

六再抗弁に対する認否

(被告の主張)

第三 証拠関係〈省略〉

理由

第一 事実認定に供した書証等の成立について

第二 当事者(請求原因1)について

一(右1(一)の事実のうち、争いのない事実)

二(同1(一)の事実のうち、証拠によつて認定した事実)

第三 事故の発生(請求原因2)について

一1ないし48 本件各論一ないし四八関係

二(まとめ)

第四 因果関係(請求原因3)について

一(右3の事実のうち、争いのない事実)

二因果関係の判断基準

三各種ワクチンによる副作用

1 種痘による副作用

2 百日咳ワクチン、二混、三混ワクチンによる副作用

3 ポリオ生ワクチンによる副作用

4 予防接種の副作用としての点頭てんかん及びてんかん

四因果関係を否認された本件各被害児について

1 高倉米一

2 河島豊

3 塩入信子

4 秋山善夫

5 増田裕加子

6 清原ゆかり

7 幸長睦子

8 鈴木旬子

9 稲脇豊和

10 山本治男

11 前田憲志

12 仲本知加

13 森井規雄

14 四方正太

15 田辺恵右

16 澤崎慶子

17 高島よう

18 横山信二

19 大橋敬規

20 田村秀雄

21 矢野さまや

22 菅美子

23 原雅美

24 池上圭子

25 小川健治

26 原篤

27 垣内陽告

28 山本実

第五 安全配慮義務違反による債務不履行責任及び不法行為責任(請求原因4)について

第六 国家賠償法に基づく責任(請求原因5)について

一公務員概念

二公権力の行使について

1 旧法五条に基づく接種

2 勧奨接種

3 旧法六条の二、九条、一〇条八項による接種

4 種痘法に基づく接種

5 (むすび)

三副作用を説明しなかつた過失(請求原因5(三)(1))について

四具体的過失(請求原因5(三)(2))について

1 過失認定のあり方

2 厚生省公衆衛生局長等の具体的過失

(一) 種痘を廃止しなかつた過失について

(二) 一歳未満の乳児に種痘を実施させた過失について

(三) 腸パラワクチンを廃止しなかつた過失について

(四) インフルエンザワクチンを廃止しなかつた過失について

(五) 百日咳ワクチン、二種混合ワクチン、三種混合ワクチンの接種量を誤つた過失について

(六) 禁忌事項の設定を誤つた過失について

(七) (むすび)

3 接種担当者の具体的過失について

(一) 種痘の接種数を誤つた過失について

(二) 予診をしなかつた過失について

(1) (原告らの主張)

(2) (行政指導における過失)

(3) (旧法五条関係)

(4) ①ないし⑧ 高倉米一ほか七名

(5) (むすび)

(三) 禁忌者に接種した過失について

(1)ないし(8) 高倉米一ほか七名

(9) (むすび)

(四) 副作用発症に対する救急態勢を怠つた過失について

(五) (むすび)

五(むすび)

第七 損失補償責任(請求原因6)について

一損失補償請求にかかる訴えの追加的併合の可否

二損失補償責任の有無

三損失補償の範囲

四救済制度との関係

五損失補償請求権の時効及び除斥期間について

第八 損失額の算定

一(原告らの主張の包括一律請求について)

二(本件各被害児の損失について)

三(本件各被害児の損失のランク分けについて)

四本件各被害児の損失額の算定について

1 死亡被害児(その一)

(一) 逸失利益

(二) 慰謝料

(三) 弁護士費用

(四) (むすび)

2 死亡被害児(その二)

(一) 逸失利益

(二) 慰謝料

(三) 介護(助)費

(四) 弁護士費用

(五) (むすび)

3 生存被害児(その一、Aランク被害児)

(一) 逸失利益

(二) 介護費

(三) 慰謝料

(四) 弁護士費用

(五) (むすび)

4 生存被害児(その二、Bランク被害児)

(一) 逸失利益

(二) 介助費

(三) 慰謝料

(四) 弁護士費用

(五) (むすび)

5 生存被害児(その三、Cランク被害児)

(一) 逸失利益

(二) 介助費

(三) 慰謝料

(四) 弁護士費用

(五) (むすび)

五時効、除斥期間を除くその余の被告の抗弁について

(一) 因果関係の割合的認定、過失相殺又は寄与度(抗弁5)について

(二) 損益相殺等(抗弁3)について

(三) 予防接種に基づく給付と本件請求との調整(抗弁4)について

六損失補償請求権の相続承継について

第九 結論

別紙Ⅰ 当事者目録

同 Ⅱ 認容金額一覧表

同 Ⅲ 請求債権目録

同 Ⅳ 表の(一) 将来給付額の現価及び給付済額一覧表

同 表の(二) 予防接種法の救済制度に基づく将来給付額一覧表

同 Ⅴ 損害額の減額について考慮すべき事実一覧表

同 Ⅵ 表の(一) 事実認定に供した書証等一覧表(成立等につき争いのないもの)〈省略〉

同 表の(二) 同(証拠によつて成立が認められるもの)〈省略〉

同 Ⅶ 表の(一) 死亡被害児の認定損失額一覧表(その一)

同 表の(二) 同右 (その二)

同 表の(三) Aランク生存被害児の認定損失額一覧表

同 表の(四) Bランク生存被害児の認定額一覧表〈省略〉

同 表の(五) Cランク生存被害児の認定額一覧表〈省略〉

同 Ⅷ 死亡被害児の相続人たる原告の相続承継額一覧表〈省略〉

原告

高倉米一

外六七名

原告ら訴訟代理人弁護士

松井昌次

中村康彦

石川元也

井関和雄

伊多波重義

井上善雄

大深忠延

金子武嗣

木下準一

木村奉明

腰岡實

小林紀一郎

小林淑人

島川勝

辻公雄

中川清孝

中坊公平

七尾良治

南部孝男

平岡延子

峯田勝次

守井雄一郎

柳谷晏秀

山崎昌穂

吉田恒俊

若林正伸

若松芳也

浦井勲

小沢秀造

山崎満幾美

吉井正明

折田泰宏

寺田武彦

岡豪敏

坂口勝

山崎和友

原告柳澤康男訴訟復代理人、

その余の原告ら訴訟代理人弁護士

木村保男

池田啓倫

石田法子

井上隆彦

小西清茂

西垣昭利

藤原猛爾

竹嶋健治

天野勝介

島田和俊

中村悟

福原哲晃

松尾道子

向山欣作

山本恵一

河村利行

山崎優

被告

右代表者法務大臣

遠藤要

右訴訟代理人弁護士

稲垣喬

右指定代理人

中本敏嗣

赤塚信雄

梶村太市

外七名

主文

一  被告は、別紙Ⅱ(認容金額一覧表)の「原告名」欄記載の各原告に対し、当該原告の各「認容額」欄記載の金員及び右各金員に対する各「付帯請求起算日」欄記載の日からそれぞれ支払いずみまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二  右原告らのその余の請求及びその余の原告らの請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、別紙Ⅱ記載の原告らと被告との間では被告の負担とし、その余の原告らと被告との間では、各自の負担とする。

四  この判決は、主文第一項のうち別紙Ⅱ記載の各原告らについて各「認容額」欄記載の金員の三分の一を限度として仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の申立

一請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、それぞれ別紙Ⅲ(請求債権目録)のうち、請求総額欄記載の金員及びこれに対する、原告番号二ないし六、七の一、二、八、九、一〇の一、二、一一ないし三七、三九ないし四二の各原告については昭和五〇年八月五日から、同四三ないし六八の各原告については昭和五四年一〇月一九日から、各支払済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

との判決並びに担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求める。

第二  当事者の主張

一請求の原因

1  当事者

(一) 原告らは、請求の原因末尾添付の原告各論(以下「原告各論」という。)一ないし四八の各1「接種の状況」一覧表記載のとおり、それぞれ接種年月日、接種場所欄各記載の日時場所において、実施者欄記載の実施者が実施したワクチンの種類欄記載のワクチンの接種(以下「本件各予防接種」という。)を受けた被接種者(原告各論一ないし四八の冒頭に表示され、かつ右接種の状況被害児欄記載の者、以下「本件各被害児」という。)本人(原告番号二ないし六、八、九、一一ないし一九、二一、二二、四三ないし五〇、五二ないし五四)、その父母(原告番号七の一、二、一〇の一、二、二〇、二三ないし三五、五一、五五ないし六八)及び兄弟姉妹(原告番号三六、三七、三九ないし四二)である。

(二) 被告は、公衆衛生上の責務を果すため、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上と増進を図ることを任務とし、国民の保健、薬事等に関する行政事務及び事業を一体的に遂行する責任を負う衛生行政の最高機関として厚生省を設置し(国家行政組織法三条、厚生省設置法三条、四条)、その長である厚生大臣は、衛生行政の主務大臣として、その行政機関の事務を統括し、さらに地方公共団体の長が国の機関として処理する衛生行政事務について、都道府県知事、市町村長を直接又は間接に指揮監督する(地方自治法一五〇条)ほか、公衆衛生行政全般につき、保健所の設置及び運営に対する指導監督をなし(厚生省設置法九条六号、保健所法一一条)、伝染の虞がある疾病の発生及びまん延を予防するために、予防接種法(昭和二三年法律第六八号、なお、昭和五一年法律第六九号による改正前のものを以下「旧法」と略称する。)、予防接種施行規則、予防接種実施規則(以下「実施規則」という。)及び予防接種実施要領等に基づいて、市町村長又は都道府県知事に対し、定期の予防接種(旧法五条)又は臨時の予防接種(旧法六条)を行わしめ(いわゆる強制接種)、さらに行政指導によつて予防接種を行わせ(いわゆる勧奨接種)、予防接種の実施にあたる都道府県知事又は市町村長に対し、これを指揮監督し、強制接種のみならず、すべての種類の予防接種について、保健所の運営を通じて指導監督を行つているものである。

2  事故の発生

本件各被害児は、原告各論一ないし四八の各2の「経過」に記載のとおり本件各予防接種を受けた後、死亡し、あるいは重篤な後遺障害の発生をみる事故(以下「本件各事故」という。)に会つた。

3  因果関係

(一) 一般的因果関係の存在

本件で問題となる各ワクチン接種によつて、まれにではあつても、死亡または脳炎、脳症等の重篤な後遺障害が発生するという意味での一般的な因果関係の存在については、ポリオワクチン接種による脳炎、脳症の発生の点を除き、明白であり、右除外の点は、後述(後記(三)の(3))のとおりである。

(二) 個別的因果関係の判断基準

一般に訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、この判定は、通常人が疑いを差しはさまない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものと解されている(最高裁昭和五〇年一〇月二四日判決―いわゆるルンバール事件判決)ので、予防接種とその後に発生した一定の症状との間の因果関係を判断するに当たつても、次の二要件を基準とすべきであり、二要件を満たせば、因果関係は肯定してよい。

(1) 予防接種とその後の発症とが、時間的・空間的に密接していること

時間的密接性とは、いわゆる潜伏期の問題であり、接種から発症までの時間が一定の合理的期間内におさまつていることを意味している。また空間的密接性というのは、ワクチンの種類や、予想される副作用の類型、被接種者の年齢等により、侵襲される部位や接種ルートが異なつてきて、発症時間に長短が生じることを意味しているが、ここでとくに空間的密接性を加えている趣旨は、時間的密接性の判断に当たつて、右のような空間的なつながりを加味して考慮すべきことを示すところにある。

(2) 当該ワクチンから当該症状が発生することにつき、経験科学としての医学の立場から理論上合理的説明がなしうること

発症の機序が、必ずしも厳密に科学的に解明されていなくても、発症のメカニズムについての知見が、既存の知見によつて否定されず、経験科学としての医学の立場から理論上合理的説明をなしうるということである。

以上の(1)、(2)の二要件が立証されている限り、当該症状が予防接種によるものでないと主張する側すなわち本件では被告側において、その症状が他の原因によるものであることを立証できなければ、因果関係は肯定されるべきである。さらに、「他の原因」ありというためには、乳幼児は一般にひきつけを起こしやすいというような抽象的なものでは足りず、個別原告について明確かつ具体的な証拠にもとづくものであることが必要である。

(三) 各種ワクチンの副作用

(1) 種痘による副作用

① 種痘による副作用の三類型

種痘による神経系への副作用は、日本脳炎、ポリオ、麻疹等におけると同様に、遅延型アレルギー反応型、ウイルス血症・増殖型、急性脳症型の三つが存在する。これらの副作用は、予防接種にだけ見られるものではなく、非特異疾患とされている。

② 種痘後脳炎・脳症の潜伏期について

種痘をして神経症状が現われるまでの潜伏期については、その神経症状の類型、病変の部位、抗原に対する感受性の程度、個体の年齢によつて長短に別れるものであり、四日から一八日内の発症数が比較的数が多いけれども、この期間内の発症例だけに因果関係を認めることは医学上の根拠はない。種痘後脳炎の潜伏期は一日でも良く、また三〇日以内であれば因果関係を認めて良い。

③ 非典型または不全型的症状について

種痘後脳炎・脳症など種痘による神経系への副作用は、先述の三類型に分類されるが、あらゆる病気に典型例や非典型例あるいは不全型例、軽症例が存在するように、予防接種後の神経系の副作用にも、一部の典型例と圧到的多数の非典型例、不全型例、軽症例が存在する。種痘後脳炎・脳症の急性期においても、けいれん、意識消失、発熱の三症状が必ずしも全部揃つて発現するものではないし、それぞれの症状の程度も重篤なものから軽症までさまざまである。

④ 点頭てんかんについて

種痘だけではなく、他のワクチンによる予防接種によりその副作用として点頭てんかんが発症することが明らかになつている。点頭てんかんは、ウエスト症候群ともいわれ特異的なてんかん発作を示す。その大半はひきつけとか意識障害が先行することなく、点頭てんかん様の特異的なけいれんが直接発現することが多いとされている。

⑤ 睡眠障害、睡眠倒錯、精神薄弱について

種痘の副作用としての遅延型アレルギー型反応によつて脳幹が侵され、特に意識・覚醒の中枢である脳幹網様体が侵されることによつて、急性期およびその後に意識障害、睡眠障害、睡眠倒錯が起こり、さらに慢性期に至つて精神薄弱として明確な障害が出てくることは十分ありうることである。

⑥ 難聴、聴覚障害について

また、同様に種痘によつて脳幹が侵され、特に脳幹網様体の延髄と橋の中間領域にある聴覚中枢部分が侵されると難聴が起こることも十分ありうる。

(2) 百日咳ワクチン、二混、三混ワクチンによる副作用

① 急性脳症型とその症状

百日咳ワクチンないしはこれを含む二種混合ないし三種混合ワクチン(以下、「百日咳等ワクチン」という。)による神経系への副作用としては、原則としていわゆる急性脳症型の副作用のみが発生する。

この急性脳症の症状は、発熱、けいれん、意識障害の三症状が必発でなく、三症状を必ずしも経由しないで、あるいは、三症状に気づかれないままに急性に死亡してしまうケースが存在する。百日咳等ワクチンによる急性脳症の急性期に起こるけいれんは、全身的なものだけではなく、局所的なものもある。

② 脳症状の潜伏期間

百日咳等ワクチンによる脳症状の潜伏期間の分布を示す自然曲線は、通常二四時間以内で、四八時間以内に収まつているが、たんに四八時間を超える症状というだけで、百日咳等ワクチンとの因果関係がないとみることはできない。

(3) ポリオ生ワクチンによる副作用

① 急性灰白髄炎による脳炎、脳症

急性灰白髄炎(野生ポリオウイルス)による脳炎が存在することは、古くから知られたところであり、文献上にもその存在についての記載が散見されるところである。また、脳症については、前述の脳炎の分類の中に区別されずに混入されているものと考えられる。反対に、急性灰白髄炎による脳炎、脳症の存在を積極的に否定する文献は見当らない。

② 急性灰白髄炎による脳炎・脳症の存在は次の文献上の記載から明らかである。

南山堂医学辞典・急性灰白髄炎の項、甲野礼作〔ポリオ感染論〕四八七頁、山田尚達「ポリオの臨床」。

③ ポリオ生ワクチンによる脳炎、脳症

ポリオの生ワクチンが弱毒化されているとはいえ、毒力復帰することがあるのは周知の事実である。ポリオ生ワクチン接種により脳炎、脳症が起こる機序について以下のとおり説明され得る。即ち、急性脳症を起こす典型例として疫痢に罹患した場合があるが、この場合は赤痢菌が腸内に感染して腸壁で増殖する時に、ヒスタミンあるいはヒスタミン様の物質を産出し、この物質が脳の血管の拡張、収縮をもたらし急性脳症を惹起するものであると説明されている。また、ヒスタミンを幼若犬の頸動脈に注入した結果、脳に血管けいれんが起き、そのために脳の神経細胞が破壊されたという実験結果が報告されている。そして、ワクチン接種によつて肥伴細胞の免疫抗体(IgE)にワクチンが働き、そこから、ヒスタミンが放出されるということも明らかにされている。したがつて、ポリオ生ワクチン接種により、疫痢の場合と同様に腸壁でヒスタミン様物質が産出され、あるいは肥伴細胞からヒスタミンが放出され、かかる物質が脳血管のけいれんを導き急性脳症を惹起するという仮説を立てることが可能である。

さらに、ポリオ生ワクチンは、猿の腎臓細胞にウイルスを培養して製造されたものであるから、ウイルスと腎細胞との間で有害物質が産出される可能性もあり、ワクチンに培地、培養細胞、臓器由来の有害物質が入ることを防ぐことはできず、また、ワクチンにはチメロサール等の保存剤が添加されており、これらの物質が急性脳症やあるいは遅延型アレルギー反応を起こすことも考えられる。

(四) 前記(二)の基準(二要件)によつて本件各予防接種と本件各事故との因果関係の有無を検討すると、本件各被害児について右要件が肯定され、因果関係が有ることが認められる。

(五)(1) なお、本件各被害児のうち、原告各論番号(以下「被害児番号」という。)1ないし9、11ないし14、16ないし20、22ないし29、34、36、39、43ないし48については被告の予防接種事故審査会により、同番号10、15及び21については神戸市予防接種事故審査会により、それぞれ本件各予防接種と本件各事故との因果関係が認定されているが、被告は、右行政認定を受けている被害児のうち被害児番号1ないし4、6、7、9ないし12、15、18、19、21、28及び44ないし46については、本訴において因果関係を否認している。

(2) ところで予防接種法一六条及び昭和五二年三月七日付厚生省公衆衛生局長通知にいう「因果関係」とは、事実関係の科学的探究によつて明らかにされた医学的因果関係すなわち、事実的因果関係に外ならないから、行政認定をうけた本件各被害児は事実的因果関係の立証がすでに十分になされていると考えるが、少くとも右行政認定は、因果関係の存在を事実上推定させる事実というべきである。

したがつて、本訴においても右行政認定を受けた本件各被害児は、因果関係を事実上推定され、被告において反証提出がなされぬ限り、右因果関係は認められるべきである。

(六) 右を含め被告が因果関係を否認する本件各被害児についての個別的な因果関係の主張は、原告各論のうち3の「因果関係」に記載のとおりである。

4  責任(その一)

安全配慮(確保)義務違反による債務不履行責任及び不法行為責任

(一) 債務不履行責任

被告は、予防接種の被接種者に対し安全を配慮すべき債務を負う。

(1) 予防接種の法律関係

予防接種には、強制接種と勧奨接種とがあり、旧予防接種法は「何人もこの法律に定める予防接種を受けなければならない」と定め、この違反についての罰則を課し、強制接種として、被告が法という形式をもつて全国民に対し強力に強制してきた。また、勧奨接種は、被告の厚生省公衆衛生局長等の通達に基づき、わが国全域について、わが国の防疫の目的のために、接種における細かい実施項目まで定めたうえで、ほぼ毎年にわたつて実施されてきたものであつて、現場における保健所においても強制接種と同様に、その接種率の向上のために、広報などにより国民に働きかけ、また接種について厚生省に報告をなしており、強制接種と同様の取扱いがなされてきた。したがつて、勧奨接種は、強制接種と実質的に同様の実態をもつていた。

このように被告と予防接種を受ける国民との関係は、法律もしくは行政指導に基づく法的関係であることは明らかである。

(2) 予防接種における安全配慮義務

被告は、法律または行政指導に基づき、国民に予防接種を強制的に実施してきた。接種を受ける国民の側も被告の働きかけにより強制接種はもちろんのこと勧奨接種も強制接種と同様であるとの認識をもち、義務として協力してきた。ところで、予防接種は、被告が一貫して管理している領域であつて、国民の側はこの管理をのがれることはできない。また予防接種に死亡、重篤な副作用の危険が伴うことは古くから知られていたし、被告も当然認識していたのに、被告は、あえて危険性の伴う予防接種を国民に対して罰則をもつて強制し、強力に勧奨してきたものである。すなわち、被告と接種をうける国民との関係は、法律もしくは行政指導に基づく法的関係であつて、しかも被接種者の国民は、被告の支配に「従属」し、被告の伝染病の発生及びまん延を予防する(旧法一条)という目的のために協力し奉仕させられている「忠誠的関係」であり、一般の接種をうけない国民と異なり「特別な接触の関係」にあることは明らかであつて、接種を受ける国民を法や行政指導により危険領域へ組入れるという内容をもつ関係である。

とすれば、被告は、その支配に従属し、奉仕協力する被接種者国民に対し、自らの管理する危険領域へ、これを意思に反しても組入れ、支配し、奉仕協力させる以上、予防接種の要否の検討、ワクチンの有効性、安全性の確認、接種段階における予診の徹底など予防接種のすべての過程において被害発生を防止し、被接種者の生命、健康についてその安全を配慮すべき義務があることは信義則上当然といわなければならない。

(3) 予防接種における安全配慮義務の主張立証責任

① 予防接種における国と被接種者の関係

予防接種には死亡、重い後遺症などの極めて重篤な副作用が常に伴つており、高度の危険性が存在していることは前記のとおりである。

被告は、あらゆる伝染病対策の中で感受者対策を採用するか否か、すなわち予防接種を実施するか否かの基本的決定はもとより、接種対象・接種時期・方法の決定、さらにはワクチンの製造承認・認可、ワクチンの安全性・有効性の確認に至るまで、あらゆる場面において、網羅的に関与すべきものとされ、また、現に今日まで継続的に関与してきたのであつて、予防接種制度は、厚生大臣を頂点とした国の公衆衛生行政組織によつて、国家的事業として、あらゆる面にわたつて、独占的、組織的、継続的に管理・運営されている。

被告は、予防接種を罰則による強制と実質的にこれと同じ勧奨とによつて、被接種者に対し強制的に実施しているものであつて、被接種者にはこれを拒否する自由は全くない。

予防接種制度の性格上、予防接種をうける国民は、被告の実施する予防接種の危険性を判断する知識も資料も回避する手段も自由もない。ひたすら無防備のまま危険領域に組み込まれているものであつて、被告を信頼し、その身をゆだねるしかない立場にある。

そして、予防接種制度を独占的、組織的、継続的に管理している被告が、予防接種についての資料、専門的知識を独占し、国民はこれを知る立場にはなく、知る能力もないのであつて、この点においても被告のみが、予防接種の被害を防止すべき地位にある。

② 侵害される法益の重要性

予防接種には、生命、健康に対する侵害の危険性が常に存在している。

憲法一三条が規定するように、国民の生命、健康については、被告は、最大限に尊重しなければならず、自ら侵害することは一切許されないといわなければならない。

予防接種は、現在の疾病に対する治療ではなく、将来の疾病の発生まん延を防止するための将来の危険に対する対策である。将来の未確定な危険のために現在の生命、健康を危険にさらすことは、人権に対する重大な侵害であり、一切許されない。しかも、予防接種法も、法自体としては有効で安全な予防接種を予定しているものであつて、死亡または重い後遺症を生ずる副作用の存在は一切許容していないといわなければならない(旧法二条)。

③ 主張立証責任

以上の予防接種における被告と国民との具体的事情を踏まえると、被告の被接種者に対する安全配慮義務(債務)として「予防接種におけるすべての過程において被接種者の生命、健康を危険から保護するよう配慮し、死亡または重篤な後遺症を万一にも発生させないよう防止するため万全の措置をとるべき義務」があることは認められて当然であつて、被接種者は、このような抽象的な義務の存在さえ主張すれば足り、被告側で予防接種のすべての過程において具体的に安全配慮義務を尽くしたことを主張立証しなければならない。

(二) 不法行為責任

被告は、予防接種実施について、被接種者の生命、身体の安全を配慮しなければならない債務を有することは前記のとおりであるが、被告は、不法行為責任としても、予防接種実施について被接種者の生命、身体について安全を確保すべき安全確保義務を有する。

(1) 強制関係における安全確保義務

予防接種は、前記のとおり被告が強制または強制と実質的に同様の勧奨により被接種者である国民の自由を拘束し、国民を支配し、従属させ危険へ組入れるものである。このような被告が強制力により国民を支配し、従属させる関係(特別権力関係など)において、被告が強制的に国民の身体等の自由を拘束しこれを処遇する場合に、判例は、国民側の自由に委ねられる範囲が少ないから、国、公共団体には国民の生命身体に対し一般社会より高度な事故防止のための安全確保義務を認め、拘束状態における危険性が大きな場合にはさらに万全な措置をとるべき義務まで認めている。しかも右被拘束者の生命健康等を侵害しないように万全の措置をとるべき義務は、身柄拘束に伴う国・公共団体の強制力行使に本来的に内在する一般的な義務としてとらえられているのである。

(2) 予防接種における安全確保義務

予防接種の場合も、被告が強制力をもつて国民の自由を拘束し、しかも国民を危険領域に組み入れるものであるから、被告には、予防接種に本来的に内在するものとして、被接種者の生命、身体につき安全を確保し、万全の措置をとるべき義務(安全確保義務)があることは、当然である。

(3) 予防接種における安全確保義務の主張立証責任

予防接種における前記国と被接種者との関係や、侵害される法益の重要性に鑑みるとき不法行為責任としても、被告の被接種者に対する安全確保義務としては「予防接種のすべての過程において被接種者の生命、健康を危険から保護するよう配慮し、死亡または重篤な後遺症を万一にも発生させないよう防止するため万全の措置をとるべき義務」の主張で足り、被告側で具体的に安全確保義務をつくしたことを主張立証すべきは当然である。

5  責任(その二)

国家賠償法に基づく責任

(一) 本件における公務員概念

被告の予防接種行為は、国の公衆衛生の向上と増進を目的として国家的規模でなされる衛生行政の一環であり、原告らが被告の加害行為としてとらえるものは、予防接種を実施するか否かの基本的決定から具体的実施及び事後の措置までを含む一連の組織的行為である。したがつて、公務員個人の主観的故意過失があれば、同時に組織の義務違反であるが、公務員に個人的過失がなくとも、組織としての期待に応えていなければ、これも組織の過誤というべきである。

(二) 公権力の行使

(1) 強制接種

予防接種法に基づく定期または臨時の予防接種の実施が国の公権力の行使に該ることは疑いがない。

(2) 勧奨接種

① 被告は、勧奨接種においては国の機関が実施主体となつたものではなく、国の公権力の行使に該当することがあり得ないと主張するが、勧奨接種についても国の公権力の行使に該るというべきである。

まずポリオの勧奨接種としては、昭和三五年から同三六年にかけてポリオ不活化ワクチンの勧奨接種及び昭和三六年六月から同三九年四月まで行なわれた生ポリオワクチンの特別対策(国庫補助がなされる勧奨接種)がある。昭和三五年八月三〇日「急性灰白髄炎(ポリオ)緊急対策要綱」が閣議了解され、被告は、右要綱により、生後六月から一年六月の幼児、集団発生地域の周辺の零歳から四歳児及びそれ以外の希望者に対しポリオの予防接種を実施することとした。昭和三六年六月二七日厚生省事務次官は、都道府県知事及び指定都市市長あてに、「今夏の急性灰白髄炎流行における緊急対策について」と題する通知を発して接種の実施方を指示し、引き続いて、昭和三六年九月二八日厚生省公衆衛生局長・薬務局長から各都道府県知事、各指定都市市長あてに通知「急性灰白髄炎特別対策について」が発せられ、その後厚生省は、毎年同様の通知を発して、さきの閣議了解におけるよりも広い対象者に対し接種を指示し、細部の実施方法について、昭和三六年六月二七日「今夏の急性灰白髄炎緊急対策における経口生ポリオワクチン投与要領について」と題する通知を出し、市町村は、これに基づいて、ポリオの予防接種を実施してきた。

インフルエンザについては、昭和三二年より接種の勧奨がされてきたが、昭和三七年以降特別対策が実施されている。被告は、昭和三二年九月四日付各都道府県知事及び指定都市市長あて厚生省公衆衛生局長通知「今秋冬におけるインフルエンザ防疫対策について」により、小中学生等流行拡大の媒介者となる者、老齢者等致命率の高い者、警察、消防等公益上必要とされる職種の人々に対して予防接種を勧奨すべきことを行政指導して以来、毎年都道府県知事及び指定都市市長あてに当該「年度におけるインフルエンザ予防特別対策について」と題する通知を発して接種実施を指示し、市町村は、右通達の一部を構成する「インフルエンザ特別対策実施要領」に基づき、インフルエンザの予防接種を実施してきた。とくに、昭和三七年一〇月二〇日付各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知「昭和三七年度下半期におけるインフルエンザ予防特別対策について」以後毎年同趣旨の通知を発し、人口密度の高い地域を中心とした小中学校、幼稚園及び保育園の児童等が流行の発端となりやすいものと見て、これらを主な対象者として、特別対策を実施している。

② 右の各通知は、国家行政組織法一四条、一五条、地方自治法一五〇条に基づく国の地方公共団体の長に対する指導監督権、さらには、疾病のまん延予防上必要があると認めるときには厚生大臣又は都道府県知事が行なう臨時の予防接種に関する規定を背景にしてなされるものであり、被告の行政指導に該当するものであるが、右のような通知が出されると、地方公共団体は、例外なくそれに従つて当該予防接種を実施するのであり、被告は、強制接種の場合と同じく、地方公共団体の長その他公務員を手足に使つて、国民に対する予防接種を実施しているのである。また、右の勧奨接種は、時宜に適して実施する必要があり、その性質上あらかじめ法律で定めておくには必ずしも適さないものと考えられていたものであり、そのこと以外に強制接種との間に相違があるものではない。

③ 行政指導は、法の規定に直接根拠をおくものではないが、国家賠償法一条一項にいう「公権力の行使」とは、国又は公共団体の作用のうち、純然たる私経済作用と同法二条によつて救済される公の営造物の設置、管理作用をのぞくすべての作用を指すものであるから、行政指導も右の公権力の行使に該当するものというべきである。

④ なお、被告は、勧奨接種について、右の各通知に付随して、投与要領ないし実施要領を定め、予防接種の実施法、目的、実施の対象、時期、実施主体、接種方法、禁忌、費用負担等を細かく規定し、勧奨接種事務を管理する行政主体として、勧奨接種の実施を通知等により指導監督している。また、昭和三六年六月以降の生ポリオワクチンの特別対策、昭和三七年以降に行なわれたインフルエンザの特別対策については、国がその費用を負担して実施してきた。このような勧奨接種に対する指導監督、費用負担は、被告が実施主体となり、公権力の行使として、勧奨接種を行なつていることを示すものにほかならない。

(3) 旧法六条の二、九条、一〇条八項による接種

① 旧法は、定期の予防接種については、同法五条に定める市町村等が行う予防接種を受ける方法と、定期内に市町村長以外の者について当該予防接種を受ける方法とを設け(同法六条の二)、また、定期内に疾病その他やむを得ない事故のため予防接種を受けることができなかつた者についても、接種義務を解除することなく、その事故の消滅後一月以内に当該予防接種を受けなければならないと規定していた(同法九条)。さらに、種痘については、善感の有無の検診の際、免疫の効果が得られなかつた(不善感)と判定された場合には、直ちにさらに一回種痘を受けなければならないと定めていた(同法一〇条八項)。

② ところで、右の旧法は、その三条において、同法に定める予防接種を受け又は受けさせることを義務づけ、これに違反した者に対し刑事罰を課することとしていた(同法二六条一号)が、同法六条の二の接種も同法九条の接種も、いずれも国が同法三条をもつて課した接種義務の履行の一態様にすぎず、これらの接種を受ければ、接種義務を履行したことになるのである。また、同一〇条八項による接種は、善感の有無が問題となる種痘の性質上、その定期接種に付随して義務づけられるものであることが明らかである。いずれにせよ、右の諸規定による接種は、被告の予防接種行政の基本たる定期接種について、その接種率又は免疫率を上げる目的で、集団接種によらない者ないしは集団接種によることのできない者を捕捉しようとするもので、被告の行う定期強制接種の一環であり、同法三条による公権力の行使によるものとみるべきは当然である。

(4) 種痘法に基づく接種

種痘法は、昭和二三年七月一日の予防接種法の施行にともない廃止されたが、国民に対し、定期の種痘を受けることを罰則付きで強制していた点においては同法と同じである。種痘法による種痘も、痘そうの発生とまん延の防止という行政目的から、被告がその全過程を管理し、組織的継続的に全国一律に実施していたものであり、前に述べた理由により、種痘法により市町村が行つた定期強制の種痘についても、その実施主体は被告であるというべきである。

なお、種痘法一条の規定により行つた第一期種痘について、旧法三二条二項は、これを同法一〇条一項一号(定期接種)の規定により行つたものとみなすと定めており、この点からも、種痘法による定期強制の種痘は、右の旧法による定期強制の種痘と同じく、被告が実施主体となり、公権力の行使として行つたものといわなければならない。

(5) 救済措置の対象者からみた公権力行使

以上検討したとおり、右に述べた各種予防接種は、いずれも被告が実施主体となり、その公権力の行使として実施してきたものである。それ故にこそ、被告が昭和四五年七月に暫定的に決めた救済措置の対象についても、旧法六条の二、第九条、一〇条八項、種痘法、勧奨接種および特別対策のいずれに基づく被接種者をもすべて包含しているのである。

(三) 過失

(1) 本件各被害児全員について、副作用を説明しなかつた過失

① 予防接種被害の一つの重大な特徴は、被害児が接種を受けさえしなければ生死にかかわるような重篤な被害を受けなくて済んだこと及び予防接種が治療行為としての投薬・注射・手術の如き絶対に必要不可欠とされるような医療行為ではなかつたことである。本件訴訟の被害児の親たちは、例外なく、被告がこの副作用の存在を事前に知らせていたら、絶対に予防接種を受けさせはしなかつた。一方、被告(厚生省防疫課〈現公衆衛生局保健情報課〉)は、被害の集計表を「絶対に公表しない」という態度を貫いてきた。被告は、予防接種行政においては、衆愚政治を絵に描いたように、恐ろしい副作用を知らしめず、目かくしをしてもつぱら接種に全国民を動員し、これに協力させてきたのであつた。

② このような行政による副作用の隠蔽は、説明義務違反として、不法行為となることは明らかである。国民は、接種に当たつて、接種後一過性の軽い発熱を伴うことがあることは告知されているが、生命を左右するような重篤な副作用については全く説明を受けていない。被告は、予防接種の安全性を強調し、予防接種に対する安心感のみを植付け、予防接種の安全性に対する一切の疑惑や不信感を排除することにのみ腐心してきた。予防接種被害は、通常の医療過誤事件における説明義務の懈怠などの場合とは全く異なり、いわば官僚の傲慢と国民蔑視に由来する「欺し打ち」「闇打ち」としての性格をもつているものであつて、違法性は極めて強い。

③ 医療において、患者の自己決定権を十全に保護しなければならないように、予防接種においても国民の自己決定権が尊重されねばならないことは当然である。自己決定権は、自分の運命は他人に徒らに翻弄されてはならず、自らの意思で選択すべきだという法思想に由来する。

それは憲法上は、個人の尊厳と幸福追求権を基礎にもつものであり、個人の意思を至上の法とみなすものである。強制接種制度は、個人に接種すると否との選択の自由を与えていないというのが法の建前であるが、旧法は、その理念のうちにかかる残酷な被害を予想していなかつたのであつて、法の予想しないような被害発生の情報は、それを開示するべき義務を負うと解するべきである。

(2) 本件各被害児の個々についての具体的過失

① 過失認定のあり方

予防接種の実施段階における具体的態様をみても、以下に述べる過失を認定することができ、被告の責任が明らかとなる。これらの具体的過失の認定にあたり、考慮されるべき点は、以下のとおりである。

ⅰ 日本国憲法下での予防接種の安全性

予防接種の被害は、被告が積極的な作為によつて国民の生命、身体を侵害したものである。国自身の作為により国民に被害を発生させるという事態は、憲法は全く予定していない。日本国憲法は、国民に主権の存することを宣言し、国民一人一人の個人の尊厳と基本的人権の擁護をはかることをその基盤としており、生命、自由、幸福追求に対する国民の権利については最大限に尊重されるとしている(一三条)。その当然の帰結として、憲法は、個人の生命や身体を国益や団体の利益のために収用するという事態を全く考えておらず、生命、身体に対して侵害が許されるのは、犯罪を犯したことに対する処罰の場合のみである(一八条)。

一方、予防接種の存在意義からみても、予防接種により被害が発生するということは本来予定されていない。予防接種は、将来疾病に罹患する恐れに対する手段としてなされるものであり、これにより現在において危害の及ぶことは本来考えられないことであり、絶対安全であることが原則である。

したがつて、旧法もまた、右に述べた憲法の原則と予防接種の性質から、予防接種が絶対安全であることを前提に国民に接種を強制してきた。予防接種法は、国民の健康増進という福祉のため予防接種を実施することにしており、日本国憲法と予防接種法のもとで行われてきた予防接種は、全く安全なものであることを前提としていたのである。

ⅱ 国民の予防接種への信頼

一方国民は、単に法的に強制されてきただけではなく、心理的にみても、予防接種が将来の疾病を免れさせてくれるものとして、全く予防接種を避けえない立場にあつた。国家も国民も、予防接種が絶対安全であることを前提にしてきたのである。

ⅲ 立証責任の分担、過失の推定

絶対安全であることを前提にしている予防接種において、その危険が現実化して被害が発生した以上、次の各事情を考慮し、右被害の賠償を求める裁判におけるその過失の立証責任は、行為者に分担させて、被害を受けた側の立証責任を軽減するのが当然である。被告は、前記のとおり、国民の健康増進に努める義務を負うもので、国家が管理、施行する予防接種のもつ危険性を充分知つており、右危険に対処できる能力を有するものであるから、予防接種によつて、被害を発生させることは絶対的に回避すべき責任があり、その危険が現実化して、死亡または重篤な障害が万が一にも発生することのないよう万全の注意を払うべき最高度の注意義務を国民に対して負つていたのである。憲法も予防接種法も被害の存在を容認していない法制下で、しかも国家によつて法的にも強制され、事実上も接種を避けえない状況で接種を受けた国民は、全く副作用の危険についての知識がなく、事前に万が一の事故に備えてその原因解明のための証拠を収集するための手段をとることもできず、事後になつて、その原因を解明する際にも、被害の発生に至る過程(その多くは、ワクチン改良、ワクチン株の選定、ワクチンの製造・検定、接種の要否、接種対象者の選定、ワクチンの運搬、接種現場、事後処理等、被告の管理する過程である。)を事後的に検証していくことは、専門的知識を欠くこともあり、きわめて困難である。このような状況のもとで、原告である被害者に、被告の過失の立証責任を全面的に負担させることは、著しく公平の理念に反することになり、被害者の救済を事実上閉ざすに等しい結果となる。

一方、立証責任を被告に分担させることは、決して被告にとつて酷なことではない。すなわち、第一に、予防接種は、その全過程を被告が管理し、または管理しうる体制にあつたのであり、いわゆる「証拠との距離」は、圧倒的に被告のほうが近く、証拠をほとんど独占している状態にあること、第二に、被告は、予防接種の被害防止手段に関する知識をも独占していること、第三に、予防接種は、その実施に至るまでの全過程が高度の専門性を有し、被告は、研究機関も持ち、予防接種に関する専門知識についても独占していること、第四に、予防接種による被害を防止することには、ワクチンの選定・改良、接種の要否の検討、接種対象者の選定等についての不断の調査、研究が不可欠であり、これを支える伝染病についてのサーベイランス、副作用調査が不可欠であるが、被告は、これらの調査研究を充分に行わなかつただけでなく、不充分ながらも入手していた副作用の事故例も隠蔽して、国民に気づかせないようにしてきたため、そのことがなければわかつたであろう過失に関する事実・証拠が、収集できない状態となつてしまつており、こうした事態は、被告による、「証明妨害」であるとみられること、これらの点を考慮すれば、被告に立証責任を分担させることは、決して不公平なことではない。

② 種痘の廃止をしなかつた過失

ⅰ 天然痘の病像

天然痘は、ウイルスによる伝染病であつて、人の上気道で感染し、リンパ組織でウイルスが増殖し、血症をおこし、皮膚や粘膜へと広がつていく。発病時期は、ウイルス血症時であり、潜伏期は約一二日位で、口喉や筋肉の痛み、腰痛などの自覚症状が出てくる。このように天然痘の伝染経路は、上気道から上気道、つまり人から人であり、伝染力が強いのは、発病後一、二週間にすぎないのである。この天然痘の病理は、既に戦前から知られていた。

天然痘は、過去において世界的に流行したが、二〇世紀に入ると急激に流行が減少した。第二次大戦以後常在国(流行し一定の患者が存在する国)の数は、急激に減少し、昭和五二年一〇月には世界保健機構(WHO)によつて撲滅宣言がなされた。わが国においては、明治時代には毎年一定の患者数が報告されていたが、大正、昭和(戦前)に入ると、患者数は不規則な状況を呈し時折流行したにすぎない状況であり、ほぼ非常在国(外国からの侵入がなければ流行しない国)となつていたと思われる。戦後海外からの引き揚げで、昭和二一年に患者一万七九五四名(死亡者三〇二九名)にのぼつたが、同二五年には患者五名(死亡二名)、同二六年には患者八六名(死亡一二名)、同二七年には患者二名(死亡〇)、同二八年には患者六名(死亡〇)、同二九年には患者二名(死亡〇)、同三〇年には患者一名(死亡〇)となり、同三一年以後は、同四八年、四九年の一名の海外旅行者の持ち込みがあつただけで、二次感染はなく、患者は出ていない。戦後における大流行も、すべて外国からの持ち込みによる流行であつて、わが国は一貫して非常在国であり、少なくとも、昭和二七年からは完全に非常在国であつた。

ⅱ 種痘の効果

種痘とは、天然痘の予防のためになされるワクチンで、その予防効果は、接種後三年間にすぎず、二〇年経過すると免疫がなくなることは既に戦前より知られていた。国内に天然痘が常在している場合には、自然感染による追加免疫も考えられるが、常在していない場合には、天然痘の流行を種痘によつて完全に防止するためには、人は生涯に規則的な間隔による種痘を行わなければならず、その効果は極めて限られているが、その副作用は、極めて重篤で、わが国においても、戦前からの報告例があり、戦後においても多数の被害者が出ており、前述のとおり、被告もこれを認識していたところで、伝染病予防の武器としての種痘は、その限界があるものである。

ⅲ 天然痘対策のあり方

天然痘に対する防疫対策は、天然痘の病理と種痘の効果の限界からも、常在国の場合と非常在国の場合とによつて必然的に異ならざるを得ず、少なくとも昭和二七年以降は非常在国であつたことが明らかなわが国では、非常在国という特徴をとらえた防疫対策として、伝染経路(持込経路)の対策を基本とすべきであり、またそれで十分であつた。

ⅳ わが国における乳幼児強制一律種痘(皆種痘)

(ⅰ) 皆種痘の効果

わが国において、明治の種痘規則以降一貫して一律強制種痘が行なわれてきた。昭和二三年に予防接種法が制定されたが、これによつて第一期生後二か月から一二か月、第二期小学校入学時、第三期小学校卒業前六か月と乳幼児に対する一律強制による皆種痘が義務づけられ、毎年二〇〇万人にのぼる乳幼児に対して第一期の皆種痘が強行された。ところが、前記のとおり種痘が感染予防に効果があるのは三年間で、二〇年間経過すると免疫がほとんどなくなるものであるから、小学校卒業時の種痘が最終であつたわが国における成人の免疫保有率は極めて低いもの(一九六三年の厚生省の調査によると全国民のうち約一三パーセントしか免疫保有者がいないという結果がでている。)であり、皆種痘のみによつて、わが国への天然痘の侵入、流行が阻止されていたということは全くの虚構にすぎなかつた。

(ⅱ) 皆種痘の被害

皆種痘による効果が限られている反面、これによる被害は莫大なものである。

例えば被告の不十分な調査によつても、昭和二六年から同四一年までの間に種痘後脳炎による死者一一〇例、その他の合併症による死者五四例を数えており、毎年一〇名前後の種痘による死者があつたことが報告されている(死因統計)。さらに種痘の副作用として認定された者は、昭和五五年一二月三一日現在で一五四四名(内死亡二六九名)にものぼつており、これは暫定的救済措置申請者のうちの認定されたものという限られた範囲であるから、全体的な被害者は極めて多いものといわざるを得ない。なお認定制度が設けられた以降、認定された者は昭和四六年度では一七一名、同四七年度二三四名、同四九年度二八五名、同五〇年度一九七名となつており、年間一〇〇名以上の被害者が発生していることになる。またわが国における小規模ではあるが唯一の同時調査といえる昭和四四年の東京都川崎市の調査では、接種者一〇〇万人に合併症発生者が二七八名の割合となつている。

(ⅲ) 皆接種の是非

予防接種を実施する場合には、それによつて得られる利益が、それによる危険より大きい場合にのみ許されることは論を待たない。このことは伝染病予防行政における、また予防接種行政における基本である。

前記のように、わが国においては、皆種痘による利益が極めて少なく、その危険性が極めて大きかつたといわなければならず、しかも、わが国は昭和二七年には非常在国になつていたのであり、前記のとおり非常在国における防疫対策は既に存在していたのであるから、その段階で皆種痘を廃止し、右対策に切り換えるべきであつたことは明らかである。

ⅴ 皆種痘存続論と予備接種の考え方

皆種痘存続論者の中には、抽象的な天然痘侵入の危険性を強調し、他方、種痘の免疫効果を過大視する非科学的な考え方があるほか皆種痘を侵入の際の本接種に対する予備の接種(予備接種)として位置づける考え方がある。

この考え方には、第一に危険性の点から指摘し、幼児期における初種痘は比較的安全であり、年長期における初種痘は比較的危険であるとのドイツ、オランダ等の調査に基づくものである。しかしながら、毎年二〇〇万人以上の母数をもつ皆接種の場合には、被害の数は極めて莫大となる。仮に危険性が大きいとしても、一万〜二万人という母数しかもたない包囲接種の場合には、被害は桁はずれに少ないのである。まして、皆種痘を予備接種として位置づける場合には、本種痘を予定しているのであるから、予備接種と本接種との二重の危険にさらされることになり、危険率は増大する。このように予備接種の考え方は、危険性の点から皆種痘を存続させる理由にならないことは明らかである。まして、後記のとおり昭和四五年(一九七〇年)になつて年長期の初種痘に副作用が多いというデータは誤りであることが判明したため、接種年齢の変更が行われたのであり、予備接種論は、有力な根拠を失うことになつた。

第二に、予備接種により、包囲接種の場合追加免疫となり、ブースター効果が生じるという効果の面が指摘される。しかし、ブースター効果自体接種後年を経るに従つて少なくなるものであり、成人の場合にほとんどないといつて過言ではないし、逆になまじ免疫が残つている場合、包囲接種の場合に善感を妨げる作用すら指摘されている。ましてや前記のとおり、皆種痘による被害の莫大性、皆種痘(予備接種)と包囲種痘(本接種)の二重の危険などの重大性を考えると、このような効果はほとんど意味がないといわなければならない。

ⅵ 被告の過失

以上のべたことから、被告には、天然痘が非常在になつた時点において、幼児強制種痘を廃止すべき義務があつたことは明らかである。そして、少なくとも昭和二七年にはわが国において非常在国になつていたものであり、また非常在国における防疫対策も存在しており、わが国においても皆種痘の廃止は技術的に可能であつたことも明らかである。

また、被告が調査研究を十分につくしておれば、戦後の混乱期における患者発生が外国からの侵入であること、また副作用被害が莫大なものであることが明らかになり、非常在国における防疫対策をとることも可能であつたから、わが国において昭和二三年当時から廃止すべきことが明らかとなつたはずであつた。

ところで、皆種痘による副作用と利益とを右の当時判断すれば、右のような結論は十分に可能であつた。ところが被告が漫然と皆種痘を強行し続けてきた最大の原因は、被告が調査研究義務に違反して、副作用などの調査をつくさず、逆にわずかにわかつていた被害でさえ、これを隠蔽しようとし、右副作用と利益とを正当に判断しなかつたことにあり、遅くとも昭和二七年段階で種痘を廃止しなかつたことにつき、被告に過失があつたものというべきである。

③ 一歳未満の乳児に種痘した過失

ⅰ 種痘の接種年齢

乳幼児における脳組織は、満一歳未満、特に六か月前後に急激に整備される。この時期における脳組織の損傷が乳幼児の生育に極めて大きな影響を与え危険であることは、戦前から知られていた。ところで、乳児は母親からうけついだ母子免疫を体内に有しているが、これが切れるのが生後六か月とされ、早い時期から免疫をつける必要があるとの指摘があり、これが昭和二三年制定の予防接種法において、種痘における接種時期について第一期として生後二か月から一二か月と定められる根拠となつた。

ⅱ 種痘接種年齢の検討

しかし、わが国においては、前述のように少なくとも昭和二七年には天然痘の非常在国となつたのであるから、その必要性の根拠についても十分な検討がなされるべきであつた。さらに、昭和三五年には英国保健省の医務官のグリフィスが種痘の副作用が一歳未満児において高いことを発見し、保健省の委員会は、保健大臣に対して生後二年目を種痘の接種年齢とすべきであると勧告し、同三七年一一月一六日に保健大臣はその旨を指示した。グリフィスの調査では、一九五一年(昭和二六年)から一九五八年(昭和三三年)における種痘による一歳未満の死亡者は一〇〇万人当たり19.4人、一歳から四歳の死亡者は1.9人という極めて大きい差があつた。またグリフィスの調査を基礎に英国保健省のユニーベア博士が一九五一年(昭和二六年)から一九六〇年(昭和三五年)までの種痘の副作用の調査をしたところによつても、一歳未満児は一歳児に比較して約三倍の発生率を示していることが明らかとなつた。

さらに米国においては、アメリカ厚生保健省のネフらが一九六四年(昭和三九年)に、その前年度に行われた種痘について、全米における死亡者と、ノースカロライナ等四つの州の死亡その他の副作用の調査をなし、これらの調査で、一歳未満児における副作用発生数が他の年齢の者の二ないし五倍に達するものであることを明らかにした。

これらの調査によつて、前記のとおり英国は昭和三七年に、オーストリアも同三八年にそれぞれ接種年齢を一歳以上に、米国も同四一年に一歳から二歳に引き上げたのであり、西独も同四二年に変更したのである。

ⅲ わが国における対策

被告は、欧米における種痘の接種年齢の変更を十分に知り得たはずであり、またその立場にあつた。しかるに被告は、右諸外国の年齢変更を漫然と見過ごし、何らの措置をとらなかつた。ところが昭和四五年の「種痘禍騒ぎ」がおきるや、法によれば接種年齢は生後二か月から一二か月となつているにも拘わらず、急拠行政通達という手段で六か月から二四か月に変更したのである。そして、昭和五一年に予防接種法を改正し、今度は何らの科学的な根拠もなく、接種時期を生後三六か月から七二か月に引き上げたのである。

被告が、予防接種の実施主体として副作用調査を実施しておれば、欧米より前に一歳未満児の副作用発生が高いことは明らかになつていたはずであつて、現に昭和四四年になされた種痘調査委員会の報告においても一歳未満児の副作用が多いことも明らかとなつている。

ⅳ 被告の過失

以上のように、被告が副作用調査の義務を怠つていたため、一歳未満児の副作用発生事情が明らかとならず、そのために接種年齢変更が遅れたことについては、被告には重大な責任がある。まして、欧米において調査結果が発表され、欧米各国で接種年齢が変更されたのであるから、被告としてもこれを調査研究し、被害防止のため接種年齢を一歳以上にすみやかに、少なくとも英国が変更した昭和三七年には変更すべきであつた。

しかるに、被告は、漫然と接種年齢の変更を遅らせ、この変更がなされていた場合、一歳未満で接種を受けていなかつたはずの原告らに対して種痘を実施し、本件各事故を発生させたものであつて、被告の過失は、明らかである。

④ 種痘の接種数を誤つた過失

種痘による脳炎、脳症等の神経障害の原因は、種痘に含まれる物質によるものと考えられており、接種数が多ければ多いほど脳炎、脳症等の副作用の危険もまた増大すると考えられるのであるから、種痘の接種量および術式を決めるにあたつては、必要最少量を接種するように定めるべきであり、また、種痘の接種にあたつては、決められた接種術式により、規定量を厳格に守つて接種すべきである。

ところで、わが国では、昭和二三年一一月一一日厚生省告示第九五号に基づく種痘施行心得により、種痘は乱刺法または切皮法でおこなうものとし、接種数は、乱刺法では一個とし、切皮法では第一期定期接種のときは二箇、その他のときは四箇とする旨が定められ、右の切皮法による接種数は、昭和三三年九月一七日厚生省告示第二七号に基づく予防接種実施規則においても同様に定められた。

したがつて、厚生大臣としては、本件各接種当時、本件各接種の各実施主体ならびに各接種担当者に対し、規定量を超えた痘苗の接種が危険であるから、定められた接種量や術式を厳格に守るべきことを周知徹底すべきであつた。しかるに厚生大臣は、右周知徹底を怠り、その結果、後記のように、接種担当者に過量接種を実施させたものであつて、この点に過失があつた。

右のごとく、種痘の接種数が定められた趣旨に照らせば、各接種担当者が接種に際して、規定量に従つた接種をおこなうべき注意義務を有しており、その注意義務に違反して過量接種をおこなつたと認められる場合には、かかる注意義務違反は予防接種事故を発生させる危険性、蓋然性を有するものであり、事故発生についての過失があるとみるべきである。

しかして、被害児番号35田村秀雄については、昭和三一年五月八日種痘の第一期定期接種が切皮法によりなされたが、右種痘施行心得に違反して、接種数を四箇としてなされ、種痘の規定量の二倍にあたる過量接種を受けたものであり、右原告に対し本件接種をおこなつた接種関与医師は、種痘の規定量にしたがつた接種をおこなうべき注意義務に違反して過量接種をおこなつたもので、本件事故発生について過失があつたことはあきらかである。

⑤ 腸チフス、パラチフスワクチン(以下「腸パラワクチン」という。)を廃止しなかつた過失

ⅰ 腸パラワクチンの有効性

腸パラワクチンは、昭和四五年定期接種から外され任意接種とされたが、その理由の一つとして、ワクチンの効果に対する疑問があつたとされている。しかし、右の疑問は、既に戦前からワクチンが効かないことを示す事実は多くの人々の体験するところであり、専門の学者の間においても、既に戦前からワクチン無効論が唱えられていた(初代の国立予防衛生研究所長であつた小林六造博士)のであり、いまだかつて右ワクチンの有効性が確認されたことは全くないのである。

ⅱ 腸パラワクチンの副作用

腸パラワクチンの副作用は、局部反応である発赤、腫脹、疼痛等のほか、全身反応としては悪寒、発熱、頭痛、倦怠感、時にめまい、嘔吐、下痢、腰痛、関節痛、発疹などであり、接種後二四時間以内に死亡するという例もあり、死亡をも含めた副作用の存在は戦前からよく知られていた。

ⅲ 腸パラワクチンの必要性

腸チフス、パラチフスは、チフス菌の経口感染によつて起こる急性の全身性感染症であり、高熱、徐脈、ばら疹、腹部症状、脾腫を主症状とし、重要なことは、症状に年齢による違いがあり、一四、五歳以下の弱年齢層の場合、軽症で、症状も典型的にはでないということであり、このことは、既に第二次大戦の相当以前から知られていた。腸チフス、パラチフスに対する治療薬として、昭和二二年頃抗生物質で薬効の高いクロラムフェニコールが開発され、同二五年頃には広く普及し、それまで致命率が一〇パーセント前後であつたのが、殆どなくなつたという程となり、この外に、保菌者に対する治療薬としてペニシリンの一種であるアンピシリンもよく使用されるようになつた。他方、腸チフス、パラチフスは、一般に保菌者の糞便を感染源とし、感染経路となるのは、食物、飲料水、手であるため、上下水道の整備、飲食物の衛生的管理等の環境衛生の改善が、その流行の防止には極めて効果的である。

以上のとおり、腸チフス、パラチフスの症状そのものが、少なくとも弱年層では軽いうえ、仮に罹患しても抗生物質によつて治療可能な疾病となつたのであるから、予防の絶対的必要性はなく、他方、その予防対策としても、重篤な副作用を有するワクチンに頼らずとも、環境衛生の改善が極めて効果的であるのであるから、本ワクチンを年齢あるいは地域の如何を問わず全国一律の定期接種としたことは、誤りであつた。

ⅳ 被告の過失

(ⅰ) 被告は、昭和二三年予防接種法制定において、腸パラワクチンを生後三六月ないし四八月を第一回として以後六〇歳に至るまで毎年を定期とする強制接種としたが、以上のとおり、何らの合理的根拠も存在しないものであつた。昭和二三年の時点において、弱年者層をも含めて一律に定期予防接種としたことは、法制定当時の社会事情等を考慮したとしても、合理的、科学的な措置とは到底みなし得ない。ちなみに、かかる広範囲の年齢層の者を一律強制接種とすることは外国に例をみないものである。

(ⅱ) 被告は、昭和四五年六月一日予防接種法改正により、ようやく腸パラワクチンを定期予防接種から除外した。クロラムフェニコールなどの抗生物質により、腸チフスは、ひろく何人にとつても益々恐るるに足りない疾病となり、その患者数は、昭和二三年には一万人を割り、同三二年には約二〇〇〇人となつていたが、その原因としては予防接種ではなく、環境衛生の或る程度の改善があげられているのである。しかも、昭和二五年以降腸パラワクチンの接種方法が改められ、それまで成人に対しては0.5cc一回、一cc二回の皮下接種であつたのが、右改正を機に、0.1cc一回の皮内接種法が一般的となり、ワクチンとしての効果は到底望めなくなつた。他方、腸パラワクチンの接種率は、二〇パーセント位まで落ちていた。集団防衛に必要な接種率はおよそ八〇パーセントとされているから、かかる接種率では集団防衛の目的さえも達し得ないことは明らかである。腸チフスワクチンは昭和三三年以前に廃止すべきであつた。

⑥ インフルエンザワクチンを接種した過失

ⅰ インフルエンザの病像

インフルエンザは、慢性の心肺疾患者・老齢者等のいわゆるハイ・リスク・グループに属する者以外には、死亡または重大な後遺症を残すことのない病気で、乳幼児の罹患する急性呼吸器疾患にしめるインフルエンザの割合は、わずかに五ないし六パーセントであり、さらに乳幼児がインフルエンザで通常重症化することはない。感染は気道感染であり、気管の上皮細胞が侵される局所感染を基本にした疾患で、感染防禦には、局所たる気道粘膜で産出される免疫抗体が分秘抗体として最も役立つもので、血液中の抗体がウイルスに作用を及ぼし感染防禦に役立つことは少ないと考えられている。インフルエンザウイルスは、毎年変化(連続変異)すると共に、一〇年に一度ほど不連続的に大きく変化し、その変化の内容はいずれも予測はできず、しかも同じ流行期でも、場所が異なれば流行株も異なり、日本全体でみれば、同時に色々な型の株が流行する。

ⅱ ワクチンの有効性

インフルエンザワクチンが開発されてからすでに三〇年余を経過しているが、ワクチン接種後の罹患率、症状の程度の変化などのワクチンの予防効果につき調査された例は極めて少なく、また予防効果を確かめる方法も確立しておらず、予防効果が実証された調査報告例は殆どない。むしろ反対に、ワクチンの予防効果を否定する調査結果がしばしば報告されている。このように、インフルエンザワクチンの有効性が不確実な理由は、インフルエンザの病気としての前記特性と不可分の関係にある。

ⅲ ワクチンの副作用

異種蛋白質を人体に注射することにより副作用をおこす危険があるというワクチン一般に共通する危険性の外に、インフルエンザワクチンに特有の危険性として、ワクチン製造過程で孵化鶏卵を使用するため、アナフィラキシーショックなどのアレルギー反応をおこす場合があること、ワクチン製造過程において雑菌が混入しやすいため、その菌体内毒素による副作用の危険性があることなど、ワクチン開発当初から他のワクチンに比較して重篤な副作用発生の危険性が高いことが指摘されてきた。

ⅳ 乳幼児に対する接種と被告の過失

呼吸器疾患をひきおこすウイルスは一〇〇種類近くあり、インフルエンザはその一つにすぎず、急性気道疾患全体からみると、それ程多い数を占める疾病ではない。したがつて、インフルエンザだけの予防接種を行つても、急性気道疾患全体の予防にどれだけ貢献できるかは疑問である。インフルエンザは一般には良性の疾患であり、通常の健康を有する者にとつては生命に危険を生じたり、身体に重篤な後遺症を残すほどの重大なものではない。一方ワクチンの効果は不確実であり、副作用も大なるものがある。従つて、インフルエンザに罹患した場合に重大な影響を受けるいわゆるハイリスクグループの人についての接種はともかく、一般人については接種する必要性はほとんど認められない。

とりわけ乳幼児の場合には、インフルエンザに感染する機会が少なく、健康な乳幼児が罹患したとしても重症化することはない。ことに二歳以下の乳幼児については重篤な副作用が発生する頻度が高いことは、昭和三六年にベルの論文において明らかとなつていた。それゆえ、被告は、二歳以下の乳幼児に対しては、遅くとも同四二年までには勧奨接種を廃止すると共に、この年齢層に対し一切接種を行わない措置をすべきであつたものである。

しかるに被告は、昭和四〇年一二月一一日付の公衆衛生局長通知において「乳幼児の予防接種は格段の注意をもつて実施すること」、同四二年一二月四日付の公衆衛生局長通知において「成人に比して二歳以下の乳幼児は副反応の頻度が高いので、慎重な予診問診を実施し、対象の選択に留意すること、一般家庭における二歳以下の乳幼児に対する集団接種は好ましくないこと、集団生活を営む保育所等の二歳以下の乳幼児については特別対策を実施すること」の通達をしたのみで、二歳以下の乳幼児について同四六年に至るまで勧奨から除外せず、接種を続行し本件被害をもたらしたもので、責任を免れない。

⑦ 百日咳ワクチン、二種混合ワクチン、三種混合ワクチンの接種量を誤つた過失

ⅰ 副作用と菌数の関係

百日咳ワクチンによる脳症等の重篤な副作用は、主としてワクチンに含まれる百日咳菌の菌体成分の毒素によるものであり、したがつて、ワクチンに含まれる百日咳菌の菌数が少なければ少ないほど脳症等の副作用が少なくなることは遅くとも昭和二〇年代に知られていた。また混合ワクチンにおいても、重篤な副作用は、その中に含まれる百日咳ワクチンに由来するとされており、したがつて、副作用を減らすためにできうるかぎり百日咳ワクチン内に含まれる菌量を減らすことは、被告の義務であつた。

百日咳ワクチンは当初その効果について疑義がもたれるなど、製造されるワクチンの効力(力価)が必ずしも一定でなかつたが、Ⅰ層菌を使えば充分に効果のあることがわかり、それに従つて製造がなされるようになつた昭和三一年頃からは、ワクチンの力価については問題がなく、あとはいかに副作用を減らすかが課題として残されていた。

ⅱ わが国の接種菌量

わが国において、百日咳ワクチンおよび二種混合ワクチン、三種混合ワクチンに含まれる百日咳菌の菌数は、生物学的製剤基準により定められ、また各ワクチンの使用液量は実施規則等で定められてきている。これらの基準、規則等は時々変更されており、当初の規定および変更のうち菌数に関係する部分を一覧表にして各接種時における菌数を示せば後記の表のようになるが、これは副作用を減らすという観点を全く無視したものであつた。

ⅲ 菌数についての研究成果

すでに昭和三一年には、わが国の百日咳ワクチンが同一菌量でもアメリカのワクチンに比べはるかに力価が高いこと、感染防禦に必要な抗体価を超えた抗体を作り出す、いわば効きすぎるものであることが明らかにされており、以後も同様の指摘が続いていた。各国でも副作用防止の観点から、菌量を減らす努力が続けられてきたが、WHOは、昭和三八年に定めた基準により、一度の接種につき四国際単位の力価のあるワクチンを三回接種すれば充分な免疫が得られ、それ以上の力価のワクチンは副反応の発生する危険を増すとして、力価を維持しつつ菌量をできる限り下げるよう勧告している。また、一回の接種量中に二〇〇億個以上の菌量を含まないようにワクチンを製造すべきだとしている。WHOの標準ワクチンでは、力価3.6単位は菌数五〇億個に相当しており、四単位を三回合計一二単位の接種で足るということは、菌数にして三回で約一六〇億個(一回あたり約五五億個)で充分な免疫が得られるということになる。昭和四〇年には、わが国のワクチンがWHOの標準ワクチンの力価よりはるかに高く、力価の国際単位で示すと一ccあたり7.9単位であることが明らかになつており、わが国のワクチンの菌数を減らすことが提案され、同四二年には、わが国のワクチンで一回につき菌数一〇〇億個のワクチンを三回接種した場合でも充分に感染防禦できることが明らかになつている。この成果すら、同四八年の改正までいかされず、しかもこの改正によつても一回につき一〇〇億個、三回で三〇〇億個の接種量となり、WHOの基準からみると、まだ1.8倍という高いものである。

ⅳ 被告の過失

WHOが一回あたりの菌数の上限値を一回につき二〇〇億個と定めたのは、菌数あたりの力価の低い粗悪なワクチン製造技術しか持たない国の場合をも想定した最低基準であるが、わが国のワクチン製造技術は、米国、英国と比べても高い水準にあり、WHOの基準品にも負けない力価をもつていたものであるから、WHOの基準が明らかになつた昭和三八年以後は、三回の接種による菌数を合計一六〇億個に下げるべきであつたし、同年以前も、遅くともワクチンの効果が確立された同三一年以降、菌数を減らすべきであつたが、被告は、これを怠りいたずらに被害を出したのであつて、その過失は明白である。

なお、右のような被害発生の可能性ある過失行為の存在を原告の側が立証した場合には、被告において、菌数を減らしても、なお被害が発生したであろうことを反証せぬかぎりこの過失と結果発生との間の因果関係は認められるべきである。

百日咳単味ワクチン

年月

菌濃度

初回接種(1期)

追加接種

(2期)

第1回

第2回

第3回

24.5

150億個/cc

接種液量

菌量

1.0cc

150億個

1.5cc

225億個

1.5cc

225億個

3.5cc

600億個

1.0cc

150億個

46.7

200億個/cc

接種液量

菌量

1.0cc

200億個

1.5cc

300億個

1.5cc

300億個

4.0cc

800億個

1.0cc

200億個

48.3

200億個/cc

接種液量

菌量

0.5cc

100億個

0.5cc

100億個

0.5cc

100億個

1.5cc

300億個

0.5cc

100億個

⑧ 予診をしなかつた過失

ⅰ 予診の意義

予防接種における予診の意義は、一般治療行為にあたつての予診と同様で、予防接種をしても危険や副作用の発生のおそれのない健康状態にあるかどうかを調べるための診察行為である。このことは、予防接種施行心得に「予防接種施行前に被接種者の健康状態を尋ね、必要がある場合には診察を行なわなければならない」と規定され、また予防接種実施規則において「接種前には、被接種者について、問診及び視診によつて、必要があると認められる場合には、更に聴打診等の方法によつて、健康状態を調べ」るべきことと定められていることからも明らかである。

混合ワクチン

年月

菌濃度

初回接種(1期)

追加接種

(2期)

第1回

第2回

第3回

33.2

240億個/cc

接種液量

菌量

0.5cc

120億個

1.0cc

240億個

1.0cc

240億個

2.5cc

600億個

0.5cc

120億個

46.7

200億個/cc

接種液量

菌量

0.5cc

100億個

1.0cc

200億個

1.0cc

200億個

2.5cc

500億個

0.5cc

100億個

48.3

200億個/cc

接種液量

菌量

0.5cc

100億個

0.5cc

100億個

0.5cc

100億個

1.5cc

300億個

0.5cc

100億個

ⅱ 予診の重要性、不可欠性

予防接種のワクチンは、弱毒性菌ワクチン、死菌(不活化)ワクチン、無毒化毒素のいずれであつても、人体にとつて、全くの異質物であり、毒物、危険物である。予防接種は、このような異質物、危険物たる細菌、ウイルスまたは毒素の人体への注入であるから、本質的に重大な危険を内包するものである。したがつて、予防接種を実施する被告としては、これらの危険を回避するために、あらゆる手段を尽し、最大限努力をしなければならないことは当然である。

このような副作用発生の防止、危険回避のための予診の重要性については、厚生省自身も古くから認識し、予防接種法、通達等において予診を義務づけ、詳細な規定を設けていることからしても、十分裏付けられるのである。

ⅲ 予診の程度、内容

右のように、予防接種が極めて危険なものであり、重大な副作用発生の可能性を内包しているとすれば、接種するにあたつては、この者に予防接種をしても副作用発生の危険性はないとの判断が得られるまで予診を十分尽さなければならない。まず第一に視診と問診が尽くされるべきである。とりわけ集団接種の場合においては、問診の占める役割は極めて重要であつて、被接種者の健康状態を調べるための手段であるとともに、他の予診、検査方法がさらに必要かどうかを判断して、より精度の高い健康状態の把握のための出発点を形成するものである。したがつて、もし集団接種の場において問診もなされないとすれば、予診は全くなされないということになり、副作用発生の危険性は、極めて高くなるといえる。

予防接種の対象者は、ほとんどの場合乳幼児であるため、接種医は、まず乳幼児の世話をしている保護者に対し、適切な問診を尽し、乳児に対する視診と触診をねんごろに尽し、問診においては場合によつては、乳児の特性からみて、潜在疾患を探るためその質問は出産時の模様や家族歴にまで及ばなければならない。

現在集団接種の場では、いちいちの問診を効率的かつ的確におこなうためとして問診票が用いられているが、これはあくまでも問診の補助手段であり、これを有効に利用して問診を尽くすべきは当然である。

以上のようにして、視診、触診、問診を尽くし、健康状態に疑問が生じれば聴診、打診、体温測定をおこない、さらに尿検査、血液検査、脳波、心電図等の諸検査を実施することも必要となるのである。

ⅳ 被告の予診の欠如

被告は、これまで予防接種を実施するにあたつて、予診を欠如し、または不十分であつたのであり、本件原告らが予防接種を受けたときにも全く状況は同じであつて、各原告らに共通して、予診は全くなされなかつたか、なされても極めて不十分なものであつた。今日では、集団接種の場では、いちいちの問診を効率的かつ的確におこなうためとして問診票が用いられているが、昭和四五年以前は、被告においてこの問診票すら存在しなかつた。昭和四五年六月に種痘禍が社会問題化し、同年同月一八日に、厚生省公衆衛生局長は、各都道府県知事あて「種痘の実施について」として、「接種前に被接種者側に質問票に記入させる方法により、健康状態を把握すること」等の趣旨が通知され、同様に、同月二九日にも、「乳幼児への接種の前に、予防接種歴・体温・疾患等についての質問表を配布し、接種時に持参するよう指導すること」等が通知され、質問表の様式が示されて、ようやくにして問診票が利用されるようになつたのである。

ⅴ 予診の欠如と被告の責任

予防接種実施規則、予防接種実施要領等における予診の諸規定は、いうまでもなく、予防接種を受ける者の生命、身体の安全を確保するために設けられたものであり、厳格に遵守されるべき法的義務を定めたものである。このような義務に違反して接種をなし、副反応事故を発生させた場合には、被告に過失があるものとしてその責任を免れないというべきである。

また被告は、予防接種行政を全面的・排他的に統括・管理するものであつて、被接種者の生命・身体の安全を守るため自ら定めた実施規則、実施要領等を厳格に遵守させることは十分に可能であり、極めて容易なことでありながら、実施現場において全く遵守されず、かつそのことを十分知りながら有効な措置を講じないまま放置してきたものであつて、そのような状況下において発生した副反応事故につき、全面的に過失の責を負担するのは当然のことである。

仮に、前述のように被告に直接責任を認めることが相当でないとしても、予診の諸規定に違反して副反応事故が発生した場合には、被害発生につき過失があるものと一応の推定をし、反証がない限り被告に責任を認めるべきであり、それが公平の理念に合致する結果をもたらすものといえるのである。すなわち、原告らにおいて、接種にあたつて予診がなされなかつた事実と、予防接種に起因する副反応被害とを立証した場合には、被告において、原告らが禁忌に該当せず且つ十分な予診を尽してもなお結果が発生した事例であることを立証しない限り、責任を免れないと解すべきである。

⑨ 禁忌者に接種した過失

ⅰ 禁忌の設定と科学的副作用調査の必要性

被接種者の体調もしくは体質的素因により重篤な副作用がおこりやすい場合のあること及びどのような素因を禁忌とすべきかについては一定の経験的知識が累積されてきたのであるが、これをより積極的に明らかにし、副作用のおこりやすい体調、素因を科学的調査によつて調べるという組織的作業は、全く怠たられてきた。副作用の調査は、一〇〇万人を超える規模により、副作用発生後の経過と併せ、接種前の本人の身体状況を把握できる同時調査が不可欠である。このような調査は、接種者である被告のみが可能であつたのであり、被告は、予防接種による被害を避けるべき最高度の注意義務を負つていたのであるから、当然こうした調査をなすべき義務を負つていたのであつたが、現実にはこのような調査を全くしなかつた。その結果、科学的な調査にもとづいた禁忌の設定をすることが不可能となり、現在に至るも、科学的調査の裏づけのある禁忌設定はなされていないといつてよい。

ⅱ 被告の定めた禁忌

(ⅰ) 被告は、昭和二三年の予防接種法において、予防接種を全国民に強制しながら、禁忌に関する定めを不完全なまま放置しており、わずかに種痘施行心得(同二三年一一月一一日)で、禁忌につき、なるべく種痘を猶予する方が良い者として、①著しく栄養障害に陥つている者 ②まん延性の皮膚病にかかつている者で種痘による障害を来す虞のある者③重症患者又は熱性患者を規定したにすぎず、又百日咳予防接種施行心得(同二五年二月一五日)においても、「高度の先天性心臓疾患患者等接種によつて症状の増悪するおそれのある者に対しては予防接種を行つてはならない。」と規定するにすぎなかつた。昭和三三年に至つて、やつと実施規則第四条で全ワクチンに適用できる禁忌を以下のように定めた。

「第四条 接種前には、被接種者について、体温測定、問診、視診、聴打診などの方法によつて、健康状態をしらべ、当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には、その者に対して予防接種を行つてはならない。ただし、被接種者が、当該予防接種にかかわる疾病に感染するおそれがあり、かつ、その予防接種により著しい障害をきたすおそれがないと認められた場合は、このかぎりでない。

① 有熱患者、心臓血管系、腎臓または肝臓に疾患のある者、糖尿病患者、脚気患者、その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者

② 病後衰弱または著しい栄養障害者

③ アレルギー体質の者、またはけいれん性体質の者

④ 姙産婦(姙娠六ケ月までの姙婦を除く)

⑤ 種痘については、前各号に掲げる者のほか、まん延性の皮膚病にかかつている者で、種痘により障害をきたすおそれのある者」

その後、昭和三九年、同四五年に予防接種間隔に関する規定が追加されたり、姙産婦に関する規定が一部変更されたが、同五一年の予防接種法の改正とともに禁忌者は以下のように改められた。

① 発熱している者又は著しい栄養障害者

② 心臓血管系疾患、腎臓疾患又は肝臓疾患にかかつている者で、当該疾患が急性期もしくは増悪期又は活動期にあるもの

③ 接種しようとする接種液の成分によりアレルギーを呈するおそれがあることが明らかな者

④ 接種しようとする接種液により異常な副反応を呈したことがあることが明らかな者

⑤ 接種前一年以内にけいれんの症状を呈したことがあることが明らかな者

⑥ 姙娠していることが明らかな者

⑦ 痘そうの予防接種(以下「種痘」という)については、前各号に掲げる者のほか、まん延性の皮膚病にかかつている者で、種痘により障害をきたすおそれのあるもの又は急性灰白髄炎若しくは麻しんの予防接種を受けた後一月を経過していない者

⑧ 急性灰白髄炎の予防接種については、第①号から第④号までに掲げる者のほか、下痢患者又は種痘若しくは麻しん予防接種を受けた後一月を経過していない者

⑨ 前各号に掲げる者のほか、予防接種を行うことが不適当な状態にある者

(ⅱ) このように禁忌設定は、昭和三三年までまつたく不充分であつたし、同三三年以後の禁忌も、後述するように他に禁忌とすべき多くの条項を欠いたままである。さらには、「医師が予防接種を行うことが不適当と認められる疾病にかかつている者」とか、「予防接種を行うことが不適当な状態にある者」という、一般的条項を設けているが、こうした一般的条項を判断するために必要な情報は、充分に接種現場に伝達されていなかつた。

ⅲ 禁忌判断と例外的接種

乳幼児に対する予防接種における禁忌診断は、被接種者本人が自覚症状を訴えることができず、本人の生まれつきの身体的弱点も気づかれていない可能性が成人よりも高いので、禁忌判断は、きわめて慎重に行なわなければならず、疑わしい場合には、今すぐに接種しなければならないという緊急性がない限り、体調のよくなるまで待つた上で接種すべきであり、体調の変化(改善)が期待できない場合には、接種するか否かの判断は充分な資料を得た上でおこなわれねばならない。

ⅳ 集団接種における禁忌の判断

これまでわが国でおこなわれてきた集団接種においては、その被接種者の多さに比べ、接種医は少なく、一時間あたりの被接種者の数は、国の規定によれば種痘で八〇人程度、種痘以外で一〇〇人程度を最大限とするとされていること、いわゆるホームドクターが接種を担当することを予定していないこと、必ずしも小児科の医師のみが接種をしてきたわけではなく、専門外の科目の医師も多数接種していること、被告が接種にあたる医師に、禁忌に関する一般的な情報すら充分に与えていなかつたことのため、接種の是非について、医者として専門的判断を下すには、これまで行われてきた集団接種ではとうてい不可能であつて、個別接種の制度をとるべきであつたが、仮に、集団接種を前提とする場合には、前記のような実情に鑑み、健康であることの明らかな者のみを選んで接種し、被接種者の身体的条件に疑問のある者は、集団接種からはずして、それらの者については、個別接種で慎重な配慮のもとで、判断をした上で接種の是非を決定するべきであつた。集団接種を前提とするかぎり、「予防接種を行うことが不適当な状態にある者」という一般的条項は残しつつも、できるだけその内容を明らかにするための具体的な禁忌を掲げ、禁忌者および禁忌の可能性ある者については、集団接種では接種せず、他の慎重な手続で接種の是非を判断する制度にすべきであつたのである。このような制度のもとで、集団接種において禁忌として掲げられるべきであつた要因としては、被告の定めた禁忌の外にたとえば次のようなものがあげられる。

ア 未塾児ないし低出生体重児として生まれた者、出生時に異常のあつた者

短かい在胎期間で出生した乳幼児もしくは出産時の体重が二五〇〇グラム以下である乳幼児は、通常の出産児に比べ、胎内での身体、脳などの発育状態が未熟もしくは遅れており、ワクチンのような直接的な身体への異物の注入が体に与える影響も大きく、副作用が発現する蓋然性も高いと考えられる。又、仮死出産や難産等、出生時に異常のあつた乳幼児も何らかの身体的弱点を有している可能性が高い。

イ 発達遅滞にある者、虚弱体質者

身長、体重、運動機能、知能等の発達状態に異常のある者など心身の発達の遅れている乳幼児、慢性栄養障害者など慢性的に健康に問題のある者は、身体上何らかの欠陥が隠されており、予防接種による副作用の蓋然性も高いと考えられる。兄弟に病死者が多いなど家族歴に異常のある者も、体質的素因を共通にしている可能性がある。

ウ 風邪をひいている者

風邪をひいている乳幼児は、仮に熱がなくとも、その症状がどのように変化するかも知れず、かつ体力も低下している。

エ 下痢をしている者

下痢をしている乳幼児は体力が低下しており、予防接種による副作用の蓋然性が通常児より高い。

オ 病気あがりの者

病気がなおつたばかりの乳幼児は、体力が依然回復しておらず、抵抗力も弱つているので、副作用の発生する蓋然性も高い。

カ アレルギー体質の乳幼児および両親又は兄弟にアレルギー体質者がいる乳幼児

いかなる物質に対してどのような反応を示すかは、その子が人生を経るに従つて徐々に明らかになるであろうが、それらの判断の難しい乳幼児期においては、アレルギー性の疾患に患つている者を一応すべて除外し、当該ワクチンの試験的少量接種などで反応を見る方法などにより、当該ワクチンにアレルギーでないことが明らかにならない限り接種すべきでない。なお、アレルギー体質は遺伝性のものであるから、両親や兄弟にアレルギー疾患のある乳幼児は、アレルギー体質である可能性が強い。

キ これまでの予防接種で異常のあつた者

それまで接種したワクチンによつて通常の副反応以上のきつい副反応を呈したことのある者は、体質等に問題があると考えられる。

ク けいれんの既往のある者及び両親又は兄弟にけいれんの既往のある者

けいれんの既往のある乳幼児は、接種一年以内のけいれんがなくとも、けいれん体質である可能性もあり禁忌とすべきであるし、両親、兄弟にけいれんの既往のあるものも、体質的素因を共通にしている可能性がある。

ケ 種痘につき皮膚疾患のある者

湿疹等すべての皮膚疾患は、自己接種をおこしやすい。

ⅴ 被告の過失

以上述べたとおり、前項で例示したアないしケの項目に該当する者および被告自身が定めてきた禁忌事項に該当する者に対しては、遅くとも、昭和二三年当時から接種すべきでないことは、明確になつていたにもかかわらず、被告は、禁忌の重要性を看過して、集団接種により、接種すべきでない者に対しても接種を強行してしまつた。

これは、禁忌事項の定め方のあやまり、不明確さ、禁忌判断に必要な人的、物的体制の不整備、副作用情報の伝達の懈怠、接種医の怠慢等の理由に基づくものであるが、これらはいずれも、接種すべきでない者に接種してしまつたという結果を招来した原因となつていることは明らかであり、被告の過失であつたことはいうまでもない。

⑩ 副作用発症に対する救急態勢を怠つた過失

被告は、予防接種に重大な副作用が伴うことを知悉していたのであるから、予防接種の実施と同時に副作用の発症にそなえての救急態勢を予め準備し、万全の態勢を整え、発症時には右救急態勢がうまく作動しうるようにしておくべき義務を負う。

しかるに、被告は、かかる配慮を欠き、副作用の存在を秘匿さえしてきた結果、公然と救急態勢を整えることを放棄してきた。

本件訴訟において、救急義務違反故に被告が原告の被害を最少限に抑え被害の拡大を防止しえなかつたものに被害児番号18仲本知加があるので、救急態勢を怠つた過失は、原告各論一八の4の責任(二)の(2)において具体的に主張する。

(四) 違法性

国家賠償法一条一項が要件としている違法性の判断に当たつては、被害者側の事情(被侵害利益の種類・性質)と加害者側の事情(侵害行為の態様)とを相関的に較量して、違法性の程度を判断すべきものとされている。

ところで、本件のごとく被侵害利益が生命、身体という重大な法益であり、かつ身体に対する侵害が死に匹敵するほど重篤なものであるから、右の被害者側の事情のひどさは最大級のものであるといつてよい。

すでに述べたように、予防接種に高度の危険が内在することは過去の被害例によつて被告も認識しており、被告は、予防接種被害を防止すべき最高度の義務を有していたものであり、右被害の絶対的な防止義務を前提としての接種の「強制」という制度をも許容せられていたものであるから、重篤なる予防接種被害の発生事実のみから、すでに加害者側の不法性は十分推認しうるところである。したがつて加害者側の事情のひどさは、具体的な個々の要素を検討するまでもなく、推認しうるものであり、本件予防接種被害を惹起した被告の公権力行使は、「違法」と断定されうるものである。

6  責任(その三)

損失補償責任

(一) 特別犠牲に対する補償

(1) わが国の予防接種制度は、少数の国民の特別犠牲の上に成り立つている制度である。予防接種法一条は、「この法律は伝染の虞がある疾病の発生及びまん延を予防するために予防接種を行い、公衆衛生の向上と増進に寄与することを目的とする」と規定している(旧予防接種法一条も同旨)が、わが国の予防接種は、伝染病予防を目的としても、それは、個人を超えた集団の防衛を主眼とし、集団防衛という公益の実現のために、不可避的に少数の被接種者に重篤な副作用が生ずることが知られている予防接種を国民に強制しまたは勧奨してきたのである。

その結果、原告ら被接種者に重篤な副作用を生ぜしめ、死亡もしくは重大な後遺症といつた特別の犠牲をもたらすに至つた。このように被告は、集団防衛ないし社会防衛のために、予防接種を強制または勧奨して予防接種を実施し、その結果、原告ら被接種者に対し重篤な副作用を生ぜしめ、死亡もしくは重大な後遺症という特別の犠牲をもたらしたのであるから、被告は、原告らが受けた損失につき、憲法一三条、一四条一項、二五条一項、二九条三項に基づいて当然に補償をなすべきである。

(2) 憲法二九条三項の生命、健康に対する侵害への適用

憲法二九条三項は、財産権の収用について直接規定しているものであり、生命、健康に対する侵害について特に規定していないが、しかし、右は、生命、健康の絶対性からして本来収用ということが考えられない(あつてはならない)からであるに過ぎない。万が一、社会公共のために、生命、健康に対する侵害結果が生ずるときは、当然に補償することを前提としているものである。

憲法一三条は「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」と規定し、憲法二五条は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と規定している。

財産権はおのずと内在的に公共の福祉による制約を負うものであるが、生命・健康は至高な権利であり、そのような制約を一切負うものではない。右のような財産権に対する侵害について補償義務があるのに、不可侵である生命、健康への侵害について補償義務を否定することは、背理であり、右憲法一三条、二五条に明らかに抵触するといわざるをえない。

また、予防接種についていえば、被告は、伝染の虞れがある疾病の発生及びまん延を予防し、公衆衛生の向上と増進に寄与するとの公益目的実現のため、一方で不可避的には被接種者に重大な副反応の生ずる場合のあることを予定しながら、各種予防接種につき、法により罰則を設けてその接種を国民に強制し、あるいは各地方公共団体に対し、国民に接種を勧奨するよう行政指導して各種予防接種を実施してきたものであるが、右公益目的は、原告らの特別犠牲の上に成り立つているものである。一般的国民は、原告らの犠牲と引き換えに、各予防接種によつて伝染の虞れがある疾病の発生及びまん延を予防され、よつて予防接種法が目的としている国民の一般の公衆衛生の向上及び増進による社会的利益を享受しているのである。原告らが強いられた、予定された特別の犠牲につき、その損失を個人の者のみの負担に帰しめることは「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において差別されない。」と規定する憲法一四条一項にも反するところとなる。

したがつて、憲法一三条、二五条、一四条の趣旨からして、生命・健康に対する侵害につき補償義務の存することは自明といわねばならない。

(3) 正当な補償

財産権は、補償すれば収用は法的に可能である。しかし、生命、健康は、たとえ補償してもこれを収用したり侵害することは絶対に許されないものである。したがつて、許されない結果が出た場合は、その結果は不法といわざるをえず、この点財産権とは根本的に異なるのである。原告らは、こうした重篤な被害を何ら予想することもなく被告の強制により従順に予防接種を受け被害を蒙つたのである。原告らとしては、いかに公共の利益のためとはいえ、蒙つた被害につき全く承服できない。一般国民が、原告らの犠牲の上に立つて平穏に生活していることを考えればなおさらのことである。

被告は、自ら発生させた生命、健康に対する不法な結果につき完全な補償をなす義務を負うことは勿論であり、少くとも、生命、健康について完全な補償を考える場合、損害の填補という見地に立てば損害賠償における完全賠償と補償額において差異をもうける合理的理由はない。精神的損失に対する補償の点についても、人の生命、健康を総体として評価するうえで、人の精神的存在に対する評価を抜きにすることはできず、財産権の侵害に伴う感情的な損害とは異なり、生命、健康への重大な侵害は必然的かつ客観的に精神的損失を伴うものであり当然に補償の対象となる。

(4) 法的救済制度との関係

ところで、法的救済制度上の給付内容は、国家財政や他の障害福祉制度等を考慮しつつ立法、行政府の裁量によつて決定されるべきであるとの議論がある。しかしながら、生命、身体についての特別犠牲に対する補償が完全な補償であり、憲法一三条、一四条一項、二五条一項、二九条三項に直接根拠を有するものである以上、その補償の内容について、立法や行政の裁量に委ねることは許されない。もし、裁量を許すとすれば、右憲法の趣旨は全く阻却されることになる。とくに予防接種については前記のとおり一定の割合において不可避的に被接種者に対し重篤な副作用をもたらすものであり、こうした深刻な危険性を内在させているものである(予定された被害)。そして、予防接種の実施はまさに右危険を国民に強いるものであり、国民において回避可能性がないこと、結果としての被害の重大さを考えれば、右のような裁量を許す余地はないというべきである。

したがつて、法律ないし行政措置によつて補償の内容を定めるとしても完全補償に値するものでなければならず、これに値しないものであれば、その差額を直接請求できるものである。

(二) 損失補償請求の併合

国家賠償法に基づく損害賠償請求に、憲法一三条、一四条一項、二五条一項、二九条三項に基づく損失補償請求を追加的、予備的に併合することができる。

(1) 実体法たる「国家補償法」の観点

① 国又は公共団体の活動によつて惹き起こされた国民の直接又は間接の損害を填補し、被害者(国民)を救済するための法領域を「国家補償法」としてとらえ、損害賠償とか損失補償とかの区分は、責任分配上の便宜的・合目的的区分と見るべきであるとの立場が、極めて有力である。最近の医薬事行政、航空運輸行政、原子力行政、社会福祉行政、教育行政などのように国又は公共団体の行政が細かく国民の日常生活に入り込む傾向が顕著になればなるほど、私法上の法律関係の場合は損害賠償請求によつて、公法上の法律関係の場合は損失補償請求によつてというように截然と区別することが困難となり、これらが相交錯する場面が多くなつている。

② 本訴における原告らの請求は、国が実施した予防接種による生命、健康被害の損害填補(国家補償)を求めるものであり、その被害は、正に単一の事象でしかなく、その被害填補も金銭の支払請求であつて、損害賠償あるいは、損失補償といつても、求める給付の原因と実質は全く同一といつてよい。このような生命、健康被害を国民と国又は公共団体との訴訟で争う場面では、損害賠償と損失補償とで二つの訴訟に区分しなければならない合理的理由はない。しかも、一般に適法行為と違法行為とは概念的には区分できても、実際の具体的行為については必ずしも始めから明確とは限らない。行政の行為は、発展的なる手続・作用の評価の時期の異るに従つて、違法、適法の評価の違いが生ずるという面をもつている。帰責事由の有無は、審理の進行経過の中で評価し決せられるものであつて、その意味で損害賠償請求と損失補償請求は相対的な相違にすぎず、一つの訴訟手続の中で審理する合理性は極めて高いというべきである。

(2) 行政事件訴訟の訴訟手続を定めた行政事件訴訟法の解釈及び民事訴訟法の解釈

① 現行行政事件訴訟法は、成立の当初より裁判実務の解釈・運用・判例の集積に期待しなければならないところが多い不完全な法律とされているが、その解釈、適用に疑義を生じた場合には、この法律が国民の権利救済に奉仕するものであるとの根本理念に立ち返つてその解釈をしなければならない。行政事件訴訟法に定める職権証拠調、訴訟参加、被告の変更、関連請求などの特則は、国民の権利救済を容易にし、訴訟経済にも合致するものとして置かれたと考えるべきであつて、これらの規定の存在、適用を理由に、国民の権利救済、訴訟経済の理念をゆるがせにするような方向での同法の適用は、厳に慎しまなければならない。

② とくに、典型的な行政訴訟である抗告訴訟と異り、当事者訴訟、ことに実質的当事者訴訟は、民事訴訟と隣接・混淆した領域であり、その境界は、極めて不明確である。前述のとおり、行政活動が広範多岐に拡大し、且つ行政の手段や行為形式が複雑多様化している今日、伝統的な公法、私法二元論では割り切れない領域が増大しており、当事者訴訟における民事訴訟と行政訴訟の区別は極めてあいまい化している。また、民事訴訟と行政訴訟の区別は原因が公法関係か否かにかかわりなく訴訟物たる権利又は法律関係によつて形式的に決まるのであつて、公益的、実質的配慮に基づく区分ではない。国賠法による損害賠償と損失補償についてみれば、帰責事由の有無による相違にすぎない。従つて、当事者訴訟における民事訴訟と行政訴訟は決して異質なものではないのであり、訴訟物が形式上異なるという理由で訴訟手続を厳格に区別すべき合理性は全くない。また、当事者訴訟にあつては職権証拠調べは全くといつてよい程に活用されておらず、司法裁判所が行政訴訟をも審理する制度下では、当事者訴訟を形式的に民事訴訟と区別するだけの実益はほとんどない。

③ 以上のとおり、仮に本件損失補償請求を実質的当事者訴訟と解したとしても、民事訴訟と異種のものと考えるべきではなく、その審理には民事訴訟法の適用があり民事訴訟法二二七条による併合ができるか、それとも行政事件訴訟法一六条の準用により、関連請求として損害賠償請求に損失補償請求を併合できると考えるのが相当である。

(3) 本件の審理状況

現行法上行政事件を民事事件と区別することの実際的意義は、行政事件には行政事件訴訟法の適用があること及び行政事件は地方裁判所の合議体によつて一審の審理がなされること(裁判所法三条一項一号・地方裁判所家庭裁判所支部設置規則一条二項)であり、行政事件訴訟の審理といつても基本的には民事訴訟の例によつて行われ、個人の権利救済のための訴訟という点では民事訴訟との間に大きな相違はない。

本件の審理は、第一次訴訟が提起された昭和五〇年当時から地方裁判所の合議体で行なわれており、現実の審理過程においては行政事件訴訟法の適用ある場合と同じように扱われ、実質的な審理の中味も、被告の利益が損なわれることはなかつたほか、本訴が予防接種現場に関与した行政機関を相手とせず、生命、健康被害に究極の責を負う国のみを被告としているので、損害賠償請求にせよ損失補償請求にせよ、被告を変更する必要もないし関係行政機関が訴訟参加をすることも考えられず、したがつて、損失補償請求の併合により被告が受ける不利益はない。

(4) 以上のとおり、本件において損害賠償請求に損失補償請求を追加することは、実体法的にも訴訟法的にも適法であり、また、裁判実務上も確立された解釈であつて、現実の審理経過に照しても、被告に不利益がなく、訴訟経済に合致するので、許されるべきである。

7  損害(損失)

(一) 本件各被害児が本件各事故によつて受けた損害は、後記各原告各論の損害の項に詳記するとおり、深刻、重大なものである。

(二) 損害賠償の包括的一律請求

(1) 原告らがこうむつた被害は、精神的、肉体的被害のみならず、家庭生活、社会生活の被害等多様であるが、これらの被害は、それぞれ分離し独立しているのでは決してなく、相互に関連し影響しあうという被害の悪循環が連続し、被害を相乗的、累積的により拡大しより深刻化させている。そして、これら被害は、総体として、原告らの生命、健康それ自体を侵害する。その結果、原告らは「人間としての生活」を将来にわたつてまで全面的に否定されたのである。

原告らのこうむつた被害を損害として正しく評価するためには、かかる被害を総体として、包括し、把握することが不可欠な前提となる。原告らが真に求めているのは、この意味で、まさしく原告らのこうむつた「総体としての損害」の完全なる回復である。

こうした被害の完全かつ全面的な救済をはかるためには、被害を矮小化せず、被害の実体を総体として把握し、被害の総体としての特質を見極めなければならない。被害を個々に分断して見るのではなく相互の有機的な関連のなかで被害を直視することによつて、初めて「総体としての損害」の全貌が明らかになつてくる。結局、真の被害救済は、被害の実態と特質を正確に反映した「総体としての損害」についての包括的評価方法によるしかない。

(2) 原告らは、本訴において、自らを四ランクに分け、その内三ランクにつきそれぞれ一律の金額を請求している。かかる一律請求を採用した根拠は、第一に、原告らのこうむつた被害の共通性、等質性であり、第二に、原告らの請求は、損害の一部請求であるということであり、第三に、究極的には、原告ら一人一人の意思に副うということである。

① 原告らは、予防接種被害者として、等しく、生命、健康それ自体を侵害され「人間としての生活」を奪われ、「人間の尊厳」を奪われた。原告らは、その実態と特質において、共通の被害をこうむつた。「総体としての損害」において、原告らのこうむつた損害は、共通かつ等質である。

② 原告らの被害は、そのすべてを理解し表現することは不可能であると確信するに至るほど、広く根深い。原告らの総体としての被害は、本来、金銭には換価し得ない、いわば無限大のものである。しかし、民事裁判における請求であるため、原告らは、合意の上で、すべての原告らにとつて現実の損害よりはるかに小さい金額を請求額として決定した。したがつて、原告らの請求は、より正確に表現すれば、「包括損害の一部請求」というべきものである。

③ 原告らのこうむつた被害を、総体として正確に知り得るのは原告ら一人一人だけである。第三者がこれを正確に認識することはとうてい不可能である。いわんや、第三者が原告らをランク付けすることなどとうてい不可能なのである。第三者によるランク付けは、ひつきよう恣意的にならざるを得ない。原告らをランク付けし得るのは被害を最も知悉している原告ら自身のみである。本訴において、原告らは、十分に討議し合意の上、自らの請求額を控え目に算出し、自らを四ランクに分けた。原告らのこうした意思は十分に尊重されなければならない。

(3) これを要するに、原告らが求めているのは、原告らがこうむつた「総体としての損害」の完全な回復である。したがつて、損害賠償額を算定するにあたつては、徹底して原状回復の基本的視点に立たなければならない。「総体としての損害」を完全に補填し、「人間としての生活」を全面的に回復するに必要な費用を賠償額として金銭的に評価しなければならない。具体的にはつぎの事項を最大限考慮しなければならない。

第一に、原告らがこれまでにこうむつた精神的、肉体的、家庭的、社会的被害からなる被害の総体を、総体として、正しく把握、評価し、そのうえで金額を算定しなければならない。

第二に、原告らの一人ひとりが、適切な施設や家庭において完全な療養、看護を受け、かつ相当の教養、娯楽に親しんでいくに足り得る金額、原告らが少しでも元の「身体」に元の「生活」に戻れるように努力していくに足りる金額を算定の考慮に入れなければならない。後者には予防接種被害回復のための治療方法の研究開発費、職場復帰や転職のために必要なリハビリ職業訓練費及び教育費なども含まれる。

第三に、右の第二の考慮によつては決して償われることのない被害、ことに精神的被害については、これを慰藉するに足る十分な金額を算定の考慮に入れなければならない。

第四に、最終的に金額を決定するにあたつては、他の公害、薬害裁判や学校災害等の賠償額例やインフレによる物価上昇等を考慮に入れなければならない。

第五に、本件予防接種被害と被告の加害行為の特質を考慮しなければならない。

(4) 右の次第で、原告らは、本訴では、最重度(後記Aランク)の被害者につき一億二〇〇〇万円、重度(同Bランク)の被害者につき九〇〇〇万円、死亡者につき七〇〇〇万円、その他(同Cランク)の被害者につき五〇〇〇万円を請求し、総額は、次のとおりである。

〈編注・次頁表〉

(三) 「個別積み上げ方式」による仮定的損害算定

仮に各原告のこうむつた損害を個別的積上げ方式により金銭評価すると、その金額は、右(二)を下ることはない。(相続計算については百円以下切捨て)

以下、介護費、慰謝料、逸失利益等について仮定的に検討してみる。

① 全介護を要する被害者(Aランクの被害者という。)の損害の算定

ⅰ 得べかりし利益

被害者らは、同一時期に被害を受けたものではなく、被害を受けてから相当長期間を経過しているのであるが、賃金額は、毎年ベースアップ、物価上昇により上昇している現状からして、被害者らが得ることができたのであろう収入を算出する際には口頭弁論終結時により近い時点の全労働者平均賃金を基礎とするのが相当である。よつて、昭和五九年度全労働者平均賃金三四八万円(労働者政策調査部編・昭和五九年賃金センサス第一巻による)を年収と考え、これに各被害者の発症日現在の就労可能年数(就労の始期を一八歳、その終期を六七歳とする。)に対応する新ホフマン係数(発症時零歳児で、16.419、同一歳児で、16.716、同二歳児で、17.024)を乗じて算出する。

原告番号

原告氏名

損害額

(単位千円)

(弁護士費用除く)

弁護士費用

(単位千円)

請求総額

(単位千円)

高倉米一

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

河島豊

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

塩入信子

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

秋山善夫

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

吉田理美

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

七の一

増田昌久

六〇、〇〇〇

九、〇〇〇

六九、〇〇〇

七の二

増田恭子

六〇、〇〇〇

九、〇〇〇

六九、〇〇〇

清原ゆかり

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

小林誠

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

一〇の一

幸長好雄

六〇、〇〇〇

九、〇〇〇

六九、〇〇〇

一〇の二

幸長律子

六〇、〇〇〇

九、〇〇〇

六九、〇〇〇

一一

鈴木旬子

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

一二

稲脇豊和

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

一三

山本治男

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

一四

上野雅美

五〇、〇〇〇

七、五〇〇

五七、五〇〇

一五

金井真起子

九〇、〇〇〇

一三、五〇〇

一〇三、五〇〇

一六

前田憲志

九〇、〇〇〇

一三、五〇〇

一〇三、五〇〇

一七

上田純子

九〇、〇〇〇

一三、五〇〇

一〇三、五〇〇

一八

藤本章人

五〇、〇〇〇

七、五〇〇

五七、五〇〇

一九

仲本知加

九〇、〇〇〇

一三、五〇〇

一〇三、五〇〇

二〇

森井富美子

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

二一

末広美佳

九〇、〇〇〇

一三、五〇〇

一〇三、五〇〇

二二

四方正太

五〇、〇〇〇

七、五〇〇

五七、五〇〇

二三

三好一美

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

二四

三好道代

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

二五

毛利鴻

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

二六

毛利舜子

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

二七

柳沢康男

二五、〇〇〇

三、七五〇

二八、七五〇

二八

柳沢二美子

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

二九

常信勇

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

三〇

常信知子

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

三一

三原政行

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

三二

三原洋子

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

三三

中尾巖

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

三四

中尾八重子

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

三五

田辺幾雄

四六、六六六

六、九九九

五三、六六五

三六

田辺美好子

七、七七七

一、一六六

八、九四三

三七

田辺博法

七、七七七

一、一六六

八、九四三

三九

大木清子

一七、五〇〇

二、六二五

二〇、一二五

四〇

桑原恵子

一七、五〇〇

二、六二五

二〇、一二五

四一

前田訓代

一七、五〇〇

二、六二五

二〇、一二五

四二

中野節子

一七、五〇〇

二、六二五

二〇、一二五

四三

澤崎慶子

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

四四

高島よう

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

四五

横山信二

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

四六

大橋敬規

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

四七

木村尚孝

九〇、〇〇〇

一三、五〇〇

一〇三、五〇〇

四八

田村秀雄

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

四九

西晃市

九〇、〇〇〇

一三、五〇〇

一〇三、五〇〇

五〇

矢野さまや

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

五一

菅ユキエ

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

五二

高橋勝己

五〇、〇〇〇

七、五〇〇

五七、五〇〇

五三

原雅美

九〇、〇〇〇

一三、五〇〇

一〇三、五〇〇

五四

池上圭子

二五、〇〇〇

三、七五〇

二八、七五〇

五五

小川昭治

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

五六

小川良子

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

五七

野々垣幸一

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

五八

野々垣久美子

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

五九

原竹彦

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

六〇

原須磨子

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

六一

垣内光次

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

六二

垣内千代

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

六三

山本昇

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

六四

山本幸子

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

六五

安田豊

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

六六

安田明美

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

六七

藤井英雄

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

六八

藤井鈴恵

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

Aランク被害者らはいずれも最重度の知能障害と運動機能障害に苦しんでいるものばかりであるから、労働能力を全く喪失している。そうすると、少なくとも発症時零歳児のAランク被害者の逸失利益については次のようになる。

348万円×16.419=5713万円

ⅱ 介護費

後記のとおり一日当たり一万円が相当であり、年額三六五万円に原告の発症時平均余命年数に対応する新ホフマン係数(昭和五八年簡易生命表による平均余命年数は、男子零歳児で、七四・二〇年で、係数は30.56、男子五歳児で、六九・八八年で、係数は29.50、女子零歳児で、七九・七八年で、係数は31.60、女子二歳児で、七八・二七年で、係数は31.40)を乗じて求める。

そうすると、少なくとも発症時零歳男児のAランク被害者の介護費については、次のようになる。

365万円×30.56=1億1154万円

ⅲ 慰謝料

後記のとおり五〇〇〇万円が相当である。

ⅳ なお被害児番号6増田裕加子、被害児番号9幸長睦子、被害児番号19森井規雄及び被害児番号38菅美子は、それれ長年後遺症被害に苦しんだのち、死亡した者であるが、いずれも個別計算によつても、請求額を上回る損害を被つている。

たとえば、右被害児幸長睦子については、昭和三一年三月二九日生れ、同年一〇月一六日二混接種による被害にあい、昭和五八年三月一日二七歳で死亡した。そこで、同被害児について、逸失利益、介護費、慰謝料を個別計算すると、次のようになる。

〔逸失利益〕

348万円×(就労の終期27才までの労働可能年数に対応する係数16.804から就労の始期18才までの同年数18年に対応する係数12.063を引いた係数=4.741)+348万円×(就労の終期67才までの同年数67年の係数29.022から就労の始期27才までの同年数27才の係数16.804を引いた係数=13.218)×生活費控除(1−0.4)=4410万円

〔介護費〕

365万円×27年間の新ホフマン係数16.804=6133万円

〔慰謝料〕 五〇〇〇万円

〔合計〕 一億五五四三万円

② 半介護を要する被害者(Bランクの被害者という。)の損害の算定

ⅰ 得べかりし利益

Bランクの被害者らは、いずれも重度の精神障害と身体の運動機能障害に苦しんでいる者であり、その労働能力の喪失は少なくとも九〇パーセントを下らない。

ちなみに、Bランクに該当する被害者の労働能力喪失率については、自賠法施行令第二条の「後遺障害別等級表」によると、第三級第三項「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができない」に該当するものであつて、一〇〇パーセントの労働能力喪失率になる。

同表による第四級は、九二パーセントの労働能力喪失率を示すが、第四級の該当項目と比較しても、本件Bランクに該当する被害者の被害が右第四級の該当項目にあたる障害を下回つてはいないことは明らかである。

その他は、Aランク被害者らと同一の算定方法による。そうすると発症児零歳児のBランク被害者は逸失利益については次のようになる。

349万円×16.419×0.9=5157万円

ⅱ 介護費

Bランク被害者らは、生活を維持していくうえで、なんらかの介護を要するもので、Aランクの被害者と比べて、その程度に差があるので、その介護費はAランクの半額が相当である。

そうすると、Bランクの被害者の介護のためにこうむつた損害は、次の額を下らない。

365万×30.56×0.5=5577万円

ⅲ 慰謝料

Bランクの被害者らは、後述の通り、予防接種に特有の精神障害をこうむつているものであるから、金三〇〇〇万円が相当である。

③ 死亡者

ⅰ 得べかりし利益

全介護者の場合と同様により、これに生活費控除平均四〇パーセントを差し引いた六〇パーセントを乗ずる。そうすると、次の額を下らない。

348万円×16.419×0.6=3428万円

ⅱ 慰謝料

全介護者に対する慰謝料を下回るべきではなく、被害者本人及び両親を含む慰謝料としては、五〇〇〇万円が相当である。

④ その他の被害者

被害児番号13上野雅美、同17藤本章人、同21四方正太、同39高橋勝己及び同41池上圭子については、それぞれ個別原告の損害主張欄記載のとおりである。

⑤ 逸失利益について

ⅰ 賃金センサスとインフレ算入

(ⅰ) 前記の計算式の逸失利益の算定にあたつては、被害の時期の如何を問わず過去および将来の逸失利益のすべてについて昭和五九年度の賃金センサスの全労働者平均賃金を基礎としている。これは過去および将来にわたるインフレの影響を考慮した結果である。すなわち、本来ならば、過去の逸失利益は当時の平均賃金額を基礎として算定すべきかもしれないが、インフレーションの影響を考慮する限り、被害は決して年五分の遅延損害金ではカバーされないからである。

(ⅱ) 他方、将来の請求については、現在価値に換算するため通常ホフマン方式をもつて中間利息の控除がなされるが、過去三〇年間の消費者物価平均上昇率は6.3パーセントであり、これだけで中間利息の控除がなされたのと同じ実質価値の減少が生じているのであつて、これになおホフマン方式による中間利息を控除することは実質的には二重に控除することと同じこととなり、被害者にとつて極めて不利な扱いとなる。

したがつて、本来、インフレによる目減り分を算入して請求するか、中間利息の控除率を考慮してこそ初めて経済的合理性のある被害弁償がおこなわれるのである。損害賠償額に経済的合理性をもたせ正当な被害回復を図るためにはインフレの算入が必要不可欠であるが、その率等の予測が困難であるため、本件においては直截にインフレ率等を逸失利益算定の根拠にいれていないが、それと同旨で正当な被害回復を目的として、正義、公平の観点から過去、将来共々の逸失利益の算定に昭和五九年度賃金センサスによる全労働者平均賃金を使用し、その均衡を図つた。

ⅱ 男女格差の是正

(ⅰ) 昭和六〇年七月、「国連婦人の一〇年」最終年にケニア・ナイロビで開催された世界会議に先立つて、わが国は「女子に対するあらゆる形態による差別撤廃条約」を批准した。同条約は、その名称が示すように、女子に対するあらゆる形態の差別を禁じている。

男女の平等は、人類が長年にわたつて獲得した普遍の原理であり、わが国においても憲法一三条、一四条および二四条を初めとして、労働基準法、国家公務員法、地方公務員法その他の法体系に流れる基本的了解事項である。

これまで、法の正義の実現を目的とする裁判においても、損害金の算定につき実態慣行としての平均賃金の格差を基にして慢然と男女格差を設けていたことははなはだ残念であるが、右条約を締結した現在、本件訴訟において男女間における損害金の差を撤廃することが裁判所の責務である。

(ⅱ) また、予防接種事故における被害は、前述したように、総体としての人間破壊であることからもその被害に男女の違いはない。また、仮に個別積上げ方式をとり、その中で逸失利益の算定を平均賃金を基に算定する場合でも、その平均賃金に男女の差を設けるのは不当である。

⑥ 介護費について

ⅰ 全介護と半介護

被害児らの多くは重複して存在する重度心身障害のため、食事、排泄、入浴など日常生活の基本動作の全部を介助者の介護に頼つて生活しなければならない。

そして当然のことながら、必要とする介護の程度は各原告により異なり、次のとおり三つに区分し得る。

(ⅰ) 日常生活に全面的看護を必要とし、今後も終生同様の介護を要する者

(ⅱ) 日常生活に介助を必要とする後遺症者であつて右(ⅰ)までに至つていない者

(ⅲ) 一応他人の介助なしに日常生活を維持することが可能な者。但し、これらの者も、他人の介助を必要としなくなるまでには、両親等の介護があつたからであり、その過去の介護料については、右(ⅱ)と同様の費用がかかつている。

原告らは、被害児が必要とする介助の内容と程度を右(ⅰ)に該当する者は「全介護」とし、右(ⅱ)、(ⅲ)に該当する者を「半介護」として後者の介護料は前者の二分の一とする。

被害者らのうちには現在施設に入所している者もあるが、これらの被害者も過去においては父母などの介護を受けていたのであり、施設の現状をみるとき、将来にわたつて死亡するまで施設に入所できる保証は何もない。現に施設に入所しているという一時点の事実をとらえて介護費の要否を決するべきではなく、介護を要する心身障害を受け、介護を必要とするという事実の存否により介護費の要否を決すべきである。

ⅱ 具体的な介護費の算定

(ⅰ) 介護基準日額の設定とその根拠

ア 昭和六〇年五月一日現在の、付添看護料の料金は、

正看護婦  住込 一万二二一〇円

通勤 八五八〇円

准看護婦  住込 一万〇六七〇円

通勤 七四八〇円

看護補助者 住込 九五七〇円

通勤 六六〇〇円

但し、いずれも徹夜勤務のときは五割増である(大阪府看護婦、家政婦紹介事業連合会、標準賃金表)。

イ また別の資料によれば

甲地A 看護婦 准看護婦 看護補助者

基本給 八、一七〇 六、九四〇 六、一三〇

時間外手当  一、二八〇  一、〇八〇 九六〇

徹夜四割増  三、二七〇  二、七八〇 二、四五〇

深夜手当  一、五三〇  一、三〇〇  一、一五〇

合計 一四、二五〇 一二、一〇〇 一〇、六九〇

となつている(単位は円、社団法人日本臨床看護家政協会、昭和六〇年度一般看護料地域別基本給時間外手当一覧表)。

右資料及び本件各被害児の要介護時間が毎日長時間に及ぶことを考えると、半介護者につき、五〇〇〇円、全介護者につき一万円とする介護基準日額は適正というべきである。

(ⅱ) 介護費は、発症の日から被害者らの死亡の日まで支払われるべきであるが、その金額については過去の物価上昇、賃金の上昇などを考慮すると、過去、将来を通じて右介護基準日額である一日当り金一万円(半介護の場合は五〇〇〇円)、一年間金三六五万円(半介護の場合は一八二万五〇〇〇円)に発症日現在の平均余命年数に対応する新ホフマン係数を乗じて算出するのが相当である。

将来の介護料の算定の場合に昭和六〇年度の介護基準日額を使用することは問題ないとしても、過去の介護料の算定についても昭和六〇年度の介護基準日額を使用したのは次の理由による。すなわち、本来ならば過去の介護料は当時の基準額に遅延利息を付したものとすべきかもしれないが、インフレーションの影響を考慮する限り、被害は決して年五分の遅延損害金ではカバーされないからであり、この点については既に前記⑤逸失利益についての項で主張したことと基本的には同じであるが、介護費は、逸失利益のインフレ算入論より一層将来の上昇を考慮されなければならない。いわゆるインフレ算入論は逸失利益の実質価格の維持を目的とするものであるが、介護費は逸失利益ではなく出費である。そしてその出費は常に出費の時点での客観的な介護費、看護料である。すなわち、出費時点での実質賃金と動向を同じくすると言つてさしつかえない。その動向は、看護料の変遷をたどればよいのであるが、資料的に困難であるので、賃金センサスを参考に賃金の上昇を検討すると、過去一八年間で八七パーセント上昇し、その年平均上昇率は4.83パーセントである。そして将来もこの数値に近い上昇が続くと考えなければならない。この上昇は名目賃金の上昇だけでなく、実質賃金の上昇分も含まれているが、介護費の上昇としては右の二つを含めて考慮するのが当然である。けだし、介護費として出費する者の負担は右二つの上昇分を含むからである。そして介護費は得べかりし利益とは異なり被害者である原告らの生存に絶対必要な費用なのである。介護費の将来の上昇については特に強く配慮されるべきは当然である。

以上の諸点を考慮し、原告らは前記のとおり昭和六〇年度の介護基準日額を発症日現在の平均余命年数に対応する新ホフマン係数を乗じる方式を採用した。

⑦ 慰謝料について

ⅰ 予防接種被害に対する慰謝料

予防接種による被害が多発したのは、昭和三〇年代である。この時代は、社会保障制度・社会保険制度が完備されておらず、現実には低所得時代であつた。被害の重篤さ、あるいは被害いんぺい等によつて、治療方法も確立されていない状況の中で、被害児らに対し費された費用は、所得に対し大きな割合を占め、生活を圧迫した。それだけでなく、生活に追われるなかから支出した費用では十分な医療を受けさせることができなかつたとの悔やみを残すような状態であつた。

重篤な被害児をかかえた家族は、その他にも被害児の介護のために転業したもの、働く時間を制約されたりしたもの、介護疲れのために病気がちになるなど苦しい生活であつた。それでも被害児の生活の便を計り、風呂場、階段、玄関の上り口などの生活の基本となる場所を改造したり、窓に工夫をする、あるいは事故防止のために生活用品に工夫をするなど、目に見えぬ計算できぬところで費用を出捐してきた。

被害児本人についていえば、予防接種の被害は、中枢神経を主座とするものであるため、体力・知能・知覚の面で、普通人より数段能力が劣つている。幼児期の発育の遅れについては、生活面、幼児面で多くの手間と費用がいつた。また、風邪をひきやすい、発熱しやすいなど、病気を防止するため、あるいは、それらの病気に罹患すれば症状が重くなる、合併症をまねくなどで費用を要する。身体的な機能障害をもつ者は、けいれん発生に会う場合も非常に危険である。転倒して怪我をする。あるいは抗けいれん剤服用の副作用で、歯や歯ぐきを悪くする。知覚判断に劣るため、外で事故に会つて怪我をする。ストーブでやけどをするなど、通常人の生活とは比べられぬ計りしれない損害に費用を要するのである。

右のような損害については、個別の費目損害ではとうてい算定できぬものであり、慰謝料の中の一事情と勘案されても然るべきものである。そうすると、前記主張の金額は決して高額なものとは言えない。

ⅱ いわゆる「後遺症」についての慰謝料

(ⅰ) 労働基準法、労働者災害補償保険法あるいは自動車損害賠償保障法の「後遺症障害」について

労基法七七条、労災保一二条の八および三は、労働者が業務上負傷し、または疾病にかかり、「なおつたとき」「身体に障害が存する」場合に、その障害の程度に応じて障害補償金あるいは障害給付を行うとされ、この法律の方式にならつた自賠法は、同法一三条第一項で、「責任保険の保険金額は政令で定める」とし、同施行令二条二号ロにおいて、「後遺症障害(障害がなおつたとき身体に存する障害をいう)」と定義づけをし、逸失利益および慰謝料の賠償をなすことにしている。

労災事故や交通事故の場合には、実際上、外的な物理力による人身の損傷という被害が多く、その結果「後遺障害等級表」では神経精神の障害以外のいわゆる身体障害については各等級について網羅的に詳細に揚げられているが、神経精神障害については極めて大雑把で数項目に表われているだけである。神経精神障害については、これら現行の「後遺障害等級表」には基本的な欠陥があるといわれている。

(ⅱ) 予防接種被害者の後遺症について

ところで、また本件予防接種による各原告の後遺症をみると、交通事故、労災事故の典型例である外部物理力を原因とする身体の損傷ではないこと、すなわち、ワクチンの副作用による中枢神経障害であることが特徴である。したがつて、予防接種の後遺症については、いわゆる現行の「後遺症障害」あるいは「後遺障害等級表」によらない、事実に則したより妥当な判断がなされなければならない。

本件原告らのうち最重度、重度の被害児については、ワクチンによる体内的侵襲によつて脳神経部位に対する損傷がおこるものであるが、ワクチンの影響は長期にわたり潜伏して発作を生じさせ、精神・身体の機能障害は年々進行するものであることが立証されている。そのため右被害児らは、この発作を止めるためなお抗けいれん剤の投与をうけている。なるほど抗けいれん剤による治療というものは、積極的な回復のための治療行為ではない。しかしながら、客観的、永久的な精神、身体の毀損状態にあたるものについて、現症状の悪化を防ぐ為の外科的治療をうけているという状態でもないのである。すなわち、けいれん発作をおこすごとに中枢神経に新たな損傷をおこし、被害が進行していくのである。このような被害は現行法上の「後遺症障害」とは異なる特殊な被害であつて、直截に法的評価を下すとすれば、なお進行中の症状に対して、治療を継続しているものとみるべきである。

その場合、各被害者の最終的な「労働能力喪失」の割合については、現在の障害の程度から客観的・合理的に想定してこれを決めることが可能であるが、慰謝料の算定については、労働能力喪失率、後遺症等級に対するものとして単純に算定するのは相当ではない。即ち、いまだ入通院をなしている受傷者と同じ苦痛をうけて治療中なのであるからである。予防接種による後遺症については、入通院慰謝料に該るものが、日々加算され将来も続くのである。よつて本件の慰謝料についても通常より高額であるのは、正当であり、かつ合理的理由があるものであるということができる。

ⅲ 死者の慰謝料

予防接種被害の場合、被害児はいたいけな乳幼児であり、ようやく人間としての一歩を歩みはじめようとするとき、新芽を無惨にもぎとるようにその命を奪われてしまつた。しかも、急激な脳症状をおこし小さな体、小さな頭にいつぱいの苦痛をうけて、充分な治療の途も不明のままにおかれ、苦しみもがいて死んでいつた。被害児たちはいずれも余りに幼くその苦痛を言葉に出して訴える術もない。その高熱、けいれん、意識喪失の状況を見ればその苦痛は想像するにあまりあるものがあり、その親たちの苦痛、無念さも言語に尽せないものがある。

(四) 弁護士費用

原告らは、本訴の提起・遂行を関西予防接種被害者弁護団(弁護士五二名で構成)に委任した。いうまでもなく、本件訴訟を含む公害・薬害訴訟等の集団訴訟は、訴訟の中でも最も高度な専門知識と技術を駆使しなければならないものであり、とうてい一弁護士に委任してこれを行うことは不可能である。したがつて、原告らが本件訴訟の遂行を同弁護団に委任することに伴つて出捐した負担は、本件不法行為等と相当因果関係ある損害(損失)であり、被告はそのすべてを償わなければならない。

原告らは弁護団との間で、弁護団に支払うべき弁護士費用(着手金と報酬)について、原告一人について請求額の一五パーセントを、本裁判において認容された限度内で支払うことを合意した。この弁護士費用は、大阪弁護士会報酬規定からみると控え目なものなのである。

8  相続による権利の承継

(一) 被害児番号6増田裕加子、同9幸長睦子、同19森井規雄及び同38菅美子は、いずれも本訴提起後であるそれぞれ原告各論六、九、一九及び三八の各1「接種の状況」一覧表の死亡年月日欄記載の日時に死亡し、同表各原告欄記載の各原告が同表相続関係図及び相続関係記載のとおり右各被害児の権利を相続により承継した。

(二) 被害児番号29福山豊子は、原告各論二九の1「接種の状況」一覧表記載のとおり、昭和三三年六月二四日死亡し、父福山訓明、母福山静代が右被害児の権利を二分の一あて相続し、昭和四七年六月二三日右訓明が死亡し、同人の相続持分について妻静代と子で被害児の姉妹である原告大木清子(原告番号三九)、同桑原恵子(同四〇)、同前田訓代(同四一)及び同中野節子(同四二)が法定相続し、右原告らの母である静代が本訴提起後の昭和六〇年五月一日死亡したことにより同人の相続分を右原告ら四名が平等の割合で相続した結果、右各原告の相続分は各四分の一となつた。

(三) その余の死亡被害児(被害児番号22ないし28、42ないし48)の相続関係は、原告各論の各1「接種の状況」一覧表記載のとおりである。

9  結語

よつて、原告らは被告に対し、第一次的には安全配慮(確保)義務違反に基づく債務不履行ないし不法行為により、第二次的には国家賠償法一条による各損害賠償請求権に基づき、第三次的には憲法一三条、一四条一項、二五条一項、二九条三項による損失補償請求権に基づき、別紙Ⅲ請求債権目録のうち各原告に対応する請求総額欄記載の各金員及び債務不履行、不法行為又は損失発生後の日である原告番号二ないし六、七の一、二、八、九、一〇の一、二、一一ないし三七、三九ないし四二の各原告については昭和五〇年八月五日から、同四三ないし六八の各原告については昭和五四年一〇月一九日から、各支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

〔原告各論〕〈省略〉

二請求原因に対する被告の認否及び反論

1(一)  請求原因1(一)の事実については、後記原告各論一ないし四八の各1「接種の状況」に対する認否のとおりである。

(二)  同1(二)の事実は認める。

2  同2の事実については、後記原告各論一ないし四八の各2「経過」、5「損害」に対する認否のとおりである。

3(一)  同3(一)については、本件各ワクチンの接種により、まれに重篤な副反応が生ずることは認める。

(二)  同3(二)、(三)の事実はいずれも争う。

(三)  同3(四)のうち、被害児番号5、8、13、14、16、17、20、22ないし27、29、34、36、39、43、47及び48の各被害児については、本件各予防接種と本件各事故との因果関係を認めるが、その余の本件各被害児については、本件各予防接種と本件各事故との因果関係を否認する。

(四)  同3(五)の①の事実は認めるが、同②の主張は争う。なお、右各被害児について予防接種事故審査会の「接種との因果関係がある」との認定判断は、行政的見地からその認定を簡易迅速なものとし、疑わしい場合も含め広く救済する立場から、その前提手続として因果関係の判定を行つているものであるから、接種と発生結果の問題としても、右のような視点でなされた認定の存在により、直ちに損害賠償等の前提要件としての因果関係が事実上推定されるべきであるとしたり、これを右の意味による因果関係の存在そのものと同視したりすることは、救済制度における認定が一判断であるにとどまり、事実上の推定の基礎事実とは明らかに異質であることを看過するものであり、しかも、損害賠償請求権の存否を厳しい事実の認定と判断によらしめている訴訟制度の趣旨を没却するものであつて許されない。

(被告の主張)

(1) 因果関係の判断基準について

通常、予防接種(治療を含まないが、医療行為の一と考えるべきである。)施行後の神経系疾患の臨床症状や病理学的所見は、予防接種以外による疾患のそれと異なるものではない(非特異性)ため、具体的に生起した疾患が予防接種によるものであるか、あるいは他の原因によるものであるかを的確に判定することは困難であり、とくに本件で問題とされる脳炎、脳症については、もともと原因不明なものがその報告症例全体の六〇ないし七〇パーセントを占めており、これが具体的接種行為により惹起されたとの認定判断は、一層困難となる。

このため、原告ら主張の最高裁判所判決及び最高裁昭和四四年二月六日第二小法廷判決(民集二三巻二号一九五頁)の帰結と考えられる原則論に従つて検討すると、一般論として、あるワクチンの接種によつて、ある疾病(本件に即していえば脳炎、脳症)が起こり得るということができるためには、①接種から一定の期間内に発生した疾病が、それ以外の期間における発生数よりも統計上有意に高い頻度で発生することが必要であり、かつ、②当該予防接種によつてそのような疾病が発生し得ることについて、医学上合理的な根拠に基づいて説明できることを要件とすべきである(もつとも、①又は②のみが成り立つ場合であつても、その事実が客観的妥当性をもつと認められれば、一般論としての副反応発生の蓋然性を認めて差し支えないであろう)。

次に現実に発生した疾病が、接種したワクチンによつて起こつたとするためには、③接種から発症までの期間が、好発時期、あるいはそれに近接した時期と考えられる中に入り、かつ、④少なくとも他の原因による疾病と考えるよりは、ワクチン接種によるものと考える方が妥当性があることを要件とするべきである。

(2) ポリオ生ワクチン接種後の脳炎、脳症について

① ポリオ生ワクチン接種後のポリオ様麻痺については、臨床材料(咽頭ぬぐい液、ふん便、髄液など)からはポリオ以外のウイルスが分離されないこと及び分離されたポリオウイルスが血清学的にワクチン株のウイルスと近縁性を示すことが証明されれば、その症状とワクチンとの関連については、いわゆる適合例として因果関係を否定できないと考えられているが、このことは、ワクチン服用からまひ発症までの期間が二週間ないし三週間の間に有意に高いという疫学的データによつて裏づけられているといつてよい。

ところで、脳炎、脳症については、ワクチン投与の始まつたころから、その関連が否定的であつたが、ポリオの流行時に、脳炎、脳症様症状がごくまれに出ていたというデータがあつたため、サーベイランスにおいては、C(ポリオとは考えにくい症例)に分類したうえ報告が求められていた。この結果は、接種当日から一か月にわたつて広く分布しピークと思われるものが見当たらないこと、昭和四〇年を境として、B(ポリオの可能性のある症例)、C例の届出が減つているが、その理由として、診断基準等の徹底により、届出がより正確な診断に基づいて行なわれるようになつたと推測されたこと、WHOの集計は、A(定型的とおもわれるポリオ)に相当するものに限られていること等の理由から、ポリオ及びポリオ生ワクチンによつて脳炎、脳症が起こるという考え方は完全に否定されるに至つた。

② さらに、原告らは、ポリオ生ワクチンの接種により脳炎、脳症を起こす機序については、急性脳症を起こす例として疫痢に罹患した場合のヒスタミンに関する実験的作業を勘案して、赤痢菌が腸壁で増殖するとき、ヒスタミンないしヒスタミン様の物質を産生し、それが脳血管の拡張、収縮をもたらし、急性脳症を惹起するとし、ポリオウイルスが腸で増えた場合も同様であるとしているが、腸管、腸壁でヒスタミンが証明されたという報告もなく、赤痢の脳症がヒスタミンによるという説は現在の学界で最早支持されていない。しかも、野性ポリオウイルスも腸で増えるから、これによる脳症例の報告がかなりある筈のところ、これがほとんどないことからすると、常識的にみても弱毒であるポリオワクチンでのみ起こるという説明は成り立たない。

(3) 予防接種後のてんかんについて

予防接種後に脳炎、脳症等の重篤な中枢神経系の合併症が起こつた場合、特に脳症の場合には、脳の器質的障害のため、後遺症として、脳性麻痺や精神薄弱などとともに、てんかん(症候性)を残すことはあるが、脳炎、脳症を伴わずに、予防接種が原因で、てんかんが起こるということはない。

① 種痘や百日せきワクチン(二混、三混を含む。)接種の結果、発熱し、そのために熱性けいれんが起こることがある。また、もともとてんかん性素因を有する小児に対する接種によつてけいれんが誘発され、後になつて、てんかん発作を起こすようになる、という経過をとることがあり、あたかも予防接種によつて、てんかんを起こしたかのようにみられる場合がある。しかし、この場合は、予防接種が第一回のけいれんのきつかけになつた可能性があるというにすぎず、当該接種を行わなくとも、いずれはけいれんを起こし、てんかんに移行する小児であつたと考えるのが相当である。換言すれば、てんかんの小児について、かつて、予防接種後にけいれんを起こしたことがあるとしても、それが脳炎、脳症の一症状として起こつたものであつて、しかもその後遺症として、てんかんになつたものでない限り、けいれん又はてんかん素因を持つ小児の自然経過とみるべきであつて、当該予防接種とてんかんとの間に相当因果関係は存在しないというべきである。

② 接種後脳炎の臨床像は、通常、発熱、嘔吐、頭痛、食思不振などで始まり、意識障害、健忘、不穏、傾眠、昏睡、けいれん等の症状を示し、尿閉、便秘、髄膜症状なども伴つてくる。麻痺もしばしば生じ、髄液も蛋白、細胞増多をみることが多い。また、脳症の場合は、経過はしばしば電撃的であり、約半数は脳症状出現後一週以内に死亡をみる。けいれんが頻発し、片麻痺、言語障害もしばしば認められる。髄液は圧が高いのみで蛋白、細胞は正常のことが多い。その中で、発熱、けいれん、意識障害(右三者を以下「神経系合併症の三条件(症状)」又は単に「三条件(症状)」という。)がその主徴とされる。

脳炎、脳症がおこつたという場合、もちろん、右の症状すべてが常に現われるものではないし、また、その強さの程度もいろいろであろう。しかし、医師も気付かなかつたような脳炎、脳症というものが存在するとは到底考えられず、もし万一、見逃がしていたとすれば、それは軽い脳炎、脳症ということになろうが、そのような軽い、かつ、非定型的な脳炎、脳症によつて、後に(長期間経過後に)継続的にけいれんを起こして、てんかん等の後遺症を残すことになると考えるのは、医学の常識からかけ離れている。

③ 接種後に一回のけいれんが起こり、後にてんかん等になつた小児については、けいれん又はてんかん素因を有する者の自然経過であるとされるべきであるが、原告らはこれに対して、明らかなけいれん又はてんかん素因を示すデータがない以上、てんかんの原因としては、予防接種を考えるべきであるとするもののようである。しかし、この論理は、一般的に、予防接種とてんかんとの間に相当因果関係が存在するというのであれば、原因の一つとして考えなければならないが、そもそも、右の考え方が容認されないことは、前述①のとおりである。

④ けいれん及びてんかんの原因は、様々であるが、出産時外傷及び代謝異常以外の原因によるけいれん(及びてんかん)は、乳児期から小児期に多く、中でも真正てんかん(原因不明)は、小児期が好発年齢といわれている。したがつて、予防接種が乳幼児期に行われた後にけいれんが起こることは十分考えられるところであり、後にてんかんとなつた場合に、その原因は「不明」というのはよくあることである(てんかんの推定原因のうち「不明」は五〇パーセント弱といわれている。)。

(4) 因果関係を否認する本件各被害児について

① 被害児番号1高倉米一

ⅰ 本児の種痘前後の経過及びけいれんの状況及び本児がけいれん性素質とされていることから、脳炎、脳症のような神経疾患はなく、右けいれん性素質に種痘が影響を与えたとも考えられず、仮にそうとしてもその影響の程度についての判断は困難であり、一般に乳児早期からしばしばけいれんを起こしているものは後に脳障害を残し易く、本児の経過は、種痘の影響が全くなかつたとしても十分説明でき、種痘との関連性を認めるに足る資料もない。

ⅱ 本児については、生後三か月ころからけいれん、チアノーゼがあり、その後も時々小けいれんと引きつけがあり、種痘を受けたという四月一〇日から五日後の同月一五日において発熱はなく、また、けいれんはあつた模様であるが、それが、一五日であるか否かについてはカルテに記載はない。本児は、接種後において間代性けいれんを起こして入院しているが、同年五月七日脳脊髄液にも異常はなかつたのであり、その一三年後に脳性麻痺及び痴呆に至つているのは、同児にみられたてんかんによるけいれん性素質に基づく結果によるとみるのが自然である。

② 同2河島豊

ⅰ 本児については、昭和三六年三月二三日の脳波所見で発作的な棘波の出現を認め、定型的なてんかん脳波とされ、その後の経過においても同四六年一〇月けいれん発作、中枢四肢麻痺、精神発達遅延等の診断がなされていること、これらから、生後一二か月の時点で、定型的な脳波所見を有するてんかんであり、その後しばしばけいれん発作を起こし、通院を経て心身障害に至つているものである。

ⅱ 本児の症病経過によれば、本児につき点頭てんかんが始まつたと考えられるところ、この種のてんかんは原因不明のものがほとんどであり、大発作型けいれんに移行し易く、知能発達遅滞が高率に出現し、しかも予後が悪く難治性であるとされており、予防接種と無関係に生後六ないし一二か月の乳児期に好発するが、本児について、その発症の時期、状況が一致している。しかも、本児には本件予防接種後の高熱、意識障害を伴わないところであるから、本児については、接種後てんかんに気付いた疑いが極めて強く、脳炎、脳症の発症もなく、その後遺症としてのてんかんということはできない。

③ 同3塩入信子

ⅰ 本児については、昭和三八年二月四日突然けいれん発作があり(なお、その際意識障害もない)、その約一カ月後に右側脳障害によると思われる右片麻痺に気付いたものと考えられ、脳炎、脳症は認められず、そのけいれん発作の時期からも、種痘がその後遺症の形成に影響があつたとは考えられない。本児は未熟児として出生し、接種当日も鼻みずを出していたこと、本児の診療録にも二月四日発熱と記載されていることなどからすると、右発熱があつたとしても軽い風邪によるもので、種痘による発熱はなかつたと考えられる。

ⅱ 神経系合併症の三条件に照らしてみても、けいれんの発作が接種後二五日ころにあつた模様であるが、この時の発熱等は必ずしも明らかでなく、これを肯定するに足る資料もないところであり、また、本件予防接種後のけいれんについても、種痘後脳炎、脳症が起こるときは、七ないし一四日がピークであり、四週間程度までは起こりうる期間であるが、二五日では遅すぎるというべきであり、しかも、右けいれん発作とてんかん等によるけいれんの発作を区別することもできないから、現症が脳炎、脳症によるものとは認めることができない。

ⅲ 右診療記録によれば、本児につき前屈けいれん症とされているところ、右は乳児期に発症することの多い中で点頭てんかんといわれる症状が当時本児にあつたことを推測させ、この合併症ないし後遺症としての心身障害が後に残つていると考えるのが妥当である。これらのことから、本件種痘後みられたけいれんは、種痘の副作用としての脳炎症状でなく、種痘と無関係な点頭てんかんの出現と考えるべきである。

④ 同4秋山善夫

ⅰ 本児については、その接種日が必ずしも明らかでなく、その臨床所見に関しても、その発熱開始の時期、程度が不明で、持続時間についても約一か月とあるものの、十数年後の記憶によるもので、また、発育遅滞に気付いたのも接種後五年半経過したものであり、いずれもこの病像は不明で、発育遅滞があつたとしてもその記載もなく、検査所見も不明であることから、脳炎があつたということが困難であり、特発性の精神薄弱で本児の経過は十分説明できる。

ⅱ 本児は、兄や弟と同様いずれもアレルギー体質であつたことは明らかであり、同児の母は接種後三日目ぐらいから発熱し、三八度前後でこれが間欠的に一、二か月継続した旨述べているが、その確認は、抱きあげた感触であつて計つたわけでないというのであり、当初は医師にもみせていない状況であり、右一、二か月の期間下痢が続いていたが、ひきつけはなかつたものであるから、右発熱の原因も一般の感染症の疑いがある。しかも、種痘後の発熱が二〇パーセントの頻度で経験されているが、これはせいぜい三、四日で、一か月も続くことは考えられない。同女は、南医院にはひきつけたときかかつたとしているが、腸炎か肺炎だといわれているだけで、同女が種痘の説明をしたというのに、これについて何ら言及されていないことはむしろ、種痘との関係が否定されるものである。

ⅲ 本児については、種痘後脳炎、脳症を積極的に証明する資料がなく(チアノーゼは神経症状でなく循環障害であるにすぎない。)、むしろ本来あつた本児の知能障害に周囲が気付くようになつたのが本件種痘後二か月位の段階であると考えて自然に説明できるものである。

⑤ 同6増田裕加子

ⅰ 本児は本件予防接種を受け、当日五分間程度の間代性けいれんがあり、発熱も伴なつていたが、接種後三日目から、小発作が認められるようになり、生後九か月には奈良県立医大病院でてんかんと診断され、生後一年には大阪市大病院でてんかん兼脳性麻痺などと診断され、けいれん頻発により、脳障害ないし四肢運動麻痺を来していること、とくに接種当日のけいれんは良性熱性けいれんであることから、ワクチンの影響も一過性であり、本児のてんかん素因が右発作を発熱の刺激で誘発したにすぎない。

ⅱ 原告は、本児の症状等からみて、これが二混ワクチン接種による副作用で、急性脳症の後遺症(精薄の極限状態)であるとし、てんかん素質は認められず、二混がけいれん発作を誘発ないしその原因となつたとしている。しかしながら、小児科外来日誌には、妊娠中二か月ころ流産のため薬剤が使用されたとされているところ、このような妊娠初期の出来事が中枢神経内に悪影響を与えた可能性は否定できないし、発熱があつたかどうか明らかでなく、けいれんも軽度のものであり、意識の消失も二、三分で治つているところからみても、脳症というほどのものではなく、これをてんかん発作と考えても全く矛盾がない。接種当日夜の四〇度の発熱についても本件予防接種の反応であり、脳炎、脳症の際通常半日以上持続する意識障害も本児に起こつていないから、発熱によりてんかん発作が誘発されたとしてもこれから脳症を起こしたとすることもできない。

⑥ 同7清原ゆかり

ⅰ 本児の症状と経過から、下痢が軽快したので、ポリオ生ワクチンを服用し、同夜から下痢が再発し、生ワク投与後三日目に高熱、けいれん、意識障害を来たし、脳炎症状の発現のため、現に脳障害を遺しているが、生ワク投与三日後の脳炎発症は、時間的に早すぎ、過去の例からみてもポリオ生ワクチンによる脳炎の発生は極めてまれとされ、弱毒化されたウイルスにより脳炎の発生することはない。

ⅱ 原告は、本児が接種当日夜下痢再発に加え、三八度の発熱があり、同四六年一一月一二日(接種後三日目)、四〇度の発熱が続いたとしているが、ポリオ生ワクチンによつて発熱するとしても熱の出るのが早すぎるし、しかも、同年一二月一二日退院するころは上肢は自由に動き、下肢の方もどうもなかつたとされ、昭和五四、五年ころの骨折で悪化していることからも、ポリオとの関係は否定できる。原告は、遅延型アレルギー反応の可能性があるとしているが、ポリオの生ワクには神経組織と同じ抗原をもつた蛋白質の混入している可能性はなく、ポリオ生ワクによりポリオ様麻痺がみられることがあつても脳炎、脳症が起こることは認められていないから、遅延型アレルギー反応が起こることは考えられないし、潜伏期もウイルスの性質により決定されるが、増殖後、発症するまでに必要な時間は最低四日である。

ⅲ 以上からすると、本件予防接種と本児の症状との間には因果関係はなく、むしろ、本児の症状は、下痢に伴う全身けいれん、昏睡状態という重い症状(中毒性下痢症、消化不良性中毒症)が続き、その後遺症が残つているもので、右中毒性がポリオ生ワクにより生起することがない以上、現症と本件予防接種とは無関係である。

⑦ 同9幸長睦子

ⅰ 本児については、本児がその主張のようなワクチンの実用化されていない段階でこれを接種することがありえないこと(実用化は昭和三三年である。)、仮に何らかの予防接種を受けたとしても、神戸医大付属病院のカルテではワクチン接種当夜に突然けいれんがあり、同三一年一〇月二四日初診時の診断は、てんかん、喘息様気管支炎とされ、その後同年一一月二日にも、けいれんは間代性、右側が明瞭とされ、同月三〇日の精神科回答でも焦点発作型てんかんとされているところ、同年一二月七日の欄でも、右側頭部分娩時金属ブジーにて受傷とされていることは重大であり、ここから本児の発病と経過については、左側の何らかの脳障害が焦点とされ、この焦点性てんかんとして十分説明できるものであり、ワクチンによる脳炎、脳症により脳障害が形成されたとみることはできない。

ⅱ 本児の母幸長律子は出産予定より四、五日遅れ助産婦により本児を自宅出産しているが(初産)、その前日近所の産婦人科でブジーの挿入を受け歩いて帰つた経過があり、出産時これを抜いて分娩しているが、出産時本児の左前頭部に発赤が認められたものであつて、右ブジーが金属性であつたことによつても、助産婦が本児の出産に当つてブジーの扱いが十分でなく、本児の左側頭部に損傷を与えていることは明らかである。

ⅲ 本児の前頭部損傷は、発赤以上のブジーによる筋状のもの(二、三センチメートル、一本以上)であり、これが右本人らの説明を経て、医師により確認されているとみられ、しかも、新生児の場合は成人と異なり、頭蓋骨の結合が不十分で比較的弱い外力で不可逆的な障害が起きるものであることを考えると、同児のブジーによる脳の一部損傷が焦点性てんかんの原因であることは明らかである。

ⅳ この点につき、原告らは、百日せき、ジフテリアの二混と本児のその後の症状との因果関係が認められるとして、てんかんの素質もなく、唯一の原因としてワクチンしかない、しかも急性脳症そのものであるとしているが、昭和三一年当時二混のワクチンは市販されていなかつたから、右には誤解がある。しかも、本児については、けいれんの起き方が右手から始まり、目が片方に向いて固定している状況があり、脳炎、脳症が左右対照に起こることからしても、右の状況は脳の障害が脳の一部に起こり、このため焦点性てんかんによるけいれんがみられ(脳全体の障害により起こる脳症によるけいれんとは区別される。)、しかも、脳波所見がある特定の部位から出ていることが確認されていることは、このような経過、状況に一致し、かつこれを客観的に裏づけるものであり、以上から、本児については、金属ブジーによる左前頭、脳実質の損傷に基づく焦点性てんかんと診断するのが正当であり、したがつて、本件予防接種と本症との間に因果関係のないことは明白である。

⑧ 同10鈴木旬子

ⅰ 本児については、現在肢体不自由、けいれん発作の合併症をもつた白痴の状態にあるとされているが、本件種痘後の副反応の後遺症として現在の状態を招来しているかどうかについては、種痘接種後の発病及びその間隔が不詳であり、発病時の病像も不明であることから、因果関係の存在を肯定できない。

ⅱ 本児の右手に種痘の痕跡があり、その接種をしたことは明らかであるが、それが同三二年二月一四日であることの根拠はなお必ずしも明らかでなく(母子手帳にその記載がない。)、大政医院の診断書において接種後強度のけいれん発作と記載されているのも、単に母鈴木秀子の供述に基づきそのまま記載したものとして、信用し難い。

ⅲ 原告は、本児について急性脳症の後遺症であるとしているが、既にその接種日及び状況についての前提事実が覆つているとみるべきであり、また、現在の状況は教化不良白痴であり、ひどい折れまがりなどを全体的に考慮した場合は、急性脳症による後遺症であり、接種翌日強度のけいれんは当然であるとしているが、種痘の翌日にけいれん等の症状が出ることはその潜伏期からして考えることができない事態である。本児には因果関係の有無についての判断資料がない状況であり、蓋然的にも本件種痘と現症との因果関係を肯定するに足りないというべきである。

⑨ 同11稲脇豊和

ⅰ 本児については、種痘一九年後の証明書、診断書(各昭和四五年一〇月二三日付け)があり、現症として精神知能発育制止、軽愚の状況であり、抗けいれん剤を投与し経過観察され、時々大発作が重積するとされているが、病状につき当時の記録による正確な経過を知ることはできず、本件種痘と現症との因果関係を認めることができない。

ⅱ そもそも、予防接種とその後の健康障害との間の因果関係の判断には、予防接種後に生起した最初の症状が重要であり、これを客観的に証明する医師の証明が必要不可欠であるところ、本児についてはこの点の証明が全く望みうべくもない。しかも、右疑わしい記載によつてももし脳炎、脳症という病的状態があつたとすると、意識障害等の症状が残り、重い症状から入院処置がとられるはずであるが、同児には意識障害もなく、けいれんだけで入院もせず帰宅できる状態であつたことは、脳炎等を否定する要因であり、四〇度の高熱が四〇日間継続することは考えられない。むしろ一時的にもけいれんがあつたとすると、それはてんかんのようなけいれん性の症状にとどまる(四、五才ころからのけいれん発作が後に残つた障害の原因となつた程度)ものであり、本件予防接種を原因とするものとみることはできない。

⑩ 同12山本治男

本児については、その症状経過から、急性脳症であり、その後遺症として重度の心身障害を残しているが、野生のポリオウイルスによる脳炎の発生が極めてまれであると考えられ、弱毒化されたポリオ生ワクチンウイルスの侵襲によつて脳炎が発症することは考えられず、また、脳炎、脳症の起こることを明らかにした報告も知られていないし、本児につき髄液検査結果ウイルスが検出されていないことから、その因果関係は、認められない。しかも、本児の現症状として、身体症状欄に運動障害、痙性麻痺という記載があるが、それは手足をつつぱつた形の麻痺であり、脳に障害のある場合後遺症として出てくる症状、いわゆる脳性麻痺に相当する症状であるが、ポリオの後遺症としての麻痺は弛緩性であり、それが認められていない点を考慮すべきであり、この結果によれば、本件ポリオ生ワクとの因果関係は全く考えることができない。

⑪ 同15前田憲志

ⅰ 本児については、昭和四五年一二月一〇日感冒様症状があり、翌一一日には消化不良便があり、翌一二日(種痘後二五日)に神経症状を発現し、髄膜脳炎と診断されているが、これらによると、種痘後脳炎のような二次性脳炎よりも、痘そう以外の何らかのウイルスの直接侵襲による髄膜脳炎を強く疑わせるものである。

ⅱ 原告は、右のような状況についても、ウイルス性か否かの積極的確証はなく、アレルギー性の場合急性髄膜炎が起こるとし、また、潜伏期二五日についても遅延型のものと一致するとし(小脳とそれに関連深い脳幹領域がやられた場合に似ているという。)、これらから種痘後脳炎の可能性が高いとしているが、本児についてウイルス性の髄膜脳炎の診断がなされており、同児の歩行障害もその後遺症であるとみられるほか、同月一二日(接種後二五日)に種痘後脳炎を発病したとすると、これは潜伏期として長すぎるというべきであり、本児の症状経過からすると、本児に髄膜炎があつたことは髄液所見から明らかであり、本件種痘との因果関係を認めることは困難である。

⑫ 同18仲本知加

ⅰ 本児については、奈良県立医大病院に入院したが、その後の経過及び現症のほか、髄液検査結果に異常がなく、脳波所見及び頸動脈血管写所見により小児急性片麻痺(右側)と診断されていること等から、本例は右診断どおり急性小児片麻痺症候群であり、脳血管循環不全(その原因はアレルギー性血管炎の可能性がある。)によるものと考えられ、そもそも種痘により急性小児片麻痺症候群が起こりうるかについて医学的定説もない。

ⅱ 小児急性片麻痺症候群は、子供の脳の血管に先天的奇形のような異常があり、これは血管が細くなる、あるいは血管瘤が破裂する等の障害で、反対側の半身の運動障害、麻痺が起こつたものをいうが、奈良県立医大小児科三上医師による診断書では、本児は左前大動脈が右側に比し細いとされ、このため循環時間が遅延して一六秒後でも造影剤が残存することから、小児急性片麻痺症候群との診断に至つているものであり、脳血管撮影により、その異常をまさに客観的に証明しているのであるから、右診断名に問題はない。しかも、右血管障害は先天的なものが多く、後天的なものについてかかる急性の小児片麻痺という病名はつけないことからも、同児の右症候群は先天的なものによるものと理解されるのみならず、種痘の副反応として循環障害が起こり、この結果片麻痺になつたということは、種痘の副反応としての循環障害が考えられないだけでなく、しかもその副反応が脳にだけ起こり、さらにその脳の片側のある特定の血管にだけ起こることも考えられない。

以上から、本児の障害が、種痘による脳炎、脳症の後遺症として特定の部位に循環障害を起こしたと考えることはできず、片麻痺と本件種痘との因果関係を肯定できない。

⑬ 同19森井規雄

ⅰ 本児については、武林医師により急性灰白髄炎症状があるとされ、また、福井医師により左下肢弛緩性麻痺及び筋萎縮を認めるとされていることから、本件種痘と現症との関連は、種痘が何らかの機序により身体の抵抗力を減弱させ、急性灰白髄炎の発病を促したということが考えられても、この場合、どのような機序によりどの程度急性灰白髄炎の発病機序に関与しているか不明であり、また、種痘が急性灰白髄炎を発病させたかも確認されていない。

ⅱ 原告らは、急性脳炎の後遺症に急性期のポリオとその後遺症が合併しているとするが、種痘後早い段階で認められている左下肢麻痺は、ポリオの定型的症状であり、その後遺症として下肢弛緩麻痺等があると考えるべきであり、種痘が引き金となつてポリオを発症せしめることもないから、本児の一連の症状と本件種痘との間に因果関係はないと判断され、しかも、昭和三三年ころから同四六年ころまで、本児についての資料がなく、治療歴も認められず、同五七年ころに至つててんかん発作がみられ、これにより気道閉塞を起こして死亡しているから、本件種痘とてんかんとの間にも、したがつて死亡との間にも因果関係がないとするのが妥当である。

⑭ 同21四方正太

ⅰ 本児については、昭和三八年一二月一七日ころから接種部位に腫張硬直が生じ、発熱40.2度に及び、翌朝けいれん発作があり(熱性けいれん様)、生後二才半ころ聴力障害を訴え来院したとされ、同四三年難聴が認められているが、種痘後熱性けいれんが一回認められただけで、聴力障害の原因となる症状が認められていない。

ⅱ 原告は、本児について本件種痘後の昭和三八年一二月一八日に起こつた遅延型アレルギー反応による脳幹脳炎の後遺症として聴力障害に至つたとしているが、種痘後に高熱とそれに伴うけいれん発作があつたとしても(なお、ぐつたりしたことで意識障害ということはできず、熱性けいれんによりそのような状態に至るものである。)、その際脳炎、脳症を起こしたことを窺うことはできないし、脳炎がアレルギーで起こるとすると、ワクチン中に脳物質が含まれている場合であるから、これを含まない種痘によつてアレルギー性の脳炎が起こることは極めて考えにくいというべく、また、本児は聴力障害だけを訴えているが、脳炎、脳症では脳が広く障害を受けるものであるから、その後遺症として一部分の聴力障害だけが起こることは通常考えられない。したがって、本児につき本件種痘と現症状との間の因果関係を考えることはできない。

⑮ 同28田辺恵右

本児については、発熱等の異常はなく急死しているが、その原因は、解剖されていないので不明であつて、吐乳による窒息死か、原因不明の突然死(医学的に解明されていない。)であるのか確定できないから、いずれにせよ、本件種痘と本児の死亡との間の因果関係はこれを肯定できない。

⑯ 同30澤崎慶子

本児については、本件種痘前乳児期から精神運動発達に遅れがあり、本件種痘を受け、その直後神経症状もないまま、しだいに精神発達遅滞がさらに顕著となり、四年後には点頭けいれん(てんかん)を伴うようになつているが、種痘後、発熱以外に神経症状もなく、その発熱も口腔内から検出された連鎖球菌等によるものと考えられ、脳炎、脳症も存在しなかつたものである。従つて、本児には脳炎、脳症の臨床症状はなく、しかもこれを窺わせるに足る資料もないところ、その後てんかん等と診断されている経過を考えると、本児の現症は、本件種痘以前からの精神運動発達遅延が年令を加えるに伴い、てんかんを伴つて顕在化したとみるのが妥当である。

⑰ 同31高島よう

本児については、同児が昭和四八年二月六日蜂窩織炎との診断で抗生物質の注射等を受け、何等神経症状もなく経過し、言語の遅れがある等とされており、接種局所の腫脹びらん等の症状と本件種痘との因果関係があるとしても、脳炎、脳症の合併症はなく(しかも種痘後の後遺症、合併症として聴力障害だけが残ることは理論上考えることができない。)、現在の障害も精神薄弱という知能面の遅れないし情緒面の障害だけであり、運動面での障害がないことから、種痘と精神発達遅延との間に因果関係を肯定することもできないから、本件種痘と本児の言語発達遅滞との間に因果関係はない。

⑱ 同32横山信二

ⅰ 本児については、同児に点頭てんかん症状が発現したのは、昭和四三年二月六日とされているのに、坂本医師の診断書では、生後六カ月つまり接種の二か月前に同症状発現とされ、また、同年二月五日接種後けいれん発作とされているのに、母子手帳ではその一か月後の同年三月六日、三回目の三混を受けているとなつているのは経験上考えられない事態であり、同児の点頭てんかん症状等と本件予防接種との間に因果関係はない。

ⅱ 原告は、本件三混以外に原因はなく、これについては急性脳症以外考えられないとし、二月五日の第二回三混で一種の底あげ状態になるとしているが、それは、科学的実証に基づかない推論であり、同児の症状がその副反応とする根拠もない。太田医師の診断書では、本件予防接種の翌日に点頭けいれん様発作があつたとされているけれども、ここには意識障害とか長時間継続する全身性けいれんが全く記載されていないところであり、点頭けいれん様発作だけで脳症であると考えることはできない。

ⅲ 以上から、本児については、生後六か月の階段で点頭てんかん症状が発症しており、これが接種の翌日、たまたま点頭けいれん、あるいは点頭てんかんとしての発作に気付き始めたというべきであり、予防接種により脳症があり、その後遺症として点頭てんかんが発症したとは考えられないから、これにつき本件各予防接種との因果関係を認めることはできない。

⑲ 同33大橋敬規

本児については、仮死出産、精神発達遅滞のあつた本児が、四才一一か月時点で本件種痘を受け、その八日後に発熱し、その翌日にけいれんを起こし、現在精神運動発達遅滞とてんかんを呈しているが、種痘前の発育歴及び同児にプラダウィリ症候群の診断がなされていることからして、本件種痘がなんらの影響をも及ぼしておらず、てんかんの原因は、出生時の仮死等の周産期の異常に帰すべきである。

⑳ 同35田村秀雄

本児については、本件種痘と重度精神薄弱だけという現症状との因果関係はあるということができず(種痘後脳炎、脳症があつたとすると脳全体の障害から知能、運動障害が同時でなければならない。)、これを証明する資料もない以上、右因果関係を認める余地がない。

同37矢野さまや

本児については、その症状経過等から、三混接種当日発熱があつたとしても、ごく軽いものであり、けいれん以外の神経症状はみられず、その後数か月はけいれん発作がなく、これが顕在化するようになつた以降に精神運動発達遅滞が明らかになつているから、三混の接種が、脳炎、脳症等の中枢神経系の障害をもたらしたとは考えられず、むしろ、この経過はてんかんの自然経過とみるべきである。

同38菅美子

本児については、最も古い記録でも宮脇清医師の診断書で、この時点で知能低下があり、本件予防接種直後の状況についても、多田武医師による昭和四八年一月八日付けの診断書に、発熱、けいれんが予防接種の副作用とあるけれども、右は接種後二〇年以上経過後のもので、その余の神経症状の記載もないから、本児のてんかん及び知能障害と本件予防接種との間に因果関係があるとすることはできない。

同40原雅美

本児については、同児の症状経過として接種三日後に発熱けいれんを認める等されているが、三種混合ワクチンは不活性化ワクチンとトキソイドからなり、反応は接種後短時間に出現し、発熱も四八時間以内にみられるもので、本例のように三日目になつて発熱することは経験されておらず、したがつて、本例の発熱は、上気道炎、予防接種以外の原因によるものであり、仮に、右発熱が予防接種によるとしても、けいれん以外に神経症状のないことから脳炎、脳症を起こしていないものである。

同41池上圭子

本児については、接種をしたという日から二週間弱を経て、左眼瞼から頬部にかけて蜂窩織炎を生じ、足関節にも皮下膿瘍を生じ、後遺症として左眼瞼の瘢痕性障害を残しているので、種痘自体でかかる身体的症状は起こりえない。種痘後接種した痘苗を自己接種して眼瞼等顔面に副痘を生ずることがあるが、この場合の病変は水疱ができ、その周囲の皮膚は発赤を呈するのであり、本件には水疱の記載もないから、この間の因果関係も否定される。しかも、そもそも蜂窩織炎は、連鎖球菌やブドウ球菌等人間の周囲に常在する化膿菌による皮下結合織の化膿性炎症であり、逆に本児には外反症ないし兎眼等があらわれているが、これは蜂窩織炎の後遺症と一致するものであるから、自己接種のものが眼に起こり、そこに細菌が入つて蜂窩織炎をおこした可能性は否定できないとしても、蜂窩織炎が種痘に起因することはあり得ない。

同42小川健治

本児については、本児が生後九か月から一一か月は発育順調であつたのに、身ぶるいするようなけいれんを一才のころに発現することはなく、昭和四六年四月の生ワク及び六月の種痘の接種後、同年末ころからけいれんが出たとする点も、母子手帳の検討結果では全身又は局所の副反応の無かつたことが記載されており、百日せきワクチン等の副作用の発現時期からみても不自然であり、本児が若年性リウマチを原因とする心不全で死亡しているが、この原因としても三混等の接種が挙げられたことはない。同児は若年性リウマチとてんかんの病気をもち、この間には何の関係もなく、てんかんについても種痘後けいれん発熱はあつたが意識障害はなく(これは入院措置のないことからも明らかである。)、脳症と考える医学的根拠もないから、ワクチンによる後遺症があるとすることはできず、かえつて、てんかん素質が予防接種のときの熱で出現したとしか考えられない。

同44原篤

本児については、同児の症状経過上、昭和四三年一一月二二日から軽度の発熱と咽頭発赤があり、翌二四日に気道の狭窄を伴う呼吸困難及び意識障害が突然現われ、次第にこの症状が悪化して死亡したもので、その呼吸困難、呼吸神経麻痺及び脳幹及び延髄部の急性障害が起きた可能性が高いとされ、かかる急性の障害の原因として、種々のウイルス感染、脳欠陥障害(奇形)、頭部外傷等があるが、原因不明のものも多く存在し、本児につきウイルス感染の一つとしてポリオウイルスによる急性灰白髄炎の可能性が全くないとはいえないが、同症により急速な経過で死亡した例はなく、まして、ポリオウイルスを高度に弱毒化したワクチンウイルスにより、かかる急速死亡例が報告されていないことから、本件予防接種と死亡との間に因果関係はない。

同45垣内陽告

本児については、本件予防接種後に下痢状態であり、昭和四四年一二月七日より下痢があり、急性腸炎の診断で処置を受け、脱水症状の処置を経たが、同月九日死亡し、その直接死因を急性腸炎、その原因を先天性弱質としていることから、その疾患は消化不良性中毒症、重症の下痢症により水電解質のバランスを失したものであり、急性灰白髄炎の予防接種で下痢を起すことはなく、ワクチンウイルスよりはるかに毒性の強い野性ポリオウイルスによる急性灰白髄炎としても消化器症状が経験されることが稀なことから、本件予防接種と本疾患との間に因果関係はない。

同46山本実

本児については、同児の症状経過に基づき、本件種痘二日後の昭和四五年四月一七日、咽頭炎、五日後の同月二〇日コプリック斑、麻疹様発疹を呈し、七日後の同月二二日発疹が消失し、全身状態が悪化し、けいれん、意識不明となつて死亡したもので、その原因は麻疹による脳炎であるというべく、本児のように接種二日後に発熱することは経験上も理論上もあり得ないから、本件予防接種との因果関係はない。

4(一)  請求原因4の(一)は争う。

(被告の主張)

(1) 安全配慮義務の理論が適用されないことについて

私法上の雇傭契約に付随する義務として、使用者の被用者に対する安全配慮義務を認めることは、かねて諸外国に立法例があり、また西ドイツの連邦官吏法は、国が官吏に対してこれと類似の配慮義務を負うことを明文で定めている。我が国の有力な学説と下級審裁判例も私法上の雇傭契約に付随する信義則上の義務として使用者の安全配慮義務を認めていたが、原告ら主張の最高裁判決もこれらの学説、裁判例及び立法例の延長線上において、同様の義務を国と国家公務員との法律関係について承認したものと解される。国と国家公務員の関係は、そこに私法上の雇傭と共通する面の多い継続的、身分的、特殊的な関係が存在するので、その点及び判旨の前後関係からして、前記判決のいう「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者」とは、少なくとも右のような継続的、身分的、特殊的な基本的法律関係が存在し、安全配慮義務がその付随義務としてとらえられる場合をさすものと解すべきである。

ところで、予防接種における国と被接種者の関係においては、右のような継続的、身分的、特殊的な基本的法律関係は存在しない。仮にそれに準ずる何らかの関係があるとしても、それは継続的、身分的な関係ではなく、個々の予防接種に関する単なる一回的な関係である。また、国民が法律により一定の予防接種を義務付けられるのは、原則として国民全部に課せられる普遍的、一般的な義務であつて、法律関係というべきものではなく、また前記判決の理論の前提とする「特別な社会的接触の関係」には該当しない。

国が予防接種を強制ないし勧奨する場合において、被接種者に予防接種のすべての過程において被害発生を防止し、被接種者の生命、健康についてその安全を配慮すべしとする原告らの主張は、少なくとも従来及び現在の科学水準の下においては不可能を要求するものであり、事実上一切の予防接種を中止せよというに等しく、予防接種による伝染病の予防、公衆衛生の維持増進という予防接種法上の公益目的の全面的放棄を求めるに帰するものであつて失当である。国が可能な限り被接種者の安全確保のための措置を講ずるべきことはもとより当然であるが、これは国の政治上、行政上の責務というべきで、個々の国民に対する法的義務ではなく、ましてや原告らの主張するような債務不履行責任の前提としての債務ではない。

(2) 予防接種における「安全配慮義務」の主張、立証責任

安全配慮義務違反による債務不履行は、いわゆる不完全履行の一形態としてその主張、立証責任が債権者にあることは明らかである以上、予防接種における安全配慮義務違反の事実についてもその主張、立証責任が原告ら(債権者)にあることは当然のことであつて、予防接種であることをもつて特異に解されるべきではない。

また、安全配慮義務の主張、立証の内容についても、安全配慮義務なるものは極めて抽象的な概念であり、いちがいに安全配慮義務といつてもその内容は千差万別である。したがつて、債権者が安全配慮義務違反の債務不履行を主張して損害賠償を請求するに当たつては、債務者がいかなる種類、内容の安全配慮義務を負担していたものであるかを具体的事実関係を主張することによつて特定しなければならず、そうしなければ不履行とされる債務の内容が特定しないこととなり、訴訟をレールに乗せることができないのである。

原告らは、被告の被接種者に対する安全配慮義務の内容として、自ら自認するとおり抽象的な義務の存在しか主張していないものであり、不履行とされる債務の内容の特定を欠いており、主張自体失当というべきである。

(3) 具体的債務不履行(帰責事由)の不存在

原告らは、右の債務不履行責任の主張において、被告の責任の具体的内容として「種痘の廃止をしなかつた過失」などの具体的過失による責任の存在を主張しているが、被告にこれらの過失のなかつたことについては、後に述べるとおりであるから、原告らの債務不履行の主張は、この点からも失当である。

(4) 被接種者本人に係るもの以外の損害についての債務不履行責任の不存在

債務不履行責任が、債権者、債務者という契約当事者の間でのみ成立するものであることはいうまでもないところ、予防接種について強いて右の当事者の関係を指定するとすれば、一方の当事者は、被接種者本人においてほかにないであろう。してみれば、被接種者本人に係るもの以外の損害について被告が債務不履行責任を負うべきいわれは全くないというべきである。

(二)  同4の(二)は争う。

(被告の主張)

(1) 原告らは、被告は被接種者に対し、不法行為責任の前提として安全確保義務、すなわち、予防接種のすべての過程において被接種者の生命、健康を危険から保護するよう配慮し、死亡又は重篤な後遺症を万一にも発生させないよう防止につき万全の措置をとるべき義務を負つていると主張する。

確かに、被告には予防接種に際し、事故発生を防止するための万全の措置を講ずべき広義の注意義務があると解されるが、この義務の性格については、被告がいわゆる予防接種行政において国民一般に対して負つている抽象的な政治的、行政的責務と解するべきであつて、個々の国民に対する特定の法律的義務ではなく、まして不法行為に基づく損害賠償請求権を基礎付け得る私法的義務ではない。また、伝染病予防及び予防接種対策は、高度の専門科学的、技術的な知見、情報に基づく政策判断の問題であり、その具体的内容、すなわち、予防接種の具体的な範囲、対象者の年齢、実施方法等をいかに定めるかは、事柄の性質上、立法府の広範な裁量及びそのもとでの行政庁の広範な裁量に委ねられている。そして、右のような予防接種行政における被告の安全確保措置の法的性格からも、右責務の履行の確保及びこれに対する批判、是正は、被告の行政責任を問うものとして専ら民主国家のルールに従つて国会、世論等を通じた政治的コントロールによつてなされるべき筋合いのものであつて、個々の国民が右義務違反があるとして被告に対し損害賠償を請求することはできないと解すべきである。

しかるところ、原告らが主張する安全確保義務なるものは、個々の予防接種に関する具体的過失ではなく、いずれも右伝染病予防及び予防接種政策に関係する抽象的な主張にとどまり、その義務違反についても法令の内容の当不当をいうに帰するものであるから、主張自体、失当といわなければならない。

(2) ところで、原告らの主張する不法行為責任は、民法七〇九条に基づくものであろうと推測されるところ、他方、原告らは被告に対し、国賠法上の責任をも追求しているものであり、両者の関係につき、原告らの主張によるも必ずしも明確とはいい難いところ、現行の法体系上、民法七〇九条の不法行為責任は、原則として、個人の不法行為を問題にしているものであり、国に対し、損害賠償請求をするには、国賠法一条もしくは民法七一五条によるべきことが予定されているというべきである。

(3) さらに、被告の機関以外の者(開業医、地方公共団体)が実施主体となつて実施した種痘法による接種、旧法六条の二所定の接種、同法九条所定の接種、勧奨接種及び任意接種については、被告の行為とは関係がなく、各実施主体が独自に判断、決定して実施したものであるから、右各接種に係る原告らについては、不法行為責任の主張は失当である。

(4) また、予防接種における安全確保義務違反の事実の主張、立証責任については、民法七〇九条の規定に照らして、同条にいう公務員の過失の存在について、損害賠償を請求する原告らにおいてその主張、立証責任を負うものであることは明らかであり、予防接種事件であるからといつて、主張、立証責任を転換すべき合理的理由はない。その他不法行為責任の前提としての安全確保義務違反の事実の主張、立証の内容についても注意義務違反とされる行為の特定に欠いていて、主張自体失当である。

(5) なお、原告らは、予防接種には、強制関係における安全確保義務があるとして、特別権力関係の留置場、少年院、刑務所、拘置所等に収容された者の生命身体の保護に関する一連の判決を引用するが、予防接種と右の特別権力関係に基づく身柄の一定の継続的な強制収容関係を同列に論じている点で既に前提に誤りがあり、これらに関する裁判例と本件とは直接関係がないものといわなければならない。

(6) 以上のとおり、被告には、原告ら主張の安全確保義務はないから、かかる義務の存在を前提とする不法行為責任の主張の失当であることは明らかである。

5(一)  請求原因5(一)は争う。

国賠法一条一項に基づき国又は公共団体が負う損害賠償責任の法的性質については、国又は公共団体が直接負担する自己責任であつて、本来当該公務員個人の不法行為と無関係であると解する「自己責任説」の立場と国又は公共団体が不法行為をした公務員の責任を当該公務員に代わつて負担すると解する「代位責任説」の立場とがあるところ、代位責任説が通説、判例とされていることは争いのないところである。原告らも、国賠法一条一項による損害賠償責任の法的性質を代位責任説に立つて理解し、それを前提として主張していることは明らかであるが、公衆衛生行政をつかさどる組織としての国が予防接種という加害行為をなしたがゆえに、国が不法行為者としてその責任を負うべきであると主張している点においては、その実国賠法一条を自己責任説に立つてのみ理解可能な主張というべきであり、結局のところ原告らの右主張は、国賠法一条の「公務員」を特定していることにはならず失当という外ない。

また、組織体としての国が行為主体であると主張することをもつて、国賠法一条の「公務員」の特定として欠けることは次のような点に照らしても明らかである。すなわち、国賠法一条に定める国家賠償責任発生要件は、あくまでも特定の公務員について、いかなる行為があり、その行為が違法と評価されるか、また、右行為をなすについて故意、過失があつたかどうかを問題としているのである。

しかして、「組織体としての国」には種々の機関や公務員が包含されるものであるところ、予防接種に伴う国家賠償責任を問題とする場合にも、予防接種制度の制定をはじめ、ワクチンの製造から具体的な接種行為に至るまでの各段階で多数の公務員が関与するものであるから、どの段階におけるどの公務員の行為について、いかなる点で故意や過失があり違法であるかを特定して主張、立証しなければならず、原告ら主張のごとく「組織体としての国」が加害行為であると主張するのみでは、右の諸事実が不明となり国賠法一条一項による責任発生要件についての審理判断は到底なし得ないのである。

とりわけ、被告の防御権との関係でいうならば、当該不法行為者である公務員が特定されず、単に「組織体としての国」が行為者であるなどと主張されると、右組織体としてのすべての段階のすべての公務員に過失があつたかどうかを検討し、そのいずれにも過失がなかつたことを主張し反証していかねばならず、被告にとつては防御権の行使が極めて困難となるのであり、原告らの右のような主張を許すことは訴訟手続における負担の公平の観点からも問題があるものといわなければならない。

(二)  同5(二)の(1)の事実は認めるが、(2)の勧奨接種、(3)の旧法六条の二、九条、一〇条八項による各接種及び(4)の種痘法による接種については、いずれも国の機関以外の者が実施主体となつているものであり、これらが国の公権力の行使に該当するとの主張事実は否認し、同(5)の主張は争う。

(被告の主張)

(1) 被告は、原告らが各被害発生の原因として主張する予防接種のうち、国の機関が実施主体となつて実施された強制接種が公権力の行使に当たることを争うものではない。

(2) しかし、原告ら主張に係る予防接種には、右以外に国の機関以外の者が実施主体となつて実施された種痘法による種痘の接種、旧法六条の二若しくは九条所定の予防接種、いわゆる勧奨接種及び単なる任意接種として行われたものがある。これを各被害児らについてみてみると次表〈編注・次頁表〉のとおりである。

(3) 右各予防接種は、国賠法一条一項所定の「公権力の行使」に該当しない。

① まず、被告の機関以外の者(開業医、地方公共団体)が実施主体となつて実施した種痘法による種痘の接種、旧法六条の二所定の接種及び旧法九条所定の接種は、各実施主体が被告の委任を受け、その機関として各接種を実施したものではなく、被告とは関係なく、自ら各実施をしたものであるから、このような接種が国の公権力の行使に該当しないことはいうまでもない。

原告らは、右のような予防接種について、強制接種の一環であるとの理解のもとに国の公権力の行使であると主張するもののようであるが、右主張は、失当である。

② 勧奨接種は、厚生省公衆衛生局長あるいは厚生省事務次官が都道府県知事(指定都市市長を含む場合もある)宛に勧奨接種の実施を指示した通達をなし、各地方公共団体は、右通達等に従つて予防接種を実施するかどうかを独自に判断、決定し実施していたものである。よつて、勧奨接種は、地方公共団体の固有事務であり、国の公権力の行使には該当しない予防接種であることは明らかである。

もつとも、原告らは、勧奨接種は被告の行政指導という公権力の行使により、国民が予防接種を受けるものであるから、勧奨接種についても、国の公権力の行使がなされたことは明らかであると主張する。確かに、被告は、厚生大臣が厚生省衛生局長あるいは厚生省事務次官をして、右通達を発令させて勧奨接種の実施につき行政指導を行つていたことを争うものではない。しかし、行政指導は、それを受ける者にとつて強制力ないし法的拘束力をもつものでないため、公権力の行使にはあたらないものというべきである。けだし、右行政指導によつて地方公共団体に予防接種を実施すべき義務が生ずるわけではなく、右行政指導に従つて予防接種を実施するかどうかは地方公共団体が任意かつ独自に判断して決定するものであり、仮に地方公共団体が右行政指導に従わなかつたからといつて法律上も事実上も不利益を受けるものではないのである。

被害児

番号

氏名

実施主体

六条の二、九条、勧奨接種等の別

5

吉田理美

森本安雄

九条

6

増田裕加子

西本医院

六条の二

8

小林誠

渡辺敏夫

六条の二

9

幸長睦子

高橋高明

六条の二

13

上野雅美

八尾市

勧奨接種(特別対策)

15

前田憲志

戸塚小児科診療所

六条の二

16

上田純子

浅越泰助

六条の二

20

末廣美佳

名古屋市

九条

21

四方正太

吉野潤一

六条の二

23

毛利孝子

大阪市

九条

24

柳澤雅光

門真市

九条

27

中尾仁美

神戸市

任意接種(昭和三九、一、二二、及び昭和三九、九、二一に神戸市長実施の種痘を受けたが不善感)

28

田辺恵右

昭和病院

九条

30

澤崎慶子

杉田幸男

六条の二

32

横山信二

二回目

太田医院

九条(原告ら主張日に接種したと仮定した場合)

33

大橋敬規

四条畷市

九条

34

木村尚孝

守口市

九条

37

矢野さまや

伊藤昌治

九条

38

菅美子

高松市

九条

40

原雅美

大東市

九条

41

池上圭子

泉佐野市

旧種痘法(原告ら主張の日に種痘を受けたと仮定した場合)

42

小川健治

稲垣医院

九条(〃)

48

藤井崇治

津田町

任意接種

さらに、右行政指導は各地方公共団体に対してなされたものであつて、予防接種を受ける国民に対してなされたものでない。本件のように地方公共団体に対してなされた行政指導をもつて国民に対する公権力の行使といえないことは明らかである。

③ 原告らは、被告が昭和四五年七月に暫定的に決めた救済措置の対象についても、旧予防接種法第六条の二、第九条、第一〇条第八項、種痘法、勧奨接種及び特別対策のいずれに基づく被接種者をもすべて包含していることをもつて、被告が各予防接種を国の公権力の行使として実施してきたことを裏付けるものである旨主張しているが、右救済措置は、相互扶助、社会的公正の理念に立ちつつ、公的補償の精神を加味したものであるから、その救済の対象も国が公権力の行使として実施した予防接種に限ることなく、その他の場合をも広く包含したものである。したがつて、救済措置の対象者に旧法六条の二等による予防接種事故が包含されていることをもつて、右の各予防接種が国の公権力の行使に該当するということはできない。

(三)  同5(三)の(1)の主張事実のうち、被告が予防接種による重篤な副作用被害を隠ぺいしたこと及び右副作用のあることを原告らに対し説明しなかつたことに過失があるとの事実は否認し、その余の主張は争う。

(被告の主張)

予防接種の目的、法的性格及び重篤な副反応が発生する割合が微少であることなどからすると、厚生大臣が被接種者に対し、原告ら主張の説明をなすべき法的義務は存し得ず、むしろ前述のような広報活動を通じて予防接種の結果等を国民に知らしめることをもつて十分であるというべきである。

(四)  同5(三)の(2)①の主張は争う。

(被告の主張)

原告らは、本件予防接種の事案につき、過失の立証責任を被告に転換すべきとして、種々の理由を挙げるが、国賠法一条一項の規定に照らして、同項にいう公務員の過失の存在については賠償を請求する者においてその立証責任を負うものであることは明らかであり、その立証責任を転換すべき合理的理由は何らない。

(五)  同5(三)の(3)②について

原告ら主張の時期までに種痘を廃止しなかつたことが被告の過失であるとの事実は否認し、その余の主張は争う。

(被告の主張)

原告らが種痘の定期強制接種を廃止すべきであつたとする昭和二七年当時はもとより、昭和四〇年代以降においても、我が国は東南アジア諸国からの痘そう輸入の危険に常にさらされており、同じ非常在国の欧米諸国を含め全世界においても、痘そうの輸入、流行を防ぐためには、全国民に対する定期強制種痘しか適切な方法はないと考えられてその定期強制種痘が実施されていたことにかんがみるとき、我が国において昭和三一年以後昭和五〇年まで定期強制種痘を実施してきたことには合理的理由があり、これを目して種痘の廃止をしなかつた過失ありということはできない。

(六)  同5(三)の(3)③について

被告が遅くとも昭和三七年までに種痘の接種年齢を生後一年以上に変更しないで右年齢に満たない各被害児に種痘を実施したことが被告の過失であるとの事実は否認し、その余の主張は争う。

(被告の主張)

零歳児の初種痘を行うことが危険か否かについては、現在も専門家の間に定説はなく、特に一九七〇年(昭和四五年)まで初種痘年齢を生後二か月ないし一二か月と定めておいたことは、当時の多くの専門家の合理的な根拠に基づく見解に従つたものであり、これを過失行為であるとする原告らの主張は失当である。

(七)  同5(三)の(3)④について

被害児番号35田村秀雄に対し種痘の過量接種がなされたとの事実及び被告に過失があつたとの事実は否認し、その余の主張は争う。

(被告の主張)

厚生大臣は、種痘施行心得(昭和二三年一一月一一日厚生省公示第九五号)をもつて、痘苗の接種量を「0.1竓をおよそ一〇人分とする」(ただし、昭和二八年厚生省告示第一六三号をもつて「竓」を「cc」に改める。)と定め、接種の方法についても乱刺法、切皮法の二法を定める外実施者の手指の消毒、種痘用器具の消毒、接種部位、接種部位の消毒等、原告らのいう接種量や術式を詳細に規定しており、右種痘施行心得等の規定が詳細であり、かつ、その内容も平易な表現をもつてなされているのであり、右法規に通じた地方公共団体の吏員及び医療に関する専門家である医師としては右規定に従つた接種を行うのが当然である。しかして、厚生大臣において右のように心得等の規定を施行し、一般に了知し得る手段をとつている以上、原告ら主張にかかる右過失の主張は失当というべきである。また、日本のウイルス菌量の力価決定の経過及びWHOの基準を考えると、種痘に関し仮に二倍程度の過量接種を行つたとしても、十分に安全な量と考えられるのであつて、予防接種事故を発生させる危険性、蓋然性を有するものでは決してない。

(八)  同5(三)の(3)⑤について

腸チフス・パラチフスの症状、感染経路、環境衛生対策の有効性に関する主張事実は認め、被害児番号29福山豊子に対し腸パラワクチンを廃止せず接種したことが被告の過失であるとの事実は否認し、その余の主張は争う。

(被告の主張)

昭和三三年前後においては、腸パラワクチンの予防接種につき、効果があるとする見解が有力であり、当時の社会的情勢としても、上下水道の整備状況の不備や永続保菌者の管理、除菌の困難性などから腸パラの防疫は予防接種に期待していた状況にあつたものであり、そうすると、同三三年当時までに腸パラワクチンの接種を廃止すべき注意義務はなく、これを存続したことにつき相当の理由があつたから、被告に過失はない。

(九)  同5(三)の(3)⑥について

厚生省が昭和三二年以来原告主張のとおりのインフルエンザワクチンの実施に関する通知等を発し、予防接種の勧奨を行政指導してきたこと、インフルエンザの病像、感染経路、インフルエンザウイルスが変異をおこすこと、以上の事実は認め、被告がインフルエンザワクチンを廃止せず接種したことが過失であるとの事実は否認し、その余の主張は争う。

(被告の主張)

インフルエンザは極めて伝染性の強い急性呼吸器系伝染病であり、これに対する有効な予防方法はワクチンの接種のみであること、特に、乳幼児へのインフルエンザワクチンの勧奨接種は、アジアかぜの流行時における乳幼児の罹患状況が一つの根拠となつており、流行阻止のためではなく、乳幼児は身体機能の未発達なところがあつて、インフルエンザのような熱性疾患に罹患した時には成人に比べて重症になる危険性が高いとの乳幼児の個人防御の考えに基づくものであり、この考えはWHOをはじめ我が国の多数の支持を得ていたこと、インフルエンザワクチンの有効性を示すデータが数多くあつたこと、一方、二歳児以下の乳幼児に重篤な中枢神経系の副作用が生じやすいということは昭和三〇年代はもちろん、昭和四〇年当初の時点においても明らかであつたとはいえず、まだその認識はなかつたこと、さらには、昭和四二年当時及びその後においてもインフルエンザの一般接種の是非については各専門家の間においても見解の対立があつたことにかんがみるとき、我が国において、昭和四二年までの間に二歳児以下の乳幼児に対してインフルエンザワクチンの勧奨接種を実施してきたことには合理的な根拠があつたもので、かつ、被告の施策としてその裁量の範囲内にあるもので、これにつき過失ありということはできない。

(一〇)  同5(三)の(3)⑦について

我が国の接種菌量に関する変更の内容が⑦末尾の表に記載のとおりであることは認め、被告において百日咳ワクチン、二種混合ワクチン及び三種混合ワクチンの接種量を誤つた過失があるとの主張事実は否認し、その余の主張は争う。

(被告の主張)

被告は、科学の進歩に応じて接種量、菌量に関する規定を適切に改正してきたものであり、しかも、本件各原告が百日せきワクチンあるいは百日せき混合ワクチンの接種を受けた昭和四六年一一月までの各接種当時においては、日本の百日せきワクチンの接種量、菌量の是非について、専門家の間でも見解に対立があり、いまだ、これが確立されていない段階であつたことにもかんがみれば、百日せきワクチン、二種混合ワクチン、三種混合ワクチンの接種量の定めを原告ら主張のとおりにすべき状況にはなかつたものである。

(一一)  同5(三)の(3)⑧について

被告(厚生省)において、予診の重要性を認識し、原告ら主張のとおり予防接種法、通達等について予診を義務づけ、右(3)⑧のⅱ(ⅱ)に列挙する規定を設けている事実は認めるが、被告の予診義務違反による過失の事実は否認し、その余の主張は争う。

(被告の主張)

厚生大臣は、予防接種の実施時に行うべき予診について、告示及び局長通達等をもつて実施担当者に周知徹底させていたのであり、これに従い禁忌発見のための予診が行われていたことは疑いのないところであり、とりわけ、本件各被害児らの予防接種事故との関係において、原告ら主張のごとく厚生大臣が予診の行われていないことを十分知りながら有効な措置をとらなかつたとの事実を窺わせる証拠が見当たらないのであるから、原告ら指摘の過失が存在しないことは明白である。また、予診が義務づけられる根拠は、禁忌事項を発見することにあるところ、禁忌事項とされる内容及び理由には種々なものがあり、他方副反応の原因も必ずしも明らかでないことからすると、いかなる予診を行えばいかなる禁忌事項を発見し得たか、また、その禁忌事項を看過したことがはたして当該副反応発生の原因となつたかについて明らかでないのであるから、予診の不実施と副反応事故発生の事実とから被害発生についての過失を推定することなど到底でき得るものではない。

(一二)  同5(三)の(3)⑨について

被告が原告ら主張のとおりの禁忌を定めている事実は認め、被告が禁忌に該当する各被害児に対し接種すべきでないのに接種をした過失があるとの主張事実は否認し、その余の主張は争う。

(被告の主張)

(1) 現行の予防接種実施規則四条は、「接種前には、被接種者について、問診及び視診によつて、必要があると認められる場合には、更に聴打診等の方法によつて、健康状態を調べ、当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には、その者に対して予防接種を行つてはならない。」とし、一〇項目及び「予防接種を行うことが不適当な状態にあるもの」を定めている。禁忌すべき者の識別判断を誤つて予防接種を実施し、そのために真の副反応発生の危険性が生ずると考えられるものは、著しい栄養障害者、インフルエンザワクチンに対する卵アレルギーのように接種しようとする接種液により以前に異常な副反応を呈したことがある者、妊娠している者及び種痘の際のまん延性皮膚病罹患者である。その他は、偶発疾患の混入、既存疾患の増悪、潜在疾患の顕性化、予防接種の無効化を防ぐためである。したがつて、仮に、禁忌を見逃したとしても、それが必ずしも真の副反応発生に結びつくとはいえない。しかも、特に副反応が起こりやすいとされている禁忌事故を見逃したとしても、それが特異的に脳炎、脳症等の中枢神経系の障害を起こすとは一般に認められていないので、それらの重篤な副反応の予見は不可能である。

(2) 原告ら主張のような禁忌事項を設定しなければ禁忌事項の設定としては不充分であるなどとは到底いうことができず、かえつて、原告ら主張の禁忌事項を設定することによつて、真に予防接種を受ける必要のある者まで排除されることになり、失当である。

(一三)  同5(三)の(3)⑩について

被告が被害児番号18仲本知加について副反応発症に対する救急態勢を怠つた過失があるとの主張事実は否認し、その余の主張は争う。

(被告の主張)

被告が各予防接種時に、各接種医に対し、種痘後脳炎等の知識を与え、副反応発症時の応急態勢について指示すべき義務まで負うものでなく、被告としては、前述のごとく実施規則や各種通知等をもつて副反応の存在及び副反応発生後の対応について周知せしめているのであつて、これをもつて十分にその責をはたしているというべきである。

かえつて、原告の主張をみてみると、本児が接種後の六月九日に容態に変化が生じたので、風川医師に往診を依頼したというのであつて、その際、同医師を選択した理由の一は同医師が近所の医師であつたからというのであり、好むならば他の内科医や小児科医を選択することができたのである。このことからも明らかなように、原告が主張する主たるところは、同医師が医師として本来備えていたならば回避しえたであろう知識又は医術に関することであつて、それは同医師との診療関係における責任の問題として解決されるべきことである。

(一四)  同5(四)の主張は争う。

(被告の主張)

予防接種は適法行為である。

国賠法一条一項所定の「違法」の意義を理解するに当たつては、私人間の法律関係と公権力関係との間に存する基本的な差異を看過してはならない。

一般私人相互間においては、本来、他人の権利を侵害すること自体がおよそ許容されず、権利の侵害があれば、そのような結果をもたらした行為は常に違法なものとの評価を受け、加害者は不法行為責任を免れない。したがつて、一般不法行為責任にあつては、「違法性」といつても、それは不法行為的保護を与えるにふさわしい法益の侵害があつたか否かという判断に尽きるものということができる。そこで加害行為が問題とされるのは、保護の対象が権利とはいえないような法的利益にも拡大されたために、被侵害利益の種類、性質との相関関係において侵害行為の態様を考慮すべきものとされ、その結果、不法行為的保護を与えるべきであると判断される場合に「違法性」があるとされるにすぎないのである(いわゆる「相関関係説」)。

これに対して、公権力の行使にはほとんど常に権利侵害を伴い、ここでは、一般私人相互間におけるように権利侵害即違法という図式は成立しない。すなわち、公権力の行使については、法の定める一定の要件と手続のもとで私人の権利を侵害することが許容されているのであり、いかに権利侵害の結果が重大であつても、公権力の行使として適法である限り、国家賠償責任を負うことはない反面、いかに軽微な法益の侵害であつても、法が許容する範囲を超えれば、賠償責任を免れない。

このように、国家賠償責任にあつては、「違法性」とは、法がそのような権利侵害を許容するために設定した要件を具備しその定める手続を履践して行なわれたか否か、言い替えれば、公権力主体が公権力の行使に当たつて遵守すべき行為規範に違反していないか否かにかかわることであつて、権利、利益の侵害の結果の重大性と侵害行為の態様との相関関係から判断して、不法行為的保護を与えるに値する法益の侵害があつたか否かを問題とする一般不法行為責任における「違法性」の判断とは、局面を異にするものといわなければならない。ここでは、当該公権力の行使が法によつて許容されている場合であるか否かという、言葉のより本来的な意味での加害行為の「違法性」が問題とされるといつてよい。

したがつて、種痘法及び旧法に基づいて実施された強制接種がもともと適法な行為であることはいうまでもない。国権の最高機関である国会の制定した法律が行政機関にその実施を命じている行為を行つたことが違法視されるいわれは全くない。強制の是非、範囲、実施の方法等について検討の余地があつたとしても、それは高度の技術的、専門的関係諸科学の知見、情報に基づいて決せられるべき政策的判断に属する問題として、立法府の裁量及びその下での行政庁の裁量に委ねられていると解すべきであるから法による強制接種自体の適法性に影響を与えるものではない。

また、勧奨接種も、伝染病の流行を未然に予防し公衆衛生の向上増進に寄与するという目的をもつて行われる行政指導に基づく予防接種であつて、それが国の公権力の行使に当たるとしても、それ自体が適法な行為であることは強制接種についてと同様である。

そして、本件で問題とされている勧奨接種を含む予防接種の実施が、いずれも前記の裁量の範囲内のもので、当時の知見からすれば相当なものであつたことは、既に個々の予防接種について述べたところから明らかである。

もつとも、予防接種の実施に伴つて死亡その他の重篤な副反応が発生した場合には、それは予防接種法の本来の目的とするところではないが、現代科学の水準をもつてしては予防接種に伴う原因不明の異常重篤な副反応の発生を避けることができない以上、かような事故を完全に防止するには予防接種を中止するほかはない。しかし、予防接種を中止することは、予防接種によつて達せられるべき公益上の目的を全面的に放棄することになり、そのような中止自体が予防接種法等に反し、明らかに違法の評価を受けることになろう。前記のように予防接種自体が適法であり、一方それによる重篤な副反応が不法な結果と見られるとすれば、これはまさにいわゆる「適法行為に基づく期待されない結果」の事例というべきであろう。

6  請求原因6の損失補償責任について

(一) 本案前の主張

(1) 原告らは、昭和五九年五月一四日付け準備書面において、原告らの本訴請求原因として、さらに、被告が予防接種法により予防接種を強制し、これにより原告ら被接種者の生命、身体に特別重大な犠牲をもたらして損害を与えたので、憲法二九条三項に基づきその損失補償を求めるとの損失補償請求を追加するものであるところ、右損失補償請求が原告らの従前の請求である民法七〇九条ないし国家賠償法一条に基づく損害賠償請求と訴訟物を異にすることはいうまでもないから、原告らの右準備書面に基づく請求原因の追加は民訴法二三二条の訴えの変更にほかならない。

訴えの変更は、従前の請求のために開始された訴訟手続において、新たな請求について審判を求めるというものであるから、訴えの変更が許されるためには、民訴法二二七条に定める請求の併合の一般的要件である数個の請求が同種の訴訟手続によつて審判され得ることを要することは多言を要しない。

(2) ところで、原告らが右訴えの変更により追加しようとする新たな請求は、公法上の損失補償請求である公法上の金銭給付の請求として、行訴法四条の当事者訴訟の一つである「公法上の法律関係に関する訴訟」(以下「実質的当事者訴訟」という。)に該当する。

しかるに、行政事件訴訟には行政訴訟の特質上職権証拠調など民事訴訟とは異なる訴訟手続が規定されており(行訴法一五条、二四条、三一条等)、これらの諸規定が適用される範囲内では通常の民事訴訟手続とは異なつた訴訟手続に依ることとなるので、民事訴訟に行政事件訴訟を併合することは民訴法二二七条により許されないのである。そして、このことは、行政事件訴訟のうちの取消訴訟は勿論のこと、通常の民事訴訟と同じ型式類型に属する訴訟である実質的当事者訴訟においても同様である。けだし、実質的当事者訴訟の訴訟物が公法関係に属し、その訴訟の結果が公共の福祉に影響するところが少なくないとのことから、民事訴訟手続とは別個の取扱いをする必要があり、とくにその審理については職権審理主義を加味する必要があるとの見地に基づいて民事訴訟手続とは性質を異にする取消訴訟に関する行政事件訴訟手続規定が準用されている(行訴法四一条)。このようにして、取消訴訟に関する規定が準用されている範囲内では、実質的当事者訴訟は通常の民事訴訟手続と同種の訴訟手続に依る場合でないことは明らかである。

(3) もつとも、行訴法一六条及び一九条は、通常の民事訴訟を取消訴訟に併合し得ることを認めているが、これは、本来通常の民事訴訟手続によるべき請求を一定の要件の下に特別の行政事件訴訟手続による請求へ併合することを特に法律が許容したからであつて、同法四一条二項で前記条文を準用している当事者訴訟においてもこのことは同様である。しかして、民事訴訟に係る請求と行政事件訴訟に係る請求とが関連請求の関係にあり、行訴法一六条及び一九条の場合とは逆の場合になるにすぎないとのことをもつて、民事訴訟に係る請求にこれと関連請求の関係にある行政事件訴訟に係る請求を併合することは許されないのである(大阪高裁昭和四八年七月一七日決定・行裁例集二四巻六・七号六一七ページ)。すなわち、行訴法一七条は、数人からの請求又は数人に対する請求が、行政処分等の取消請求と同法一三条所定の関連請求という関係にあれば、当該各請求の併合提起を認める趣旨の規定であるが、同規定と並ぶ同法一三条は、既に提起された取消訴訟と関連請求に係る訴訟とが各別の裁判所に係属する場合において、関連請求に係る訴訟を取消訴訟の係属する裁判所に移送し得ることを定め、また、同法一六条、一八条及び一九条は、取消訴訟に関連請求に係る訴えを併合して提起できることを定めているのであつて、行訴法のこれらの規定は、取消訴訟の管轄裁判所に関連請求に係る訴えの併合管轄権が生ずることを認め、同裁判所に関連請求に係る訴えを移送し又は併合提起し得ることを定めたものと解される。他方、行訴法は、関連請求に係る訴訟の管轄裁判所に取消訴訟の併合管轄権が生じ、同裁判所に取消訴訟を移送し又は併合提起できる趣旨の規定は一切設けていないのである。これらの点からすれば、行訴法は、係争の行政処分等の早期確定を図る趣旨の下に、その取消請求に併合し得る請求を行訴法一三条所定の関連請求に限定したうえ、取消訴訟を中心に据えて、これに関連請求に係る訴訟を併合する建前をとつているのであつて、取消訴訟を関連請求に係る訴訟に併合することは許容していないと解されるのである。そして、当事者訴訟については、行訴法四一条二項により取消訴訟に関する前記諸規定が準用されているので、右建前から当事者訴訟についても、これを関連請求に係る訴訟に併合することは、行訴法は許容していないものというべきである。

(4) 以上のとおり、損失補償請求と損害賠償請求とは、民訴法二二七条の「同種ノ訴訟手続ニ依ル場合」にはあたらないのであるから、原告らの従前の請求である損害賠償請求の訴えに新たな請求である損失補償の請求を追加して訴えの変更をすることは許されない。

よつて、民訴法二三三条に基づき本件訴え変更不許の裁判をなすべきである。

(二) 本案について

同6の主張はすべて争う。

(被告の主張)

(1) 憲法一三条、一四条一項及び二五条の法意

憲法一三条は国民の基本的人権の包括的な宣言であつて、国民が国に対し直接同条に基づき何らかの実体法上の請求権を取得することはあり得ないこと、憲法一四条一項は法の下の平等原則を宣言した規定であつて、右条項を根拠に国民の国に対する実体法上の請求権を認める余地は存しないこと、憲法二五条は国民の生存権確保のための国の責務を宣言したものであり、生存権の内容として国民の国に対する実体法上の請求権を何ら認めていないことが明らかである。

そうすると、そのような規定を総合して解釈したとしても、それらの規定から直接国民の国に対する何らかの実体法上の具体的な請求権、したがつて、これに対応する国の国民に対する具体的、現実的な法的義務が導き出されるというようなことはあり得ないことが明らかである。したがつて、本件予防接種事故により被接種者らが特別犠牲を強いられているとして、憲法の右各規定の法の精神からこのような事態の等閑視は許されず右犠牲による損失は被告が(法的義務として)負担すべきであるとすることは失当であり、本件予防接種事故による被害が重大であるとしても、それが、原告らの右主張を正当化する理由とはなり得ないものというべきである。

なお、学説中には予防接種事故については直接憲法一三条、一四条一項、二五条から国の補償責任を引き出すべきであるとする見解もあるが、その論者の一人は、「実定法上の根拠を求めることは困難であり、結局においては、立法的解決を要するものであろうが、憲法一三条および二五条を根拠に、直接国の責任を導き出すことも不可能ではないと考える。」と述べていて、論者自身そのような考え方の法解釈としての困難性を自認しており、また、他の論者も、西ドイツにおけるいわゆる犠牲補償請求権の考え方を引合いに出して「この理論を発展させれば、犠牲補償請求権という法制度が存在しなくても、我が国において直接憲法一三条、一四条一項、二五条一項から国の補償責任を引き出すことは十分可能であろう。」と述べているにすぎない。したがつて、これらの言説は、いずれも憲法の右各規定を詳細に検討した上での結論ではなく、予防接種事故については国の補償責任を認めるべきであるとの考え方をア・プリオリに先行させた上での立論であることが明らかであり、憲法の右各規定を詳細に検討すれば、解釈論としてそのような結論の出てくる余地がない。

(2) 憲法二九条三項の法意

憲法二九条三項は、財産権の不可侵を規定した同条一項及び財産権の内容の立法による制約を認めた同条二項の各規定を前提とした上で、公共の利益のために同条二項による制約の域を超えて財産権の剥奪、制限等をなし得ること、そしてその場合には同条一項の規定する財産権不可侵の見地から正当な補償を必要とすることを規定しているものであり、同条全体としてみれば、我が国における国家存立の基礎である経済秩序について調和のとれた私有財産制度の在り方を規定しているものにほかならない。

したがつて、憲法二九条三項の意味、内容を解釈し、確定するに当たつて、一、二項と関係なく、三項のみを同条の中から取り出し、その意味内容をうんぬんするようなことはおよそ不適当であり、同条項の趣旨を到底正解するゆえんではないから厳に慎しむべきであつて、右条項を正しく理解するためには、同条全体の中におけるその位置付けを前提としてその意味内容を解釈し、確定する態度こそが必要である。殊に、本件のように予防接種による被害に右条項を適用あるいは類推適用することの可否が問題となつている場合には、そのような態度が特に肝要であるというべきである。

(3) 憲法二九条三項の要件

憲法二九条三項にいう「公共のために用ひる」の要件の中核をなす特別の犠牲の概念が、その特別性の程度が千差万別であるなど極めて相対的、多義的なもので、何をもつて特別の犠牲とみるか、その判断が容易でないこと並びに「正当な補償」の意義も、憲法二九条二項との相対的関係及び特別の犠牲の概念の相対性に対応してこれまた極めて相対的なものであることが明らかである。

(4) 憲法二九条三項に基づく損失補償請求の可否

直接憲法二九条三項に基づく損失補償請求の可否については、次のとおり考えるべきである。

① 財産権の制限を課している法律に、補償規定がある場合は、補償の要否や補償額の多募の問題は、憲法二九条三項の趣旨を踏まえた上で、当該法律の解釈適用によりこれを解決すべきであり、また、補償規定がない場合であつても、同様の法律関係ないし事実関係について規律する法律に補償規定がある場合は、当該法律の類推適用によつてこれを解決すべきである。

② 前項の場合、法律の定める補償内容が憲法二九条三項にいう正当な補償として不十分であると解されるときは、まず、当該補償規定の意味内容を憲法の右条項の趣旨によつて補充した解釈適用により正当な補償とのかい離を回避すべきであり、右の解釈作業によつても右のかい離が回避できないときは、当該補償規定のうちの補償内容の上限を画する部分の効力を違憲性を理由に否定し、しかる後に、当初より補償規定を欠く場合に準じて直接憲法の右条項に基づく損失補償請求の適否が論じられるべきである(もつとも、損失補償手続の中に損失補償に係る行政処分が介在するときは、それに対する抗告訴訟で争うべきである。)。

③ 右①、②の場合を除き、補償規定を欠く場合は、直接憲法二九条三項に基づく損失補償請求が問題となり得るが、右の直接請求を認めることには、憲法の実体法規性の有無、右条項の要件及び効果の抽象性、多義性及び相対性(裁判規範としての制約及び限界)の各点から問題が多く、仮に、これを肯定する立場に立つときは、法律要件の中核をなす特別の犠牲と法律効果の内容をなす正当な補償のいずれの意義、内容についても裁判規範として裁判所の公正かつ安定的な使用に耐えるだけの一義的に明白かつ客観的な判断基準が定立されなければならない。

しかるとき、右のような要請に応え得る特別の犠牲は、本来的な意味での公用収用、公用制限の概念に当たる場合であり、その場合の正当な補償は、現行の補償規定で多く用いられている「通常生ずべき損失」あるいは「通常受けるべき損失」ということになろう。これを換言すると、特別な犠牲と正当な補償の関係は相対的なものであるから、正当な補償に対応する特別の犠牲は、当然に本来的な意味での公用収用、公用制限の概念に当たる場合ということになる。なお、現行の補償規定の整備、充実状況をみるとき、問題となるほとんどの事例は、同様の法律関係ないし事実関係について規律する法律の補償規定の類推適用により解決され得るはずのものであり、直接憲法二九条三項に基づく請求を真に問題とせざるを得ない事例は少ないであろう。

(5) 予防接種事故と憲法二九条三項

① 憲法二九条三項の位置付けないし趣旨、目的にかんがみると、そもそも生命、身体被害の場合に同条の中から同条三項のみを採り出してこれを類推適用し、生命、身体被害に対する損失補償の道を開こうとする発想そのものが強く批判されるべきであるうえ、もし生命、身体に対して、財産権の場合に損失補償が必要とされる特別の犠牲と同じ意味での特別の犠牲を課するとすれば、それは違憲、違法な行為であるとして国賠法一条に基づく損害賠償の法理で解決されるべきであつて、もともと、財産権に対する特別の犠牲と生命、身体に対する特別の犠牲とを価値的に比較評価して後者についても損失補償法理で解決しようとすること自体、法理論上根本的な誤りを犯すものであるといわなければならない。

② 本件予防接種事故に対する憲法二九条三項の(類推)適用の可否を直接右条項に基づく損失補償請求権の要件及び効果の観点からみても、本件予防接種事故が財産権に係る損失補償請求権の要件の中核をなす特別の犠牲と同じ意味で生命、身体に対する特別の犠牲に当たるとするには法理論上多大の疑問があつて、これを否定せざるを得ず、特に、本件勧奨接種に伴う予防接種事故については、本件強制接種の場合と比べて国家権力による強制の要素が極めて希薄であるから、これが右の生命、身体に対する特別の犠牲に当たると解する余地はないといわなければならない。そのうえ、仮に、憲法二九条三項が生命、身体被害の場合にも(類推)適用され、本件予防接種事故が生命、身体に対する特別の犠牲に当たるとする見解を採つたとしても、本件予防接種事故の場合の正当な補償について、その意義、内容、算定方法を司法の場において法的安定性を確保するに足りるだけの一義的明確性をもつて認定判断することは法理論上著しく困難といわなければならず、結局、直接憲法の右条項に基づく損失補償請求権の要件及び効果の観点からみても、本件予防接種事故について憲法二九条三項を(類推)適用することは著しく困難であり、法理論上これが否定されるべきであるといわざるを得ない。

(6) 予防接種健康被害者救済制度下における損失補償請求の可否

① 給付に関する処分と損失補償請求

ⅰ 憲法二九条三項の規定を受けて具体的に立法化された諸法律においては、補償原因や補償内容、補償額の確定手続等を定めているところ、これを損失補償確定手続の点から概観すると、

(ⅰ) 確定手続について定めがない場合

(ⅱ) 行政主体(収用の手続主体)が、補償額を決定し、右決定に不服のある者は一定の期間(九〇日、三か月)内に事業主体(起業者、設置者、管理者など)を被告とする訴えにより補償金の「増額」を請求できるものとされている場合

(ⅲ) 事業主体と損失を受けた者とが「協議」し、協議が成立しないときは監督行政庁が「裁定」し、右裁定に不服のある者は一定の期間(六〇日、三か月、六か月)内に事業主体又は損失を受けた者を被告とする訴えにより補償金の「増減」を請求できるものとされている場合

(ⅳ) 収用委員会(収用の手続主体であるが、同時に裁定機関性を有する。)が収用裁決(権利取得裁決・明渡裁決)中において、その一部として補償額を決定し、右補償額に不服のあるときは、事業主体又は被収用者を被告として「訴を提起」できるものとされている場合

(ⅴ) 事業主体と損失を受けた者とが「協議」し、協議が成立しないときは、申請により、収用委員会(裁定機関)が「裁決」し、右裁決に不服のあるときは、事業主体又は損失を受けた者を被告として「訴を提起」できるものとされている場合

があり、また、補償原因については、いずれも当該法律関係あるいは事実関係のもとで憲法二九条三項の趣旨に照らして補償が必要であると考えられる場合が具体的に法律要件化されており、また、補償内容についても、右の場合において右条項にいう正当な補償の趣旨に合致すると考えられる補償内容ないしその判断基準が具体的に規定されているのである。

そこで、本件救済手続についてこれをみてみると、本件救済手続、とりわけ法的救済手続は、予防接種を受けた結果健康被害を生ずるに至つた被接種者に対し、相互扶助、社会的公正の理念に立ちつつ、公的補償の精神をも加味して図られる特殊な国家補償の性質を有するものであり、右救済手続における給付金の確定手続は、厚生大臣が公衆衛生審議会の意見を聴いて予防接種を受けたことによる健康被害かどうかの認定に基づき、給付の実施主体である市町村長が支給するものであり、支給原因が法定(法一六条一項)されており、また、給付内容についても、医療費及び医療手当、障害児養育年金、障害年金、死亡一時金、葬祭料と定められ(法一七条)、かつ給付に関して必要な事項は救済制度の趣旨にかんがみ、経済的、社会的諸事情の変動及び医学の進歩に即応するよう定められると規定されている(法施行令三条)。

右のような法的救済制度をその支給手続の点からみるならば、前記(ⅱ)の類型に準ずる手続であり、右手続の制度目的及び趣旨並びに支給原因及び通常生ずべき損失を列挙したということのできる給付内容等を総合して考察すると、法的救済制度は、原告らが摘示する憲法の諸規定、すなわち憲法一三条、一四条一項、二五条一項及び憲法二九条三項等に示される憲法の理念に則り、これを実現するため具体的に立法化したものであり、国家補償の範疇に含まれる制度としての意義を有するものということができる。

ⅱ ところで、損失補償について、憲法二九条三項の規定を受けて具体的に立法された法律において、具体的な法律関係あるいは事実関係ごとに補償原因や補償内容、それに補償額の確定手続等について詳細に規定しており、法律にこのような補償規定がある場合は、補償の要否や補償額の多寡の問題は、憲法の右条項の趣旨を踏まえたうえで、当該法律の解釈適用によりこれを解決すべきであり、また、補償規定がない場合であつても、同様の法律関係ないし事実関係について規律する法律に補償規定がある場合には、同様の法律関係は同様に扱うとの法解釈の普遍的原則に照らしても、当該法律の類推適用によつてこれを解決すべきであつて、それとは別途に、直接憲法の右条項に基づき損失補償請求することは許されない。

そうすると、前述したように本件救済制度、とりわけ法的救済制度が憲法二九条三項の規定に則り、その理念を立法化した国家補償の範疇に属するものであり、原告らが憲法の右規定に基づき求める本件損失補償請求とその内容等において同一であることからしても、本件予防接種によつて被害を被つた被接種者らは、本件救済制度による補償を享受し得るのであつて、これ以上に直接憲法二九条三項に基づいて損失補償を請求することができないものというべきである。

ⅲ 次に、予防接種事故被害者が法的救済制度において不支給決定を受けた場合、これに対する不服申立てが許されるのに対し、右制度において支給決定がなされた場合には、その支給額は予防接種法施行令によつて定められているため、確定した金額として決定がなされる。そして、右支給決定は、行政処分であるから公定力を有し、それゆえ右行政処分の効力を対象とすることなしに右支給額の増額を求め、あるいは右支給決定を無視して金員の支払いを求めることはできないのである。

7  請求原因7の損害(損失)の主張のうち(三)は不知、その余の主張はすべて争う。

(被告の主張)

(1) 損害賠償額について

① 包括請求の不当性

一般に損害賠償の内容としては、逸失利益、介護費等を内容とする財産的損害と慰謝料を内容とする精神的損害とがあるところ、本件において、原告らは、発生した損害が財産的損害なのか精神的損害なのか、各損害の内容及び額、損害の総額はいくらなのか、そしてその損害はいつからいつまでに発生したものなのかにつき一切明らかにしていない。しかしながら、このように包括一部請求の名のもとに全体の損害を特定せずしてその一部を請求することは、既判力、損益相殺、消滅時効、過失相殺などとの関連を考えると到底許されないものである。

② 一律請求の不当性

原告らの一律請求は、以下のとおり失当である。まず、本件は、多数の原告らが、予防接種による各被害を被つているとして、被告に対し、損害賠償等を求める訴訟であるが、これを民事訴訟法にのつとつて手続的にみるならば、原告ら各自の被告国に対する個々の訴えが主観的に併合されているにすぎず、右の個々の訴えにおいてはもともと原告ら各人ごとの被害の有無が争点となるべきであつて、しかも、原告ら各人の被害は本来別個で独立性を有し個別に判断されるべきものであるから、原告ら各自において、その主張にかかる被害を個別に主張、立証しなければならないことは当然のことである。

そして、本件においては、もともと、原告らに最小限度共通する被害は存在しない。すなわち、原告らに共通している事由はただ一つ、原告らもしくはその家族が予防接種を受けたということのみであるところ、各被接種者ごとに予防接種の種類、接種時期、接種前の状況、接種後の経過等は異なつており、さらには、発生する損害についても、原告らの年齢、性別、職業、家族構成、その他生活環境等は区々であるから、原告らの主張する損害の有無、程度を判定するに当たつて考慮されるべき事項に、共通、均質なものはないはずである。

このように、個別的事情を異にする原告らについて、その損害額が一律であるとする合理的根拠はどこにも見い出せず、全原告に最小限度共通する被害が存在しないことも明らかであるから、原告らの一律請求が不当であることは明白である。

なお、原告らは、各自につきランク付けを行つているが、各ランクに属する原告については一律請求になるものであるから、右で述べた一律請求の不当なことが同様に当てはまる。

したがつて、原告らは、その主張する被害それぞれについて、どの原告にどの程度の被害が生じているかを個別具体的に特定し明確にした上で、主張立証すべきであり、また、裁判所も、従来公害、薬害訴訟の一部裁判例に見られたような、個別的損害の立証の必要を無視する安易な姿勢は厳に慎むべきであり、右の各点をそれぞれ明確にした上で判断すべきである。

③ 「個別積み上げ方式」による仮定的損害の算定について

原告らは、年令、性別、職業、健康状態、家族関係、生活態度、収入所得額などにより、それぞれ千差万別の生活利益を受けているものであるから、仮に本件予防接種により損害があつた場合でも、それは一様でない。損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を填補することを目的としているのであるから、各被害者ごとの被害事情の差異に応じ損害額に格差を生ずるのは当然であり、これを否定するのはかえつて衡平に反する。そのため、損害賠償においては、個々の損害ごとに賠償額の算定作業が必要となるのである。そして、このことは、本件訴訟は手続的には個々の訴えが主観的に併合されたものにすぎないことからも明らかである。したがつて、本件においても、まず、原告らは、個別的に、損害の総額及びその数額を導き出すための損害費目ごとの具体的かつ係数的な根拠を主張すべきである。しかるに、原告らはこの主張を一切行つておらず、既に前提において失当である。

また、原告らは、四ランク分けの理由として、原告らのみがランク分けし得るのであり、集団的な訴訟遂行に不可欠な原告らの団結と連帯を保持することなどを挙げるが、これらはあくまで原告側の運動上の理由あるいは一つの訴訟技術にすぎず、直ちに法理論としてグループ別一律定額請求の正当性を導くものではない。また、仮にグループごとに共通する被害を定型的に検討する余地があるとしても、右に述べた個別算定の趣旨に従うかぎり、これが許容される余地があるのはごく例外的な場合に限られ、しかも、その場合にはできる限りきめ細かい分類方法が設定されなければならない。

④ 逸失利益について

原告らは、逸失利益の算定に当たり、損害の発生時期いかんを問わず、過去及び将来の逸失利益のすべてにつき、昭和五九年度賃金センサスによる全労働者平均賃金を使用し、その根拠として過去及び将来のインフレの影響を考慮すべきであると主張するが、以下に述べるとおり失当である。

ⅰ インフレの影響と損害額の算定(いわゆるインフレ算入論)について

持続的なインフレが損害賠償との関係で重要な問題を提起していることは事実としても、これを損害額の算定にとり入れることについては未解決な問題がある。

すなわち、戦後我が国を含む資本主義諸国の経済動向にインフレ傾向が持続し、消費者物価が上昇しつつあることは否定しないが、これをもつて、いまだ不変の自然法則でも経済原則でもなく、その態様は極めて可変的であり、しかも、多くの政策的要因に依存しているのである。流動的な我が国経済社会で、インフレ持続の程度、期間を今後長期にわたつて裁判上の証明対象として主張、認定するのは至難なことである。

しかも、一時金賠償方式をとる我が国法体制のもとでは、逸失利益は、現在の価額に換算された賠償金を現在の通貨で一時に受けとることになるのであるから、これを事業や不動産に投資してインフレによる減価を免れ、あるいは利子、投資利益でインフレ率を上回る利益すら挙げる可能性(インフレ・ヘッジ)が与えられている。特に、例えば、数千万円単位の賠償金が取得されるような場合は、高額資産としてかかるインフレ・ヘッジの可能性は増大するのであり、そのうえ、現在の一時賠償額に将来のインフレを算入ないしは考慮することは不当利益の部分を含むものである。中間利息についても、貨幣価値の下落していない現時点において、賠償金を一時的に購買力として利用することもできるのであるから、中間利息を控除しない限り、そこに不当利益の部分が含まれることにならざるを得ない。それゆえ、現在の裁判実務でも、ホフマン、ライプニッツの計算方式のいずれを選択するかはともかくとして、いずれの方式においても、年五分の中間利息を控除すべきとしており、これを当然のこととして、一時金の額を算定してきたのである。

ⅱ 過去の逸失利益について

原告らは、過去の逸失利益の算定に当たり、昭和五九年度全労働者平均賃金を基礎としているが、各被接種児ごとに接種時期や損害の発生時期が異なり、同一なものはなく、しかも損害が発生してから相当期間が経過しているのであるから、昭和五九年度全労働者平均賃金を採用するのは相当でなく、過去の逸失利益は、各被接種児ごとに、損害発生時及びその後各年度ごとの全労働者平均賃金額を基礎として算定すべきである。

ⅲ 男女格差について

原告らは、損害賠償額(特に逸失利益)の算定について、男女格差の是正を主張し、男女同一でなければならないとする。

被告国としても、男女格差の是正の必要性を争うものではないが、現在の社会事情では、その当否は別として、男女間の賃金に格差があることは否定できず、賃金センサスは現にある賃金の態様を反映したものであり、この現状を直視するときには、逸失利益の算定に当たり、格差が生ずることはやむを得ないものというべきである。

⑤ 介護費について

ⅰ 過去の介護費について

原告らは、過去の介護費の算定に当たり、すべての者につき昭和六〇年度の介護基準日額を使用するが、過去の逸失利益につき述べたのと同様の理由で相当でなく、過去の介護費は、各被接種児ごとに、損害発生時及びその後各年ごとの介護基準額を基礎として算定すべきである。

ⅱ 将来の介護費について

いわゆるインフレ算入論が損害額の算定にとり入れることのできないことは既に述べたとおりであり、それ故、将来の介護費算定に当たり中間利息を控除することは当然のことであつて、この点につき、中間利息を控除することが請求を一部に限定しているとの原告らの主張は失当である。

⑥ 慰謝料について

慰謝料の法律的性質が填補賠償にあることは学説、判例実務の認めるところであり、また、慰謝料額の算定に際しては、諸般の事情を斟酌すべきことはいうまでもない。そうすると、本件につき、原告ら各自の慰謝料に質的差異が生ずるのは当然のことであるから、個別具体的に算定されるべきであつて、安易なランク分けは許されない。

(2) 損失補償額について

① 損失補償額は、憲法二九条三項によれば「正当な補償」でなければならないが、これは完全な補償を意味するものではなく、相当な補償であること、しかも、時の社会通念に照らし客観的に公正妥当であれば足りると考えるべきことは、既に述べたとおりである。

原告らは、「正当な補償」の内容につき、完全補償説に立つたうえ、種々の主張を行つているが、完全補償説はとり得ないものであるから既にその前提において誤つているといわなければならない。

② 原告らは、生命、健康の特別犠牲に対する補償額は、少なくとも損害賠償としての金額を下回るものであつてはならないと主張する。

しかしながら、正当な補償額の算定方法は、損害賠償額の算定方法とは自から別個のものであつて、右主張は失当である。

すなわち、我が国の法体系上、不法行為による損害賠償と適法行為による損失補償の二形態があるところ、前者は、違法かつ有責な権利侵害であることから主として加害行為の態様、違法性が重要な要素として考慮されるべきであつて、当該加害行為に相当因果関係のある全損害が賠償されるべきであることはもちろんのことであるが、後者は、それが適法な国家施策のもとに行われることから正当な補償を与えるものであり、正当な補償であるか否かについては、救済の目的、救済の要件、救済に対する費用の負担者等様々な要素を検討し、さらには、国家財政や他の類似の諸制度との比較の上に判定されなければならないのであつて、単に損失の填補という見地にとどまるのではない。したがつて、必然的に、立法、行政府の裁量の働く範囲が大きいのである。

このように、損害賠償と損失補償とでは、制度の趣旨、目的が全く異なつている以上、金額の算定方法及びその結果としての損害(補償)内容がいずれの制度であるかによつて異なつてくるのは、むしろ、当然のことといわなければならない。

しかも、右損失補償の性格からすれば、諸要素を慎重に検討衡量した上で損失補償額の算定がなされるべきところ、特に本件では現行予防接種健康被害救済制度の存在及び内容に対する十分な論証なしに損失補償額の算定はなし得ないものであり、かつ、前記損失補償責任においては完全な補償でなく、相当な補償で足りることからすれば、損害賠償としての金額と同等ということはあり得ず、これを下回るのが妥当な算定額である。

③ また、損失補償は不法行為を原因とするものではなく、公益のための適法な行為に基づき特別の犠牲を原因とするものであるから、損失補償の対象としては「得べかりし利益の喪失」や「慰謝料」は最初から問題とならないものである。

原告番号

原告氏名

(死亡被害児)

接種年月日

(昭和年月日)

時効起算日

(昭和年月日)

高倉米一

三二・  四・一〇

三二・  五・一〇

河島豊

三六・  二・一七

三六・  三・一七

塩入信子

三八・  一・一〇

三八・  二・一〇

秋山善夫

三二・一一・二六

三二・一二・二六

七の一、二

(増田裕加子)

三八・  七・三〇

三八・  八・三〇

増田昌久

増田恭子

小林誠

四〇・  三・三〇

四〇・  四・三〇

一〇の一、二

(幸長睦子)

三一・一〇・一六

三一・一一・一六

幸長好雄

幸長律子

一一

鈴木旬子

三二・  二・一四

三二・  三・一四

一二

稲脇豊和

二七・  二・一二

二七・  三・一二

一四

上野雅美

三九・  三・二五

三九・  四・二五

一五

金井真起子

二五・  四・二一

二五・  五・二一

一八

藤本章人

四〇・  五・一九

四〇・  六・一九

二〇

(森井規雄)

三三・  六・  六

三三・  七・  六

森井富美子

二二

四方正太

三八・一二・一一

三九・  一・一一

二九、三〇

(常信貴正)

三七・  二・一五

三七・  二・二七

常信勇

常信知子

三一、三二

(三原繁)

三五・  三・  九

三五・  三・二九

三原政行

三原洋子

三三、三四

(中尾仁美)

三九・  九・二八

三九・一〇・  七

中尾巖

中尾八重子

三五ないし三七

(田辺惠右)

三九・  八・二七

三九・  八・二八

田辺幾雄

田辺美好子

田辺博法

三九ないし四二

(福山豊子)

三三・  六・二三

三三・  六・二五

大木清子

桑原惠子

前田訓代

中野節子

四三

澤崎慶子

三九・  四・二二

三九・  五・二二

四五

横山信二

四三・  二・  五

四三・  三・  五

四七

木村尚孝

四三・  九・一七

四三・一〇・一七

四八

田村秀雄

三一・  五・  八

三一・  六・  八

四九

西晃市

四四・  二・一八

四四・  三・一八

五一

(菅美子)

二九・  一・二一

二九・  二・二一

菅ユキエ

五二

高僑勝己

四三・  五・一六

四三・  六・一六

五四

池上圭子

二三・  六・二〇

二三・  七・二〇

五七、五八

(野々垣一世)

三三・  五・二〇

三三・  六・  一

野々垣幸一

野々垣久美子

五九、六〇

(原篤)

四三・一一・一四

四三・一一・二六

原竹彦

原須磨子

六七、六八

(藤井崇治)

四三・一二・  四

四三・一二・  六

藤井英雄

藤井鈴惠

8  請求原因8(一)ないし(三)の事実は認める。

9  原告各論(以下「各論」という。)に対する認否〈省略〉

三仮定抗弁

1  違法性阻却事由若しくは被告の責に帰すべからざる事由の存在

本件各予防接種は、もともと合法的で、原告ら主張のような過失の存在しないものであるが、仮に、右予防接種の全部又は一部の実施及びこれによる副作用の発生につき、過失の存在の認められる余地があるとしても、被告には、次のとおり違法性が阻却されるべき事由がある。すなわち、本件各予防接種の実施は、当時適法に効力を有していた法令及び法令に準ずる通達に基づいてなされた行為であり、当時において社会的にも相当な行為として是認されていたものであるから、正当な職務行為としてその行為の違法性は阻却される(刑法三五条参照)ものというべきである。そして、右の違法性阻却事由は、債務不履行責任を問題とする場面においては債務者の責に帰すべからざる事由に当たるものである。

2  時効及び除斥期間

本件予防接種につき、被告には責任がないが、仮にしからずとしても、以下のとおり時効が完成し、ないしは除斥期間が満了しているから、被告は、これを援用する。

(一) 債務不履行責任について

原告らは、それぞれ原告各論各1記載の本件予防接種により本件事故が発生したと主張するが、それが何時発生したかを明らかにしない。しかし、本件事故が、原告ら主張の予防接種によるとすれば、事故は右各予防接種後遅くとも約一か月の間に発生した(死亡者については死亡日)と考えられ、原告らは、そのころから本件事故につき、「権利ヲ行使スルコトヲ得ル」(民法一六六条一項)に至つたものというべきである。したがつて、次表〈編注・前頁表〉の原告らについては、それぞれそのころから訴提起に至るまで既に一〇年以上の期間を経過しているから、民法一六七条の規定による消滅時効の期間が満了している。

(二) 国家賠償法上の責任及び不法行為責任について

(1) 三年の消滅時効(民法七二四条前段)

① 原告らはそれぞれ原告各論各1記載の予防接種により本件事故が発生したと主張するが、それが何時発生したかを明らかにしない。しかし、本件事故が、原告ら主張の予防接種によるとすれば、事故は右各予防接種後遅くとも約一か月の間に発生した(死亡者については死亡日)と考えられ、原告らは、そのころまでに本件事故を知つたのであるから、そのころまでに損害及び加害者を知つたというべきである。したがつて、原告ら全員について、それぞれそのころから訴提起に至るまでに既に三年以上の期間を経過しているから、民法七二四条前段の規定による消滅時効の期間が満了しているものである。

② さらに、しからずとしても、次表の原告らは、同表記載の日に予防接種事故に対する行政救済措置に基づき給付申請書を作成して、これを当該市町村長等に提出したが、同申請書には当該予防接種の種別、実施年月日、実施者、実施場所等を記載し、これに当該予防接種済証、医師の作成した書面、都道府県の作成した調査表等を添えて提出するものとされているから、当該原告らは、遅くとも右申請書作成の日(ただし、申請書の作成年月日が不明のものは、市町村等の受付の日若しくは送付の日)までには、民法七二四条前段に規定する損害及び加害者を知るに至つたというべきである。したがつて、当該原告らについては、その日から訴提起に至るまでに既に三年以上の期間を経過しているから、民法七二四条前段の規定による消滅時効期間が満了しているものである。

原告番号

原告氏名

(死亡被害児)

給付申請書

作成年月日

(昭和年月日)

備考

高倉米一

四五・某・某

月日不明、昭和四五年一一月二六日

大阪市大正保健所受付

河島豊

四五・一一・二四

塩入信子

四五・一一・二七

秋山善夫

四五・一一・一三

吉田理美

四五・一一・一〇

小林誠

四五・一一・二〇

一〇の一、二

(幸長睦子)

四五・一一・四

幸長好雄

幸長律子

一一

鈴木旬子

四五・一〇・一三

一二

稲脇豊和

四五・一〇・二四

一三

山本治男

四六・一一・一九

一四

上野雅美

四六・八・二四

一五

金井真起子

四五・一一・九

一七

上田純子

四七・三・一七

一八

藤本章人

四六・四・二

一九

仲本知加

四六・一一・二九

二〇

(森井規雄)

四五・一二・二

森井富美子

二一

末廣美佳

四六・一二・一〇

二二

四方正太

四五・一一・一三

二三、二四

(三好元信)

四五・一一・某

日付不明、昭和四五年一一月一九日

大阪市此花保健所受付

三好一美

三好道代

二五、二六

(毛利孝子)

四五・一一・一六

毛利鴻

毛利舜子

二七、二八

(柳沢雅光)

四五・一〇・三〇

柳沢康男

柳沢二美子

二九、三〇

(常信貴正)

四五・一一・三〇

常信勇

常信知子

三一、三二

(三原繁)

四五・一一・一六

三原政行

三原洋子

三三、三四

(中尾仁美)

四五・一〇・二九

中尾巖

中尾八重子

三五ないし

三七

(田辺惠右)

四五・一二・二一

田辺幾雄

田辺美好子

田辺博法

三九ないし

四二

(福山豊子)

某・某・某

年月日不明。昭和四五年一一月九日

大阪市大淀保健所受付

大木清子

桑原惠子

前田訓代

中野節子

四三

澤崎慶子

四五・一二・一

四四

高島よう

五一・一・三〇

四六

大橋敬規

五〇・八・某

日付不明

四七

木村尚孝

四五・一〇・二六

四八

田村秀雄

五〇・四・二五

四九

西晃市

四五・一一・一三

五〇

矢野さまや

某・某・某

昭和五〇年四月三〇日寝屋川市役所受付

五一

(菅美子)

五〇・九・三

菅ユキエ

五二

高橋勝己

五〇・一〇・一一

五三

原雅美

五一・一・二六

五四

池上圭子

四五・一一・四

五七、五八

(野々垣一世)

四六・一・一八

野々垣幸一

野々垣久美子

五九、六〇

(原篤)

四六・二・二

原竹彦

原須磨子

六一、六二

(垣内陽告)

四五・一一・二〇

垣内光次

垣内千代

六三、六四

(山本実)

某・某・某

本件申請書は昭和四六年一月二九日付で

奈良市長から奈良県知事あて送付

山本昇

山本幸子

六五、六六

(安田美保)

五〇・一〇・一四

安田豊

安田明美

六七、六八

(藤井崇治)

四五・一〇・二八

藤井英雄

藤井鈴惠

③ 次表記載の被害児(二二名)にかかる原告らは、予防接種事故に対する行政救済措置に基づく給付申請書を作成して、所定の疎明資料を添えて当該市町村長等に提出し、いずれも遅くとも次表中推定送達日欄記載の日までに右行政救済措置の支給認定の通知を受けたものであるから、当該原告らは、遅くともそのころまでには民法七二四条前段に規定する損害及び加害者を知るに至つたというべきである。

したがつて、当該原告らが右支給認定の通知を受けた日(各原告らに対する右通知書の送達日が必ずしも明らかでないが、予防接種事故審査会の認定意見の通知の日より遅くとも二か月以内には支給認定の通知を受けたものと推定するのが相当である。)から本件訴え提起に至るまで既に三年以上の期間が経過しているので、国家賠償法上の責任及び不法行為責任については、民法七二四条前段の規定による消滅時効期間が満了しているものであるから、これを援用する。

(2) 二〇年の除斥期間(民法七二四条後段)

次表〈編注・次頁下表〉の原告らは、同表記載の日に本件予防接種を受けたものであり、しかも当該予防接種の日から本件訴提起の日までには、すでに二〇年以上の日が経過しているので、当該原告らの請求は、この点でも理由がない。

(三) 損失補償責任について

なお、仮に原告らの損失補償の請求が認められることがあるときは右の損失補償の請求に関しては、損失補償も損害賠償もその性格及び要件効果は異なつても、ともに原因行為のいかんにかかわら

原告番号

被害児

原告

事故審査会認定意見通知日

(昭和年月日)

推定送達日

(昭和年月日)

訴え提起の日

(昭和年月日)

河島豊

本人

四六・三・二

四七・五・二

五〇・七・一二

塩入信子

本人

信子

四六・一一・一一

四七・一・一一

吉田理美

本人

理美

四六・二・一〇

四六・四・二

小林誠

本人

四六・二・一六

四六・四・一六

一二

稲脇豊和

本人

豊和

四六・二・一〇

四六・四・一〇

一五

金井真起子

本人

真起子

四六・一一・一一

四七・一・一一

一八

藤本章人

本人

章人

四七・三・二七

四七・五・二七

二三

三好元信

一美

四六・三・二七

四六・五・二七

五〇・七・一二

二四

道代

二五

毛利孝子

四六・三・二四

四六・五・二四

二六

舜子

二七

柳澤雅光

康男

四六・二・一〇

四六・四・一〇

二八

二美子

二九

常信貴正

四六・二・一〇

四六・四・一〇

三〇

知子

三一

三原繁

政行

四六・一・一六

四六・三・一六

三二

洋子

三三

中尾仁美

四六・一・一三

四六・三・一三

三四

八重子

三五

田辺惠右

幾雄

四七・二・四

四七・四・四

三六

美好子

三七

博法

三九

福山豊子

大木清子

四六・三・二七

四六・五・二七

四〇

桑原惠子

四一

前田訓代

四二

中野節子

四七

木村尚孝

本人

尚孝

四六・二・一〇

四六・四・一〇

五四・九・一

四九

西晃市

本人

晃市

四六・七・一〇

四六・九・一〇

五七

野々垣一世

幸一

四七・一二・一八

四八・二・一八

五四・九・一

五八

久美子

五九

原篤

竹彦

四八・二・二八

四八・四・二八

六〇

須磨子

六一

垣内陽告

光次

四六・三・九

四六・五・九

六二

千代

六三

山本実

四七・一一・八

四八・一・八

六四

幸子

六七

藤井崇治

英雄

四六・五・一四

四六・七・一四

六八

鈴惠

ず発生した損害の填補を目的とするものであるから、まず損失補償の場合にも不法行為の時効規定(民法七二四条)が準用ないしは類推適用されるべきであり、あるいはさらに、少なくとも一般の債権等の消滅時効の規定(民法一六七条)が準用ないし類推適用されるべきである。よつて、被告は、原告らの損失補償の請求についても、右の消滅時効あるいは除斥期間の主張を援用する。

3  損益相殺等について

原告らが、当該予防接種事故に関し、予防接種事故に対する行政救済措置及び予防接種法による救済制度等に基づいて、昭和六〇年六月二〇日現在までに被告から受けた給付は、別紙Ⅳの表(一)「将来給付額の現価及び給付済額一覧表」の「既給付済額」欄記載のとおりである。

万一、原告らの本件請求が何らかの形で認められる場合には、右各給付を受けた金員は、損益相殺、重複てん補又は実質上の一部弁済として当該原告らの損害額から控除されるべきである。

原告番号

原告氏名(被害児)

接種年月日(昭和年月日)

備考

一二

稲脇豊和

二七・二・一二

一五

金井真起子

二五・四・二一

四八

田村秀雄

三一・五・八

五一

(菅美子)

二九・一・二一

菅ユキエ

五四

池上圭子

二三・六・二〇

五七、五八

(野々垣一世)

三三・五・二〇

野々垣幸一

野々垣久美子

4  予防接種法に基づく給付と本件請求との調整について

(一) 仮に本件請求が一部でも認容される場合には、予防接種法に基づく給付との調整に十分な配慮が払われなければならない。

すなわち、本件請求が一部でも認容される場合には、予防接種法等に基づく給付金のうち口頭弁論終結時までに支払われた分が控除されるべきは当然であるが、それ以外の将来給付をどのように取り扱うべきかは大きな問題である。法的救済制度の存在、内容が少なくとも慰謝料算定の事由として重視されるのは当然であろうが、それだけではなく、原告ら主張の逸失利益や介護費は、正に救済制度における障害年金や障害児養育年金などの給付と実質的に対応し重なり合うものであり、後者を無視して前者の損害、損失を算定することはできないということが留意されなければならない。仮に将来の給付分を未払だからといつて無視し、賠償、補償金から控除しない(いわゆる非控除説)とすれば、将来分の損害、損失はその限度で填補されることになるから、現行救済制度の給付を将来にわたつて継続させる実質的根拠は失われることにもなろう。しかし、前記のとおり対象の性質に適合し、その額も決して低いとはいえず、今後のインフレなどにも対応可能な定期金方式に立脚する補償制度が現に有効に機能しているときに、かえつてその基礎を掘り崩しかねないような非控除説に基づいて損害、損失を算定することは、正に本末転倒といわなければならない。むしろ、現行の救済制度が法的な裏付けをもち、その履行が確実であることなどを考慮すれば、将来給付分もまた現在額に換算したうえで賠償、補償額から控除する(控除説)のが相当である。

ちなみに、各原告らが受ける将来給付分は別紙Ⅳ表の(二)記載のとおりであるところ、各原告らについて右の観点から控除すべき額を試算すると同表(一)「将来給付額の現価及び給付済額一覧表」のうち各該当欄記載額のとおりである。なお、同表(一)記載の将来給付額の現価の算定は、年金額(年額)に当該原告らの平均余命年数に対応するホフマン係数(年別)を乗じて計算をしたものである。

(二) もし右控除が認められない場合であつても、障害児養育年金及び障害年金相当額については、右年金の所定の給付履行時期(現行では四半期ごとに経過三か月分をまとめて支給する。)までは、労災保険法六七条一項一号の趣旨を類推し、その限度で履行の猶予がなされるべきであるところ、被告は本訴で右履行の猶予を主張する。

5  損害額算定に当たり考慮されるべき減額事由

損害賠償制度が損害の公平分担に根ざす以上、損害額算定に当たつては、次に述べる事情が減額事由として十分考慮されるべきである。

(一) 予防接種制度は、公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的とし、社会防衛及び集団防衛の見地から行われるものであり、被告は、伝染病の発生、まん延から国民の健康を守るため、国の施策として予防接種をせざるを得ないのであり、医療行為又はこれに類するものとしての性格を有すること、本件各予防接種については、いずれも適法に制定された法令に基づいて行われた正当な職務行為であることからすれば、本来的に合法であつてそれ自体として違法の問題が生じないが、仮に違法の問題が生じる余地があるとしても、広範な裁量に基づく国の施策が結果として違法と評価されるというものにすぎないのであるから、その程度は微弱なものというべきであり、そうすると、損害額の算定に当たつてもこの点は当然反映されてしかるべきである。

(二) 次に、本件において、後述のとおり、被接種児につき、本件予防接種事故の発生ないしは損害の拡大に寄与した身体症状があつたから、この点は因果関係の割合的認定の法理又は過失相殺ないしその制度の基礎にある損害額の公平分担の法理により損害額の算定に際し、十分考慮されるべきである。ちなみに、民法七二二条所定の被害者の過失は、裁判所が賠償額を決めるについて公平の見地から斟酌するか否かの判断の対象となるもの、いいかえると賠償額を公平に調整する根拠となり得るものであればよいものというべきであり、かかる同法条の趣旨からすると、過失の原義にとらわれることなく、目的的に考えて、社会通念上損害の発生ないし拡大に寄与したと評価される限り、被害者の行為のみならず、その身体症状も含まれると解するのが相当である。

これを本件各被害児についていえば、詳細は別紙Ⅴ「損害額の減額について考慮すべき事実一覧表」記載のとおりである。なお、被告が、因果関係及び禁忌を争つていない各被害児についても、損害の発生ないしは拡大に寄与した身体症状が認められる限り、これを損害額の算定に際し考慮すべきは当然である。

四被告の仮定抗弁に対する原告らの認否及び反論

1  仮定抗弁1の主張は争う。

(原告らの主張)

予防接種行政が予防接種法に根拠を有するという意味において適法であるということと、その行政のもとで死亡や重い心身障害の結果を惹起したことによつて国家賠償法上違法と目されることとは別論である。予防接種行政が予防接種法によつて是認されているから、その予防接種行政によつて、前記のごとき重大な被害を生み出しても、適法であつて、国家賠償法上違法とされないなどという被告の論理は、著しい背理である。

2(一)  仮定抗弁2(一)のうち、各被害児の接種年月日は認めるが、その余は争う。

(二)  同2(二)(1)のうち、①は争う。②は、原告らが被告主張の日にその主張の給付申請書を作成したことは認めるが、その余は争う。③は、被告主張の被害児二二名について、その主張のころまでに行政救済措置の支給認定通知を受けたことは認めるが、その余は争う。

(原告らの主張)

(1) 民法七二四条前段が、三年の消滅時効の起算点を被害者または法定代理人が「損害及び加害者を知つたとき」と定めている趣旨は、被害者は加害行為の事実を知るのみでは損害賠償請求権の行使はできないが、加害行為によつて発生した「損害」と、損害賠償請求権の相手方である「加害者」をともに知つた時に初めて損害賠償請求権を行使することが可能になるので、この時点から時効を進行させるのを妥当とするところにある。この趣旨からすると、ここに「損害を知る」とは単に、損害発生の事実を知ることのみをいうのではなく、同時に、加害行為が不法行為であること、すなわち行為の違法性、過失ならびに加害行為と損害発生との間に相当因果関係があることをも知る趣旨と解さねばならない。そして、同条にいう「知りたる時」とは、被害者の加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、それが可能な程度に具体的資料にもとづいて認識し得た場合をいうのであつて、単に被害者が具体的資料にもとづかないで主観的に疑いを抱いたり、推測しただけでは事実上損害賠償請求権は行使できないから、ここに「知つた」とはいえない。特に、医療過誤事件や本件のような場合には、通常の不法行為と違つて種々専門的な問題が含まれていて、被害者は、過失および相当因果関係の存否を容易に知ることの出来ない場合が多いから、かかる事案では、一般人たる被害者にとつても損害賠償請求が可能な程度に具体的資料にもとづいてそれらが認識できたか否かが慎重に検討されねばならない。

本件の場合には、そもそも国が予防接種事故を秘匿してきたため、因果関係や過失を推認させるべき事実はすべて被告の掌中にあつて原告らに開示されておらず、原告らには長い間、賠償義務者が国であることを認識するに足る資料が与えられていなかつた。したがつて原告らが予防接種事故につき、加害行為の違法性、有責性、および加害行為と損害との因果関係を具体的資料にもとづいて認識しうる状態になつた時期は、原告それぞれが本件訴訟の提起に及んだ時と解すべきである。なぜならば因果関係については国の行政救済措置にもとづく認定がなされた時初めて、原告らは具体的資料にもとづいて、その認識を持ち得たのであるし、違法性、有責性については、訴訟の準備段階において、原告代理人から具体的資料にもとづいてその説明を受けて初めて、被告の行為が違法かつ有責であり、損害賠償請求が可能であることを認識し得たものだからである。したがつて、民法七二四条前段の「知りたる」という要件のすべてを充たした時期は、原告らそれぞれが本件訴訟を提起した時期またはその直前であつて、三年の時効はその時から進行するものと解すべきである。

(2) 被告は、行政救済措置にもとづく給付申請書を作成した日までには、損害および加害者を知るに至つたとし、その日から訴提起時まで三年以上を経過した一部の原告等に対して、民法七二四条前段の消滅時効を主張しているが、昭和四五年七月三一日閣議了解にもとづく行政救済措置は、「予防接種を受けた者のうちには、実施にあたり過失がない場合において、極めてまれではあるが重篤な副反応が生じる例がみられ、国家賠償法又は民法により救済されない場合があるので、これらについて救済制度を設け」るべく(措置運営要領第一『趣旨』参照)、緊急にとられた措置であつて、予防接種に際しての被告の行為の違法性、過失を問題としていないことは明らかである。

原告らは、かかる救済措置に対する申込行為の前提として、所定の申請書を作成したにすぎず、これによつて損害および加害者を知つたとする被告の主張は理解し難い。被告の主張によるならば、右救済措置は、国家賠償法や民法にもとづく被害者の請求を一律に時効によつて切捨てる制度的役割を担うことになるのであつて、その制度趣旨に反することとなる。

(三)  同2(二)(2)のうち、各被害児の接種年月日は認めるが、その余は争う。民法七二四条の後段の二〇年の期間の性質は、条文上もまたその制度の趣旨からも時効期間と解すべきものである。同条は前段において、不法行為による損害賠償請求権は、被害者または法定代理人が、損害および加害者を知つた時から三年間これをおこなわないときは時効によりて消滅するとし、後段において、不法行為のときより二〇年を経過したるときまた同じと規定するものであつて、右二〇年の期間の性質が、前段の三年と同様時効であることは明らかである。

(四)  同2(三)は争う。

3  同3のうち、原告らが、被告主張のとおりの既給付額を受領していることは認めるが、その余は争う。

(原告らの主張)

(1) 医療費・医療手当の受領額について、損益相殺の主張をすることの不合理性

① 本件の認定原告らが医療費、医療手当を請求する手続きをみれば、当該請求分即ち受給額については、すでに相応に当該損害回復の為に費消されていることが前提となつているのである。通常の交通事故訴訟で例をとると、被害者原告が治療費等を自払いし、加害者被告がその分をすでに弁済した場合、原告は、右費用を裁判では請求しないのが通常である。原告が主張しないのに、被告だけが右費用の弁済をもつて相殺の主張をするのなら、原告の方では、損害として右治療費等の支払いをした事実を請求原因として、追加主張すれば足りるという関係にある。その場合に、相互相殺の抗弁がはじめて合理的に立つのである。葬祭費についても、右と同様であるから、この理を援用する。

② ところで、右医療費等の請求手続きから明らかなように、実際に各原告らが被告より受給していた医療費、医療手当というのは、予防接種を受けたことにより直接的に顕在化した疾病に限り手当されるものである。本件の各原告らが被つた被害の現状は、右疾病をさらに原因として、体力が普通人より数段劣るために、たとえば、風邪をひきやすいので、その予防をする、罹患すれば症状が重いので余分の費用を要する、また、けいれん発作のために転倒して怪我をする、あるいは抗けいれん剤の服用の副作用で歯、歯ぐきを悪くするなどの要治療状態にある、知能、知覚が劣るため、外で事故に会う、家ではストーブで火傷をするなどの被害にあつている。これらも予防接種による被害であり、治療費やそのための費用も損害であるといわねばならないし、これらの費用は決して少ないものではなかつた。しかしながら、立証の困難さ、集団訴訟の制約、早期救済の必要から、各原告は、これらの損害について治療費の主張はしていないが、当然これらは、慰謝料の算定の一事情として勘案されて然るべきである。

(2) 特別児童扶養手当、福祉手当及び障害福祉年金として原告らに支給された給付額について、損益相殺等をなすことの不合理性

① 予防接種被害を含めて、一般に、身体に障害を有する者あるいはその扶養者に対しては、「特別児童扶養手当等の支給に関する法律」の規定による特別児童扶養手当又は同法による福祉手当あるいは国民年金法による障害福祉年金(以上によるものを単に(A)という)が支給されている。そして、予防接種法施行令六条三項及び七条三項によると、これらの法律により支受給額があるときは、この額(A)は予防接種法にもとづく障害児養育年金及び障害年金の支受給から控除されるとされている(以下、控除後の支給分を(B)という)。

② そこで、予防接種法に基づく認定をうけ、一般の身体障害者として(A)の支受給を受けている予防接種被害児の場合、右給付金までも損益相殺の対象とするのかどうかの問題がある。

(A)に関する法律は、いずれも憲法二五条に基づく社会福祉理念を達成するために制定されたその他の法律があつて、これを根拠として何らかの給付金を受けることができる場合については、個別に規定を置いて行政手続上、併給制限をして総額の金額が一定内におさまるように調整している。しかしながら、損害賠償、損失補償請求との併給制限規定は置かれていないのである。例えば、身体に障害を有することになつた原因が、交通事故であつて、自動車損害賠償保障法による保険金を受領している場合、そのなかでも自賠法七二条「政府は、自動車の運行によつて生命又は身体を害された者がある場合において、その自動車の保有者が明らかでないため被害者が第三条の規定による損害賠償の請求をすることができないときは、被害者の請求により、政令で定める金額の限度において、その受けた損害を填補する。」の規定により、政府が損害を填補することになつても、自賠法の右保険金と(A)の支受給分との関係で、損益相殺、重複填補又は実質上の一部弁済なる法的処理をなすなどという実務もなければ法理、法規も存しない。又、身体に障害を有することになつた原因が、使用者行為災害であつて、労災保険法による給付金を受けることができる場合、被告の主張するように同法六七条一項の改正規定があつて、被害者が損害賠償を先に受けたときは、政府は一定限度で労災保険を給付しないことができるとはされているが、それ以上に労災保険法の給付金と(A)の支受給分との関係で、損益相殺、重複填補又は実質上の一部弁済なる法的処理をなすなどという実務もなければ、法理、法規も存しない。

その他、父母が離婚した場合、児童扶養手当法に基づく給付を受けることができるとしても、離婚の慰謝料や子供の扶養料の算定に際して、右給付金の受給を考慮しているという実務も法理も法規も存しない。

同一の事由に基づき得られる損害賠償あるいは補償請求による金員といわゆる福祉年金、手当あるいは給付金の関係の例は他にも多く存在する。しかしながら、同様にして、憲法二五条に基づく社会福祉政策により制定された法律により、一般の国民が受給できる金員についてまで、損益相殺、重複填補あるいは実質上の一部弁済なる法理により控除の対象とする例は皆無である。

皆無である理由は明らかである。すなわち、これらは憲法の社会福祉政策上の最低生活保障として支給されることからくるのであつて、差押えることが許されず、奪うことのできないものだからである。この趣旨から考えると、(A)の支受給分は、本来損益相殺等の対象となるべきものではないと言わねばならない。

③ ところで、本訴原告らは、そのうち接種後すぐに死亡したものを除き、いずれも身体に障害を受けているものであるから、すべて現に(A)に該当するとして給付金をうけている。そうであるのに被告は、未認定原告らに対しては、現に認定原告らと同じように(A)に該当する支受給があるのに損益相殺等の主張をいわない。それは、この部分については、損益相殺等をいわないのが当然の法理であると考えているからに他ならない。

一方被告の主張によれば、予防接種法に基づく障害児養育年金及び障害年金の支受給をうけることになつた認定原告らは、そのたとん、(A)と(B)を合算した支受給分全部について損益相殺等されることになり、未認定原告らとの間に著しい不公平が生じることになる。この不公平は、次のような理由により許されないものである。前述のとおり、一般の障害者や要生活保護者が、同一事由に基づいて損害賠償や損失補償をうけている例で、給付金との損益相殺等の法的処理をする例が皆無であるのに、本件だけにおいて損益相殺等の控除がなされることになるからである。いわば一般の国民の取り扱い例とくらべて著しく不公平であるといえるからである。

④ ちなみに、特別児童扶養手当等の支給に関する法律の第六条ないし第八条によれば、この法律に基づく支給額については受給者等が一定額以上の所得がある場合について支給制限をおいているが、逆にいうと本件での逸失利益請求が所得制限内であれば、受給できるのである。このような面を検討することなく相殺主張をするのは不相当である。

(3) 地方自治体の単独給付分について

先づ、予防接種被害の損害を填補する責任を負つているのは、被告であつて、地方自治体ではない。また、地方自治体が被害児その他原告らに給付をなした趣旨は、お見舞であつて、損害の填補ではない。一般に、人が事故に会い死傷した場合に、他より見舞金や香典をうけ、その総額がいかに大きくとも、見舞の趣旨である限り、このような金員についてまで損害、補償に対する関係で損害填補に充当したとの例はない。従つて、本件の場合も見舞金である限り、重複填補の問題を生ずる余地はない。

4  同4について

(一) 将来給付分現価の控除については争う。

被告も引用している二件の最高裁判決は、労災事故の損害賠償の事実において、将来も支払が確実視される労災保険給付であつても、損害賠償額から控除すべきでないとの判断を示したもので、この考え方(非控除説)は、合理性あるものとして裁判実務、行政実務の定説となつており、類似問題を考える際の指針とされている。

その最大の論拠は、労災保険給付の受領が受給権者の生存を要件としていることから、もし将来給付額の控除を行おうとすれば、受給権者が疾病、交通事故、災害などにより死亡した場合には、その限度で全損害を補填する責任を負つているものが支払を免れ、被害者が補填を受けられない結果となつて不合理であり、被害者救済を目的とした裁判の機能を十分に果たせないところにあるとされている。

予防接種法における受給権者(生存する本件各被害児)の将来給付の扱いについても右と同様に考えるべきである。

また、予防接種は、同一の事由によつて受給権者が民事上の賠償を受け取つた後は、給付内容に一定の変更を加え得る裁量の余地を認めているに過ぎず(同法一九条)、損失補償が認容された場合には右給付内容の変更が許されないと解する余地もあるばかりでなく、予防接種被害の責任の存否が問われる場面で、考え得る最高額の将来給付の現価を予め控除するといつたような粗雑で乱暴な理論を許容したものではない。

問題は被告の控除の主張が不当だというにとどまらず、別紙Ⅳの表(二)の各原告が受ける将来給付分、同表(一)の「将来給付額の現価及び給付済額一覧表」そのものが不当だということにある。次のような根本的欠陥がある。それは、損益相殺等の不合理性について、原告らが主張したところと関係がある。同表(二)の「障害年金」の将来計算についていうと、国民年金法に基づいて支給を受ける「障害福祉年金」と、特別児童福祉扶養手当等の支給に関する法律に基づいて支給を受ける「福祉手当」については、予防接種法に基づく給付から、規定どおり控除して計算すべきである。そうすると、例えば、同表(二)の被害児番号2河島豊の将来分は、五〇年×一二か月×二〇万三八〇〇円ではなく、五〇年×一二か月×(二〇万三八〇〇円−一万四四〇〇円−五万一二〇〇円=一三万八二〇〇円)=八二九二万〇〇〇〇円となる。従つて、同表(一)についても、20万3800円×12か月×24.7019ではなく、13万8200円×12か月×24.7019=4096万5630円となるべきである。因に「既給付済額」についても、「地方自治体単独給付分」、「特別児童扶養手当」、「福祉手当」、「障害福祉年金」、「医療費」、「医療手当」、「葬儀費」を除くべきであるから、その合計は、二一六二万四八〇一円ではなく、一四一五万七八〇〇円が正しい。

ところで、原告らの主張した右計算についても、二〇万三八〇〇円というのは昭和六〇年六月改定後のものであるところ、福祉手当一万四四〇〇円、福祉年金五万一二〇〇円はいずれも改定前のものであるから、差額一三万八二〇〇円の数値はより小さくなる。

予防接種法による右補償月額一三万円余は、どのように評価すべきか。これは介護費にすら満たない低額である。被害の実体をみるとき、介護以外の補償が一万数千円で足りるということはありうべからざることである。被告の同表(一)、同表(二)の将来額の主張なるものは、旧来の法理に基づかない、極めて粗雑な過大計算であつて不当という他はない。

(二) 履行の猶予の主張については争う。

労災保険法が「当分の間」という限定を附して前払一時金の限度で事業主に支払の猶予を認める規定を置いたことは認める。

しかしながら、同法の採用した履行の猶予の考え方と被告の主張するそれとの間には余りにも大きな隔たりがある。原告らは、被告の右主張に対し、念のため、反論の要点のみを述べる。

(1) 労災保険法六七条一項は、受給権者において直ちに受給できる前払一時金の限度で事業主が支払義務の履行猶予を受け得ることを定めるもので、被告の主張する二つの最高裁判決の趣旨を承けた制度である。被告は右規定と前払一時金の採用により、右最高裁判決の意義が失われたかの主張をなしているが、明らかな曲解若しくは誤解である。しかも、予防接種法に基づく給付には、右労災保険の前払一時金に対応するものは存在せず、そもそも比較の前提を欠く。

(2) 労災保険法によつて支払義務の履行猶予を受け得る前払一時金相当額は、受給権者が請求しさえすれば直ちに受領できるので、既払額と同視して支払義務の履行猶予を認めたとしても受給権者に不利益はない。他方、予防接種法における給付については、同法の定める弁済期以外には支払がなされることはないのであるから、将来給付の全額について支払いの猶予を受け得るとの考え方を肯認すれば、受給権者たる被害者が著しい不利益を被ることは避けられず、原告らの裁判による救済の扉を閉ざすことになる。労災事故の場合、事業主は前払一時金を超える損害額については、その全額を直ちに支払うべきこととされていることと対比すれば、その不合理は明らかであろう。

(3) 労災保険法も予防接種法も、受給権者が給付と同一の事実によつて裁判上の救済を受けた場合には、その後の給付内容に変更を生ずる余地を認めているが、裁判上の支払義務を免れる方法として将来給付分のあることの援用を許してはいない(労災保険法六七条、予防接種法一九条)。すなわち、受給権者が裁判による救済を受けた後、給付内容を一部変更することはあり得ても、救済を求める裁判で、その支払義務を免れるための抗弁としてこれらの規定を提出することはできない。労災保険法六七条一項は、既払と同視できる前払一時金についての例外的な規定であると解すべきである。

5  同5の(一)、(二)は争う。

被告の「損害額の減額について考慮すべき事実一覧表」についての認否は次のとおり。

(一) 「他原因」欄の記載事実について

(1) 「……の可能性」と記載された部分(被害児番号2、3、4、6、7、9、10、19、21、25、28、30、31、32、37、38、40、42、44、45、46)および「不明」と記載されたもの(同12、35)の主張事実は否認する。

(2) 被害児番号1につき、「けいれん素因」が存在したことは認める。但し、減額事由となるとの主張は争う。

(3) 同11について、「四才時に高熱けいれん」があつたことは認めるが、右は本件予防接種によるものである。

(4) 同15につき、「急性髄膜脳炎(ビールス性)」なる記載がカルテ上にあることは認めるが、その病名とくにビールス性であることは否認する。本児の病名は、種痘後脳炎である。

(5) 同18につき、片麻痺の事実が存在したことは認めるが、それは本件予防接種によるものである。

(6) 同27につき、峰窩織炎の発症の主張の事実は否認するが、仮に右事実があつたとしても、右事実は死亡と何の因果関係もない。

(7) 同33につき、三七才の時の出産であつたことを認め、精神運動発達遅滞の存在を否認する。但し前者の事実は本件被害発生と何の関係もない事実である。

(8) 同36につき、記載の事実を認めるが、被害発生との間に何ら関係のない事実である。

(9) 同41について、記載事実が損害額の減額事由になるとの主張は争う。

(二) 「禁忌事項」欄の記載事実について

禁忌事項欄記載の事実についての認否は従前の原告主張どおりである。

但し、被害児番号33につき「発達遅滞」とある点は否認する。但し、本児が発達遅滞の疑いで経過観察中であつたことは認める。そして、本児は接種直前の頃には、通常児と変わらぬ発達状況にあつたことが確認されているものである。

(三) 「その他」の欄の記載事実について

被害児番号1について、予診時に医師からけいれんについての発問がなかつたので、けいれんの事実を告げなかつたことは認める。

以上、被告主張のすべての事実は、いかなる意味においても、被告の損害賠償額を減額すべき事由となりうるものではない。

(原告らの主張)

被告は①被害児らに、予防接種事故の発生ないし損害の拡大に寄与した身体症状があつたとし、②因果関係の割合的認定の法理や過失相殺やその制度の基礎にある損害額の公平分担の法理によつて、被害児らの身体症状を損害賠償額の減額要素とみなすべきであると主張しているが、かかる主張は、次の点で著しく失当である。

まず第一は、右の①において被告のいう身体症状なるものは、損害の発生、拡大に寄与した事実ではないという点である。本件訴訟において、①の点につき、何らの論証もなければ、証明もない。それらは、被告が予防接種被害の存在を国民や被害者の目からおおいかくしたり、責任を転嫁したりするために用いてきた、論証抜き、証明抜きの考えられる限りの言いがかりの寄せ集めにすぎないものである。

第二に、寄与度による「割合的認定の理論」に限つていえば、未検討の多くの問題を内含している未完成の理論である。仮にこの理論に立つとしても寄与度による割合的認定を行う前提として、ある原因の寄与の証明、すなわち右被告の主張に即していえば、被害児の既存の身体症状が本件被害の発生に寄与したという証明がなされていなければならないのに、本件ではその証明がなく、この法理を適用しうる前提を欠き、その主張は失当である。

第三に、寄与が認められる場合においても、損害賠償額の減額事由となりえない、あるいは、してはならない原因というものがあることに留意しなければならない。すなわち、被告の義務懈怠の内容に含まれる事実であつて、しかもその事実の存在自体について、原告を非難することができない場合、その事実を賠償額減額要素とすることができないのは損害賠償理論の当然の帰結であるから、本件で例えば被告に禁忌を看過した義務違反過失がある場合に、禁忌の存在事実が賠償の減額要素とみなさるべきでないのは当然である。

五再抗弁

予防接種禍事件における時効の援用の不当性、その権利濫用性について

1  時効は、単に期間の経過その他の要件を充たすだけでは効力を生ぜず、援用が必要とされる。わが国の時効制度が、援用を要件としている理由は、時効制度の存在理由と深くかかわる問題である。援用は、時効が永続的な事実関係の存在によつて正当な権利関係であると認めることからくる不合理、すなわち権利のない者が権利者となり、債務を負つている者が不当に債務を免れる状態を、なるべく減少させるために、時効を主張する側の良心に期待して、それを防ごうとした制度である。したがつて、個々の具体的な事案において、時効の援用が正当な権利行使と認められるかどうかは、時効の存在理由および援用制度の趣旨に照らして十分な検討がなされなければならない。時効が、その制度の趣旨を生かし、不道徳な保護に陥らないためには、場合によつては、援用権の行使を権利の濫用としてきびしくチェックする必要がある。

予防接種による本件被害は、審理の中ですでに明らかになつたとおり、被告が予防接種の危険性を十分認識しながら、被害発生について最低限の防止措置すらとらずに、国民に強制または勧奨して接種し、重篤で悲惨な被害が多発したにもかかわらず、長年にわたつて被害の実態を社会的に明らかにせず、かつ被害者を放置してきた。被害者たちは長い間重篤な被害児を抱え、貧困とたたかい、社会の差別に耐え、文字どおり地獄のような辛酸の日々を過ごしてきたのである。そしてようやく近年、一部の被害者の告発や世論の批判によつて社会問題となり、ことの本質や責任の所在が社会的に明らかになつたにもかかわらず、なおもその法的責任を認めず、賠償に応じない被告に対し司法的救済を求めたのが本件訴訟である。本件において被告の主張する時効は、仮に形式的にその要件を充たしているとしても、それを援用することは、時効制度の趣旨からあまりにも逸脱しており、法の理念たる正義と公平に反し、権利の濫用として許されないものである。以下この点につきさらに詳述する。

2  時効制度の目的(存在理由)には主として次の三つの考え方がある。すなわち、(1)永続した事実関係を維持することが、社会の法律関係の安定のために必要であるということ。(2)「権利の上に眠る者は保護しない」ということ。(3)過去の事実の立証が困難であり、かつ永続した権利行使または不行使の状態が存在する場合は、権利の存在、消滅の蓋然性が大きいから、これをもつて正当な法律関係とすること。時効制度の存在理由は右のいずれであると解しても、本件において被告がそれを援用して時効制度の保護を受ける合理性はない。

まず、時効制度の存在理由を(1)の「永続した事実状態の維持」であるとした場合、本件がこれに該当しないことは多言を要しない。この考え方は永続した事実関係を信頼して取引関係に立つた者を保護することに主眼を置く考え方であるが、沿革的にみれば、他に取引の安全を保護する有効な制度がなかつた時代において、主として取得時効の機能として意味があつたのであり、消滅時効においてはほとんど意味を持たない。国がある被害者から長い間損害賠償請求を起こされなかつたからといつて、その状態を維持しなければ、社会の安定が害されるというような状況は全くない。まして、被害は接種を受けた時の一時的なものではなく、その時から現在まで継続して存在しているのであり、しかもその間次々と同種被害が発生し続けており、それは、被告において十分知つていたのである。被告に損害賠償を命じることによつて、社会の法的安定が害されるということはいささかもないのである。右の(2)の「権利の上に眠る者は保護に値しない」ということを時効の存在理由と考えた場合、本件にこれが該当しないことはまた明白である。「権利の上に眠る者は保護に値しない」という考えは、権利の存在が明確に認識しうる状況下で、しかも、その行使が可能であることが前提とされる。何人も本件の被害者たちに「権利の上に眠つていた」という非難を浴びせることはできないし、そのために不利益に取り扱う理由を持ち得ない。(3)の「権利の不行使の状態が長年継続したという事実は、すでに弁済された蓋然性が高い」ことを理由に、弁済の立証の困難さから債務者を解放することが消滅時効の目的であるとする考え方であり、ボアソナード民法の流れをくむ旧民法の考え方である。援用の制度は、この考え方に立つて、時効の効果を一律に認めることからくる不合理を、是正させるためのものである。本件において、被告が過去において、原告らに対する損害賠償債務を弁済していないことは明らかであり、被告自身も認めている。またその性質上時間の経過によつて弁済したか否かが立証困難になる類の債務ではない。したがつて、時効制度の存在理由を右のように解する場合、被告が時効による保護を受ける理由は全くない。

しかし、被告は時間の経過ゆえに不法行為の成否、とくに被告にとつては、不法行為の不成立、責任の不存在について立証が困難になるから消滅時効を援用する正当性があると主張するかも知れない。しかし、予防接種は被告の施策として、被告が集団防衛を目的として国民に強制するものである。したがつて、ここで生じた異常事態に関しては、徹底した調査をおこない、後日同じような被害の発生を極力、未然に防ぐために、それに関する資料は可能な限り収集されて然るべきである。不法行為の成否についての立証困難さは、被告が、かかる資料の収集や保存を怠つたからであり、時間の経過によるものでは決してない。むしろ、被告は、予防接種による被害の実相を社会的に明らかにせず、資料等を秘匿して、長い間被害者がその責任を追求する手だてを見い出せない状態に放置したのである。時間の経過について責任を負うべきは被告自身である。その被告自らが、時間の経過を有利に援用することは、到底許されることではないのである。

3  被告は、予防接種行政の最高の責任主体であつて、予防接種の要否、ワクチンの安全性、接種スケジュール、禁忌事項の制定、伝染病流行予測、被接種者の副反応追跡調査および同原因調査等、予防接種における安全性確保のために、必要なあらゆる措置をつくす義務を負担しており、また、被告のみが、予防接種に関する全体的情報を知り得る立場にある。他方、原告ら国民は、予防接種に関する知識をほとんど有せず、その情報を知り得る機会も、従来皆無であつた。原告らは、被告の実施する予防接種の安全性を信頼し、何らの過失もなく一方的に本件の被害を受けたものである。被告は、原告らの事故発生を容易に知り得る立場にあるのであるから、即座に事故原因を調査し、その結果を原告らに知らしむべき義務があるというべきである。ところが、被告は、昭和四五年の閣議了解に基づく行政救済措置までの間、予防接種事故について何らの調査もおこなわず、予防接種に基づいて重篤な副反応が生ずることすら隠蔽してきたものである。このような被告の著しい人命軽視の態度に対して、原告らが、独自に事故原因を調査し、被告の責任を追求する知識も能力も有していないことは明らかである。

被告が指摘する一部の原告が、接種後長期間訴を提起し得なかつたのも、かかる事情によるものであり、その責任は、挙げて被告にあるといわなければならない。

かかる被告において時効の援用権を行使することは、著しい正義に反し、権利の濫用である。

六再抗弁に対する認否

再抗弁1ないし3は争う。

(被告の主張)

原告らは、本件において、被告が消滅時効を援用するのは、不当であり権利濫用として許されないと主張するが、以下に述べるとおり失当である。

(1) まず、被告の消滅時効の援用が権利濫用に当たるか否かは、本来、各原告らと被告との関係で個別に判断されなければならない。すなわち、本件訴訟は、民訴法にのつとつて手続的にみるならば、原告ら各自の被告に対する個々の訴えが主観的に併合されているものにすぎず、右の個々の訴えにおいては、もともと原告各人ごとに対する消滅時効の援用の可否が争点になるべきものである。しかも、本件では、原告らもしくはその家族が予防接種を受けたという点に共通性があるのみで、各被接種者ごとの予防接種の種類、接種時期はそれぞれ異なつているうえ、接種後、被告に対して、損害賠償請求権を行使するか否か、仮に行使するとしてもその時期いかんについては、各原告ら固有の事情に左右されるべきものである。そして、この点は、予防接種事故に関する事件であるかそれ以外の事件であるかによつて変わるものではない。

(2) 次に、権利濫用か否かの判断に当たつては、単に原告ら(債権者)側の事情のみならず、債務者(被告)側の事情をも合わせて、総合的に評価されなければならない。

債務者(被告)側の事情としては、国は国民の健康を守るため伝染病予防対策を積極的に推進せねばならず、予防接種制度は、社会防衛及び集団防衛の見地から不可避であつて、国として、手をこまねいているわけにはいかないこと、本件各予防接種についても、いずれも適法に制定された法令に基づいて行われたものであること、さらには、予防接種事故に対しては、被告は、適切な救済措置として、予防接種健康被害救済制度を法制化し、実施していることを考慮すべきである。

さらに、被告の消滅時効の援用が権利濫用といえるためには、被告において原告らの損害賠償請求を積極的に妨げたなどの事実がなければならないというべきである。現に、消滅時効の援用が信義則違反ないしは権利濫用とされた裁判例の中には、この点を考慮するものがある。(広島高裁昭和四六年一一月二二日判決・判例時報六五六号六五ページ、岡山地裁昭和四七年一月二八日判決・判例時報六六五号八四ページは、いずれも、債務者が債権者の権利行使を妨げたという事情が重視されている)。

本件についてみるに、被告において、明白かつ積極的な欺罔行為をもつて、あるいはそれに類する方法によつて原告らの損害賠償請求権行使を妨げたという事情はもちろんのこと、その他の方法によつても原告らの権利行使を妨げたことは一切ないのである。

(3) もつとも、本件予防接種事故による副作用が深刻なものであることは、被告としてもあえて争うものではない。

しかしながら、右副作用の状況は、損害賠償額の算定に当たり考慮されるべきものであり、原告らに損害がある以上、被告に対し、賠償請求権を行使するか否か、いつ行使するかはすべて原告らの自由に任されているもので、この点は、他の一般の債権と何ら異なるものではない(例えば、故意による殺人行為は、行為及び結果の違法性はいずれも強いが、その結果発生した損害賠償請求権についても消滅時効は完成するのであり、何人も、右請求権自体の性格から時効の援用を権利濫用とはいわないであろう。)。そして、原告らが、一定の期間(時効期間)にわたつて右権利を行使しない以上、それは権利の上に眠つたものと評価されるのであり、そこではもはや、副作用の状況、程度という損害賠償請求権の発生の際の判断要素は考慮する必要はないのである。

なお、近時の下級審裁判例、なかでも公害、薬害訴訟においては、被害の重大さのみを強調して比較的安易に、消滅時効の援用を権利濫用とする裁判例もあるが、かかる態度には疑問がある。

(4) 以上からも明らかなとおり、本件において、被告が消滅時効を援用することは、何ら不当といえず、権利濫用にはあたらない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

第一  事実認定に供した書証等の成立等について

一理由第二以下において事実認定に供する書証等について、成立等に争いのない書証等をここに掲記するとともに、成立等に争いのあるものについてはその成立等について証拠に基づいて成立等の認定判断をもここで一括して行うこととし、以下の書証等の掲記にあたつては、各書証等の符号、番号のみを表示することとする。なお、右表示にあたつては、便宜上、「第」及び「号証」は省略することとする(例、「甲A第一八号証の一」は「甲A一八の一」)。また号証番号に○を付したものについては、アラビア数字をもつて表示することとする(例、「甲F号証の一」は「甲F②の一」。)。

二1  成立(写しについては原本の存在とも)に争いのない書証並びに当事者の主張どおりの写真であることに争いのない写真は、別紙Ⅵ表の「事実認定に供した書証等一覧表(その一)」〈省略〉に記載のとおりである。

2  証拠により、右成立等の認められる書証及び右成立等の認定に供した証拠は、別紙Ⅵ表の「事実認定に供した書証等一覧表(その二)」〈省略〉に記載のとおりである。

第二  当事者(請求原因1)について

一請求原因1(一)のうち、後記二で各認定する事実を除くその余の事実及び同(二)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二1  原告各論一(高倉米一)関係

甲F②の一、五、乙②の一によると、「接種場所」は、大阪市大正保健所であることが認められる。

2  同四(秋山善夫)関係

甲F⑤の一、乙⑤の八、証人秋山千津子の証言によると、「接種日」は昭和三二年一一月二六日、「接種場所」は大阪市東住吉保健所針中野出張所であることが認められる。

3  同七(清原ゆかり)関係

甲F⑧の一によると、「接種場所」は兵庫保健所淡河出張所であることが認められる。

4  同九(幸長睦子)関係

本件予防接種の日が昭和三一年一〇月一六日であることは、当事者間に争いがなく、この事実に乙三(「日本のワクチン」二二六頁)、同⑩の四(診療録)の各記載を併せ考えると、睦子が接種を受けた「ワクチンの種類」は、百日咳の第三回目であつたことが認められ、右認定に反する甲⑩の一、乙⑩の一、二の各記載部分は、右乙三に照らしたやすく採用することができない。なお、睦子の「接種時の満年齢」は6.5か月であることは、計算上明らか(原告主張の7.5か月は違算)である。

5  同一〇(鈴木旬子)関係

甲F⑪の一、三、乙⑪の一ないし三、八、証人鈴木季子の証言によると、「接種年月日」は昭和三二年二月一四日であることが認められる。

6  同一一(稲脇豊和)関係

甲F⑫の一、乙⑫の一、証人稲脇ミツ子の証言に弁論の全趣旨を総合すると、「実施者」は姫路市長、「実施場所」は姫路市立広畑小学校、「接種の根拠」は旧法五条であることが認められる。

7  同一三(上野雅美)関係

本件予防接種が勧奨接種としてなされたことは、当事者間に争いがないところであり、右勧奨接種が被告の行政指導に基づいて地方公共団体の実施するものであることは、後記のとおりであるから、本件予防接種の「実施者」は八尾市であることが明らかである。

8  同一五(前田憲志)関係

甲F⑯の一、乙⑯の一、法定代理人前田洋子本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、「実施者」は戸嶋小児科診療所医師戸嶋寛年、「実施場所」は神戸市兵庫区西出町二七戸嶋小児科診療所、「接種の根拠」は旧法六条の二であることが認められる。

9  同一七(藤本章人)関係

甲F⑱の一、証人藤本みち子の証言によると、「接種場所」は福知山市昭和幼稚園であることが認められる。

10  同一八(仲本知加)関係

甲F⑲の一、乙⑲の一によると、「接種場所」は奈良県吉野郡下市町下市小学校であることが認められる。

11  同一九(森井規雄)関係

甲F⑳の一、乙⑳の一によると、「接種場所」は奈良県北葛城郡河合村(現河合町)旧大輪田小学校であることが認められる。

12  同二〇(末廣美佳)関係

本件予防接種の根拠が旧法九条であることは、当事者間に争いがなく、この事実に弁論の全趣旨を総合すると、「実施者」は名古屋市であることが認められる。

13  同二三(毛利孝子)関係

本件予防接種の根拠が旧法九条であることは、当事者間に争いがなく、この事実に原告毛利舜子本人尋問の結果と弁論の全趣旨を総合すると、「実施者」は大阪市であることが認められ、乙の一に弁論の全趣旨を総合すると、「接種場所」は東住吉保健所加美出張所であることが認められる。

14  同二四(柳澤雅光)関係

本件予防接種の根拠が旧法九条であることは、当事者間に争いがなく、この事実に甲F、の一と弁論の全趣旨を総合すると、「実施者」は門真市であることが認められる。

15  同二七(中尾仁美)関係

本件予防接種の根拠が旧法一〇条八項であることは、当事者間に争いがなく、この事実に甲Fの一、二と弁論の全趣旨を総合すると、「実施者」は神戸市であることが認められる。

16  同二八(田辺恵右)関係

本件予防接種の根拠が旧法九条であることは、当事者間に争いがなく、この事実に甲Fの一、原告田辺幾雄本人尋問の結果と弁論の全趣旨を総合すると、「実施者」は昭和病院院長、「接種場所」は尼崎市西灘波町所在昭和病院であることが認められ、「接種時の満年齢」が九か月であることは、計算上明らかである。

17  同二九(福山豊子)関係

弁論の全趣旨によると、「接種の根拠」は旧法五条であることが認められる。

18  同三〇(澤崎慶子)関係

本件予防接種の根拠が旧法六条の二であることは、当事者間に争いがなく、この事実に甲Fの一、二、乙の一と弁論の全趣旨を総合すると、「実施者」は杉田診療所医師杉田幸男であることが認められる。

19  同三二(横山信二)関係

本件予防接種のうち①の接種の根拠が旧法九条であることは、当事者間に争いがなく、この事実に甲Fの一と弁論の全趣旨を総合すると、②の「接種の根拠」も旧法九条であり、「実施者」は大東市であることが認められる。

20  同三三(大橋敬規)関係

本件予防接種の根拠が旧法九条であることは、当事者間に争いがなく、この事実に甲Fの一と弁論の全趣旨を総合すると、「実施者」は四条畷市であることが認められる。

21  同三四(木村尚孝)関係

本件予防接種の根拠が旧法九条であることは、当事者間に争いがなく、この事実に甲Fの一、法定代理人木村時江尋問の結果と弁論の全趣旨を総合すると、「実施者」は守口市であり、「接種場所」は守口市立中央小学校であることが認められる。

22  同三五(田村秀雄)関係

甲Fの一に弁論の全趣旨を総合すると、「接種場所」は大阪府泉南郡岬町役場であることが認められる。

23  同三八(菅美子)関係

本件予防接種の根拠が旧法九条であることは、当事者間に争いがなく、この事実に甲Fの一と弁論の全趣旨を総合すると、「実施者」は高松市であることが認められる。

24  同四〇(原雅美)関係

雅美に対する本件予防接種(三種混合ワクチン)がその生後八か月時であることは、当事者間に争いがなく、この事実に甲Fの一と弁論の全趣旨を総合すると、「接種の根拠」は旧法九条、「実施者」は大東市、「接種場所」は大東市立南小学校であることが認められる。

25  同四一(池上圭子)関係

甲Fの一、証人福田千里の証言に弁論の全趣旨を総合すると、圭子は、生後七か月にあたる昭和二三年六月二〇日ころ、泉佐野市立第二小学校において種痘の集団接種を受けた事実が認められる。右事実からすると、「接種の根拠」は種痘法一条一項、「実施者」は同法五条により泉佐野市であることが認められる。

26  同四二(小川健治)関係

甲Dの一、甲Fの一、原告小川昭治本人尋問の結果によると、健治の親族関係は「相続関係図」のとおりであることが認められる。

27  同四八(藤井崇治)関係

甲Fの一に弁論の全趣旨を総合すると、「接種の根拠」は勧奨接種であり、「実施者」は津田町であることが認められる。

第三  事故の発生(請求原因2)について

一原告各論一(高倉米一)関係

原告各論一2「経過」欄記載の事実(以下において、これを「各論一2の事実」という要領で略記する。)のうち、米一が、本件予防接種後の昭和三二年四月一四日、一五日に西区立売堀南通の日生病院へ通院し、同月一六日に強いけいれんを起こして同病院へ入院し、一か月後の同年五月一六日退院したこと、同四五年一一月二〇日付中山製鋼所附属病院の診断書に、病名「脳性麻萎及痴呆」、内容「精神神経状態は意識力あるも識別力なし、発語、言語不能、歩行可能なるも付添を要す、上肢やや攣縮、不随意運動あり、食事摂取不能、介添によつて食事をする」等の記載があることは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲F②の一及び五、乙②の四、証人高倉弘、同高倉千枝子の各証言によりこれを認める。

2 同二(河島豊)関係

各論二2の事実のうち、豊が、本件予防接種から約二週間後くらいに、点頭てんかん様発作を日に数回することに家族の者が気づき、しばらくこうした状態が続いたこと、昭和三六年三月二三日に大阪市大病院で脳波検査を受け、てんかんと診断されたこと、その後、阪大病院等多くの病院にかかつたこと、自宅で寝たきりの状態であり、けいれんの回数は徐々に減つてきたが、現在も日に数回あることは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲F③の一、証人河島輝子の証言によりこれを認める。

3 同三(塩入信子)関係

各論三2の事実のうち、信子の生下時体重が二三八〇グラムであつたこと、信子が本件予防接種後の昭和三八年一月一八日検診を受け、善感の判定を受けたこと、その後、同年二月四日身体を前かがみにしてけいれんを起こし、以後同様のけいれんを頻発させるようになり、約二か月間大阪赤十字病院で診療を受けたが、けいれんはおさまらず、その間に左半身が麻痺を呈するに至つたこと、同年四月以降、阪大病院、大阪市大病院等で診療を受け、前屈けいれん、点頭てんかん、精神発達遅延、運動機能障害、後天性脳性麻痺(疑)等の診断を受けたこと、同四四年及び同五一年の二回にわたり、左片麻痺の治療のため左足関節の手術(同四四年には左手関節も手術)を受けたが、運動機能障害は改善されなかつたこと、現在も阪大病院に通院中であり、抗けいれん剤を常用していることは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲F④の一、証人塩入久の証言によりこれを認める。

4 同四(秋山善夫)関係

各論四2の事実のうち、善夫が、本件予防接種の数日後から発熱し、南條医院で受診したこと、その後大阪警察病院神経科で、種痘後脳炎後遺症と診断されたこと、昭和三八年に社会福祉法人桃花塾へ入所したこと、現在、四肢の運動障害はなく、知能障害は精神薄弱(白痴級)でIQ測定不能の状況にあり、言語発達皆無であること及び同五七年一二月二日に脳のCT撮影をしたことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲F⑤の一、証人秋山千津子の証言によりこれを認める。

5 同五(吉田理美)関係

各論五2の事実のうち、理美が、昭和四一年一〇月三一日本件予防接種を受け、同年一一月八日に三九度くらいの熱を出したこと、翌九日ひきつけを起こしおう吐したこと、同日木村小児科で、木村医師の治療を受けたこと、けいれんが同月一〇日以後も続いたこと、同年一二月一九日関西医大病院に入院したことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲F⑥の一、証人吉田富子の証言によりこれを認める。

6 同六(増田裕加子)関係

各論六2の事実のうち、裕加子が、本件予防接種後に顔面蒼白、肘関節の屈曲の症状を呈したこと、接種医である西本医院へ入院したこと、発作の軽快を待つて三日目に自宅に戻つたこと、松本貞雄医師の往診を受けていたこと、その後は発熱がなくてもけいれんが起こるようになり、昭和三八年一一月八日から同三九年二月五日まで、奈良県立医大病院小児科に入院し検査と治療を受けたこと、同年二月大阪市大病院小児科に入院してルミナールの投与を受け、同年三月三日退院したこと、以後、同五八年六月一〇日死亡に至るまで自宅で療養し、抗けいれん剤の投与を受けていたことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲F⑦の一、原告増田恭子本人尋問の結果によりこれを認める。

7 同七(清原ゆかり)関係

各論七2の事実は、当事者間に争いがない。

8 同八(小林誠)関係

各論八2の事実のうち、誠が、本件予防接種後九日目の昭和四〇年四月八日朝けいれん発作を起こしたこと、同月一一日神鋼病院に入院して治療を受けたこと、入院後しばらくは発熱、意識障害、けいれん発作が続いたこと、同年七月一五日退院したこと、抗てんかん剤の服用をしていることは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲F⑨の一、証人小林百合子の証言によりこれを認める。

9 同九(幸長睦子)関係

各論九2の事実のうち、睦子が、近所の高橋医院で本件予防接種(ただし、これが二種混合ワクチンではなく、百日咳ワクチンであることは前記第二の二4で認定したとおりである。)を受け、その翌日の午前一時ころ急にぎやーと大きなおびえ声を上げたこと、次いで午前二時ころになつてまたぎやーとおびえ声をあげて、けいれんの発作が始つたこと、原告幸長好雄らが睦子を接種医である高橋医院へ連れて行つたこと及び睦子が昭和五八年三月一日死亡したことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲F⑩の一、法定代理人幸長律子尋問、原告幸長好雄本人尋問の各結果によりこれを認める。

10 同一〇(鈴木旬子)関係

各論一〇2の事実のうち、旬子が、本件予防接種を神戸市東灘保健所で受けたこと、大政医院、甲南病院、阪大病院で受診したこと、海輪病院へ治療のため通院したこと、同病院の海輪医師が「種痘後脳炎」との証明書を交付していること、同2(四)の前、中段の事実(旬予の転医、井上医師の「種痘後の発熱による精神薄弱」との診断及び同医師の昭和四五年九月の病状報告の内容)及び旬子の症状が改善される見込みのないことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲F⑪の一、証人鈴木季子の証言によりこれを認める。

11 同一一(稲脇豊和)関係

各論一一2の事実のうち、豊和が昭和二七年二月一二日本件予防接種を受けたこと、IQ二二の判定を受けており、現在も心身の障害があることは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲D⑫、同F⑫の一、検甲F⑫の一、二、証人稲脇ミツ子の証言によりこれを認める。

12 同一二(山本治男)関係

各論一二2の事実のうち、治男が、昭和四六年一〇月五日ポリオ生ワクチンの投与を受け、その服用後六日目の同月一一日の夜、高熱とけいれんがあつたこと、翌朝近所の中西医院で治療を受けたが、高熱はおさまらなかつたこと、小西橋医院沢西医師に転医したこと、しかし同院でも高熱は続き、一八日天理よろず相談所病院へ転医したこと、同日、同病院に入院したが、昏睡、けいれん、高熱が続き、呼吸困難、嚥下不能のため鼻から栄養物の流入投与され、気管チューブ挿入による気道確保の措置がとられたこと、抗けいれん剤、抗生物質、解熱剤が投与され、ようやく一命をとりとめたこと、最重度の心身障害の後遺症を残すこととなつたこと及び同(五)、(六)の事実は、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲F⑬の一、検甲F⑬の一、二、法定代理人山本峯子尋問の結果によりこれを認める。

13 同一三(上野雅美)関係

各論一三2の事実のうち、雅美が、本件予防接種の半月後の四月一〇日朝から不機嫌で哺乳力が減少したこと、同月一三日八尾市立病院小児科で診察を受けた後、同日阪大病院小児科に入院したこと、入院中、両足の麻痺状態は一か月くらい続いたが、その後左足の方は少しずつよくなり、左足の麻痺は残つたこと、同病院には三か月くらい入院していたこと、その後も右足の麻痺は回復せず、右下肢の弛緩性麻痺があり、右股関節、右膝関節、右足関節の自動運動が不能であり、補装具をつけてやつと歩行できることは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲F⑭の一、証人上野幸子の証言によりこれを認めることができ、右認定に反する乙⑭の一の記載部分は、右証言に照らし採用することができない。

14 同一四(金井真起子)関係

各論一四2の事実のうち、真起子が、本件予防接種を受けてから約一週間経過した昭和二五年四月二八日軽い発熱をし、翌二九日には下熱したこと、同年五月三日種痘後脳炎の疑いを受けたこと、同日当時の兵庫県立医大病院へ入院し、守屋俊郎医師に主治医として治療に当つてもらつたこと、右入院の翌日である同年五月四日(接種後一三日目)の症状は、右眼瞼は開いたまま、右顔面神経麻痺、左眼輪筋麻痺、両側垂直性眼球震盪、右三叉神経麻痺、発熱三八度、睡眠せず、の状態であり、同年六月一六日(接種後五六日目)の眼科受診時には、右眼瞼内飜症、右眼内斜視、右動眼神経麻痺と診断され、同年七月四日(接種後七四日目)ころ退院したことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲F⑮の一、二、証人金井芳雄の証言によりこれを認める。

15 同一五(前田憲志)関係

各論一五2の事実のうち、憲志が、昭和四五年一一月一七日、戸嶋小児科診療所で種痘(一期)の接種を受けたこと、その後の同年一二月一〇日食欲がやや低下していたこと、翌一一日下痢をし、熱があつたので右戸嶋小児科へ連れて行かれ、その翌日の一二日昼前も同小児科へ連れて行かれ、そこで嘔吐したこと、戸嶋医師の紹介で県立こども病院にすぐ入院したこと、同病院での入院時診断は脳炎、退院時診断名は急性髄膜脳炎(ビールス性)であり、同四六年三月一二日退院したことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲F⑯の一、法定代理人前田洋子尋問の結果によりこれを認める。

16 同一六(上田純子)関係

各論一六2の事実のうち純子が、本件予防接種後、四日ないし七日目より発熱したこと、一旦下つた熱が四月三〇日より再度あがり、意識の薄れた状態になつたこと、五月二日、三日にけいれんがあり、四日神戸市立中央病院へ行きそのまま入院したこと、治療により数日後熱が下りはじめ、意識も徐々に戻り、五月二五日に退院したこと、退院後も発育、知能の遅れが目立つたこと、抗けいれん剤を服用していることは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲F⑰の一、法定代理人上田末子尋問の結果によりこれを認める。

17 同一七(藤本章人)関係

各論一七2の事実のうち、章人が、本件予防接種を受けて後二日くらいから便がゆるみ始め、医師の診察を求め、注射、投薬を受けていたが、接種後一七日目(昭和四〇年六月五日)には発熱し、同年六月九日には右下肢弛緩性麻痺症状を呈するに至つたこと、翌一〇日に国立舞鶴病院に入院し、同年七月一五日国立福知山病院に転院したこと、同病院には同年八月七日まで入院し、退院後も同四一年九月七日まで通院したこと及び同2(二)の事実(章人の右下肢障害の内容)は、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲F⑱の一、検甲F⑱の一、証人藤本みち子の証言によりこれを認める。

18 同一八(仲本知加)関係

各論一八2の事実のうち、知加が、満一歳になつた昭和四六年五月二六日に本件予防接種を受け、一週間後に検診を受けたこと、同年六月九日高熱を出し、けいれんを起こしたので、風川医師に往診を依頼したこと、奈良県立医大病院の担当医がけいれん止めの注射をしたこと、同年七月一一日同病院を退院したこと、今日まで抗けいれん剤を服用しているが、なお小発作があることは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲F⑲の一、法定代理人仲本マツ子尋問の結果によりこれを認める。

19 同一九(森井規雄)関係

各論一九2の事実のうち、規雄が、本件予防接種後七日目である六月一三日に高熱を出し、武林医師の診察を受けたこと、発病五日目に左下肢に麻痺が認められたこと、小学校、中学校では特殊学級に通学したこと、中学二年を終えてようやく小学校四年生程度の学力であつたこと、昭和四六年三月ころの知能は、言語性知能指数七五、動作性知能指数六八、全検査知能指数六八で境界域と判定されていること、このような知能障害のため、規雄は、小、中学生時代はおろか社会人となつても、洗面、歯みがき、衣服の着脱、はしを使うこと、入浴、外出のすべてにわたり人並みに出来ず、常に親の介護、手助けを必要としていたこと、東大阪市の阪本精神病院に入院したこと、その後、同五七年一月一二日同病院に再入院したこと、右入院中の同年三月にけいれんの大発作を二回起こしたこと、大発作を起こしたのはこれが初めてであつたこと、この大発作以後は全く一人で日常生活を営むことができず、全介護を要する状態となつたこと、同年五月に二回目の大発作を二回起こし、ついに同年九月一九日、三回目の大発作によつて、同病院にてそれまでの身体の衰弱の影響も重なり、気道閉塞により窒息死したことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲F⑳の一、原告森井富美子本人尋問の結果によりこれを認める。

20 同二〇(末廣美佳)関係

各論二〇2の事実のうち美佳が、本件予防接種を受けた日の夜ぐずつていたこと、その翌日である昭和四六年一〇月二二日午前五時ころから熱が三八度くらいに上り、しかも全身がちようど海老がはねるような感じでけいれんするようになつたこと、そこで直ちに近所の林医院において浣腸等の応急処置を受けたが、けいれんを抑えることが全くできなかつたため、同日午前七時ころ救急病院である鳴海病院へ入院したこと、その後も五時間くらいけいれんが続き、一時は高熱とけいれんで危篤状態にまでなつたが、ようやく同日午前一二時ころ右半身のけいれんが止り、同日午後二時三〇分ころ左足のけいれんが治まり、同日午後三時ころ左手のけいれんも治まつたが、三八度くらいの高熱は、同日の夜まで続いたこと、翌二三日午後二時ころ、再び顔面と左半身にけいれんが出、一旦治まつたものの、同日午後一〇時ころ顔面、左半身のけいれんが前より一層強く出るようになり、看護する母親らが余りのけいれんのひどさに恐しさを覚えるほどの状態が一時間三〇分くらい続いたこと、翌二四日未明ようやくけいれんが治まり、その後熱が出ることもあつたが、点滴を受けるなどして静かな状態で眠れるようになつたこと、翌二五日午前六時ころには、三日ぶりに弱々しくではあつたがようやく乳を吸うようになつたこと、同日午後二時ころ名古屋市大病院へ転院し、入院治療を受けるようになつたこと、現在抗けいれん剤を服用していることは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲Fの一、法定代理人末廣宏子尋問の結果によりこれを認める。

21 同二一(四方正太)関係

各論二一2の事実のうち、正太が、昭和三八年一二月一七日ころから、接種した部位が黒紫色にはれ上つたこと、同月一八日早朝吉野医師の往診を受けたこと、両親が正太の聴力障害を疑い、吉野医師や近くの耳鼻科医に相談をしていたが、同四三年四月と九月、神大病院で聴力検査を受け、右七〇デシベル、左八〇デシベルと判定され(幼児用単語六〇パーセントくらい)、以降種々の治療を受けたが改善せず、同六〇年一月現在「両感音性難聴」の診断で、右一〇三デシベル、左一〇五デシベルとなつており、聴力の改善はみられないことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、乙の一、二、甲Dの一、二、同Fの一、証人四方清子の証言によりこれを認める。

22 同二二(三好元信)関係

各論二二2の事実のうち、元信が、昭和四五年一月一八日ころから発熱し、翌一九日午前(深夜)には高熱となり、けいれん発作を起こしたこと、接種を受けた腕が赤紫色に腫れ上がつたこと、直ちに朝日橋胃腸科内科で注射、投薬の治療を受け、いつたん解熱したこと、しかし、同日午後二時三〇分ころ、再びけいれんを起こして死亡したことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲F、原告三好道代本人尋問の結果によりこれを認める。

23 同二三(毛利孝子)関係

各論二三2の事実のうち、孝子が、満二歳七か月時の昭和四五年一月二七日集団接種により本件予防接種を受けたこと、同年二月八日午後より発熱し、翌九日午前零時半ころよりひきつけを起こし、救急車で生野優生病院に搬入され応急治療を受けたこと、同日南大阪病院に入院して投薬、加療を受けたものの、同月一四日午後二時一〇分死亡したこと、死亡原因は「急性脳症」とされていることは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲Fの一、原告毛利舜子本人尋問の結果によりこれを認める。

24 同二四(柳澤雅光)関係

各論二四2の事実のうち、雅光が、昭和四三年三月二七日午後、本件予防接種を受けたこと、接種後一週間した同年四月三日に善感したとの判定を受けたこと、種痘の跡は、真中は黒くなつていてもその回りに新しい化膿したぶつぶつが五、六個できていたこと、佐野医院にて診察を受けたこと、発熱後三八ないし三九度の熱が下らなかつたこと、同年四月一七日関西医大病院に入院したこと、同2(二)の事実(入院から死亡するまでの症状、経過)及び死後、関西医大で解剖され、死亡診断書に、直接死因は全身種痘診、その原因は種痘となつていることは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲Fの一、原告柳澤二美子本人尋問の結果によりこれを認める。

25 同二五(常信貴正)関係

各論二五2の事実のうち、貴正の発熱の度数、けいれん初発の時間を除くその余の事実は、当事者間に争いがなく、甲Fの一、原告常信知子本人尋問の結果によると右発熱の度数、けいれん初発の時間が同2のとおりである事実が認められる。

26 同二六(三原繁)関係

各論二六2の事実のうち、繁が、本件予防接種後発疹ができ、後に身体全体に広がつたこと、右接種後一五日目ころ発熱があつたこと、昭和三五年三月二六日神戸市立中央病院へ連れて行かれたこと及び同2(三)の事実(入院と治療経過、繁の死亡)は当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲Fの一、原告三原洋子本人尋問の結果によりこれを認める。

27 同二七(中尾仁美)関係

各論二七2の事実のうち、仁美が、昭和三九年九月二八日神戸市兵庫保健所に、一週間前の同月二一日に接種した種痘の結果を見せに行つたところ、不善感と診断され、同日本件予防接種を受けたこと、同年一〇月五日同市兵庫区下沢通の小林医院へ連れていかれたこと、同医院で熱が高かつたこと、同年一〇月六日午前七時三五分ころ死亡したことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲Fの一、原告中尾八重子本人尋問の結果によりこれを認める。

28 同二八(田辺恵右)関係

各論二八2の事実のうち、恵右が、昭和三九年八月二七日午前中に本件予防接種を受け、午前一一時少し前に亡母孝江と帰宅したこと、帰宅後しばらく姉の美好子と室内で元気に遊んでいたが、ミルクを飲んでそのまま昼寝をしたこと、父の幾雄が恵右の異変に気づき、午後零時一〇分昭和病院に搬入したこと、同病院において、開胸手術のうえ心臓マッサージなどの措置をしたが、同日午後一時四〇分恵右が死亡したことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲Fの一、原告田辺幾雄本人尋問の結果によりこれを認める。

29 同二九(福山豊子)関係

各論二九2の事実のうち、豊子が、大阪市大淀区中津小学校五年生在学中の昭和三三年六月二三日、学校での集団接種で校医により本件予防接種を受けたこと、同日帰宅後手足がだるいと訴えていたこと、翌二四日夕方校医の往診を受け、注射してもらつたこと、しかし再び高い熱が出て、同日午後八時二〇分息を引きとつたことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲Fの一、原告前田訓代本人尋問の結果によりこれを認める。

30 同三〇(澤崎慶子)関係

各論三〇2の事実のうち、慶子が、昭和三九年四月二六、七日ころ杉田診療所で診察を受けたこと、同診療所で口内炎と診断されたこと、同年五月五日ころには高熱となつたこと、同月九日林診療所で診察を受け、急性化膿性口内炎と診断されたこと、同月一〇日から一八日まで新大阪病院に入院し治療を受けたこと、その間元気がなかつたこと、同病院では「高張性脱水症(緩徐型)、壊疽性口内炎及び鵞口瘡を伴う」と診断されたこと、同病院の診療録には脱水状態悪化、体重減少、尿回数の減少、全身状態悪化、嗜眠状態、不眠不安となるとの既往の聴取記載があること、同年一〇月三日から一七日まで再び同病院に入院して治療を受けたこと、同四三年六月ころから大阪市大病院に通院していたこと、同病院で「精神発達遅滞、点頭けいれん」と診断されたこと、その後、けいれんの大発作があつたため、同四四年二月二四日から五月一九日まで為永病院へ入院したこと、同病院では精神薄弱、てんかんと診断され、精神薄弱の程度は重度一級と思われるとされたことは、当事者間に争いがなく、同三〇2(一)の「意識不明の状態であつた」との点及び(七)の「脳性麻痺」の点を除き、同三〇2(一)ないし(八)のその余の事実は、甲Fの一、証人澤崎信子の証言によりこれを認める。右「意識不明の状態であつた」かどうかについては、甲Fの一にはこれにそう記載部分があるが、同証人の証言によると、慶子は、本件予防接種を受けた日の夜九時ころから乳を飲ませても飲まず、ぐつたりして、発熱があり、母信子において風邪ではないかと思つた状態にあつたもので、この状態を「意識不明」と同号証に記載しているものであることが認められ、これによると、慶子が右当夜、医学的にみて意識不明状態にあつたとはいうことができず、他に右原告主張事実を裏付けるに足りる証拠はない。また(七)の脳性麻痺との診断については、甲Fの一の陳述書中にはこれにそう記載があるが、乙の五に照らし信用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

31 同三一(高島よう)関係

各論三一2の事実のうち、ようが精神薄弱の診断を受けていることは、当事者間に争いがなく、後段の「接種以前は何ら異常もなく、さかんに話していたのに」との点を除くその余の全事実は、甲Fの一、法定代理人高島眞悟尋問の結果これを認める。ようが接種以前に言語能力に劣ることがなかつた趣旨の右主張については、右掲記の証拠にこれにそう部分があるが、乙の一に照らし採用することができず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

32 同三二(横山信二)関係

各論三二2の事実のうち、信二が、自然分娩によつて出生したこと、生後七か月ころに離乳を開始したこと、昭和四三年二月五日近所の大田医院で三種混合ワクチンの二回目の接種を受けたこと、同年三月六日大東市楠の里公民館での集団接種によつて三種混合ワクチン三回目の接種を受けたこと、同年一〇月一日から関西医大病院で治療を受け、けいれん発作は頻発しなくなつたが、なお時々発作があること、同五一年一月に大発作を起こしたこと、一〇歳ころの状態が「IQ測定不能、幼児語が残つていること、読み書きできず、排便の後始末ができない」となつていることは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲Fの一、法定代理人横山喜代子尋問の結果によりこれを認める。

33 同三三(大橋敬規)関係

各論三三2の事実のうち、同2(一)については、末尾の「担当医からも小学校入学時までには人並以上になるといわれるまでになつていた」との点を除いた全事実、敬規が、本件予防接種当日、腹部、肩部に軽い湿疹があつたこと、右接種後の昭和四九年三月二六日に37.5度の発熱があり、翌二七日夜には38.1度となり、同月二八日(接種後九日目)の午前一時半ころ、両手足を突つ張る約一分間の、続いて三分くらいの計二回のけいれんを起こしたこと、同年四月九日以降は兵庫県立こども病院で治療を受け、抗けいれん剤の投与を受けていること、けいれんが不定期におこり、目的もなく動き回つたり、頭を柱などに打ちつける等の多動性、異常行動を示すようになつたこと、同五〇年七月一六日から同年八月一一日まで肥満、精神運動障害、けいれんで前同病院に入院し、児嶋喜八郎医師らにより種痘後脳炎、プラダウィリ症候群と診断され、同五二年四月二五日当時の発達指数は、運動・探索・社会・言語いずれも37.5、生活習慣81.2であり、症状の改善される見込みのないことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲Fの一、法定代理人大橋萬里子尋問の結果によりこれを認める。

34 同三四(木村尚孝)関係

各論三四2の事実のうち、尚孝が、本件予防接種後七日目の昭和四三年九月二四日発熱し、夜けいれんを起こして有賀医師の往診を受けたこと、同月二五日大阪医大病院へ入院したこと、同病院を一〇日後の一〇月四日退院したこと、けいれん発作は止んだものの右発症により知能障害、言語障害、機能障害(ただし、その部位を除く。)を受けたこと、右機能障害はその後回復したが、その余の障害は現在まで続いていること、昭和五九年三月に実施した検査ではSQ六〇であつたことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲Fの一、法定代理人木村時江尋問の結果によりこれを認める。

35 同三五(田村秀雄)関係

各論三五2の事実のうち、秀雄が、昭和三一年五月八日に本件予防接種を受けたこと、津山医師の診察を受けたこと、現在大阪府立金剛コロニーに入所していること、知能指数は測定不能であり、精神年齢は二歳前後と推定されていること、右のような状態が改善される見込みは全くないことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲Fの一ないし三、証人田村キミ子の証言によりこれを認める。

36 同三六(西晃市)関係

各論三六2の事実のうち、晃市が、本件予防接種から五日目の昭和四四年二月二三日けいれん発作を起こし意識不明となつたこと、同日から同年三月二三日まで大野病院に入院し、治療を受けたこと、同病院退院後もけいれん発作を繰り返し、今日に至るまで続けて抗けいれん剤の投与を受けており、現在の主たる通院先は松阪市民病院であることは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲Fの一、法定代理人西悦子尋問の結果によりこれを認める。

37 同三七(矢野さまや)関係

各論三七2の事実のうち、さまやが、昭和四六年五月一一日出生し、同年八月に左乳頭膿瘍の切開手術、同年九月に気管支炎の加療を受けたこと、同年一一月二五日本件予防接種を伊藤小児科(医師伊藤昌治)で受けたこと、同日左手をけいれんさせ、左目をぴくぴくさせたこと、すぐ伊藤小児科へ行き、解熱剤の投与を受けたこと、同年一二月八日ジフテリア、同月一七日破傷風、同月二四日ジフテリア、同四七年二月二一日破傷風の各予防接種を受け、同年四月一八日ポリオ生ワクチンを服用したこと、同年八月下旬関西医大にて脳波検査を受け、大発作型と診断されたこと、同四八年三月ジフテリアの予防接種を受けたこと、さまやが抗けいれん剤を服用していたことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲Fの一、二、法定代理人矢野直美尋問の結果によりこれを認める。

38 同三八(菅美子)関係

各論三八2の事実のうち、美子が、昭和二九年一月二一日本件予防接種を高松市立公民館で受け、その当夜全身けいれんを起こし、ただちに多田医師の診察を受けたこと、同六〇年九月四日死亡したことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲Fの一、証人菅ユキエの証言に弁論の全趣旨を総合してこれを認める。

39 同三九(高橋勝己)関係

各論三九2の事実のうち、勝己の両親が昭和四三年六月五日夕方ころ勝己の両下肢の運動障害に気づいたことは、甲Fの一により認めることができ、その余の事実は、当事者間に争いがない。

40 同四〇(原雅美)関係

各論四〇2の事実のうち、雅美が、本件予防接種後の昭和四四年八月三〇日に発熱があり、けいれん発作を起こしたこと、同四五年一月に大阪市立小児保健センターで受診するまでに何回かけいれん発作を起こしたこと、同年一月二三日に脳波検査により脳波異常が発見され、右小児保健センターで治療を受けるようになつたこと、その後抗けいれん剤を服用するようになつたが、けいれん発作をくりかえし、同四七年一〇月一三日に大けいれん発作を起こしたこと、同四八年七月三一日以降けいれん発作を起こしていないことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲Fの一、法定代理人原昌也尋問の結果によりこれを認める。

41 同四一(池上圭子)関係

各論四一2の事実のうち、圭子が、昭和二三年七月三日左顔面に膿がたまり、武内外科で診断を受け、右化膿は「蜂窩織炎」と診断され、同月九日同外科に入院し、左眼上下切開、左頬部切開の手術を受けたこと、同月一三日に足の関節にも膿がたまり切開手術を行い、同二八年三月、手術のため変形した左眼につき阪大病院で整形手術を行つたことは、当事者間に争いがなく、乙の二によると、右武内外科で同二三年七月九日に受けた左眼上下の切開個所は二か所であることが認められ(この認定に反する甲Fの一の記載部分は右乙の二に照らし採用できない。)、右切開個所を除くその余の事実は、甲Fの一、証人福田千里の証言によりこれを認める。

42 同四二(小川健治)関係

各論四二2の事実のうち、健治が、昭和四四年九月一二日生まれであり、出産時の異常を認められていなかつたこと、昭和四五年七月二日に本件予防接種を稲垣医院で受けたが、当時生後九か月で発育の状況は順調と判断されていたこと、ひきつけを起こして同月三日午前〇時四〇分ころ枚方消防署の救急車で協立病院に運ばれたこと、同四六年四月二六日ポリオ生ワクチンの投与を、同年六月一九日種痘の接種をそれぞれ受けたが、その時には異常な副反応はなかつたこと、同四九年一月一七日大阪厚生年金病院小児科で診察を受け、脳波検査をしたところ異常が認められ、以後抗けいれん剤の服用を続けたこと、発熱とともに関節痛が出て、同五〇年四月二日大阪厚生年金病院に入院し、若年性関節リウマチと診断されたこと、その後も若年性関節リウマチの病名で同年一〇月六日から同月一一日まで、さらに同五一年五月二五日から同月七月二二日まで右病院に入院したこと、同年四月から思斎養護学校に入学したこと、同五四年七月八日午前四時一五分心不全で死亡したことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲Fの一、原告小川昭治本人尋問の結果によりこれを認める。

43 同四三(野々垣一世)関係

各論四三2の事実のうち、一世が、昭和三二年八月二五日出生し、同三三年五月二〇日本件予防接種を受けたこと、同月二九日に高発熱があり、望月医院で受診したこと、同月三〇日済生会中津病院へ入院し、翌三一日午前二時五〇分同病院で死亡したことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲Fの一、原告野々垣久美子本人尋問の結果によりこれを認める。

44 同四四(原篤)関係

各論四四2の事実のうち、篤が、本件予防接種後の昭和四三年一一月近所の浜田医院で受診し、ビールス性の風邪と診断され、翌日同院で受診したこと、同月二四日嗜眠状態となり、乳を喉につめるようになつたので、同日午後一〇時三〇分ころ浜田医院に行き、同医院で吸引等の処置を受けたが全く状態はよくならなかつたこと、そこで同日午後一一時ころ杉安病院へ救急車で搬送され、同病院で治療を受けることになつたこと、同病院へ入院してからも呼吸困難、意識不明の状態が続き、酸素吸入、強心剤等の救急処置を受けたが、症状は依然として改善されず、ついに翌二五日午前五時四五分死亡したことは、当事者間に争いがなく、乙の一、原告原須磨子本人尋問の結果によると、篤が本件予防接種後始めて浜田医院で受診した日が同年一一月二二日であることが認められ(この認定に反する乙の五、六の記載は右証拠に照らし採用できない。)、その余の事実については、甲Fの一、原告原須磨子本人尋問の結果によりこれを認める。

45 同四五(垣内陽告)関係

各論四五2の事実のうち、陽告は、昭和四四年五月九日出生したが、逆子(骨盤位)であり体重は二七〇〇グラムであつたこと、同年六月二〇日ころ脱腸を指摘されたこと、同年八月二一日和歌山日赤病院へ行き「慢性栄養障害、胸腺肥大、鵞口瘡、右無気肺」の診断を受けたこと、同年一〇月三日に脱腸の手術を受け同月一一日退院したこと、その退院四〇日後に本件予防接種を受けたこと、同年一一月二七日和歌山日赤病院に行き受診し、薬をもらつて帰つたこと、同年一二月八日村上医院で受診したところ、「腸性顔貌・発熱三八度あり、心雑音聴取され、呼吸音粗い」との症状であり治療を受けたこと、同日その後症状が悪化したので同院に入院し治療を受けたこと、しかし脱水症状とチアノーゼを発生させ、翌一二月九日午前四時一〇分死亡したことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲Fの一、原告垣内千代本人尋問の結果によりこれを認める。

46 同四六(山本実)関係

各論四六2の事実のうち、実が、本件予防接種を受けた二日後の昭和四五年四月一七日38.5度の発熱があり、福山医院で診察を受けたところ、高熱38.5度、咽喉発赤、胸部ラ音聴とのことであつたこと、翌一八日にも熱が続き、右福山医院で受診、高熱39.9度、咽頭扁桃頭肥大、胸部ラ音不著明とのことであつたこと、翌一九日も三九度の発熱が続き、福山医師の往診を受けたところ、一般状態不変、高熱、胸部ラッセル聴取とのことであつたこと、翌二〇日には新たに下村医院で受診したこと、下村医師の所見は、発熱、口腔コプリック斑認む、顔面、頸部、胸部、麻疹様発疹、胸部笛声音(+)、麻疹の診断であつたこと、同月二二日午前六時半ころ下村医師が往診に来たこと、同医師の病歴報告書に「発熱三九度、呼吸促迫、顔面蒼白、チアノーゼ著明、脈搏数一四〇、発疹殆ど消失(二一日夜半より急に)、胸部著明なるラ音なし、以上より麻疹経過中の急性循環機能障害及肺炎の疑」との記載があること、済生会奈良病院で実の治療に当つた砂田ハツ子医師が、実の死亡直後に原告らに対し実の病理解剖を勧めたこと及び同2(五)の全事実(実が同病院に入院し死亡するまでの病状経過等)は、当事者間に争いがなく、乙の一によると同四五年四月一七日の福山医院の診断名が「急性咽頭炎、肺炎疑い」であつたことが認められ、その余の事実については、甲Fの一、原告山本幸子本人尋問の結果によりこれを認める。

47 同四七(安田美保)関係

各論四七2の事実のうち、美保の本件予防接種前の生育状況を除くその余の事実は、当事者間に争いがなく、右除外の事実は、甲Fの一、原告安田明美本人尋問の結果によりこれを認める。

48 同四八(藤井崇治)関係

各論四八2の事実のうち、崇治が、昭和四三年一二月四日午後二時ころ本件予防接種を受けたこと、同日午後九時ころ四〇度を超える発熱とけいれんがあつたこと、医師の診察を受けたこと、翌一二月五日午前七時過ぎころ死亡したことは、当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲Fの一、原告藤井鈴恵本人尋問の結果によりこれを認める。

二以上の事実からみると、本件各被害児について、いずれも本件各予防接種後、原告各論一ないし四八の各2「経過」欄記載の本件各事故の発生したことが認められる。

第四  因果関係(請求原因3)について

一本件被害児のうち、次の二〇名については、本件各事故が本件各予防接種に起因することについて、当事者間に争いがない。

被害児番号5  吉田理美

同8      小林誠

同13      上野雅美

同14      金井真起子

同16      上田純子

同17      藤本章人

同20      末廣美佳

同22      三好元信

同23      毛利孝子

同24      柳澤雅光

同25      常信貴正

同26      三原繁

同27      中尾仁美

同29      福山豊子

同34      木村尚孝

同36      西晃市

同39      高橋勝己

同43      野々垣一世

同47      安田美保

同48      藤井崇治

被告は、右以外の本件各被害児について、前記認定の本件各事故が本件予防接種に起因することを否認しているから、二以下においては、右因果関係を否認された本件各被害児について、右因果関係の有無について判断する。

二因果関係の判断基準

原告らは、予防接種とその後に発生した一定の症状との間の因果関係(以下、単に「本件因果関係」ということがある。)を判断するに当つては、①予防接種とその後の発症とが、時間的・空間的に密接していること、②当該ワクチンから当該症状が発生することにつき、経験科学としての医学の立場から理論上合理的説明がなしうること、の二要件を基準とすべきであり、この二要件を満たせば、本件因果関係は肯定してよい旨主張し、証人白木博次は、右主張の裏付けとなる内容の証言をしている。すなわち、白木証人は、本件因果関係判断の枠組みとして、①予防接種とその後の問題となる症状の発生とが、時間的、空間的に密接していること、②他に原因となるべきものが考えられないこと、③右症状の程度が他の原因不明のものによるとみられるものよりも質量的に強い(いわゆる「折れ曲がり」が認められる)こと、④右症状発生の機序が実験・病理・臨床等の観点から見て、科学的、学問的に実証性があること、の四条件を挙げ、証人平山宗宏も、一般論としては、右の白木証人の四条件を本件因果関係判断の枠組みとすることに異論がない旨の証言をしているところ、原告らは、右証人らの立てた基準は、立証責任が観念されない医学者の立場から出たものであり、原告らが訴訟上立証責任を負うのは、右のうち①と④であるとし、②は被告が立証責任を負うとするものである。

他方、被告は、本件因果関係の判断基準として、(一般的要件として)①当該予防接種から一定の期間内に発生した当該症状が、それ以外の期間における発生数よりも統計上有意に高い頻度で発生すること、②当該予防接種によつて当該症状が発生し得ることについて、医学上合理的な根拠に基づいて説明できること、(具体的要件として)③接種から発症までの期間が、好発時期あるいはそれに近接した時期と考えられる中に入ること、④少くとも他の原因による疾病と考えるよりは、当該予防接種によるものと考える方が妥当性があること、を挙げ、平山証人は、これにそう証言をしている。

ところで、一般的に訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、事実と結果との間に高度の蓋然性を証明することであり、その判定は通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつそれで足りる(最高裁判所昭和五〇年一〇月二四日第二小法廷判決・民集二九巻九号一四一七頁参照)と解され、これを本件についてみると、本件因果関係の判定は、その疾患の発症の機序が純医学的に証明されることにより、疑念をはさむ余地なく完全になし得るが、必ずしもかかる証明を要するものではなく、本件訴訟にあらわれた全証拠を総合判断して、経験則上、本件各予防接種と右疾患の発症との間に、原因・結果の高度の蓋然性の存することが証明されることにより、足りるものであるところ、経験則に基づく右蓋然性の判断は、他原因の存在の有無の判断と表裏の関係にあるから、本件において、経験則を適用してなす右因果関係の判断基準としては、他原因の点をも考慮範囲に入れ、次の三要件を設定し、右因果関係の存否は、右三要件を充足するかどうかの判断によつて決するのが相当である。

すなわち、①当該ワクチンの接種により当該症状が発生することにつき、経験科学としての医学の立場から理論上合理的説明が可能であること、②当該ワクチンの接種からその発症までの期間が一定の密接した時間的範囲内にあること、③当該症状の発症についてワクチン以外の原因(いわゆる他原因)が存在しないこと、以上の三要件であり、右①の要件は、原告ら主張の条件②、被告主張の条件②に、右②の要件は、原告ら主張の条件①、被告主張の条件③に、右③の要件は、被告主張の条件④、白木証人の挙げる条件②に各対応するものである。もつとも、右①の要件に関しては、原告らは、時間的密接性と併せて空間的密接性を挙げているところ、右空間的密接性なるものは、当該予防接種後、当該症状発生までの時間が、接種したワクチンによつて侵襲される身体部位(脳の各部位、背ずい、末梢神経等)の異るに従い変化する事情にあることに着目して立てた条件である(このことは、原告らの主張及び白木証人の証言によつて明らかである。)が、右事情は、その性質上、被接種者の個体差、予防接種の方法の違い等の事情と併せて、前記時間的密接性を判定する際に考慮すれば足るものである(白木証人もこのことを証言する。)から、右事情をとくに空間的密接性として時間的密接性と並ぶ条件内容とするまでのものではないと考えられる。また、右③の要件に関しては、原告らは、他原因の存在が被告の立証責任に属する旨主張するけれども、前判示のとおり、他原因の存否の判断は、経験則に基づいてなす本件因果関係の蓋然性の度合の判断と表裏の関係にある以上、右因果関係の高度の蓋然性の存在につき立証責任を負担する原告らが他原因の不存在につき立証責任を負うものをいわざるをえない。もつとも、原告らに他原因の不存在につき立証責任があるといつても、他原因の不存在によつて当該予防接種の原因性の裏付けをしようとする他原因問題の性質上、右他原因なるものは、当該症状の発生の原因となつたもの全てを指すものではなく、それのみによつて(当該予防接種が競合原因となることなく)当該症状を発生させたものに限られるから、他原因の不存在については、当該予防接種の被接種児の従前の生育、健康状態、近親者の病歴を含む健康状態、当該予防接種の接種後発症までの経緯、症状の内容等を明らかにすることにより、事実上の推定を受けることも少なくないであろうから、右他原因の不存在についての原告らの立証は、比較的容易になし得るものと考えられる(この点において、白木証人が挙げる前記四条件のうちの条件③のいわゆる「折れ曲がり」が重要な徴表となるものと考える。)反面、被告の反証も、それのみによつて当該症状を発生させるべき他原因の存在につきなされる必要があり、当該症状を発生させる特定の原因を挙げることなく、例えば、右他原因として、原因不明の脳炎、脳症を挙げ、これが統計上乳幼児に多く発生していることを立証しても、反証として不十分であるというべきである。

被告は、予防接種実施後の神経系疾患の臨床症状や病理的学的所見は、予防接種以外による疾患のそれと異なるものではない(非特異性)ため、具体的に生起した疾患が、予防接種によるものか、それとも他の原因によるものかを的確に判定することは困難であり、とくに予防接種対象児の脳炎、脳症については、もともと原因不明のものがその報告症例全体の六〇ないし七〇パーセントを占めていること(この点は、乙三、同一二二から認めることができる。)から、この原因不明の脳炎、脳症を念頭に置いて、被告主張の前記条件①及び同④を設定し、条件④の他原因に原因不明のものも含めた主張をしている。しかしながら、他原因の中に原因不明のものを含めるのが相当でないことは、前判示のとおりであり、被告提出の各証拠(とくに、財団法人予防接種リサーチセンター発行の種痘研究班の調査報告1乙二三の一など)をみるに、予防接種後の副作用調査の方法、対象の把握等において十分なものであつたとは認められず、従つて、統計的手法をもつて因果関係の判断をすることは合理的ではないから、右条件①も採用することはできない。

三各種ワクチンによる副作用

1  種痘による副作用

〈甲号証〉、証人白木博次、同平山宗宏(後記採用しない供述部分を除く。)の各証言に弁論の全趣旨を総合すると、

(一) 種痘による神経系の副作用は、遅延型アレルギー反応型(脳炎)、ウイルス血症・増殖型(脳炎)及び急性脳症型の三類型がみとめられ、これらはいわゆる非特異疾患であること、

(二) 右遅延型アレルギー反応型の特徴は、原則として、その病変の主座が大脳の白質にあること及び病変の態様が小静脈炎を伴う血管中心性の脱髄であることであり、神経組織を含まない種痘からこのような副作用が生じるのは、種痘に動物の神経組織に共通する抗原性があり、接種後にもこの種の共通抗原が形成され、それらが攻撃的な共通抗体その他を産生し、その結果、神経系の脱髄炎を引き起こすからであり、自己免疫疾患的反応が原因であるとの考えがあること、また、右ウイルス血症・増殖型の特徴は、ウイルスの増殖に基づく炎症等が生じ、その病変の主座が原則として、神経細胞内すなわち大脳の灰白質に存在すること、そして急性脳症型の特徴は、臨床的にはショック様症状を呈し、神経病理学的には脳浮腫があり、脳の血行障害が存在することであること、

(三) 種痘をしてから神経症状が現われるまでの潜伏期については、その副作用の類型、ワクチンに対する抗体産生の感受性、被接種者の年齢などの個体側の条件を総合して判断すべきであること、遅延アレルギー反応型の場合、その病変が血管中心性の脱髄であるから、これが脳幹や脊髄、または末梢神経のような狭い場所で発生したときには神経症状はより早期に発現する(潜伏期は短くなる。)のに対し、大脳の両半球に脱髄が発生したときには脱髄性の病巣が多発するか相互に融合しあつて一定の広がりをもつことが必要なため、一定の時間的経過後に発現する(潜伏期は長くなる。)が、ワクチンに対する抗体産生の感受性が先にある程度上昇しておれば潜伏期は短縮され、逆に低下しておれば潜伏期は長くなる可能性のあること、脳症の場合、主として脳の血管がれん縮して、血行障害が大脳の両半球に急激に生ずるため、その発症経過は急激であり(潜伏期は短い。)、また、抗原やヒスタミン産生などに対する感受性が先行的に昂進しておれば、その後の反応は即時的であるが、逆に、右の感受性を欠くか、不十分なときは潜伏期は長くなる可能性があること、脳炎の潜伏期については、これまで報告されている副作用の発症例の集計からみると、接種後四日ないし一八日の間に比較的多くみとめられるが、この期間より短くても一日、長くても五週間以内であれば、潜伏期の範ちゆうに入れても差し支えないと考えられること、

(四) 種痘後脳炎・脳症の急性期において、けいれん、意識消失、発熱の神経系合併症の三症状が揃つて発現する例が多い(典型例)が、必ずしも三症状が揃つて発現するものではなく(非典型例、不全型例)、発現していてもそれぞれの症状の程度に軽重差がみとめられる(不全型例、軽症例)こと、右非典型例としては、急性期の症状として、意識障害がなく、けいれんが前景に出てくるもの(けいれん優位型の脳炎・脳症)、逆にけいれんがなくて意識障害が前景に出てくるもの(意識障害優位型の脳炎・脳症)があること、そして、急性期の症状の甚だしい悪化(折れ曲がり)の程度が軽くても、その後の中間期、慢性期にかけてのけいれん発作の頻発により重い症状を呈する(続発性、二次性のけいれん発作による折れ曲り。)ことがあること、

(五) 種痘のみならず他のワクチンによつても副作用として点頭てんかん(ウエスト症候群)が発症すること、その大半はひきつけもしくは意識障害が先行することなく特異的なけいれんが直接発現することが多いこと、

(六) 種痘の副作用は、接種年齢のいかんによつて侵襲される脳の部位が異なり、一歳未満の乳幼児においては脳幹を病変の主座とした遅延型アレルギー反応(脳炎)が生じる傾向があり、この場合、急性期、慢性期に睡眠、覚醒のリズムが狂つてくることが神経生理学的にわかつており、後遺症として精神薄弱、難聴が生じる可能性があること、また、脳幹被蓋部、特に脳幹網様体には睡眠、覚醒の中枢があり、これが侵襲されると睡眠障害、睡眠倒錯が生じるものであり、脳幹網様体は通常一〇歳代でほぼ完成するところ、一〇歳未満で、これが侵襲を受けると、その急性期に意識障害、睡眠障害等の神経症状を生じ、慢性期に至つてもなお右症状が継続発症することがあり、さらに既に侵襲を受けたために発達しない脳幹網様体と、その後二〇歳から三〇歳にかけて発達完成していく大脳連合野との発達のアンバランスが生じることによつて、幼年期にはそれほど日立たなかつた意識・精神症状ないし障害の程度が顕著になつてくる可能性があること、また種痘によつて、脳幹とくに脳幹網様体の延髄と橋の中間領域にある聴覚中枢部分が侵襲を受けると難聴が生ずる可能性があること、

以上の事実が認められ、右認定に抵触する平山証人の供述部分は、前掲各証拠に照らし採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  百日咳ワクチン、二混、三混ワクチンによる副作用

〈甲号証、乙号証〉、証人白木博次、同平山宗宏(後記採用しない供述部分を除く。)の各証言によると、

(一) 百日咳ワクチン及びこれを含む二種混合ないし三種混合ワクチン(以下「百日咳等ワクチン」という。)による神経系への副作用は、原則として急性脳症型のみが発生すること、この症状の典型例は、発熱、けいれん、意識障害の三症状を発現させるが、必ずしも三症状が揃わない非典型例ないしは不全型が存在すること、また急性期に起こるけいれんは、脳症の症状が脳浮腫に原因するものを主症状としていることから、局所的な脳浮腫ないし循環障害が生ずる場合があり、その場合にけいれんが局所的に起こる可能性があることからして、全身的なものから局所的なものまでありうること、

(二) 右脳症状の潜伏期間については、これまでの臨床例などからみて通常二四時間ないし四八時間以内に収つているが、その範囲であつても、生体反応の常として、脳症状の分布を示す自然曲線には、当該脳症状の発現が四八時間を超えて発現する症例が示されていることから直ちに百日咳等ワクチンの起因性を否定することはできないこと、

以上の事実が認められ、右認定に抵触する平山証人の供述部分は前掲各証拠に照らし採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  ポリオ生ワクチンによる副作用

(一) 甲C三五の二、三六、三七によると、急性灰白髄炎による脳炎、脳症が存在する事実が認められ、また、甲C一一によると、福見秀雄は、ポリオ生ワクチンによつて脳炎、脳症が絶対起こらないとの学問的証左はない旨論じており、また甲C四六によると、西ドイツ、マックス・プランク脳研究所教授のクリュッケは、ポリオ生ワクチン接種後一二日ないし二五日を経て全過程二〇日ないし六〇日で死亡した六剖検例の神経病理学像が、いずれも遅延型アレルギー反応型の神経障害を明示している旨記述しており、甲C一〇によると、埼玉医科大学精神科の皆川正男らは、ポリオ生ワクチン接種後約七日後に急性脳症を呈し、半球萎縮を残した剖検例があることを記述していることが認められ、これらの事実からすると、ポリオ生ワクチンの副作用として脳炎、脳症が発症する可能性のあることが認められ、これに抵触するかのような平山証人の供述部分及び乙六八の供述記載部分は、右各証拠に照らし採用することができない。

(二) 甲C九、証人白木博次の証言によると、ポリオ生ワクチン接種により脳炎、脳症が起こる機序について、白木博次は、急性脳症を起こす典型例として疫痢に罹患した場合があるが、この場合は赤痢菌が腸内に感染して腸壁で増殖するときに、ヒスタミンあるいはヒスタミン様の物質を産出し、この物質が脳の血管の拡張、収縮をもたらし急性脳症を惹起するものであり、また、ヒスタミンを幼若犬の頸動脈に注入した結果、脳に血管けいれんが起き、そのために脳の神経細胞が破壊されたという実験結果が報告されており、ワクチン接種によつて肥伴細胞の免疫抗体(IgE)にワクチンが働き、そこからヒスタミンが放出されるということも明らかにされているから、ポリオ生ワクチン接種により、疫痢の場合と同様に腸壁でヒスタミン様物質が産出され、あるいは肥伴細胞からヒスタミンが放出されて、このような物質が脳血管のけいれんを導き急性脳症を惹起するという仮説を立てることが可能であり、さらに、ポリオ生ワクチンは、猿の腎臓細胞にウイルスを培養して製造されたものであるから、ウイルスと腎細胞との間で有害物質が産出される可能性もあり、ワクチンに培地、培養細胞、臓器由来の有害物質が入ることを防ぐことはできず、また、ワクチンにはチメロサール等の保存剤が添加されており、これらの物質が急性脳症や遅延型アレルギー反応を起こすことも考えられる旨説明していることが認められる。

被告は、右白木のヒスタミン原因物質説を批判し、現在の学界で最早支持されていない旨主張し、平山証人もこれにそう供述をするが、白木証人は、ヒスタミンのみが原因物質であるとは言つておらず、また白木説が過去の一学説として克服されたとの点は、本件全証拠によるも認めることはできない。当裁判所は、右白木説が科学的合理性を有する学説として十分に参酌するに値いするものであると判断する。

4  予防接種の副作用としての点頭てんかん及びてんかん

(一) 種痘のみならず他のワクチンによつてもその副作用として点頭てんかん(ウエスト症候群)が発症することは、前記1(五)で認定したとおりであるが、甲C八、四三、証人白木博次の証言によると、点頭てんかんの臨床像は、特異的なてんかん発作を示すもので、その発作像の基本は、強直性けいれんであつて、両上肢を挙上し、頭部を前屈(点頭)、躯幹を屈曲する数秒の短い発作で、時に下肢も股関節、膝関節で屈曲する型が最も多くみられること、個々の発作は一〇秒前後の間隔で反復するシリーズ形成を示すことが特徴的で、一シリーズ数回から数十回に及ぶものが、一日に数シリーズから数十シリーズ認められることが多いこと、個々の強直性けいれんの間歇期には意識消失はみられず、哺乳時に発作が起こつてもこの間哺乳を続けていること、発作的には顔面紅潮などの自律神経症状を伴うことが多く、発作直後に泣き声、叫び声をあげたり、笑いを示すこともあるが、瞬間的に意識を失うことがあること、点頭てんかんの相当数の剖検例は、病変の主座が脳幹にあることを示していること、そして、点頭てんかんは、それ自体が脳炎、脳症の神経症状ととらえることができること、以上の事実が認められ、右認定に抵触する平山証人の供述部分は前掲各証拠に照らし採用することができない。

(二) 証人白木博次の証言に弁論の全趣旨を総合すると、予防接種後に脳炎、脳症等重篤な中枢神経系の合併症が起こり、その後遺症として、てんかんを来すこと、しかし脳の損傷が軽ければ臨床的に脳炎、脳症の症状(脳炎か脳症かは、髄液検査により判別可能であるが、臨床症状としては区別できない。)が出ない場合があり、(この点は、平山証人も証言するところである。)その場合、脳炎、脳症状を伴わないままてんかんを発症される可能性があること、接種後のけいれんとてんかん発作は、臨床的には区別がつきにくく、その後の症状の経過をみなければ診断できないところであるが、熱性けいれんから後遺症としてのてんかんを起こすことが認められること、接種後のけいれんがてんかん素因をもつ小児の自然的経過と判断するためには、当該小児がてんかん素因を有することが客観的に明らかにされなければならず、またこれが明らかにされても、そのような素因をもつ小児に対する予防接種によつてけいれんが誘発されたときは、そのけいれんに対し予防接種が引き金となつているとみられ、その後にてんかん発作を起こした場合、これが予防接種と無関係であるとはいえないこと、以上の事実が認められ、乙一一九には、右を疑問視するような記載があるが、これによつても右認定を左右するに足りない。

四因果関係を否認された本件各被害児について

1  被害児番号1 高倉米一

前記第三の一で認定した事実(当事者間に争いのない事実を含む。以下同じ。)、甲F②の一、五、乙②の一、三によると、米一は、本件予防接種(種痘)を受ける二〇日ほど前である昭和三二年三月中旬ころにけいれん、チアノーゼ発作があり、その後時々小けいれんを起こしていたこと、本件予防接種後五日目の同年四月一五日には、体温は三六度、けいれんがあり、脳脊髄液の検査で、リコール圧正常、外観透明、パンディ+−、細胞数は、多核球零、リンパ球三分の一で異常が認められなかつたが、翌四月一六日には、体温36.5度、全身に間代性けいれんがあり、同日、日生病院に入院した事実が認められ(右認定を左右するに足りる証拠はない。)、その後の経過は、前示認定のとおりである。

右事実からすると、米一の症状は、本件予防接種後五日目に発現しており、脳脊髄液に異常がなかつたことからしてこれが脳炎でなく脳症(種痘後脳症)であるとみられ、この発生機序について医学的に説明可能であることは前記のとおりであり、従つて、米一においては、本件因果関係について、前示①、②の各要件を充足することが認められる。

以下、③の要件である他原因の不存在の点について検討するに、被告は、米一にはけいれん素質があつたこと、米一が本件予防接種後間代性けいれんを起こして入院しているが、入院中の同年五月七日脳脊髄液にも異常がなく、その後一三年後に脳性麻痺及び痴呆に至つたのは、米一にみられたてんかんによるけいれん性素質に基づく結果とみるのが自然である旨主張し、平山証人はこれにそう供述をしている。米一にけいれん性素質があつたことは、白木証人の証言によつても認められるところであるが、米一を直接に診察した同証人は、米一にはけいれん素質があつたが、それが本件予防接種をきつかけとして非常に激しいけいれんが続き、一か月の入院を経た後、重い後遺症を残しているものであるから、本件予防接種が米一のけいれん素質に対し質、量的な拡大、増悪を惹起させたものとみることができ、六日という潜伏期からみて種痘後脳症であると証言しており、右証言は、米一の前示の経過に照らし肯認できるものであり、そうすると、本件予防接種が米一の現症状の原因となつているものであり、同人のけいれん性素質のみに起因するものでないものというべく、これに反する平山証人の証言と被告の主張は採用できず、そうすると、③の要件も充足する。よつて、米一について、本件因果関係を認めることができる。

2  同2 河島豊

前記第三の一2で認定した事実、乙③の一、四ないし六及び八、甲F③の一、証人河島輝子の証言によると、豊は、本件予防接種(種痘)前てんかん素因を疑わせるような徴表はなく、家族、親族にもてんかん素因を疑わせる者は出ていないこと、本件予防接種後約二週間ほどして点頭てんかん様発作を起こしたこと、接種後約一か月後の昭和三六年三月二三日の脳波検査で、定型的なてんかん脳波(棘波)が発見され、てんかんであるとの診断を受けていること、生後二年でてんかん発作があり、同三八年沢神経科で受診以後定型的なてんかん発作が頻発し、時に重積症を思わせる症状が出現していること、同四五年一一月一三日には脳性小児麻痺と診断され、同月一五日付の検査結果によると、精神、身体発達遅滞等があること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実からすると、豊の症状は、本件予防接種後約二週間目に発現しており、前示②の要件を充足しているものと判断でき、白木証人は、右事実を前提にして、豊にはてんかん素質を疑う資料がないこと、急性期の点頭てんかんがその後大発作的なものにかわつてきているものと考えられるとして、同児の症状は、遅延型アレルギー性脳炎型の炎症とその後遺症であるとみられる旨証言しており、前示認定の種痘後脳炎の発症機序についての医学的知見、予防接種後の点頭てんかんについての判断からすると、豊について前示①の要件を充足するものと認めることができるとともに、③の要件の充足を推認することができ、これに反する平山証人の証言は、採用できない。被告は、「この種のてんかんは原因不明のものがほとんどであり、大発作型けいれんに移行し易く、知能発達遅滞が高率に出現し、しかも予後が悪く難治性であり、予防接種と無関係に生後六ないし一二か月の乳児に好発するが、本児について、発症の時期、状況が一致している」とし、豊の本件発症が本件予防接種を専ら原因としない旨主張し、平山証人は、点頭てんかんそのものは、原因不明のものあるいは周産期の異常によるものがあり、はつきりした(医学的)因果関係の分らないものが大部分である旨証言し、〈甲号証、乙号証〉は、同証言の信憑性を裏付けるものであるが、そのことから本件予防接種後に前判示の経過をたどつててんかんを起こした豊が、いわゆる原因不明のてんかん発症児の好発時にあることをもつて、これが本件予防接種と無関係の原因不明によるものと断ずることはできず、他に、専ら他原因によるとの反証のない本件においては、③の要件の充足性についての前記認定を左右するものではない。

よつて、豊について、本件因果関係を認めることができる。

3  同3 塩入信子

前記第三の一3で認定した事実、甲F④の一、乙④の三ないし五、証人塩入久の証言によると、信子は、本件予防接種(種痘)の翌日三九度の発熱があつたこと、接種後一〇日ほどして、身体を硬くして弓なりにのけぞるような異常な動作を起こすことがあつたこと、接種後二五日目の昭和三八年二月四日に身体を前かがみにしてけいれんを起こし、以後、同様のけいれんを頻発し、左半身が麻痺を呈するに至つたこと、同年二月四日後天性脳性麻痺の疑いありとの診断を受け、同月初めころには四肢強直、眼球上転発作の症状に対し点頭てんかんと診断され、同年四月五日には前屈けいれん症、乳児痙性片麻痺との診断を受けていること、また、出生時に、その体重が二三八〇グラムであつた以外とくに異常はなく、発育状況は順調であつたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実からすると、信子のけいれん発作の発症は本件予防接種後二五日目であるが、この期間が潜伏期として遅すぎるものではないことは前記三1(三)で認定したとおりであり、前示②の要件を充足するものと判断でき、また、白木証人は、右認定の事実に徴し、信子の接種後一〇日くらいに起こした異常な動作は、一歳未満位の乳児が脳幹を侵されたときに起こりやすい神経症状である後弓反張(オピトトーヌスの発作)であつたとみられ、これが出た時期が最初の脳症状であり、その後の点頭てんかんの発症は、右脳症状によるものとし、信子の症状は遅延型アレルギー反応とその後遺症として医学的に説明できると証言しており、先に認定した種痘後脳炎、脳症についての当裁判所の判断を併せ考えると、前示①の要件を充足するものと認めることができ、これに反する平山証人の証言部分は採用することができない。そしてまた、右認定の事実からすると、要件③の充足性も肯認できるところ、被告は、信子の前屈けいれん症が乳児に発症することの多い点頭てんかんであつたことが推測でき、この合併症ないし後遺症としての心身障害が後に残つていると考えるのが妥当である旨主張し、平山証人は、これにそう証言をするが、信子において本件予防接種と無関係に点頭てんかんがあつたことを推測させるに足りる証拠はなく、また、種痘と点頭てんかんについての前示の関係からして右平山証人の証言と被告の主張は、これを採用することができない。

よつて、信子について、本件因果関係を認めることができる。

4  同4 秋山善夫

前記第三の一4で認定した事実、甲F⑤の一、乙⑤の一、三ないし五及び八、証人秋山千津子の証言によると、善夫は、満期安産で、定頸、発育順調であり、生後八か月目の昭和三二年一一月二六日本件予防接種(種痘)を受け、接種後三日目ころから発熱し、一週間目ころに引きつけを起こしたこと、このころから38.5ないし39度以上の熱が一ないし二か月続いたこと、その後平熱に戻つたものの、それ以来発達遅滞が顕著となり、二歳半で歩けるようになつたが、同四五年一二月の診断では精神薄弱(白痴級)、IQ測定不能、言語発達皆無とされていること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実からすると、善夫は、本件予防接種後三日目に発熱があり、一週間目ころに引きつけを起こしているから、前示②の要件を充足する。そして、白木証人は、右認定事実を前提に、善夫の症状は、その発症の時期、状態及び本件予防接種以外に原因となるものが考えられないとして、これが種痘による急性脳症とその後遺症である旨証言しており、前記の種痘後脳症に関する認定判断に徴し、右白木証人の見解は合理性を有するものと認められ、前示①、③の要件の充足を肯認することができる。被告は、善夫の症状は、特発性の精神薄弱であつて、同児の知能障害に周囲が気付くようになつたのが本件予防接種後二か月位の段階であると考えるのが自然である旨主張し、平山証人はこれにそう証言をするが、善夫が先天性もしくは特発性の精神薄弱児であつたことを窺わせるような証拠はなく、平山証人の証言と被告の主張は、採用することができない。

よつて、善夫について、本件因果関係を認めることができる。

5  同6 増田裕加子

前記第三の一6で認定した事実、甲F⑦の一、乙⑦の五、一〇及び一一、原告増田恭子本人尋問の結果によると、裕加子は、出生時異常はなく順調に発育していたこと、生後六か月で本件予防接種(二混ワクチン)を受けたが、接種後四ないし六時間して突然叫び声をあげ、けいれん発作を起こし、四〇度の高熱を発し意識を消失したこと、即日入院し、けいれん発作を反覆し、三日目に軽快したが、その後も四〇度の熱を出し、またけいれんを反覆し、抗けいれん剤の投与を受けていたこと、その後は発熱がなくてもけいれんを頻発させ、昭和三八年一一月八日入院した奈良県立医大病院において「てんかん発作」との診断を受けたこと、同五〇年七月七日現在の症状として、医師井上源二郎は、脳障害兼四肢運動麻痺との診断をしていること、その後同五八年六月六日ころから風邪をひき四〇度近い高熱が続き、けいれん発作を頻発して体力が衰弱し、同月一〇日心不全により死亡したこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実からすると、裕加子の発症は、本件予防接種後四ないし六時間のうちに生じており、その症状もそれまでの同児にみられなかつたものであり、前示三2で認定した二混ワクチンの副作用についての判断に徴すると、前示②の要件を充足するものであることは明らかである。そして、白木証人は、裕加子にはてんかん素質は認められず、本件予防接種がけいれん発作を誘発させたものであり、その症状、発症経過からみて、これが本件予防接種による急性脳症とその後遺症(精薄の極限状態)である旨証言しており、前示二混ワクチンの副作用についての当裁判所の判断に照らし、右証言を首肯することができ、そうすると、前示①、③の各要件の充足を認めることができる。被告は、裕加子の母は妊娠二か月ころ流産のため薬剤を使用しており、これが胎児の裕加子の中枢神経内に悪影響を与えた可能性は否定できないこと、本件予防接種後の症状は軽度であつて脳症というほどのものではなく、本件予防接種とは無関係のてんかん発作と考えても全く矛盾がない旨主張し、乙⑦の九の大阪市大病院小児科外来日誌(昭和三九年二月三日初診)には、「本児妊娠中2ケ月ホルモン剤?にて流産計る。失敗して以后流産防止のため黄体ホルモン(?)投与」との記載があり、平山証人は、右被告主張にそう供述をする。しかし、右乙⑦の九の記載は、裕加子の母である原告増田恭子からの伝聞であること及び記入者において疑問符(?)を付していることからその正確性に問題があるうえ、平山証人も、この点に関し、ホルモン剤そのものがてんかんと関係があるとは考えられないが、流産を計つたり、それを防止したりするというような妊娠初期の出来事が中枢神経の発達途上で悪影響を与えたという可能性は否定できない旨述べるに止まり、これがてんかんを引き起こした唯一の原因であるとまでは述べていないのであるから、被告主張の他原因の反証として不十分であり、他に前記認定を左右する事情ないし証拠はない。

よつて、裕加子について、本件因果関係を認めることができる。

6  同7 清原ゆかり

原告各論七2(経過)の事実は、当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、甲F⑧の一、乙⑧の四、六、証人白木博次の証言、法定代理人清原廣子尋問の結果によると、ゆかりの母は妊娠中、出産時ともに異常がなかつたこと、ゆかりは、出生後の発育も順調であつたこと、昭和四六年一〇月末ころに下痢が約一〇日間続き、一旦軽快したので同年一一月九日に本件予防接種(ポリオ生ワクチン)を受けたところ、同日夜再び下痢がはじまり三八度の発熱と頻回の嘔吐をきたし、この状態が二日間続き、同月一二日朝には四〇度の発熱があり、午後には全身けいれんを起こし入院治療を受けたが、次第に深い昏睡状態に陥り、同月一六日から一七日にかけて頻回連続的なけいれんを起こしたこと、同月一九日から次第に意識回復してきたが、首が座らず、あやしても笑わなくなり、腱反射亢進、バビンスキー反応(+)・(左=右)などの脳炎後遺症の徴候が著明となつたこと、なお、入院中の検査成績は、同月一二日にCRP7+、白血球数一一二〇〇、同月一五日に、眼底異常なし、同月一六日に、腰椎穿刺によると細胞数単核球九九、多核球二、同月三〇日に、脳波、棘波(+)(右後頭部に多く認めるが、他の部位にも出現する。)であつたこと、また、同月ころゆかりから採取した髄液について組織培養法及び哺乳マウスによるウイルスの分離を試みたところ、ウイルスは検出できなかつたこと、医師白木博次の診察によると、ゆかりは手足の筋肉のやせがなく廃用性萎縮の程度にとどまつており、痙直性麻痺が認められなかつたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実を前提に、白木証人は、ゆかりは本件予防接種前下痢にかかつていたため腸粘膜の透過性が亢進していると考えられ、このような場合ワクチンの吸収も早く副作用も早く出る可能性があるうえ、下痢が一〇日続くとそのあと必ず二、三日便秘が起こるのが普通であり、そうすると飲んだものの排泄が遅くなつて腸に停滞する可能性があり、その意味でも副作用が早く強く出る可能性がないとはいえないことが考えられること、白血球がCRP7+ということから、全身的な感染が考えられ、単核球が明らかに異常であり髄膜炎を起こしている可能性があること、そういう意味で脳に炎症がある可能性が大であること、急性期の髄液の中にポリオウイルスが検出されなかつたことから、ウイルス血症、ウイルス脳炎だけではなくて遅延型アレルギー反応の可能性が考えられること、しかしそう考えると潜伏期が三日であり、少し短いようにみえるが、種痘後のアレルギー性脳髄膜炎の解剖例があり、その例ではわずか四日の潜伏期なのに明らかな遅延型アレルギー反応の病変を示していたこと、潜伏期について、脳内で大脳よりも狭い場所である脳幹に病巣ができていれば早く症状が出ると考えられ、従つて潜伏期が三日であつても遅延型アレルギー反応とみて何ら差支えない旨証言しており、これに前記三3で認定したポリオ生ワクチンによる副作用についての判断を併せ考えると、ゆかりにおいて前示①ないし③の三要件を充足すると認めるのが相当である。

被告は、ゆかりの症状は、下痢に伴う全身けいれん、昏睡状態という重い症状(中毒性下痢症、消化不良性中毒症)が続き、その後遺症が残つているものであると主張し、平山証人は、これにそう供述をするが、甲C一三、一四、二九の一、二、白木証人の証言によると、ポリオ生ワクチンの副反応として下痢が発症する可能性のあることが認められ、従つて、ゆかりの症状が本件予防接種と無関係に発症した中毒性下痢症ないしは消化不良性中毒性に起因すると認むべき証拠のない本件においては、被告の右主張は採用することができない。

よつて、ゆかりについて、本件因果関係を認めることができる。

7  同9 幸長睦子

前記第三の一9で認定した事実、甲F⑩の一、乙⑩の四、証人白木博次の証言、前記法定代理人幸長律子、原告幸長好雄各本人尋問の結果によると、睦子の母律子は妊娠中異常がなく、出産予定日より四、五日遅れたため助産婦の指示により出産前日の昭和三一年三月二八日午前一〇時か一一時ころブジーを挿入したこと、翌二九日午前九時一八分正常分娩により睦子は出生したこと、出生直後睦子の左側頭部に発赤があつたが明るい大きな産声をあげており父母ともに案ずるようなことはなかつたこと、睦子は順調に成長していたこと、生後六か月一八日目の昭和三一年一〇月一六日本件予防接種(百日咳ワクチン)を受けたこと、右接種の翌日の同月一六日午前一時ころ急におびえ声を出し、両眼を左に向けて右手からはじまる全身の強直性けいれんがあり、その後間代性けいれんに変わつたこと、同日は五回のけいれん発作があり、以後一日二〇ないし五〇回にも及ぶけいれん発作が続いたこと、同年一二月一日から二八日までの間はけいれん発作を起こさなかつたが、その後同三二年一月以降多いときは一日一〇〇回以上にも及ぶけいれん発作を起こしていること、このような状態は睦子が同五八年三月一日に死亡するまで続いたこと、死亡後解剖された結果によると、脳の左半球の白質部の一部に空洞がみられたこと、この左半球の傷は非常に古いもので、生後六か月半の時点で急性脳症を起こし、その時点で白痴以下の状態となり右の手足が利かなくなり、死亡するまでの二七年間に右の傷がけいれんの繰り返しにより悪化したと考えられると説明できること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実からすると、睦子の発症は、本件予防接種後十数時間という近接した時間内にこれまでみられなかつたような激しいけいれん発作を起こしていること、前示三2で認定した百日咳ワクチン等の副作用についての判断に照らすと、睦子について前示①ないし③の三要件を充足するものと認めるのが相当である。被告は、睦子の症状は、焦点発作型のてんかんであり、これは出産時の金属ブジーによる脳の一部損傷が原因となつている旨主張し、乙⑩の三(神戸医科大学附属病院小児科外来日誌、初診は昭和三一年一〇月二四日。)の同三一年一二月七日の欄に「左側頭部分娩時金属ブジーにて損傷」との記載があり、平山証人は、右記載を根拠に被告主張にそう供述をしている。しかしながら、原告幸長好雄本人尋問の結果によると、右乙⑩の三の記載は、父の好雄が同病院の医師との間で睦子の病状の原因について話し合つているうち、出産時にブジーを使つたこと及び左側頭部に発赤があつた旨告げたことから、当該医師が金属ブジーによる損傷があつたものと推測して記載したものと認めることができ、この記載を根拠に、左側頭部の損傷を認めることには疑問が残ること、白木証人の証言によると、焦点性てんかんは、何らかの原因によつて脳のある場所が特に侵されたとき、それを中心にしててんかんが起こつてくるという状態像を示すだけであり、その原因について述べるものではないこと、ブジーを使つて新生児を引き出した際、脳に傷をつけたのであれば、出生時及びその後の成長過程で何らかの異常状態がみられるはずであるのに、睦子にはそういうことはなかつたこと、またブジーを使うとき新生児の頭部に発赤ができるのは生理的な現象であり、これが直ちに脳損傷の証左にならないことが認められ、この事実に徴すると、平山証人の証言と被告の右主張は採用できない。

よつて、睦子について、本件因果関係を認めることができる。

8  同10 鈴木旬子

前記第三の一10で認定した事実、甲F⑪の一、乙⑪の三及び七、証人鈴木季子の証言によると、旬子の母は、妊娠中、出産時ともに異常がなかつたこと、旬子は、順調に発育し、昭和三二年二月ころには首も坐わり、座つたり立つたり、言葉も口にするようになつていたこと、本件予防接種(種痘)を同月一四日受けたところ、それまでほとんど病気をしたことがなかつたのに、翌日の一五日午後八時ころに口の中が熱くなつてぐずり出し、三八度の発熱があり、その夜中泣きどおし、熱は四〇度位になつたこと、同月一六日午前三時ころには、海老のように体を縮め目をむき意識を失うけいれんを起こし、これが二、三分おきに一、二回位あり、かなりの回数繰り返したこと、同日午前九時前に医師の診察を受け、病院へ通院するようになつたが、熱は下つたもののけいれんは収まらなかつたこと、同年三月から翌三四年五月まで通院治療を受けたがけいれんは止まらず、この症状は種痘後脳炎であるとの診断を受けていること、同四五年九月の病状報告は前示(第三の一10)認定のとおりであり、同じ医師による同五〇年二月一五日付診断では、精神発育最も不良、教化不良性白痴状態、雑音、光るもの等で注意が向くが自働的でなく、記憶、記銘力は全くない、言語の発育なし、運動は稚拙、不秩序、直立歩行不能、流涎、失禁あり、二年前よりてんかん様けいれん発作重積状態が続いているとされていること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実からすると、旬子は、本件予防接種後一日目に発熱し、二日目に強度のけいれん発作を起こし、以後けいれん発作を繰り返し右認定の如き症状となつたことが明らかであり、前示の要件②を充足するものと認めることができる。白木証人は、右事実を前提として、旬子は本件予防接種の翌々日に激しいけいれん発作を起こしていること、本件予防接種以前には生育上の異常がなかつた旬子について右の発作は、質、量ともに急激なものであること(折れ曲りが著しいこと)、その後、重度の心身障害の状態に陥ち入つていることからして、旬子の症状は、明らかに種痘による急性脳症とその後遺症である旨証言しており、前記認定の種痘の副作用として急性脳症が存すること、その場合潜伏期が脳炎の場合に比べ短期であるとの判断を併せ考えると、右証言を合理的なものとして採用することができ、旬子において前記要件の①、③をともに充足するものと認めるのが相当であり、これに反する平山証人の証言は採用することができない。

よつて、旬子について、本件因果関係を認めることができる。

9  同11 稲脇豊和

前記第三の一11で認定した事実、甲D⑫、同F⑫の一、乙⑫の一、二、証人稲脇ミツ子の証言によると、豊和の母は姙娠中、出産時ともに異常はなかつたこと、豊和は、順調に発育し、生後四、五か月ころには首も坐り、表情も豊かになつてきたこと、誕生以来、重い病気にかかつたり高熱を出して入院することは一度もなかつたこと、生後六か月弱の昭和二七年二月一二日午後一時から三時までの間に本件予防接種(種痘)を受けたこと、その三日後である同月一五日夕方ころ四〇度の高熱を発し、夜には歯ぐきを食いしばつてひきつけるようなけいれんを起こし、これが約一時間ほど続いたこと、その後約一週間の間、毎日断続的にひきつけるようなけいれんを起こしたこと、その後も四歳位になるまで毎日けいれんを起こしており、成長するにつれて左手足の不自由さが顕著となり、知能的にも発育が障碍されていること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実からすると、豊和は、本件予防接種後三日目から四日目にかけて高熱とけいれん発作を起こしており、他に右発症の原因となるものが見当らないことが明らかであり、白木証人は、右認定事実と豊和本人に対する診察の結果に基づき、豊和の症状は、大脳の右半球が急性期に強く侵されたために生じたもので、急性脳症とその後遺症と考えられる旨証言しており、これに先に認定した種痘後脳症についての判断を併せ考えると、豊和には前記①ないし③の三要件を充足するものと認めるのが相当であり、これに反する平山証人の証言は採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

よつて、豊和について、本件因果関係を認めることができる。

10  同12 山本治男

前記第三の一12で認定した事実、甲F⑬の一、乙⑬の一、二、四ないし七、法定代理人山本峯子本人尋問の結果によると、治男の母は姙娠中、出産時ともに異常はなかつたこと、治男は、本件予防接種(ポリオ生ワクチン)時まで病気ひとつせず順調に発育し、四か月で首が坐わり、七か月で這い歩きが、満一歳でよちよち歩きができ、言葉も喋れるようになつていたこと、一歳すぎの昭和四六年一〇月五日本件予防接種を受けたが、当時平熱で、身体に異常はなかつたこと、ところが本件予防接種後六日目の同年一〇月一一日夜、四〇度の高熱とけいれんが始まり、翌朝医師の治療を受けるもおさまらず、同月一六日朝から一八日まで傾眠状態が続き、同日早朝けいれんがあり、天理よろず相談所病院に入院したこと、入院中も強直性間代性けいれんが頻発し一一月一六日まで昏睡状態が続いていること、なお、一〇月一八日に実施したルンバールの結果によると、パンディ(一)、細胞数三分の二であり、炎症性でないことを示していたこと、同四七年三月二日に退院したが、精神薄弱・白痴、重症の四肢痙性麻痺、症候性てんかんと診断され、担当医によりポリオ生ワクチンとの関係を否定できない急性脳症による後遺症である旨判断されていること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実からすると、治男の発症は、本件予防接種後六日目に始まつていること、他に原因となる疾患が存在しないこと、治男の症状は炎症性のもの(脳炎)ではないことが明らかであり、前示認定のとおりポリオ生ワクチンの副作用として急性脳症の起こる可能性のあることと、白木証人の証言からすると、治男において前示①ないし③の三要件を充足するものと認めるのが相当である。被告は、治男の現症状が脳に障害のある場合後遺症として出てくるいわゆる脳性麻痺症状であるところ、ポリオの後遺症としての麻痺である弛緩性麻痺が治男には認められない旨主張し、平山証人はこれにそう供述をするが、治男の症状は急性脳症の後遺症であることは前記のとおりであり、被告の主張及び同証人の供述は、ポリオ生ワクチンの後遺症に急性脳症がないことを前提としているものであるから、採用できない。

よつて、治男について、本件因果関係を認めることができる。

11  同15 前田憲志

前記第三の一15で認定した事実、甲F⑯の一、乙⑯の三及び五、法定代理人前田洋子尋問の結果によると、憲志の母洋子は、憲志の姙娠中、出産時ともに異常はなかつたこと、憲志は二歳少し前の昭和四五年一一月一七日に本件予防接種(種痘)を受けたが、それまで身体に異常はなかつたこと、同月二八日「善感」との判定を受けたこと、同年一二月一〇日ころ朝から元気がなかつたので母洋子は風邪と思つて頓服を与えたこと、同月一一日下痢をし熱も三八度近くあつたこと、翌一二日(接種後二五日目)午前嘔吐し、午後には軽度のケルニッヒ症状が出、医師は種痘後脳炎の疑いがあるとして兵庫県立こども病院へ送院したこと、右病院入院時の症状は、嗜眠、筋トーマス異常、左下肢軽度の強剛、両下肢は尖足、項部硬直であり、ルンバールの結果、細胞数三分の五一二であり、翌一二月一三日の症状は、共同偏視、四肢やや強直、項部硬直であつたこと、同病院の入院時の診断名は、脳炎で主病が急性髄膜脳炎(ビールス性)であつたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実からすると、本件予防接種前には何らの異常もなかつた憲志が、本件予防接種後二五日目に脳炎症状を起こしていることが明らかである。白木証人は、右事実と憲志に対して自から行つた診察に基づいて、憲志の症状、潜伏期間からして遅延型アレルギー反応型の種痘後脳炎にあてはまり、侵襲されている個所は脳幹、小脳の辺りの可能性が強い旨証言しており、これによると、憲志について前示①ないし③の三要件を充足するものと認めるのが相当である。被告は、憲志の発症について潜伏期間の二五日が長すぎること及び前記こども病院の入院時の診断名に「ビールス性」との記載があることをもつて、本件予防接種以外のウイルスによる直接侵襲を強く疑わせる旨主張して因果関係を否認し、平山証人は右主張にそう供述をしている。しかしながら、種痘後脳炎のこれまで報告された症例の集計からすると接種後四日から一八日までの期間内に発症している例が比較的多くみられるが、病理学的にみて、この期間からはずれていても、それが一日から三五日(五週間)の間であれば潜伏期の範囲に入れても差し支えないと考えられることは前示認定のとおりであり、白木証人の証言によると、二五日の潜伏期は遅延型アレルギー反応の一つの特性としてとらえることができること、前示こども病院の診断書には「ビールス性」なる記載があるものの、同病院のカルテ等にウイルス検査等の結果が全く記載されていないことからして、ウイルスの特定にも欠けるものであり、記載した医師の推測ではないかと考えられること、ウイルスは神経細胞の中で増えるのが大部分で、これが神経細胞自身を攻撃すると当然けいれんが起こるところ、憲志の臨床(カルテ等)の記載のなかにこれがないことからして、ウイルス性であるとの症状を欠くとみられること、ルンバールの結果細胞数が三分の五一二と増加していることからして炎症性(アレルギー反応)であること、同証人が同人を診察した結果ではアレルギー性脳脊髄炎の場合に見受けられるような脳幹症状が出ていたこと、以上の事実が認められるから、これに反する平山証人の右証言と被告の右主張は、採用できない。

よつて、憲志について、本件因果関係を認めることができる。

12  同18 仲本知加

前記第三の一18で認定した事実、甲F⑲の一、乙⑲一、三、四、法定代理人仲本マツ子尋問の結果によると、知加の母マツ子は、知加の姙娠中異常なく、順調に予定日どおり正常分娩にて知加を出産したこと、知加は、健康で定期検診以外医者にかかることなく順調に成長したこと、満一歳時には一人で立つて、二、三歩あるくことができ、言葉も喋れるようになつていたこと、昭和四六年五月二六日に本件予防接種(種痘)を受けたが、右接種後一四日目にあたる同年六月九日朝三八度の熱を出し、夕方より右半身片側けいれん持続を訴え、同日奈良県立医大病院に入院したこと、入院時の症状は、意識は嗜眠様、右上下肢及び右頬部より口唇にかけての搦(小けいれん)があつたこと、同院では右搦が続くためイソゾール七五ミリグラムを静脈注射したところ鎮痙をみたこと、翌六月一〇日は搦をみなかつたが、右半身片側不全麻痺が現われ、意識は嗜眠様であり、同日腰椎窃刺をした結果パンディ反応陰性、細胞は単核二、多核○であつたこと、同年七月一一日に退院したが、右半身片側不全麻痺は依然として残存していたこと、同病院では知加について急性小児片麻痺(右)との診断をしていること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実からすると、知加の発症は、本件予防接種後一四日目に現われていること、右接種時まで知加に何らの異常も認められなかつたことが明らかである。白木証人は、右事実を前提に、知加の髄液検査の結果からみて炎症があつたとは考えられないこと、右半身にけいれんが続いていることからみて左の脳半球が侵襲を受けたものであり、その症状の現われ方すなわち意識が嗜眠様の状態を継続していること及び右上下肢、右頬部から口唇にかけて小けいれんがあつたこと等からみて、明白な脳症の症状特に左の脳半球を中心とした神経精神症状であると考えられ、これは本件予防接種による急性脳症とその後遺症である旨証言しており、右証言に前示認定の事実を併せ考えると、知加について前示①ないし③の三要件を充足すると認めるのが相当である。被告は、種痘によつて片麻痺が起こるとは考えられず、元来小児急性片麻痺症候群は、子供の脳の血管に先天的奇形のような異常があり、これによつて発症するものであり、知加の発症は、本件予防接種と無関係である旨主張し、乙⑲の四の奈良県立医大病院の病状意見書中のレントゲン科医師の頸動脈血管写の所見中の左前大脳動脈は右側に比べ細く、患側の循環時間は遅延し、一六秒後にてもなお造影剤残存すとの記載部分が右主張を裏付けるものであるとし、右主張にそう平山証人の証言を採用する。しかしながら、乙五一(木村三生夫・平山宗宏論文)によると、同証人は、自己が共同執筆者となつている論文中に、種痘後脳炎と脳症の鑑別についてのド・フリースの記載を参考資料として引用し、右参考資料には脳症の特徴として、主な神経症状につき、けいれんを主体、片まひ、失語症が伴う旨、予後につき、片まひなどの後遺症が多い旨、病理につき脳浮腫と血管障害等の各記載があること、また、乙五一によると、同証人が研究部会長である種痘研究班の研究報告書中には、種痘後事故、合併症の実態報告の中の種痘後発症したと申請された症例の分類表の病名に急性片麻痺があげられていること、また、平山証人は、種痘の後遺症として片麻痺が存在することを認め、脳症に限つていえば、脳内に浮腫があり、そのために頭蓋内圧の亢進がおこつた場合、原則的に脳内全体に圧迫作用が及ぶが、個体側に何らかの弱点があつたときには脳の左右の一部が圧迫されて脳実質が破壊される可能性があり、その場合片麻痺が起こり得ることは一般論として承認していること、白木証人は、疫痢による急性脳症の結果右の脳半球が強く侵襲され、左半身の麻痺と重度の精薄を残した症例があり、この疫痢による脳症とワクチンによつて起こる急性脳症とは性格的に変らないこと、知加について、急性期に両半球に脳浮腫が起こり、右半球の浮腫は元に戻つたが、左の半球の浮腫は元に戻れない傷を残したか、あるいは左半球だけに脳浮腫を起こし、片側は起こらなかつたかのどちらかの可能性があり、いずれにしても、その結果反対側の右半身の片側の不完全麻痺が起こつてきたものと十分考えられること、前示奈良県立医大病院の頸動脈の血管撮影の結果左前大脳動脈が右側に比べて細い等の所見については、脳浮腫により片麻痺が起こる場合、その部分の脳が縮むため血管の動向が変るなどの異常な状態を呈してくることにより説明が可能であること、もし知加において、先天的に左脳血管が狭くなつていたならば、本件予防接種前において、何らかの異常を示し、その旨の診断がなされているはずであるのに、これがないということは、右の先天的な左脳血管の奇形というものを疑うことはできない旨述べており、これらの書証及び証言に照らすと、被告の右主張及びこれにそう平山証人の証言は採用することができない。

よつて、知加について、本件因果関係を認めることができる。

13  同19 森井規雄

前記第三の一19で認定した事実、甲D⑳の一ないし五、甲F⑳の一、乙⑳の一ないし五、原告森井富美子本人尋問の結果によると、規雄の母富美子は、規雄の姙娠中も出産時も格別の異常がなかつたこと、規雄は、病院通いをするようなことはなく順調に育ち、生後三、四か月目には首も坐わり、一〇月目のころにはつかまり立ちをしていたこと、昭和三三年六月六日(生後約一〇か月)に本件予防接種(種痘)を受けたこと、接種後七日目の同月一三日に三九ないし四〇度の高熱を出し、吐気がひどく、意識が昏迷状態になつたので、武林医師の診療を受けたこと、しかし、高熱は続き同月一八日に左足麻痺の症状が現われ、国立大阪病院と阪大病院において髄液検査を受け、急性灰白髄炎と診断され、同月二〇日ころから八尾市民病院に約三か月入院したこと、右症状が軽快した後、本件予防接種前に口にしていた幼児語も話さなくなり、目つきもうつろで知能障害を残したこと、二歳二月でようやく一人で立つことができ、二歳七月になつて歩き始めたが、左足麻痺のためびつこをひいていたこと、規雄の症状についての医師の所見は、同四六年三月一二日当時、右下肢弛緩性麻痺及び筋萎縮が認められ、WISC知能検査で言語性知能指数七五、動作性知能指数六八、全検査知能指数六八、以上より境界値と判定されたこと、同四七年四月一〇日当時、左臀筋大腿伸筋の麻痺が主役となつて二次的に膝の軽度屈曲位拘縮、足の背屈制限が惹起されたと推定されるとされていること、同五四年一〇月二九日当時、精神薄弱(重度)、左下肢弛緩性麻痺、知能検査(鈴木・ビネー式)・精神年齢(MA)五歳〇月、知能指数(IQ)三一であり、同五七年六月一四日当時、精神薄弱(重度)、てんかん、非定型的精神病であり、知能検査結果は同五四年一〇月二九日の所見と同一、であつたこと、規雄は、阪本病院に同五四年七月一四日から同五五年一〇月二五日まで入院し、その後は通院し、同五七年一月一二日に再入院し、再入院時の所見では重度精神薄弱、情動不安定がみとめられ、同年三月一六日午後一一時強直性けいれんがあり二時間ほどして再び大発作があつたこと、同年五月三日午前八時けいれん大発作があり、午前一〇時三〇分にも発作を起こしていること、その後独語、緋徊、大声をあげるなどの精神運動性興奮状態と緘黙状態とを繰り返すようになり、初回入院時にはあつた意思の疎通性もなくなり、精神的な水準の低下が顕著となつたこと、同年九月一九日午後四時五〇分ころ死亡したが、死亡当日は、夕食後(全量摂取)、他患者の食物を勝手に食べ、廊下を徘徊中にてんかん発作を起こし、気道閉塞状態となつて前示時刻に窒息死するに至つたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実からすると、規雄は、出生前後何ら異常なく成長し、生後一〇か月時に本件予防接種を受け、その七日後に発熱、昏迷状態に陥るという症状が出、これが軽快した後も左下肢弛緩性麻痺及び筋萎縮症状を残存させ、更に知能障害を起こし、てんかんの大発作の後死亡したことが明らかである。白木証人は、右認定の規雄の死亡までの経過を前提に、規雄において、本件予防接種後七日目に明らかな脳症状が出ていること、本件予防接種以外に特別な他原因が考えられないこと、予防接種後のいわゆる折れ曲がりが明瞭であること、すなわち、急性期を過ぎた後知能が非常に悪くなり、けいれん発作が続発し、後遺症の段階において継発性のてんかん発作が起こり、これにより知能程度が悪化し、死亡時にてんかんの重積状態を起こし、そのため心臓が麻痺していること、規雄のけいれんの大発作が接種後二十数年して初めて起こつていることについては、この大発作までに非定型的な小発作的なものがあつたと考えられ、これが大発作につながつたものとみられること、非定型的なけいれん小発作は一般人には気づかれないまま推移するものであり、診療録等に記載されていないからといつて直ちにこれを否定されるものではないこと、以上のことから、規雄において本件予防接種と本件事故との間に因果関係があることは明白であるとし、ただ、左下肢の弛緩性麻痺の発症については、急性灰白髄炎によるものと診断があること、その症状自体からして急性脳症の後遺症としての脳性麻痺では説明がつかないこと及び接種当時、山一つへだてた八尾市内でポリオが流行していたことから、右発症はポリオの後遺症と考えられ、従つて、規雄の症状は、種痘による急性脳症とその後遺症及び急性期におけるポリオとその後遺症が合併したものと考えるのが妥当であり、このポリオの発症は本件予防接種によつて顕在化したもの、すなわち、規雄において本件予防接種前にポリオの不顕性感染にかかつていたところ、本件予防接種(種痘)によりその抗体が奪われたために不顕性のものが顕性に転じたと考えるべき可能性が大きいこと(ポリオウイルスの不顕性自然感染→ポリオウイルスに対する一次性免疫獲得→痘瘡ウイルスの人工感染→痘瘡ウイルスによる一次性免疫獲得→ポリオウイルスに対する一次性獲得免疫の二次性低下→ポリオウイルスによる神経系の顕性感染という機序)、ポリオが種痘と無関係に偶発的に発生した可能性は一概には否定できないが、それが唯一のものではなく、右の他に次の機序も考えられること、すなわち、痘瘡ウイルスの人工感染→痘瘡ウイルスに対する十分な免疫獲得→ポリオウイルスの自然感染→ポリオウイルスに対する相対的免疫不全→ポリオウイルスによる神経系の顕性感染という機序、そして、発症機序の蓋然率の高さからすると先にあげたものの可能性が高いこと、以上のとおり証言しており、右証言内容が合理的なものと考えられるから、これに抵触する平山証人の証言部分はたやすく採用することができず、また、右証言を根拠とする被告の主張も採用できない。そうすると、規雄において前示①ないし③の三要件を充足するものと認めるのが相当である。

よつて、規雄について、本件因果関係を認めることができる。

14  同21 四方正太

前記第三の一21で認定した事実、甲Dの一、甲Fの一、乙の一ないし三、証人四方清子の証言によると、正太の母清子は、正太の姙娠中、出産時ともに異常なく、自然分娩により正太を出産したこと、正太の発育は順調で、生後四か月目ころには首が坐わり、七か月目ころには音に対する反応を示しており聴力に異常を抱かせるようなことはなかつたこと、誕生以来、軽い風邪にかかつたことがあるほかは健康であつたこと、七か月に入つた昭和三八年一二月一一日に本件予防接種(種痘)を受けたが、接種後六日目ころより接種部位に暗紫色強度の腫脹硬結が生じ、発熱が四〇度二分に及び、同月一七日夜中には高熱で身体をびくつかせ、おびえるように手足を動かし、身体全体を震わせるようになつたこと、翌一二月一八日早朝けいれん発作があり、体温は四〇度二分であつたこと、吉野医師の診察を受けたが、その症状は所謂熱性けいれん様であつたこと、その後二日位で熱も下がり、接種部位の腫れも一週間後位には小さくなつたこと、ところが正太の両親は、正太が二歳の誕生日前ころに同児の聴力障害のあることに気づき耳鼻科の検査を受けたこと、昭和四三年四月一七日及び同年九月六日の聴力検査では、右が七〇デシベル、左が八〇デシベルと判定され、聴力は回復しないまま現在に至つていること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実からすると、正太は、本件予防接種前において聴力を含め身体に異常がなかつたところ、本件予防接種後六日目に高熱を発し、熱性けいれん様発作を起こし医師の治療により右症状は治ゆしたものの、接種後約一年四か月に聴力障害が発見されたことが明らかである。白木証人は、正太が接種後六日目に起こしたけいれんは、ミオクローヌス的な、あるいは不全型的な発作とみられ、これは脳幹が主として侵された場合に起こつてくる現象であり、そのときに非常に狭い脳幹の場所、とくに聴覚中枢が侵されると傷として残る可能性があること、従つて、正太は種痘による遅延型アレルギー反応とその後遺症が認められること、なお、種痘の副作用として難聴があるかどうかについては、ドイツのキッテルが三二九六名の聴力障害児を調べた結果五五名が種痘と関係があるとの報告をしており、これらのことからして、正太の症状は種痘によるものである旨証言しており、右証言に前示認定の事実を併せ考えると、正太について前示①ないし③の三要件を充足するものと認めるのが相当であり、これに反する平山証人の証言及びこれを根拠とする被告の主張は採用することができない。

よつて、正太について、本件因果関係を認めることができる。

15  同28 田辺恵右

前記第三の一28で認定した事実、甲Fの一、乙の二ないし六、原告田辺幾雄本人尋問の結果によると、恵右の母孝江は、恵右の姙娠中、出産時ともに異常がなかつたこと、恵右の出生後の発育状況は、ごく普通の健康状態であつたが、よく風邪をひいていたこと、生後九か月の昭和三九年八月二七日の午前中、母に連れられて、姉美好子と昭和病院で本件予防接種(二混ワクチン)を受け、午前一一時前ころ帰宅したこと、父幾雄は、当時夜間仕事をしていたため起床が遅く、目が覚めたころ母孝江が恵右らを連れて帰つてきたばかりであつたこと、恵右は寝ころんでいた父幾雄にまたがつたりして遊んでいたが、母孝江から牛乳を与えられ、哺乳びんで七分目の量を飲んだあと、寝ころんでいる父幾雄の横にマットレスを敷いてもらい姉と並んで昼寝をしたこと、父幾雄は、恵右から六〇センチメートル位離れて腹ばいになつて、恵右が寝がえりを打つたり頭を上げて父を見ており、そのうち一一時三〇分か三五分ころになり、寝息を立てて寝入つたのを見て手洗いに立ち、又戻つて横になつたが、その間に恵右に何ら異常は認められず、母孝江も、その間台所に立つたり、隣室で売り上げを記帳するなどしていたが、恵右の異常を認めなかつたこと、母孝江と話しをしていた父幾雄は、同日午後零時少し前ころ、うつ伏せになり反対側に顔を向けて寝ていた恵右の耳の色がおかしいのに気づき、恵右の顔をのぞきこんだところ、口と鼻から寝る前に飯んだミルクを少しよだれを出すように吐いて仮死状態になつていたこと、父幾雄は、ただちに恵右を抱きかかえ、自動車で六、七分後の午後零時一〇分に昭和病院に恵右を搬入したこと、同病院において、開胸手術のうえ心臓マッサージなどの措置をしたが及ばず、同日午後一時四〇分死亡したこと、同病院医師は、恵右の死亡について、吐物気道閉塞による窒息死と診断し、これが不慮の窒息死として尼崎西警察署に届出されたこと、同警察署では、恵右の死亡が犯罪死かどうかについて捜査し、父幾雄から事情聴取するなどしたが、不慮の窒息死として処理した模様であること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実からすると、恵右は、本件予防接種を受けるまでは風邪をひきがちであつた以外、これといつた健康上の問題はなく普通に成長していたところ、右接種後の二ないし三時間後(甲Fの一によると接種場所である昭和病院と当時の被害児宅までの距離は、大人の足で徒歩一三分位であることが認められ、恵右が帰宅した時間が同日午前一一時前ころであることからすると、本件予防接種は同日午前一〇時前後に受けたものと推認できる。)にミルクを喉につめ仮死状態になつているところを父に発見されていることが明らかである。白木証人は、右事実からみて、恵右の発症は、本件予防接種をして急性脳症を起こしているものと考えられること、潜伏期が短いのは二混ワクチンの特徴であること、本件接種以前において特別な問題があつたとはみとめられないこと等からして、本件予防接種との因果関係があるとし、直接死因である気道閉塞による窒息死の発症機序については、二混ワクチンの副作用により急性脳症すなわち脳浮腫を起こし、その腫れが脳幹を圧迫することになる結果、脳幹に存する呼吸中枢、嚥下中枢等の生命の維持に直結する中枢が圧迫されて脳内嵌入を起こし、嚥下機能に支障が生じ、乳を吐いても誤つて気道に飲み込んでしまうというような現象を起こし、あるいは心臓が侵されてチアノーゼを起こし、呼吸が非常に不規則になつてくること、満一歳で三混ワクチンを接種して数時間後さしたる臨床症状を起こさないまま死亡した女児について脳の解剖の結果明確な急性脳症の脳浮腫のあることが認められた例であり、恵右についても、脳浮腫、それから脳内嵌入、ヘルニア、脳幹圧迫の典型例であるとして十分に説明がつく旨証言しており、これによると、恵右について前示①ないし③の三要件を充足するものと認めるのが相当である。被告は、恵右が発熱等の神経系合併症の三症状を示さないまま急死していることから、これは吐乳による窒息死か、医学的に解明されていない原因不明の突然死である旨主張し、平山証人は右主張にそう供述をする。しかしながら、二混ワクチンによる副作用としての急性脳症について、右三症状を発現させないで死に至るという非典型例ないし不全型があることは前示三2(1)で認定したとおりであり、吐乳による窒息死についても、その原因を何ら説明したことにならないことに加え、本件事故当時、恵右は普通に成長した九か月児であり、この年齢にあれば通常、牛乳を誤飲した場合には、むせぶとか誤飲物を吐き出す能力を備えている(この点は、白木証人の証言によつて認めることができる。)ので、急性脳症を考えなければ、恵右が右のような反応を示さないまま仮死状態に陥つていたことの合理的な説明ができない(なお、〈乙号証〉によれば、二歳以下の乳幼児について原因不明の脳炎、脳症による突然死の例が多いことが認められるけれども、「原因不明」の突然死の存在が前示要件③の「他原因」に該当しないことは、前判示のとおりである。)ことに徴し、被告の右主張及びこれにそう平山証人の証言は採用することができない。

よつて、恵右について、本件因果関係を認めることができる。

16  同30 澤崎慶子

前記第三の一30で認定した事実、甲Fの一、二、乙の一ないし六、証人澤崎信子の証言(以上のうち、後記採用しない供述記載部分及び供述部分を除く。)によると、慶子の母信子は、慶子の姙娠初期から順調良好で正常分娩にて同児を出産し、母子ともに健康であつたこと、慶子の成長状況は、生後二三日目で体重3.9キログラム、胸囲三六センチメートル、身長53.5センチメートル、同七五日目で体重4.7キログラム、胸囲四〇センチメートル、身長五八センチメートル、同三か月目で体重5.6キログラム、身長五九センチメートルと伸びているが、知能面、運動面の発達状況をみると、笑うようになつたのが生後七か月、首が坐つたのが同八か月で、一歳時において、座ること、這うこと、歩行、人の見分け、言語を使うことがいずれも未だ出来ない状態であつたこと、右のことを除き健康面では問題なく病院に行くようなことはなかつたこと、昭和三九年四月二二日午前一〇時半ころに本件予防接種(種痘)を受けたが、当夜、乳を飲もうとせず熱を出してぐつたりしていたが、母信子において、風邪にかかつたものと思い様子を見ていたこと、同月二六、七日ころに発熱を主訴として杉田診療所で診察を受けたところ口内炎を合併しているとの診断を受けたこと、同年五月五日夜、舌疼痛と発熱があり、同月九日、林診療所において急性化膿性口内炎と診断され、翌五月一〇日、新大阪病院へ入院したこと、同病院の診療録によると、既往歴・原因・主要症状等として、強度脱水状態、他医にて加療受くも悪化、心衰弱、嗜眠様にて来院、診断として、高張性脱水症、壊疸性口内炎及び鵞口瘡を伴う脱水状態とされ、その入院中の症状をみると、体重減少、尿回数も減少、全身状態悪化、嗜眠状態、不眠不安となるとされ、口内炎の膿苔から連鎖球菌多数とブドウ球菌が数コロニー検出されたこと、慶子は、同年五月一八日に退院し、翌一九日から同月二六日まで通院していたこと、ところが再び脱水症、壊疸性口内炎及び気管支炎の疑いで同病院に入院し、同月一七日退院したこと、その後、民主診療所で治療を受けていたこと、同四三年六月二二日ころ大けいれんを起こし、大阪市大病院で精神発達遅滞、点頭けいれんと診断されたこと、その後、発熱、けいれんの大発作があつたため、同四四年二月二四日から同年五月一九日まで為永病院に入院したこと、そこでは、精神薄弱、てんかんと診断され、入院時にあつた大、小発作は投薬により治つたものの、精神障害の程度は重度一級と思われる旨診断されたこと、以上の事実が認められ、右認定に対する甲Fの一の記載部分及び証人澤崎信子の供述部分は、前掲乙号各証に照らし、信用することができない。なお、原告らは、慶子の本件予防接種前の運動能力を証するものとして検甲Fの一、二を提出しているが、これが原告主張どおりの年月日に撮影されたものであるかどうか疑わしく(証人澤崎信子のこの点に関する供述部分は、これを裏付けるに足りる証拠がなくそのまま採用することはできない。)、これをもつて、前示認定を左右せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実からすると、慶子は、本件予防接種前において、かなりの精神、運動発達遅滞が認められること、本件予防接種後二〇日内(新大阪病院初回入院前後)の発症は急性化膿性口内炎によるものと認められ、この炎症が種痘によつて発生するとの医学上の知見のないこと、慶子が大けいれんという神経症状を起こしたのは、右接種後四年以上経過して後であること、以上のことが明らかであり、これらの点からすると、慶子の発症(本件事故)が本件予防接種に起因するものであると認めるのは困難である。原告は、慶子の発症は、種痘による遅延型アレルギー反応型脳炎であり、脳炎による神経症状として新大阪病院の診療録に「嗜眠状態不眠不安」の状況記載があり、これは脳幹が損傷を受けることにより生じるものであるから、右の徴表として十分である旨主張し、証人白木博次はこれにそう供述をする。右「嗜眠状態」が神経症状であり、脳幹の損傷によつて生じるものであることは、既に指摘したとおりであつて一般論としては妥当なものと考えられるけれども、慶子については、かなり重篤な口内炎に罹患しており、これによる発熱と食餌摂取不能による脱水状態等により嗜眠状態に陥つたと考えるのが合理的であり(証人平山宗宏は同旨の証言をする。)、これに反する白木証人の証言は、採用することができない。種痘後脳炎・脳症であると認めるには、急性期において神経系合併症の三症状が全部揃う必要がない(不全型)ことは、既に説示したとおりであるが、典型的な神経症状である大けいれん発作が、種痘後相当の年月を経過してから初発した場合、これが種痘による副作用であるというためには、急性期において意識障害(消失)あるいは小けいれんがあり、これとの連続性が認められることを要することは、白木証人と証言から明らかであり、本件においては、急性期において右にいう神経症状が認められず、従つて、右大けいれん発作と本件予防接種との関連性も認めることができない。また、同証人は、幼児の発育には非常に個人差があり、前示認定の慶子の精神運動発達の程度は、正常の範囲内である旨供述するが、小児科の臨床経験の豊かな平山証人の反対趣旨の証言(同証人の証言は小児科学の文献上公知の事実でもある。)に照らしたやすく採用することができない。そうすると、慶子について、本件予防接種と本件事故との因果関係については、前示の三要件を充足するものとは認められず、他に右因果関係を肯認するに足りる証拠はない。

17  同31 高島よう

前記第三の一31で認定した事実、甲Dの一、四及び五、同Fの一、乙の一ないし三、法定代理人高島眞悟尋問の結果(以上のうち後記採用しない部分を除く。)によると、ようの母恭子は、ようの姙娠中も出産時も異常はなく、ようは、ほぼ予定日どおりに無事出生したこと、ようは、生後八か月ではい歩きをはじめ、一〇か月で一人で立ちあがり、一一か月では一人で歩けるようになつており、運動発達面で順調に発育していたが、言語発達面では、生後九か月で少し発語可能であつたものの、その後発語・表現能力の減少を家人から疑われていたこと、生後一年三か月時の昭和四八年一月二九日に本件予防接種(種痘)を受けたこと、右接種時に顔面皮膚炎があつたほかは特段異状はなかつたこと、接種後六、七日目の同年二月四、五日ころ検診に行つたところ、医師から付き方がひどいが、善感である旨言われたこと、右検診を受けて帰宅した後三九度位の発熱があり、翌六日になつても熱が下がらなかつたので、同日午後七時ころ重福太郎医師の診察を受けたこと、同医師作成の報告書(乙の一)には、病名として「右上膊種痘後の同部蜂窩織炎」と記載され、発病及び経過の概要として次の②ないし⑧のとおり記載があること、すなわち、②初診時の症状・体温38.8度(自宅来院前39.0度ありしと)、機嫌悪く、右上膊種痘接種側触ると泣き疼痛ある様子、接種部周辺手掌大範囲強く発赤、熱感あり、種痘は善感状で痂皮薄く、稍一部びらん状を呈す、軽度の膿性分泌物附着す、腋窩、頸腺その他の淋巴腺腫脹なし、意識正常、咽頭、結膜、胸腹部その他認むべき症状なく、病的反射(一)、上下肢運動マヒ状全く認めず、嘔吐、下痢、項部強直等その他病的所見を認めず、③種痘接種年月日・昭四八・一・二九、家人の言に依れば、種痘接種後の検診日(四八・二・四?五日?)帰宅後発熱し、二月六日下熱せざるに依り、翌日受診を乞うとの由、④初診時の処方・投薬、注射、接種部の炎症々状強きため、臀筋内ララマイシン一〇〇ミリグラムの筋注(家人の要請もあり)及び二〇倍数パラキシドライシロップを水剤として投与す、リバノール湿布、⑤二日後(二月八日)・体温38.4度、依然炎症々状強く、不眠、機嫌悪く症状不変のため、かつ同右腋窩淋巴腺肥大を認めるため、再び他側臀筋内ララマイシン一〇〇ミリグラム筋注処方、前回と同じ、⑥翌二月九日より次第に下熱に向い炎症々状消褪に向い二月一〇日、平温乃至37.3度前後、その後順調、正常に復す、⑦有熱期間・五ないし六日間、以後、順調に健康にみえたという、又当院への来院もなく、その間の模様不明なるも、後日家人に依れば、生後九か月で少し発語可能であつたのが、その後、発語・表現能力の減少を疑つていたと言う、⑧昭和四八・六月上記症状目立ち(発語・表情の減退)天理病院受診(以下略す。)、ようは、同年九月二七日言葉の遅れを主訴として大阪市立小児保健センターで受診し、精神発達遅延と診断され、理学的所見では脳性麻痺を思わせる所見がないとされたこと、同四九年一二月五日に受けたスピーチクリニック臨床心理研究所でのK式乳幼児発達検査の結果(生活年齢三歳一月時)によると、運動が三歳零月、発達指数九七、動作が言語一歳六月、発達指数四九、特に言語了解、表出ともに低迷であつたこと、前示小児保健センターの同五三年三月一三日の検査成績は、発達指数(K式)四一であり、同年八月二四日現在における症状は、精神薄弱プラス情緒障害であり、過動、注意散漫、無関心などの情緒障害が著明で家庭及び学校での取り扱いは極めて困難な状況であると診断されていること、以上の事実が認められる。右認定事実のうち、重福太郎医師作成の報告書(乙の一)の記載の⑦の部分で「その後、発現能力の減少を疑つていたという」個所の、「その後」について、原告は、本件予防接種後のことである旨主張し、ようには本件予防接種前に言語発達能力の遅れがなかつた旨主張し、法定代理人高島眞悟はこれにそう供述をするが、右報告書の文脈からみて「その後」は、「生後九か月」時の後を指すとみるのが自然であり、同医師の詳細な報告記載例からみて、右発語・表現能力の減退が種痘と関係があると考えていたのならば、その旨明確な記載をしているものと推測することができ、右のように客観的な記述からして、原告主張のような読み取り方をすることは困難であり、従つて、右認定に反する甲Fの一の記載部分及び右法定代理人尋問の結果は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実からすると、ようには、本件予防接種前に既に発語・表現能力の減少が疑われていたこと、本件予防接種後の症状とくに発熱は、種痘接種部位を中心とする右上膊部の蜂窩織炎に原因を求めるのが合理的であること(平山証人のその旨の証言)、本件予防接種後約四か月目の昭和四八年六月に至り発語・表現能力の減退が目立ち、その後、運動能力は正常に発達しているが精神発達は遅れ精神薄弱の状態に至つているが、前記16で判示したように、右発語・表現能力の減退が脳炎症状の徴表であるとしても、これにつながる急性期における神経症状の発現がないこと(白木証人は、同四八年二月八日の症状中「不眠」とあるのをもつて、これが脳幹部が侵襲されたことによるものであり、これが種痘後脳炎(脳幹脳炎)の神経症状である旨証言するが、前示重福医師の報告内容を吟味すれば、この不眠症状が蜂窩織炎による発熱の影響によるものと認めるのが合理的である。)、以上の事実が明らかである。そうすると、ようにおいて、同児の言語発達遅滞及び重度の精神薄弱という症状が、本件予防接種に起因すると認めるための前示①ないし③の三要件を充足しているものとは認めることができない。なお、乙の二(大浦医師作成の診断書)及び四(中井医師作成の診断書)には、ようの右症状が種痘の後遺症であるかのように記載がされているが、これらがようの父母からの聴取にのみ基づくものであることは推測することが容易であり、前示認定の事実に照らし採用することができない。また、白木証人は、ようの症状は種痘による遅延型アレルギー性脳幹脳炎である旨供述するが、その根拠としてのようの神経症状の発現の有無についての同証人の見解が採用できないことは前示のとおりであるうえ、同証人は、ようについては、客観的資料が乏しいことから現症状を基礎にして過去の症状を推認した旨述べている点からしても、ように関する同証人の証言は、合理性を有するものとは認め難く、採用することができない。他に、ようについて、本件因果関係を認めるに足りる証拠はない。

18  同32 横山信二

前記第三の一32で認定した事実、甲Dの一ないし六、同Fの一、二、法定代理人横山喜代子尋問の結果によると、信二の母喜代子は、信二を姙娠中も出産時も異常なかつたこと、信二は、生後三か月ころ首が坐わり、七か月ころには離乳を開始し、食欲も旺盛でそのころから発語もはじめ、寝がえりを打つなどし、順調に成長していたこと、七か月目の昭和四三年一月一〇日三種混合ワクチンの第一期第一回目の接種を受け、同二月五日午後六時過ぎころに同第二回目の接種(本件予防接種の①、以下「本件①接種」という。)を受けたこと、ところが本件①接種から約一二時間後の翌六日ころ、三七度五分くらいの発熱があり、点頭けいれん様発作があつて、同月中旬ころからは両眼を上げて首を前に落とす様な運動を頻回繰り返したこと、同年三月六日に右三種混合ワクチンの第三回目の接種(以下「本件②接種」という。)を受けたが、その約一〇時間後に体温が三八度三分に上昇し、これが二日間程続いたこと、その後、先の点頭けれいん様発作が三か月位続いたこと、同年一〇月一日から関西医大で治療を受けるようになり、けいれん発作は抑えられたが知能障害が顕著となつたこと、同四八年一月二九日付で、関西医大病院坂本吉正医師は信二の傷病名が点頭てんかん及び脳性麻痺であるとの診断をしていること、信二は、同五一年一月五日けいれん重積状態を起こしたが、その後は時々小発作を来たす程度であること、一〇歳ころの状態は、IQ測定不能、幼児語を話す程度で、読み書きもできず、排便の後始末もできないこと、以上の事実が認められる。ところで、前示甲Dの四の前記坂本医師作成にかかる診断書中に、信二について「生後六か月点頭てんかん症状発症、以後発達次第に遅れ現在発達遅延」なる記載があり、これによると信二において本件①接種以前(三混第一期第一回目よりも以前)に、既に点頭てんかんがあつたとの事実が認められることになるが、右診断書より前に作成された同医師の診断書(同四五年一二月一一日付、甲Dの三)には右の如き記載がないことに加え、白木証人の証言によると、同証人が、関西医大病院に保存されている信二の全カルテを検討したところ、右の如き記載は全く存せず、カルテの記載と関係なしに右甲Dの四の診断書に前記の内容が記載されていることが認められ、これらの点からすると、前記坂本医師の診断書の記載が真実であるかどうか疑わしく、採証することができない。他に前示認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実からすると、信二は、本件①接種まで何ら異常なく成長していたところ、右接種して約一二時間後という近接した時間内にけれいん発作を起こし、本件②接種後にも同様のけいれん発作を起こし、遂には知能障害、脳性麻痺といつた重篤な後遺症状を呈するに至つていることは明らかであり、右のような発症が三種混合ワクチンに含まれる百日咳ワクチンの副作用である急性脳症であると考えられることは既に認定したところから明らかであり(白木証人も信二の発症が三混ワクチンによる急性脳症とその後遺症であることを証言している。)そうすると、信二について、前示①ないし③の三要件を充足すると認めるのが相当であり、これに抵触する平山証人の証言は、前掲各証拠に照らし採用することができない。

よつて、信二において、本件因果関係を認めることができる。

19  同33 大橋敬規

前記第三の一33で認定した事実、甲Dの一ないし四、六、同Fの一、四及び五、乙の一ないし三、法定代理人大橋萬里子尋問の結果(以上のうち後記採用しない部分を除く。)によると、敬規の母萬里子は、敬規受胎時、三七歳であつたうえ糖尿病と胆石治療のため阪大病院へ通院していたこと、姙娠中の昭和四四年三月一七日浮腫が強く、血圧も一四二―一〇〇と高く、尿蛋白も陽性であり、高齢出産となることから帝王切開による出産を予定され、同年四月二日、新千里病院において腹式帝王切開の方法で敬規を分娩したこと、その際酸素吸入を受けたこと、敬規は、出産時仮死状態であつたこと、敬規の首の坐わりは七か月と遅く、坐れるようになつたのが生後一年で、倚立できるようになつたのは一年四か月目であつたこと、同四五年一一月九日、歩行ができないとの主訴で兵庫県立こども病院で受診するようになつたこと、初診時の問診では、敬規について言語数も少く身体発育も悪い、昨年阪大で脳性麻痺と言われた(そうでないという医者もいる)旨、母萬里子は答えていること、以後現在まで、敬規は右こども病院に通院しているが、同四七年一一月二八日の検査では、発達指数が運動四八、探索操作三六、社会三六、食事四八、理解言語二四であつたこと、同年一二月二日、言語発達遅滞、難聴が疑われたこと、同四八年一〇月九日の検査では、同指数が運動六六、探索操作五四、社会四二、食事六〇、理解言語四二であつたところ、翌四九年二月五日の検査では、それぞれ順に一二四、九三、九三、一二四、七二と発達がみられたこと、同年三月九日湿疹がみられ、同月一三日には感冒に罹患したこと、同月一九日に本件予防接種(種痘)を受けたこと、右接種後の同月二八日午前一時三〇分ころ、体温三六度七分、強直性けいれんが一分間続き、少し落ち着いてから約三分間同けいれんがあつたこと、同年四月三日大手前病院で受診し、その際の脳波検査で、左側優位の小棘波が認められたこと、同病院で治療を受けた後、同月九日けいれんを主訴として前記こども病院で受診し、抗けいれん剤の投与を受けたこと、同五〇年七月一六日から同年八月一一日まで肥満、精神運動障害、けいれんで同こども病院に入院し、脳・筋肉検査によりプラダウィリ症候群、種痘後脳炎と診定されたこと、同月一二日以降は同病院外来治療を受けていること、敬規において、同五〇年から同五三年にかけ異常行動、多動性を呈し、不定期にけいれん大発作を伴う精神運動発作が継続しているため抗けいれん剤の投与が継続されたこと、同五二年四月二五日の検査によると、発達指数が運動37.5、探索37.5、社会37.5、生活習慣81.2、言語37.5と低下していること、以上の事実が認められ、右認定に抵触する甲Dの三(新千里病院高野登作成の弁護士照会回答書)の記載、甲Fの一の陳述記載部分及び法定代理人大橋萬里子の供述部分は、乙の一(兵庫県立こども病院診療録)の記載内容に照らし採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実からすると、敬規は、本件予防接種後九日目に強直けいれん発作を初発させており、その後けいれん発作があらわれ、発達指数の低下がみられること及び前記こども病院において種痘後脳炎と診定されていることが明らかであり、この事実に既に認定した種痘の副作用についての判断を併せ考えると、敬規について前示①、②の要件を充足するものということができる。しかし、同③の要件に関し、被告は、前示認定の敬規の発育歴及び同児にプラダウィリ症候群の診断がなされていることから、同児の本件予防接種後の症状、とくにてんかんは、右接種の影響によるものではなく、出生時の仮死等の周産期の異常に帰すべきであると主張し、平山証人も、脳性麻痺あるいは発育不良といわれる症状のある子供というのは、ある時点でてんかんの発作があらわれてくることが非常にしばしば経験されることであり、敬規の場合、本件予防接種をする以前からあつた心身障害の状態とてんかんとの間に因果関係は十分に考えられると述べ、右敬規の症状と本件予防接種との間の因果関係は考えられない旨証言している。他方、白木証人は、敬規について本件予防接種までの発達歴の中でてんかん症状は全くみられなかつたこと、敬規の症状は、プラダウィリ症候群(甲C四〇によると、新生児期の筋緊張低下、幼児期以降の多食性肥満、低身長、外性器発育不全、知能発達遅延を特徴とするもので、病因について定説はないが、近年一五番染色体の異常との関連に関する報告が多くなされていることが認められる。)とそれに近い病気に入ると思われるが、プラダウィリ症候群の臨床症状として、てんかん発作が現われるということはないこと(前示甲C四〇にも、同症候群の症状記載の中に、てんかん発作やけいれんというものは見当らない。)からして、右けいれん発作は本件予防接種によつて起こつたと考えるのが妥当であること、敬規の右接種後の発達指数の低下については、右接種以前にプラダウィリ症候群が既に精薄という形で発現していて、それが成長の経過とともに悪化したという可能性と、プラダウィリ症候群による精薄があつたとして、接種後のけいれんの反覆が原因となり、既に認定した機序(脳内血管のれん縮による大脳への血行障害)により、知能が低下するという可能性が考えられるが、どちらかと言えばプラダウィリ症候群にはけいれんの症状が無いこと(この点は、証人平山宗宏も承認するところである。)から、後者の蓋然性が高い旨供述している。そこで検討するに、平山証人は、敬規の本件予防接種後の症状について白木証人が示した前者の可能性のみを考えており、後者の可能性の存在について十分な検討を加えていないこと及び前示認定の同児の発症経過に徴すると、白木証人の証言に合理性が認められ、平山証人の右証言と、これに依拠する被告の主張は採用できない。結局、敬規については、右症状が専ら周産期の異常によるものとは認められず、右異常による底上げ状態(プラダウィリ症候群)に本件予防接種が影響を及ぼし、症状悪化を来たしたと認めるのが相当である。

よつて、敬規の本件因果関係を認めることができる。

20  同35 田村秀雄

前記第三の一35で認定した事実、甲Fの一ないし三、乙48の一、二、証人田村キミ子の証言によると、秀雄の母キミ子は、秀雄を妊娠中も出産時も異常がなかつたこと、秀雄は、出生後の発育状況に異常がなく普通に育つていたこと、昭和三一年五月八日に本件予防接種(種痘)を受けたこと、接種後四日目の同年五月一二日に四〇度位の発熱とけいれんがあり、津山嘉賀医師の診察を受けたこと、同医師の治療により三八度まで熱が下つたが、三七度ないし三八度の発熱が一週間ほど続き、その間けいれん発作が一日四、五回あり、これを二、三日繰り返し、次第にけいれん回数減少し、同月二五日には右症候はなくなつたが、食欲不振となり、昼夜泣き続け、栄養不良の状態となつたこと、同年六月ころから九月ころにかけて、急に意識を失う事態が発生したこと、生後一年目位から発語の遅れが目立ち、同三二年ころ和歌山赤十字病院で、同三四年ころ大阪市大病院で、それぞれ診療を受けたが、身体的発達遅延は改善されなかつたこと、同五〇年四月一八日の検査によると、IQ測定不能、MA推定二歳前後(鈴木ビネー法)、SQ二六、SA四歳二か月(S・M社会生活能力調査表)であり、障害の程度が重度精神薄弱者収容棟の入所対象者である旨大阪府立金剛コロニーにおいて判定されていること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実からすると、秀雄は、本件予防接種後四日目に発熱とけいれん発作という神経症状を呈していること、右接種まで秀雄には何らの異常も認められなかつたことは明らかであり、前示認定の種痘による副作用についての判断を併せ考えると、秀雄について前示①ないし③の三要件を充足するものと認めるのが相当である。被告は、秀雄に種痘後脳炎、脳症があつたのならば、脳全体の障害から知能、運動障害が同時に出なければならず、重度精神薄弱だけという現症状からみて、本件予防接種との因果関係はない旨主張し、平山証人はこれにそう証言をするが、白木証人の証言によると、ワクチンによるのと同じような急性脳症が疫痢によつて起こり、それが十数年精薄状態のまま推移して死亡した例があること、その解剖によると脳の病変は明らかに精薄の起こる場所(前頭葉)が侵襲を受けていたことが判明し、その機序については、脳症により前頭葉を支配している血管にけいれんが起こると前頭葉だけが侵かされ精薄になるが、それだけでなくもつと後方の動脈である運動領域や知覚領域を養つている血管にけいれんが起こると、脳性麻痺、運動麻痺、知覚麻痺が起こること、従つて、脳の侵襲部位如何によつて種痘後脳炎ないし脳症の後遺症として精薄のみを残すことは十分あり得ることが認められ、この事実に照らし、右平山証人の証言及びこれに依拠する被告の主張は採用することができない。

よつて、秀雄について、本件因果関係を認めることができる。

21  同37 矢野さまや

前記第三の一37で認定した事実、甲Fの一、二、乙の一ないし四、法定代理人矢野直美尋問の結果によると、さまやの母直美は、さまやを妊娠中も出産時も特に異常はなかつたこと、さまやは、出生後順調に発育し、生後三か月目に左乳頭膿瘍の切開手術、四か月目に気管支炎で治療を受けた以外これといつた病気にはかからなかつたこと、生後六か月の昭和四六年一一月二五日午前中に伊藤小児科(医師伊藤昌治)で本件予防接種(三混ワクチン)を受けたところ、同日午後六時ころ、普段聞き慣れない声を出して泣き、左手指を吸い、左手をけいれんさせ、左眼をぴくぴくとさせ、よだれを出していたため、すぐに伊藤小児科で受診したが、その時には右症状はおさまつており発熱もなかつたこと、このようなことがあつたため三種混合ワクチンの二回目以降については伊藤医師の判断で単味ワクチンを別々に接種することになり、同年一二月八日ジフテリア、同月一七日破傷風、同月二四日ジフテリア、同四七年二月二一日破傷風の各予防接種を受けたこと、右に先立つ同年一月七日夜発熱と全身性のけいれんを起こし、翌一月八日伊藤小児科で受診したがその時には右症状はおさまつていたこと、同月一二日三八度九分の発熱と発しんがあり、伊藤小児科で受診したところ、外因性のけいれんがあり、麻疹に自然罹患していることがわかつたこと、その後、同年三月一日にけいれんを起こし、また同月一二日夜けいれんを起こし、これが二、三分続いたこと、同年四月一八日ポリオ生ワクチンの投与を受けたが、その翌日一九日夜に三八度五分の発熱と五分間位の全身性のけいれんを起こしたこと、同年五月三一日に一歳児検診を受けたところ、精神、運動ともに発育遅延があるとの診断をされたこと、同年八月七日に発熱、全身性けいれん、意識消失があり、同年一〇月一三日には地下鉄内で全身性けいれんを起こし意識を失い救急病院に運ばれていること、その何日か後にも全身性けいれんがあつたこと、同月二五日関西医大で脳波検査を受けたところ、同医大坂本吉正医師により、脳波は異常で棘波が両側前頭側頭部に出現する、基本波の左右差はない、時々大徐波が出現する、大発作と思うが少し波がコンプレックスするとの診断を受けたこと、その後も全身性けいれんと意識消失が続き、伊藤小児科から高橋医院へ、同医院から同四八年五月一六日兵庫県立こども病院へ転院し、治療を受けたこと、しかし、全身性けいれんはおさまることなく、同五〇年六月ころからは点頭てんかん様のけいれん発作を起こすようになり、これが毎日継続したこと、その後高松赤十字病院へ転院し、同五〇年一〇月ころからはけいれんは一応おさまり、翌五一年四月に発熱、全身性けいれん発作、意識障害を起こして以後は、けいれん発作は消失したが、精神発達は遅れたままで、精神薄弱の状態にあること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

白木証人は、右事実、検甲Dの一、二及びさまや本人に対する診察の結果に基づいて、さまやの現症状につき、同児の脳のCTスキャンを見ると、前頭葉に脊髄液腔が拡大していることが明瞭であり、これは急性期において損傷を受けた脳が長年経過するうちに次第に小さくなつてきたことを示していることからも裏付けられること、ただ、最急性期すなわち接種当日の脳症状が比較的軽度なもの(非定型的症状)に見えるところから、侵襲部位は、ある程度限局したものと考えることができるが、右半球の運動中枢の一部に問題が起こつていることは確かであり、同四七年一月一二日以降のけいれんは、急性期に受けた脳の傷が底上げ状態となつて、麻疹の自然感染、破傷風ワクチン、ポリオ生ワクチンが契機となつた新しいてんかんが起こり、これによりけいれんが起こると脳の血管けいれんを起こし、その結果新しい病巣が出来、それがまた原因となつて次のてんかんを起こすということの繰り返し(悪循環)であると考えられるもので、これらは、本件予防接種による原因によつて起こつた後天性の続発性けいれんであると考えられること、さまやについては本件予防接種以外にけいれん発作の原因となるものが考えられないことから、さまやの現症状は本件予防接種に起因するものである旨証言している。これに対して、平山証人は、さまやが本件予防接種を受けた当日に起こしたという症状が脳症という重い症状であつたことをうかがわせるようなカルテの記載がないこと、右症状の出た後何ら重い症状が出ていないこと、けいれんということがカルテの記載の上で明確になるのは翌昭和四七年三月以降のことであり、このけいれんが本件予防接種に起因するとは到底考えられない旨の証言をするが、前示認定の事実及び白木証人の右証言に照らし、採用することができない。結局、さまやの症状については、白木証人の証言により、本件予防接種との因果関係の有無を判断するのが妥当であり、これによると、さまやにおいて前示①ないし③の三要件を充足するものと認めるのが相当である。

よつて、さまやについて、本件因果関係を認めることができる。

22  同38 菅美子

前記第三の一38で認定した事実、甲D、同Fの一、乙の一、二、証人菅ユキエの証言に弁論の全趣旨を総合すると、美子の母ユキエは、美子を妊娠し出産するまで異常がなく、出産予定日の一〇日前位に美子を出産したこと、美子は、出産時に異常はなく、その後の発育も順調で、健康上特に問題となることはなく、てんかんを起こすようなこともなかつたこと、生後一年一月の昭和二九年一月二一日午後一時から三時の間に本件予防接種(百日咳ワクチン)を受けたところ、当日の午後一〇時ころ激しい全身性のけいれんを起こし、高熱を出したこと、直ちに多田医院で受診し、注射してもらつたところ、けいれんはおさまつたこと、その一週間後位して乳母車の中でひきつけを起こし、以来、月に一、二回の割合でひきつけを起こすようになり、その程度がひどくなつてきたこと、知能障害はあつたけれども小学校には普通に通学していたが、ただ通学しているだけで学習することはできず、月に一、二回大発作を起こすほか給食時にはいつも軽い発作があつたこと、同四〇年二月二二日高松平和病院において、てんかんの疑いがあり、これにより発作頻発し知能低下を来しているとの診断を受けたこと、同四五年三月二日からは、てんかんの病名で形見内科医院で受診していること、同医院形見重男医師は、美子の病状及びその経過について、てんかん大発作を毎月一、二回周期的に繰り返し、一回発作が起きれば二、三日間大発作数回連続していた、同四六年一月六日ころから無意識、無目的の舞踏病様運動を来すようになり、歩行障害も伴うようになつた、同年中は毎月大発作を起こし、精神機能、知能低下も段々と著明になつてきた、同年九月二六日以降来院していないが、同四八年九月一九日てんかん大発作で受診しているとし、美子が重症てんかんで無発作時も運動障害及び精神機能低下が著しい患者であつた旨診断していること、美子は、中学校卒業後、寝たきりとなり、病院への入通院を繰り返し、月に少ないときで六回、多いときで一〇回以上のひきつけ、てんかん発作を起こしていたところ、同六〇年九月四日原発性心停止により死亡したこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によると、美子の発症は、本件予防接種後七時間ないし九時間のうちに起こつており、前示②の要件を充足しており、また、百日咳ワクチンによる副作用としての急性脳症によりけいれんを発症させ、これが脳内に傷を生じさせ、その結果新たなけいれん等の脳症状を起こさせ、その繰り返えしにより知能障害、運動障害を悪化させることは既に認定したところであり、右発症について原因となるものが考えられない本件においては、前示①、③の要件も充足するものと認めるのが相当である。平山証人は、美子が本件予防接種後に起こしたけいれん発作には、意識障害が認められないから、脳症とは考えられず熱性けいれんである旨証言しているが、百日咳ワクチンの副作用として急性脳症が存在すること、その典型例は、神経系合併症の三症状を同時に発するものであるが、右三症状が揃わない非典型例の存在することは、既に説示したとおりであつて、右証言は、採用できない。また、同証人は、美子の症状経過は、てんかんそのものであり、乳幼児のてんかんは原因不明のものが大部分である旨供述し、乙九〇、同九四によると、乳幼児のてんかんは原因不明のものが大部分(同証人が昭和五〇年にしたAND調査結果報告である乙九〇によると、てんかんの原因不明が九三パーセントとなつている。)であることが認められるが、同証人自身も脳炎、脳症の後遺症としてのてんかんの存在は認めており、また、原因不明のてんかんが圧倒的多数を占めるからといつて、これが直ちに前示③の要件にいう「他原因」とは認められないことは既に説示したとおりであり、また、美子のけいれん発作が本件予防接種後九時間以内に発症していることからして、右接種の影響を無視することは相当とはいえない。

よつて、美子について、本件因果関係を認めることができる。

23  同40 原雅美

前記第三の一40で認定した事実、甲Fの一、乙の一ないし三、法定代理人原昌也尋問の結果によると、雅美の母川口日子は、雅美を妊娠中異常なく正常分娩により雅美を出産したこと、雅美は、出生後順調に成長し、生後八か月目の昭和四四年八月二七日午後二時半ころ本件予防接種(三混ワクチン)を受けたこと、雅美の当日の体調は、一週間位前からの下痢気味の状態が続いていたこと、右接種の翌日の同月二八日午後微熱があり、翌二九日午後には三八度の熱が出たこと、熱が下らないまま翌三〇日に至り、同日午後一時ころ突然歯をくいしばり、目をつり上げ、手を握りしめ身体を震わせる激しいけいれん発作を起こしたこと、そこでかかりつけの飯田医院で受診し注射等の応急処置をしてもらい帰宅したが、午後六時ころ再び右と同様のけいれん発作を起こし大東中央病院に入院したこと、同日以後けいれん発作は起こらなかつたこと、同年九月二六日に三種混合ワクチンの二回目、同年一〇月一七日に同三回目の接種を受けたこと、同年一二月一一日のタ刻、発熱なしに再び前同様のけいれん発作を起こし、以後しばしばけいれん発作を起こすようになつたこと、同四五年一月二三日に脳波検査を受けたところ、中央部に棘波が認められ、抗けいれん剤の投与を受けたこと、同四六年ころまでは時々けいれん発作を起こしたが、同四七年一〇月以降は発作を起こすことはなくなつたが脳波の所見は異常であること、同五一年二月一九日付の奈良県立医大神経精神科部長有岡巖医師の診断書には、三種混合ワクチンによる脳炎後遺症の可能性があるとの記載がされていること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そして、白木証人は、雅美については本件予防接種まではけいれん素質を疑わせるような事情がないこと、右接種後二日目から発熱し三日目にけいれん発作という神経症状を発現させており、右三混ワクチンに含まれる百日咳ワクチンによる副作用としての急性脳症の潜伏期間内にあるものとみて差支えないこと、脳波異常が残存していることの原因としては本件予防接種による脳の侵襲に原因を求めるしかないこと、以上を理由に、同児の症状と本件予防接種との間には因果関係がある旨証言しており、これらの事実からすると、雅美において前示①ないし③の三要件を充足するものと認めるのが相当である。被告は、雅美について主として潜伏期間が三日間と長すぎること及びけいれん以外に神経症状がみられないことを理由に因果関係を否認し、平山証人もこれにそう証言をするが、潜伏期間については右認定のとおり接種後二日目に三八度の発熱があること及び三日目に発熱とけいれん発作を起こしていてもこれが潜伏期間内のものと考えて差支えないこと、また、神経症状として意識障害が伴つていないからといつて直ちにそれが三混ワクチンの副作用としての急性脳症に該当しないとはいえないこと(非典型例、不全型例)は既に説示したとおりであり、右平山証人の証言と被告の主張は、採用することができない。

よつて、雅美について、本件因果関係を認めることができる。

24  同41 池上圭子

前記第三の一41で認定した事実、甲Dの一ないし三、同Fの一ないし三、乙の一ないし四、証人福田千里の証言によると、圭子の母福田千里は、圭子を妊娠中、出産時ともに異常がなかつたこと、圭子は、生後三か月ころから頭にかぶれ(湿疹)ができ、丸刈りにする程であつたこと、生後六か月時の昭和二三年六月二〇日ころ、本件予防接種(種痘)を受けたが、当時も頭にかぶれがあつたこと、右接種後一週間位して接種部位の周囲が腫れて赤くなり、膿が出てただれたこと、同年六月末ころには左顔面に膿がたまり、三九度ないし四〇度の熱が出たこと、同年七月三日には左顔面が赤く腫れ上がりひどく化膿してきたため、武内外科で受診したところ、左上下眼瞼、頬部に蜂窩織炎あり、左下眼瞼内側自潰による排膿ありとの診断を受けたこと、同月九日には三九度の発熱があり同外科に入院し、左上眼瞼皮下膿瘍形成部分を二か所で切開し、また左頬部皮下膿瘍切開の手術を受けたこと、同月一三日には足関節皮下膿瘍形成があり切開排膿手術を受け、同月一八日退院したこと、同二八年三月阪大病院で瘢瘍性兎眼症、下眼瞼外反症に対し皮膚移植手術を受けたこと、同四四年一〇月六日川崎病院で受診したところ、左瘢痕性内反症、兎眼、弱視、近視性乱視との診断を受けたこと、以後、同五三年一〇月一一日吹田市立吹田市民病院で右手主婦湿疹、同年一〇月二一日左眼弱視で、同五四年二月七日整友会診療所で両下腿結節性紅斑、同五五年五月一二日同診療所で右下腿結節性紅斑、同五八年六月六日右吹田市民病院で結節性紅斑の各診断を受け治療を受けたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そして、甲C一六、同一八、証人白木博次、同平山宗宏の各証言によると、種痘の副作用として細菌二次感染がみとめられること、これはしばしば種痘局所に見られるが、何らの細菌感染がなくても初種痘の際には著明な発赤、腫脹を示し、丹毒に似た所見を呈するものがあり、ブドウ球菌、連鎖状球菌その他の細菌が関連するものであること、圭子において右接種部位に腫脹とただれが認められたことからして、細菌二次感染が疑われ、当時六か月児であつた圭子が左手で右部位を引かいたそのままの手で左頬部分を引かいて広い意味での自己接種(本件の場合痘瘡ウイルスの感染はないので、種痘の副作用として説明される自己接種ではない。)を起こし、右接種局所にあつたブドウ球菌等の雑菌が左眼付近の引かき傷に感染し、ここに蜂窩織炎を起こし、その後遺症として左瘢痕性内反症、左兎眼等前示の症状を残しているものと考えられること、また、圭子はアレルギー体質を疑われるがこれと右蜂窩織炎とは関連するものとはいえないこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定事実を総合すると、圭子において前示①ないし③の三要件を充足するものと認めるのが相当である。

よつて、圭子について、本件因果関係を認めることができる。

25  同42 小川健治

前記第三の一42で認定した事実、甲Dの一ないし七、同Fの一、原告小川昭治本人尋問の結果によると、健治の母良子は、健治を妊娠中、出産時ともに異常はなかつたこと、健治は出生後順調に成長し、発育面での異常はなかつたこと、生後約一〇か月の昭和四五年七月二日の午前一〇時ころ本件予防接種(三混ワクチン)を受けたところ、同日午後零時過ぎころから発熱し、三九度位になつたので午後七時ころ稲垣医院で受診したところ、その最中にけいれんを起こしたこと、同日午後八時ころに右けいれんはおさまつたものの午後一〇時ころに再び三八度位の発熱があり、強度のひきつけ状態になつたため、翌三日午前零時四七分ころ救急車で協立病院へ搬送され応急手当を受けたこと、同四五年九月ころから、ミオクロニー様発作を一日数回するようになつたこと、同四六年四月二六日にはポリオ生ワクチンの投与を、同年六月一九日には種痘をそれぞれ受けたが異常はなかつたこと、しかし同年末ころからけいれんの回数が一日七、八回と増え、発熱がなくともけいれんが出、成長も遅れていたこと、同四八年一二月から翌四九年一月ころには、前記発作が一日何一〇回と出るようになつたこと、同年一月一七日大阪厚生年金病院で受診したところ、言葉は単語が多く三歳の妹より遅れており、脳波検査で異常があると診断され、以後抗けいれん剤を服用するようになつたこと、同五〇年三月下旬から発熱と関節痛が現われ、同年四月二日から六月一三日まで大阪厚生年金病院へ入院し、その際、若年性関節リュウマチと診断されたこと、その後も同病名で入退院を繰り返し、同五四年七月八日午前四時一五分若年性関節リュウマチによる心不全により死亡したこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。白木証人は、健治について、本件予防接種後半日位でけいれん発作を起こしていること、同児は右のけいれん発作後約二か月の間けいれん発作を起こしていない点については、けいれんそれ自体を見れば一過性のように見えるけれども、けいれんが起こつても脳性麻痺や神経症状を残さないことはあり得ること、従つて、同年八月二七日の一一か月目検診時に「神経系ニ異常ナシ」との所見が出されていても(この点は甲Dの一の母子健康手帳にその旨の記載がある。)、これを過大視することは相当でないこと、むしろ問題は、その後同年九月にミオクロニー様の発作が一日数回あつたことであり、これは急性期のけいれん発作によつて脳がある程度侵され、それが焦点になつて、今度は数か月たつて脳が成長していく過程のなかでもう一回その発作が起こつてくること、このことを連動させて考えると、同年九月のミオクロニー様の発作の原因は、本件予防接種によつて起こつた脳の傷であることが明瞭であること、そして、その後昭和四八年末ころまでけいれん発作が無かつたけれどもこれくらいの間隔は経験上いくらでもあり得ること、健治の精神発達遅滞の原因は急性期に脳に傷を受けたことにより慢性期にけいれん発作が繰り返されてくることにより後遺症としての知能低下に拍車をかけてきたためと考えることが学問的であること、若年性衡節リュウマチの発症については、本件予防接種との直接の対応関係はないが、右接種の副作用としての身体、精神の衰弱が根底にあつて、このような身体状況の関連において右症状が出てきたと考えられなくはないが、関節リュウマチを原因とする心不全による健治の死亡については本件予防接種との直接の因果関係を認めることはできない旨証言しており、前記認定事実に右証言を併せ考えると、健治について、けいれん発作と精神発達遅滞という症状と本件予防接種の間には、前示①ないし③の三要件が充足されているものと認めるのが相当である。ところで平山証人は、健治はてんかんと若年性関節リュウマチという二つの病気をもつており、両者間には関係がないこと(この点は証人白木博次の証言と一致する。)、てんかんについてはこれが脳症と考えるほどの症状すなわち、発熱、けいれん及び意識障害の三症状が揃つていないから、本件予防接種当日のけいれんは熱性けいれんであり、右接種と関係がない旨供述するが、右急性脳症の臨床像についての同証人の見解が採用できないことは既に説示したとおりであり、右供述も採用することができない。そうすると、健治について、本件事故のうちけいれん発作及びこれによる精神発達遅延と本件予防接種との間には因果関係が肯認できるが、若年性関節リュウマチとこれによる心不全を直接死因とする健治の死亡との因果関係は認められないというべきである。

26  同44 原篤

前記第三の一44で認定した事実、甲Fの一、乙の一ないし六、原告原須磨子本人尋問の結果によると、篤の母須磨子は、篤を妊娠中も出産時も異常がなかつたこと、篤の、出産予定日より約二〇日間位早く出生したが異常はなく、発育も順調で三か月検診の際には保健婦から健康優良児といわれたほどであつたこと、昭和四三年九月ころ一度風邪にかかつたことがあるが、これといつた病気はせず健康状態は良好であつたこと、生後約五か月の同年一一月一四日午後本件予防接種(ポリオ生ワクチン)を受けたこと、接種当日の篤の健康状況としては特に悪いところはなかつたこと、右接種後八日目の同年一一月二二日夜、急に熱を出し浜田医院で受診したこと、篤の症状は、熱が三七度八分、咽頭発赤以外特記すべきものなしであり、翌二三日も同様であつたこと、同月二四日午後一〇時半には、篤は嗜眠状となつて乳を喉につめるということで同医院で受診したが、浜田樹医師の診察では肺野ゼロゼロが強く呼吸音充分聴取出来ず、対光反射やや遅延、瞳孔やや縮少、その他著変なしとのことで、同医師は、咳嗽もなく急に嗜眠状になるのは何か脳性のものではないかと疑いつつも原因がわからなかつたが、早速吸引を開始し、アトムラチン、ゼタロン各0.5cc、ネオフィリンH0.3ccを各皮下注射し、同日午後一一時ころ救急車で杉安病院へ搬送するよう依頼したこと、杉安病院に入院時の篤の症状は、チアノーゼを伴つた呼吸困難、意識不明、気道狭窄状態であり、吸引しながら酸素吸入と強心剤等の救急処置を施されたが、症状の改善がないまま、翌一一月二五日午前五時四五分脳血管障害により死亡するに至つたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。白木証人は、篤について、本件予防接種を受けて一〇日後に嗜眠状という意識障害のパターンが現われ、対光反射がやや遅くて小さくなつていることからして意識障害型を中心とした急性脳症が考えられること、篤の急激な死亡までの経過をみると脳幹が圧迫されて呼吸困難、チアノーゼを来たしそして気道狭窄状態すなわち呼吸運動の不全を示しており、これらは呼吸中枢並びに心臓中枢が強く侵襲されたことであり、このようなことは脳炎の場合には起こり得ないから、ウイルス増殖型脳炎は否定される(もしウイルス増殖型とすると脊髄が先ず侵襲されて手足の麻痺症状が先行するはずであるが篤はこれがみられない)こと、また、遅延型アレルギー反応型の可能性については、ドイツのクリュッケのした解剖所見に基づくと、いきなり脳炎が来ることはなく、末稍神経炎、脊髄横断症状あるいはポリオの脊髄病変と同様の形の臨床症例がみられるとされており、これによると篤の症例からして右アレルギー性脳炎の可能性はないこと、急性脳症から死亡までの機序については被害児番号28田辺恵右について述べたことと同じ説明(脳浮腫による脳幹圧迫)ができること、そして、潜伏期が一〇日間ということについては、他の予防接種ワクチンが皮下か皮内に接種されるのに対しポリオ生ワクチンは口から飲ませるため、免疫抗体の上り方のピークに達する時間がかかり、量も少ないため、その負の面である免疫障害が起こるのも遅くなるので一〇日位は合理的範囲内にあると考えられること、篤には本件予防接種以外にその死亡の原因となるものが見当らないことから、本件予防接種との因果関係が認められる旨証言しており、これに照らすと、篤において前示①ないし③の三要件を充足するものと認めるのが相当である。被告は、篤についてウイルス感染の一つとしてポリオウイルスによる急性灰白髄炎の可能性が全くないとはいえないとしながらも、同症により急速な経過で死亡した例はないとし、かかる急性の障害としてウイルス感染のほか脳血管障害(奇形)、頭部外傷等があり、原因不明のものも多く存在するとし、結局、篤について因果関係がない旨主張し、平山証人はこれにそう供述をするが、前示のポリオ生ワクチンの副作用についての説示及び右白木証人の証言に照らしこれを採用することはできない。

よつて、篤について、本件因果関係を認めることができる。

27  同45 垣内陽告

前記第三の一45で認定した事実、甲Dの二ないし四、同Fの一ないし三、乙の一の一、二、同の二、三、原告垣内千代本人尋問の結果によると、陽告の母千代は、陽告を妊娠中異常は感じなかつたが、陽告は、逆子で生まれ、黄だんが強かつたこと、出生後の発育状況は良好といえず、発育は遅れ、後記死亡時まで首が坐らないままであつたこと、生後四〇日目ころの昭和四四年六月二〇日ころ脱腸となり明楽外科で診療を受けたこと、同年八月二一日和歌山赤十字病院小児科で受診したところ、右そけいヘルニア(高度)、慢性栄養障害、鵞口瘡、胸腺肥大、右無気肺と診断され、以後通院治療を受け、同年一〇月三日には同病院に入院しヘルニアの手術を受け、同月一一日退院したこと、生後六か月の同年一一月二一日に本件予防接種(ポリオ生ワクチン)を受けたところ、翌二二日一回嘔吐し、同月二四日から下痢と嘔吐があり、大便回数も多く、同月二六日から下痢と嘔吐がひどくなつたので前記病院小児科外来で受診し、嘔吐は止つたものの、同年一二月七日から再び嘔吐が始まり下痢もひどくなりその回数も一〇回以上に及んだので同月八日午前に村上医院で受診したこと、村上敬医師は、陽告について栄養不良、右そけいヘルニア手術痕あり、腸性顔貌、発熱三八度、心雑音聴取(先天性心弁膜症)、呼吸音粗、腹筋緊張稍弱、急性腸炎と診断し、注射するなどしたが、その後症状増悪し、同日入院したが、脱水症状と軽度のチアノーゼがみられ、翌一二月九日午前四時一〇分先天性弱質による急性腸炎で死亡したこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そして、白木証人は、陽告には鼠径ヘルニア、慢性栄養障害、鵞口瘡、胸腺肥大、無気肺というワクチンの副作用を起こしやすい素因があつたところ、ポリオ生ワクチン投与三日目に下痢、嘔吐を起こしており、これは先天的に胃腸に何か問題があつたところにポリオを飲ませたために腸管壁で増えるという現象が起こり、それに対して十分な抵抗力がないため下痢嘔吐が出、ますます脱水症状がひどくなる、そうなると心臓や肺に大きな負担を及ぼすことになり、その結果脱水症状の下で死亡したということが説明できる旨供述している。また、文献をみると、フランク・フォード著「幼児・小人・大人の神経疾患」(甲C一三)には、野生ポリオの急性期の臨床像について「発症には少くとも三つのタイプがある。大半の症例では、発熱、頭痛、嘔吐、下痢あるいは便秘、時に上気道のカタル性炎のような前駆症状がある。これらの症状は通常軽度であるが注意すべきである。ある流行では消化器症状が前景に立つていたり、あるいは一方、上気道感染が顕著であることもある。しかし、前駆期については特異的または特徴的な症状はない。」との記載があり、J・Nウォルトン改訂「ブレインの神経系の疾患」(甲C一四)にも野生ポリオの場合の麻痺の前期症状について「この時期にはしばしば二つの相が認められる。最初の症状は、発熱、倦怠感、頭痛、傾眠あるいは不眠、発汗、発赤、口峡の発赤、うつ血などであるが、しばしば食欲不振、嘔吐、下痢等の消化器症状が認められる。この軽度な症状の時期は一、二日間続く」との記載がされており、これらによると野生ポリオのウイルスにより消化器症状が経験されることが度々あることが認められ、野生ポリオウイルスよりも毒性の弱いポリオ生ワクチンの副反応について、昭和五九年五月刊行の予防接種制度に関する文献集()(甲C二九の一、二)によると、ポリオの副反応として下痢のある例が七例報告されていることが認められる。前記認定の事実、白木証人の証言に右甲C各号証の記載を併せ考えると、陽告は、消化器に異常のある体質を持つていたところ、野生ポリオに比して毒力の弱いポリオ生ワクチンの投与によつて下痢を起こしたことは不自然でなく、その下痢症状の増悪によつて死亡するに至つたものと認めるのが相当である。被告は、生ワクチンウイルスよりはるかに毒性の強い野生ポリオウイルスによる急性灰白髄炎として消化器症状が経験されることがまれであるとして因果関係を否認するが、前示各証拠に照らしたやすく採用することができない。また、平山証人は、陽告の症状によれば、慢性下痢に伴う消化不良性中毒症の典型的な経過をとつて死亡するに至つたものである旨証言するが、右証言は、陽告において接種後の下痢(昭和四四年一一月二四日発症)は同月二六日に止り、その後一二月七日までの間下痢がなく、従つて、右接種後の下痢と死亡直前の下痢との間に連続性がないことを前提にしているものであるところ、右前提事実が認められないことは、前記認定の事実より明らかであるから、右証言を採用することができない。

よつて、陽告については、前記①ないし③の三要件を充足するものと認めるのが相当であり、本件因果関係を認めることができる。

28  同46 山本実

前記第三の一46で認定した事実、甲Dの一、同Fの一、二、乙の一ないし三、原告山本幸子本人尋問の結果によると、実の母幸子は、実を妊娠中も、出産時ともに異常がなかつたこと、実は、順調に発育し、医者にかかるようなことはなかつたこと、生後七か月の昭和四五年四月一五日に本件予防接種(種痘)を受けたこと、右接種二日後の同月一七日午前八時ころ38.5度の発熱があり、福山医院で受診したところ、咽頭発赤、胸部ラ音聴取と診断され、翌一八日には、39.9度の高熱、咽頭扁桃肥大、胸部ラ音不著明、翌一九日には、一般状態不良、高熱、胸部ラッセル聴取との診断を受け、翌二〇日には、発熱、口腔コプリック氏斑認む、顔面、頸部、胸部麻疹様発疹、胸部笛声音(+)、麻疹の診断の下にガンマグロブリン三〇〇ミリグラム注射、テトラサイクロンシップ等三日分の投薬を受けたこと、同月二二日午前五時ころ引きつけを起こし、同日午前六時半に右医師の往診を求めたところ、発熱三九度、呼吸促進、顔面蒼白、チアノーゼ著明、脈博数一四〇、発疹殆ど消失(二一日夜半より急に)、胸部著明なるラ音なしとのことで、麻疹経過中の急性循環機能障害及び肺炎の疑いがあると診断され、リンコシン三〇〇ミリグラム、ネオフィリンM二cc各注射の後、済生会奈良病院小児科に同日午前七時入院したこと、同病院の入院時の所見では、体温39.8度、顔面蒼白、一般状態不良であり、同病院では、酸素吸入、水枕、安静保温をして経過を観察しながら、胸部レントゲン撮影、血液一般検査をしたところ、レントゲン線像では肺炎像は認められず気管支炎と判定され、血液検査では赤血数四九四万、白血球数一万一五〇〇、血色素九三パーセントであつたこと、実の容態は、同日午前一一時ころより体温が上昇し40.3度になり、けいれんを来し、全身状態悪化、意識は全く消失、呼吸困難心衰弱を呈するに至つたこと、同病院では各種の手をつくしたが、脳炎症状のまま好転することなく同日午後三時五五分死亡するに至つたこと、同病院医師砂田ハツ子は、実の病名について、入院時に発疹は消失していたが下村医師の下で麻疹の診断名で治療を受けていたことを聞いていたため、昭和四五年一一月二六日付の報告書(乙の三)に「麻疹脳炎の疑い」と記載したが、後日、死亡の一週間前に本件予防接種を受けていることから、もし右接種がなければ別の経過をとつていたかも分からないということも考えられたので病理解剖をすすめたとの厚生省公衆衛生局長宛の文書(甲Dの一)を作成していること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。白木証人は、実について、昭和四五年四月一五日に本件予防接種を受けて五日後に発熱、口腔コップリック斑点、顔面、頸部、胸部に発疹が出ていることからして、実がはしかにかかつていたことは明らかであるけれども、同児には麻疹肺炎と認むべき所見がなく、麻疹性の脳炎であるとするとある程度脳炎の症状を起こすのに時間がかかるところ、実の発症経過をみると、同月二〇日に麻疹症状を発現させ、その二日後に死亡するという急性の形をとつており、麻疹脳炎の可能性は低いこと、実において臨床的に脳炎という症状がないことからして、種痘による急性脳症とこれによる脳幹圧迫により死亡したという蓋然性が高いとし、また、はしかが種痘を打つてから発症している点については、種痘との関係を否定できないとし、前記13の森井規夫について説示した三つの機序(ただし、森井規夫の場合は、ポリオの自然感染である。)が想定できるとし、はしかの潜伏期間(証人平山宗宏の証言によると、約二週間であると認められる。)からして、実については、種痘をしてわずか五日で麻疹症状が出たことから、既に麻疹に自然感染し(麻疹ウイルスの不顕性自然感染)、麻疹ウイルスに対する一次性免疫獲得があつたところに本件予防接種(痘瘡ウイルスの人工感染)があつたため痘瘡ウイルスによる一次性免疫獲得とこれによる麻疹ウイルスに対する一次性獲得免疫の二次性低下が起こり、麻疹ウイルスによる神経系の顕性感染があつた可能性が一番高いこと、しかしながらこのことと実の死因とは結びつかず、死因は種痘による急性脳症であることと、種痘後の経過中に麻疹が免疫障害的な意味で合併することはあり得るがそれは副次的なものにすぎない旨証言しており、これに前記認定の事実を併せ考えると、実において前記三要件を充足するものと認めるのが相当である。平山証人は、実について死亡するまでの経過が急速であることから麻疹脳炎は考えられないが、右認定経過からみて中毒性麻疹(内攻性麻疹)の一番重いタイプの病型であると供述し、同証人の小児臨床医師としての経験に照らし、尊重に値する見解であるとみとめられるが、右見解も実の症状についての一つの説明であり、唯一のものとはいえないこと、右供述だけからは白木証人の見解を否定するまでには至らないこと、前認定のとおり実の主治医である砂田医師が、種痘による影響を疑つていたことを併せ考えると、実の死因が専ら麻疹によるものであるとは認められず、本件において「他原因の不存在」について証明があるというべきである。

よつて、実について、本件予防接種と本件事故との間には因果関係が認められる。

五以上の次第で、本件被害児のうち、被害児番号31澤崎慶子、同32高島ようを除く、その余の被害児については、いずれも本件各予防接種と本件各事故(ただし、同42小川健治については前記のとおり死亡結果を除く。)との間に因果関係が認められ、右澤崎慶子及び高島ようについてはこれが認められないから、右両名についてはその余の点について判断するまでもなく、その請求は、理由がない。

第五  安全配慮義務違反による債務不履行責任及び不法行為責任(請求原因4)について

一原告らは、本件各被害児と被告との関係が予防接種法もしくは被告(厚生大臣)の行政指導に基づく法的関係であり、しかも被接種者たる本件各被害児が被告の支配に従属し、被告の伝染病の発生及びまん延を予防する目的のために協力し奉仕するという忠誠的関係にあるから、右関係は特別な接触の関係にあることが明らかであるとして、被告は、被接種者たる本件各被害児に対し、信義則上、予防接種の要否の検討、ワクチンの有効性と安全性の確認、接種段階における予診の徹底など予防接種のすべての過程において被害発生を防止し、被接種者の生命、健康についてその安全を配慮すべき義務(債務)があつた旨主張する。

ところで、右原告ら主張の安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者間において、当該法律関係の附随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきもの(最高裁判所昭和五〇年二月二五日第三小法廷判決・民集二九巻二号一四三頁参照)であるが、この義務は、ドイツにおける保護義務の理論、すなわち、信義則上の契約の付随義務の一つとして観念され、契約が締結に至らない場合などを含め、特別の社会的法接触(契約関係もしくはそれに類似の社会的接触)にあつて、他人の人格、財産を害してはならない義務と解する考え方、ドイツ民法六一八条一項、三項、スイス債務法三三九条の雇用契約の内容として、使用者が労務給付の場所、設備、機械、器具を供すべき場合には、労務の性質の許す範囲において労務者の生命及び健康に危険を生じないように注意する義務を負うとの定め、旧ドイツ官吏法三六条(現行連邦官吏法七九条)の官吏に対する国の配慮義務についての明文規定、フランスにおける保安債務の理論、すなわち、広く他人の身体、財産を害しないように配慮する債務として観念された、契約上もしくは契約から生ずる付随債務、ととらえる考え方などを淵源とするものであることからすると、右安全配慮義務の発生要件たるある法律関係に基づく特別な社会的接触関係とは、契約関係もしくはこれに類似の関係すなわち、私法上の雇傭契約関係、請負契約関係、公務員の勤務関係において見られるような継続的、身分的、特殊的な基本的法律関係が存在し、しかも安全配慮義務が右基本的法律関係の付随義務として把えられる場合を指すものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、本件各被害児(但し、前判示の本件因果関係が認められない者らを除く。以下において「本件各被害児」というときは、すべてその意味である。)について、その接種の根拠が旧法五条、六条の二、九条、一〇条八項、種痘法五条及び被告の勧奨に基づくものであることは、前示のとおりであるところ、右接種は、違反に対する刑事罰を伴う国民の法律に定めた義務(旧法三条、種痘法二条ないし四条)の履行として受けたもの(旧法五条、六条の二、九条及び一〇条八項及び種痘法五条に基づく接種)と行政指導に従つて受けたもの(これが事実上の強制を契機とするものかどうかについては後記判断のとおりである。)との違いがあるにせよ、右各接種は、いずれも個々的で一回限りのものであること、前者の接種については、その接種義務が国民のうち一定の年齢に達した者又は一定の事由の存する者(種痘法ではその保護者)のすべてに対し一律一般的に課されているものであつて、国と国民という両者の地位に由来する一般的な法適用関係とこれに基づく強制・受忍関係が発生するに過ぎず、それ以上に私法上の債権債務関係又はこれに類似する特別な社会的接触関係を生ぜしめるものと認められないこと、後者の接種(勧奨接種)については、それが厚生省公衆衛生局長の行政指導に基づき、地方自治体がその固有の事務(地方自治法二条三項一号、七号)として実施しているものであること(この事実は弁論の全趣旨により認められる。)からすれば、被接種者と国との社会的接触関係は、前者に比べより間接的で希薄であることからして、前記の債権債務関係もしくはこれに類似する特別な社会的接触関係を生ぜしめるに由ないものといわなければならないこと、結局、本件のいずれの予防接種の場合においても、被告に債務としての安全配慮義務があつたということはできず、原告らの右主張は、この点において失当である。

二次に原告らは、不法行為責任としても予防接種実施について被接種者たる本件各被害児の生命、身体について安全を確保すべき安全確保義務を負つていた旨主張する。ところで、国の公務員の故意又は過失ある行為によつて国民が損害をこうむつた場合において、右公務としての行為が公権力の行使にあたらないときは民法七一五条により、またそれが公権力の行使にあたるときには国家賠償法一条により、国が当該公務員に代位して当該国民に対して損害賠償責任を負うことになるが、これ以外に、国が民法七〇九条に基づいて直接当該国民に対して損害賠償責任を負うことはないと解すべきところ、本件において、原告らが国家賠償法に基づく被告たる国の責任の前提として、公務員の不法行為の成立の要件である過失、すなわち注意義務違反の内容として安全確保義務(講学上の安全配慮義務と同義)を主張しているのか、国の民法七〇九条に基づく責任の成立要件としての過失内容としてこれを主張しているのか判然としないが、後者であるならば主張自体失当であることは右より明らかである。これが前者であるとしても、原告らがいう予防接種実施について被接種者の生命、身体について安全を確保すべき義務というだけでは国家賠償法一条の公務員の過失の内容について抽象的注意義務の指標を示すという意味を与えられるにすぎず、結局は、原告らにおいて右を具体化した個々の接種における具体的個別的な注意義務の存否の判断に待たなければならないものであると考えられるから、これを独立して判断する必要はないものと解する。

三よつて、原告らの請求原因4の主張は、その余の点について判断するまでもなく失当であり、被告の安全配慮義務違反を理由とする請求は、理由がない。

第六  国家賠償法に基づく責任(請求原因5)について

一公務員概念

原告らは、国家賠償法一条による被告の責任を問うにあたり、予防接種行為が国の公衆衛生の向上と増進を目的として国家的規模でなされる衛生行政の一環であり、原告らが加害行為としてとらえるものは、予防接種を実施するか否かの基本的決定から具体的実施及び事後の措置までを含む一連の組織的行為であるとし、その行為主体である組織体そのものが、同条項にいう公務員であると主張している。

ところで、国家賠償法一条一項に基づき国又は公共団体が負う損害賠償責任の法的性質は、国又は公共団体が不法行為者である公務員の責任を当該公務員に代つて負担するいわゆる代位責任であると解するのが相当であり、そうすると、同条項による国又は公共団体の責任の前提として特定の公務員の不法行為の存在することが必要であり、従つて、同条項に基づいて国又は公共団体に損害賠償を求める者は、原則として、加害公務員を特定しなければならないのである。しかしながら右の立場においても、加害行為と目されるものが単独の公務員の行為ではなくて、組織的な決定ないし集団としての行為である場合には、当該組織体の名称や行政庁を構成する名目的な公務員を指名するだけで加害公務員の特定として十分であり、それ以上に個別具体的な現実の責任者の氏名をあげる必要はないと解するのが相当である。けだし、組織体の制度的決定である行政処分が加害行為とされる場合は、名目的には独任型行政庁であるとき、大臣や知事など、行政庁を構成する単独の公務員を名指して特定することは可能であるが、実際に決定したものが省、庁などの行政組織であり、大臣や知事はこれら匿名の行政組織を代表するものであることは公知の事実であり、もちろん、具体的事実関係の下では、実際の担当者の誰彼について手落ち、手ぬかりを指摘することは可能であるが、それも組織的決定の一環として評価されるべきであり、行為者は組織体であつて、個々の公務員個人でないからである。これを本件についてみると、原告ら主張の組織体とは、厚生大臣、公衆衛生局長以下の予防接種行政を管掌する厚生省行政担当者を指称するものと解され、加害行為が右厚生省行政担当者の組織的決定そのものである限りは、右の趣旨において加害公務員の特定として十分であるが、本件訴訟において、原告らが予防接種担当医師のした具体的な接種行為を加害行為であると主張しているものについては、当該医師個人の不法行為が問題となるため、その者の特定が必要となる(ただし、具体的氏名まであげなければならないものではない。)と解するのが相当である。そして、後者の場合においては、当該医師が被告たる国の公務員であるかどうかは、当該予防接種行為が国の公権力の行使に該当するかどうかにかかつてくるから、次項において、本件各予防接種について、その公権力性の有無について判断する。

二公権力の行使について

1  旧法五条に基づく接種

被害児番号1ないし4、7、10ないし12、14、17ないし19、22、25、26、29、35、36及び43ないし47の被害児二四名に対する本件各予防接種が旧法五条に基づく定期の接種(強制接種)であり、これが被告たる国の公権力の行使に該当することは当事者間に争いがない。

2  勧奨接種

(一) 被害児番号13上野雅美が、昭和三九年三月二五日本件予防接種(ポリオ生ワクチン)を勧奨により受けた事実は、当事者間に争いがない。

〈乙号証〉に弁論の全趣旨を総合すると、昭和三五年五月以降全国各地にポリオ(急性灰白髄炎)患者が多発したことから、同年八月三〇日「急性灰白髄炎(ポリオ)緊急対策要綱」が閣議了解され、同要綱により、同三六年一月より生後六か月ないし一年六か月の幼児に対して定期の、集団発生地域周辺の零歳ないし四歳児に対し臨時の各予防接種を実施するほか、右の者以外の予防接種希望者に対しても予防接種を受けられるための措置を講ずるものとされ、翌同三六年六月二七日厚生省事務次官は、各都道府県知事、各指定都市の市長あて「今夏の急性灰白髄炎流行における緊急対策について」と題する通達を発し、接種の実施方を指示するとともに使用するワクチンについて、ワクチン約一三〇〇万人分を国費で買上げ、投与のための事務費の二分の一について国が補助するなどの一定の国庫補助の措置(特別対策)がとられ、同年九月二二日「急性灰白髄炎(ポリオ)特別対策要綱」が閣議了解され、同年九月二八日厚生省公衆衛生局長・薬務局長から各都道府県知事・各指定都市の市長あて「急性灰白髄炎(ポリオ)特別対策について」と題する通知が発せられ、その後、厚生省は、毎年同様の通知を発して、経口生ポリオワクチンの接種を指示し、右接種の細部の実施方法については、同三六年六月二七日に「今夏の急性灰白髄炎(ポリオ)緊急対策における経口生ポリオワクチン投与要領」と題する通知を発し、市町村は、これに基づいて、経口生ポリオワクチンの予防接種を実施してきており、右被害児上野雅美も同三九年三月二五日に右特別対策としての経口生ポリオワクチンの接種を受けていること(この点は当事者間に争いがない。)、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二) 被害児番号48藤井崇治が、昭和四三年一二月四日インフルエンザワクチンを勧奨により受けている事実は前示認定のとおりである。

甲B五五、乙一六一に弁論の全趣旨を総合すると、厚生省は、昭和三二年九月四日付公衆衛生局長通知「今秋冬におけるインフルエンザ防疫対策について」を各都道府県知事及び指定都市市長あてに発し、各地方自治体に対し当該住民のうち小中学生等流行拡大の媒介者となる者、老齢者等致命率の高い者、警察、消防等公益上必要とされる職種の者に対して、インフルエンザ予防接種を勧奨すべき旨行政指導をして以来、毎年都道府県知事及び指定都市市長あてに当該「年度におけるインフルエンザ予防特別対策について」と題する同省公衆衛生局長通知を発して接種を実施するよう指導し、市町村は、右通知の一部を構成する「インフルエンザ特別対策実施要領」に基づいてインフルエンザの予防接種を実施してきており、とくに、同三七年一〇月二〇日付各都道府県知事あてに同省公衆衛生局長通知「昭和三七年度下半期におけるインフルエンザ予防特別対策について」を発して以後は、毎年同趣旨の通知を発し、人口密度の高い地域を中心とした保育所、幼稚園、小中学校の児童生徒等が流行の発端となりやすいものと見て、これらを主たる接種対象者として特別対策を実施(右(一)と同様、国庫補助がなされていること)していたこと、崇治の母藤井鈴恵も津田町からの接種勧告書を見て本件予防接種を崇治に受けさせたこと(この点は、甲Fの一、原告藤井鈴恵本人尋問の結果により認めることができる。)、以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

(三) 乙一、三、四に弁論の全趣旨を総合すると、右各厚生省公衆衛生局長通知、通達は、前記1の強制接種と異なり、法律又は行政規則に根拠を持たない国の行政指導に該当するものであり、従つて形式的にはこれを受けた地方公共団体を拘束するものではないこと、しかしながら右のような通知等が発せられると、地方自治体は例外なくこれに従つて当該予防接種を実施してきたものである事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、行政指導とは、一般に行政機関が一定の行政目的を達するため、相手方の自発的な協力、同意の下に、一定の行為を確保しようとする作用と解され、法文上は強制力をもたないものであるけれども、それが事実上も強制力をもたない私経済的作用と同視できるものから事実上の強制力を有し実質的には法による強制力を有する行為と何ら異ならないものまで様々なものがあり、当該行政指導の具体的内容ないし性質如何によつては、これをもつて国家賠償法一条一項にいう公権力の行使に該当する場合もあると解するのが相当である。これを本件についてみると、前掲各証拠及び弁論の全趣旨によると、厚生省公衆衛生局長は、右各勧奨接種について、右各通知等に付随して、ワクチンの投与要領ないし実施要領を定め、予防接種の実施法、目的、実施の対象、時期、実施主体、接種方法、禁忌、費用負担等を細かく規定しており、前示認定のとおり、地方自治体において、右通知、通達に従わないで予防接種を実施しなかつた例がなかつたことが認められ、これらの事実によると、各地方自治体に対する国(厚生省)の予防接種の勧奨はかなり強力なものであつたことを窺わせるものであり、このような右行政指導の事実上の強制力に照らすと、厚生省公衆衛生局長等の各地方自治体に対する右行政指導は、国家賠償法一条一項の公権力の行使に該当すると認めるのが相当である。しかしながら、右行政指導が国の公権力の行使に該るとしても、右各予防接種は、実施主体たる各地方自治体の固有事務として行われるものであることに変りはなく、従つて、右勧奨接種に従事する接種担当者は、あくまでも各地方自治体の委嘱にかかる特別公務員としての地位を有するに止まり、国の特別公務員として、予防接種に従事したものでないことは当然である。そうすると、原告らの主張のうち、右接種担当者が国の特別公務員であることを前提とする請求は、この点において失当であるけれども、前示認定のとおり、右被害児のうち、上野雅美は、国の特別対策として勧奨接種を受けており、右特別対策における国庫補助も国家賠償法三条にいう費用に該当すると解されるから、八尾市の特別公務員たる接種担当医師に不法行為が成立するときには、被告は、同法三条による責任を負うというべきである。他方、藤井崇治については、乙二六一によると、昭和三七年からの特別対策としてのインフルエンザの予防接種は、保育所、幼稚園、小、中学生を対象として実施されていたものであることが認められ、同児の前記接種年月日及び接種年齢からして、右特別対策の対象者に該当しないことが明らかであるから、被告が国家賠償法三条一項による責任を負うものとは認められない。

なお、右各勧奨接種について、接種時における過失についてはその実施主体である地方自治体が責任を負うことになるが、接種を勧奨せしめたこと自体に過失がある場合には、厚生省公衆衛生局長等に国家賠償法一条一項に基づく過失があることになり、これによる責任を被告が負うことになる。

3  旧法六条の二、九条、一〇条八項による接種

(一) 被害児番号6増田裕加子、同8小林誠、同9幸長睦子、同15前田憲志、同16上田純子、同21四方正太が、いずれも前記のとおり、開業医が実施主体となつている本件各予防接種を受けており、これが旧法六条の二に基づくものであることは当事者間に争いがない(同15前田憲志については前記認定のとおりである。)。

(二) 被害児番号5吉田理美、同28田辺恵右、同32横山信二(本件①接種)、同37矢野さまや、同42小川健治が、いずれも開業医を実施主体として本件各予防接種を受けていること、同20末廣美佳、同23毛利孝子、同24柳澤雅光、同33大橋敬規、同34木村尚孝、同38菅美子、同40原雅美が、いずれも前示各地方自治体を実施主体として本件各予防接種を受けており、これがいずれも旧法九条に基づくものであることは前示認定のとおりである。なお、同32横山信二の本件②接種については、それが旧法九条に基づくものであるが、これが国の機関委任事務としてなされており、公権力の行使にあたることは弁論の全趣旨より明らかである。

(三) 被害児番号27中尾仁美については、本件予防接種の実施主体が神戸市であり、その根拠が旧法一〇条八項であることは前記認定のとおりである。

(四) 右(一)ないし(三)の各予防接種を受けた者(ただし被害児番号32横山信二の本件②接種を除く。)は、いずれも、右旧法の規定の趣旨に照らすと、被告において実施した予防接種を受けたのと同様の接種義務の履行の効果が擬制されるものであるけれども、右各予防接種の実施主体である開業医及び地方自治体は、被告の委任を受け、その機関として右各予防接種を実施したものではないから、右被害児らの受けた本件各予防接種をもつて国の公権力の行使であると擬制されるものではなく、右各予防接種は、私人たる各開業医の行為もしくは各地方自治体の固有事務としての性質をもつ行為であることは明らかである。従つて、右各予防接種時において、接種担当者に過失があつたときには、当該担当者が私人であるときは民法七〇九条、七一五条に、地方自治体の職員もしくはこれの委嘱を受けた者であるときは、国家賠償法一条に、それぞれ基づいて、当該担当者個人及びその使用者又は当該自治体に損害賠償をなし得ることは当然であるが、被告たる国に対し直接に損害賠償の請求はなし得ないことになる。

しかしながら、〈乙号証〉に弁論の全趣旨を総合すると、厚生省令の予防接種実施規則により、予防接種の実施方法が定められ、実施方法の細部については、各都道府県知事宛厚生省公衆衛生局長通達により、厚生省において定めた予防接種実施要領に従つて行うように示達されており、種痘については、特に詳細に実施方法が定められ、公衆衛生局長より各都道府県知事宛に通知がなされており、また、予防接種実施上の疑義について照会があつたときは、公衆衛生局長がこれに対し回答をなしており、さらに、予防接種ワクチンの取扱いについては、公衆衛生局長、薬務局長、薬務局細菌製剤課長等により各都道府県知事、各都道府県衛生主管部(局)長宛通知をなし、予防接種実施の際の問診票の活用等についても、公衆衛生局長等が通知しているのであつて、これらの通達、通知等は、国の機関である自治体の長(市町村長等)が実施する予防接種のみならず、その他の開業医及び地方自治体の実施する予防接種をも含めてすべての予防接種の実施方法等に関してなされている等の実態があることが認められ、この実態に徴すると、被告は、国の機関委任事務としてなされる予防接種以外の予防接種をなす開業医及び地方自治体に対しても、行政指導を行つていたことは明らかであり、この国の開業医及び地方自治体に対する行政指導が国の公権力の行使に該当することは、事実上の強制の程度が右よりも軽度のものと推測できる前記2勧奨接種について判示したとおりであり、本件の右旧法六条の二、九条及び一〇条八項に基づく各接種について、勧奨接種におけるのと別異に解すべき根拠はない。しかし、右行政指導が国の公権力の行使に該当しても、そのことから直ちに右行政指導が本件各予防接種を受けた被害児らに対する国の公権力の行使であつたものと解することができないことも前示のとおりであるから、右各接種時における過失については、その実施主体である開業医もしくは地方自治体が責任を負うことになるが、右各予防接種についての行政指導自体に過失がある場合には、厚生省公衆衛生局長等に国家賠償法一条に基づく過失があることになり、これによる責任は、被告が負うことになる。

4  種痘法に基づく接種

被害児番号41池上圭子が、実施主体を泉佐野市として、廃止前の種痘法一条一項に基づいて本件予防接種を受けたことは、前記認定のとおりである。乙二一二、二一三に弁論の全趣旨を総合すると、右種痘法に定める種痘の定期接種は同法五条により市町村が実施するものと定められており、同法一条一項による接種が旧法附則三二条により旧法一〇条一項一号の規定により行つたものとみなされるものであることが認められるが、そのことが直ちに右種痘法一条一項による接種が、被告の機関委任事務と擬制されることにはならないことは明らかであり、右種痘法に基づく接種が国の公権力の行使に該当するということはできない。しかしながら、弁論の全趣旨によれば、右接種についても、前示旧法九条による接種と同様、内務省、昭和一三年からは厚生省による強力な行政指導の下に実施されてきたことが明らかであり、これよりして、右の厚生省(公衆衛生局長等)の市町村に対する行政指導が国の公権力の行使に該当し、右種痘についての行政指導自体に過失があるときには、厚生省公衆衛生局長等に国家賠償法一条に基づく過失があることになり、これによる責任は被告が負うものと解せられるが、右接種行為に際して接種担当者に過失があるときには、当該予防接種を実施した市町村の公務員に過失があることになり、当該市町村が同法一条による責任を負うことはあるものの、被告には責任がないものというべきである。

5  以上のとおり、原告らが、被告の公権力の行使と主張する事実のうち、旧法五条に基づく接種及び被害児横山信二に対する旧法九条に基づく本件②接種並びにその他の接種について厚生省公衆衛生局長等の地方自治体ないし開業医に対する行政指導については、それらが被告の公権力の行使に該当することを肯認できるが、その余についてはこれに該当せず、従つて、右公権力性が肯認されるもの以外の旧法六条の二、九条、一〇条八項、種痘法一条一項に基づく同法五条の接種及び勧奨による接種は、いずれもそれ自体被告の公権力の行使とはいえず、右接種自体に過失があつたことを根拠に被告の国家賠償責任を問う原告らの主張は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

原告らは、国家賠償法一条の成立要件としての国の公務員の不法行為として、予防接種を実施するか否かの基本的決定から具体的実施及び事後の措置までを含む一連の組織的行為という包括的、抽象的なものを主張しているが、右一連の行為といつても、厚生大臣を頂点とし、具体的には厚生省公衆衛生局長等がする予防接種に関する基本的な施策の決定と、これに基づいて国の機関として地方自治体の長の下でなされる接種とそれ以外の接種という具体的な行為(事後の措置は後者に含まれる。)に区別するのが、国家賠償法一条の責任の構造に合致するものと解され、原告ら主張の如き包括的抽象的な行為をもつて同条項による責任成立要件としての不法行為とすることは、同法条の本来予想しないところであり、採用することができない。

また、原告らは、被告が昭和四五年に暫定的に定めた救済措置の対象について旧法六条の二、九条、一〇条八項、種痘法、勧奨及び特別対策のいずれに基づく被接種者をもすべて包含している(この点は当事者間に争いがない。)から、右各接種が国の公権力の行使に該当するかのように主張するが、〈乙号証〉に弁論の全趣旨を総合すると、右救済措置は、予防接種が社会的防衛のために国民に義務づけられたものであり、関係者がいかに注意を払つても極めてまれにではあるが、不可避的に健康被害が起こり得るものであるし、健康被害発生の可能性を押してこれを実施しなければならないという特殊性があるため、このような社会的に特別の意味を有する事故に対して、相互扶助、社会的公正の理念に立ちつつ公的補償の精神を加味して図られた救済措置であり、その救済の対象を旧法五条に基く接種に限らずその他の接種をも広く包含したものであることが認められ、この事実に照らすと、原告らの右主張が失当であることが明らかである。

なお、勧奨による接種について、当該勧奨が地方自治体に対する国の公権力の行使に該当することは前記認定のとおりであるが、原告らは、さらに右国の行政指導が実質的には国民に向けられているといえるから、勧奨による接種も国民に対する公権力の行使であると主張する(この点は、勧奨による接種以外の国の機関が実施主体でない接種のすべてについての予備的な主張とも受けとることができる。)。右行政指導が実質的に国民に向けられているものであつたことは、弁論の全趣旨により認めることができるが、そうだからといつて、当該接種行為自体が国の公権力の行使に該当するということにはならず、それは、右行政指導が国の国民(被接種者)に対する公権力の行使に該当するということを意味し、従つて、当該勧奨による接種(もしくは前記国の公権力性が肯認されない接種)自体に過失がなかつた場合において、右勧奨(行政指導)自体に過失があれば国の賠償責任を問うことができる(この点は既に説示したとおりである。)ということであり、これと異なる原告らの主張は、その限度において失当であり、採用することができない。

よつて、以下においては、旧法五条に基づく接種及び旧法九条に基づく被害児横山信二に対する本件②接種については、厚生省公衆衛生局長等の過失及び接種担当者の過失の有無を、旧法六条の二、同九条(右被害児横山信二の本件②接種を除く。)、同一〇条八項、種痘法に基づく各接種及び勧奨による接種については、厚生省公衆衛生局長等の行政指導における過失の有無を、特別対策による接種(被害児上野雅美)については、厚生省公衆衛生局長等の行政指導における過失及び接種担当者である地方自治体(八尾市)の特別公務員たる担当医師の過失の有無について、それぞれ判断することとする。

三副作用を説明しなかつた過失(請求原因5(三)(1))について

原告らは、被告が本件各予防接種を実施するにあたり、予防接種に死亡や重篤な脳障害という副作用が生じることがあることを知りながら、本件被害児の両親らに対し、これを隠蔽してきたものであり、これは予防接種を実施する者の被接種者に対する説明義務違反であり、被告の過失であると主張する。当裁判所は、右主張が、厚生省公衆衛生局長等の組織体の制度的決定における過失を問う趣旨のものとして、以下判断する。

1  予防接種による重篤な副作用を隠蔽したことについて

本件各予防接種により死亡、脳障害といつた重篤な副作用がまれにではあるが発生することは当事者間に争いがない。そして、被告において、本件各予防接種時(昭和二三年六月二〇日から昭和五〇年九月二日)に、右副作用の存在することを認識していたことは、弁論の全趣旨により認めることができる。

甲A五、同一一、証人赤石英の証言に弁論の全趣旨を総合すると、一九四七年(昭和二二年)七月第六回国際疾病及び死因分類修正会議準備専門委員会の「疾病・傷害および死因統計分類草案」が在日連合軍総司令部を通じて日本政府に手渡されたときには、すでに同草案に予防接種事故死のことが載つており、厚生省は専門家を招集してこれらの案を検討し、さらに一九五〇年にはこの日本版を出版したこと、厚生省は毎年の予防接種事故の集計を国際保健機構(WHO)に報告しており、この報告された数字は人口動態統計(死亡診断書に基づく)によるもので、一九五一年から一九六六年までの一六年間に一六四名の種痘による死亡者を出していたのに、厚生省防疫課(現厚生省公衆衛生局保健情報課)が公表した種痘事故死届出数は、同一期間で僅か六名でしかなかつたこと、昭和二八・九年ころ腸チフスワクチンの事故が相当多くあり、右厚生省防疫課において事故例の集計をしたが、これを公表せず、関係者のみの閲覧に供するという状況にあつたこと、右防疫課において予防接種事故を公表するような気運が高まつたのが同四〇年ないし同四二年ころのことであること、これより以前の同二九年の第九回日本公衆衛生学会において、弘前大学医学部法医学教室教授の赤石英は、予防接種による死亡例や重篤な副作用の存在を一般医家あるいは関係当局が隠したがる傾向にあるのは、勿論、徒らな社会不安を考慮してのことであり、またワクチンが国家検定を受けているからということであろうが、これは反面、学問の進歩を著しく妨げるものであり、非科学的行政といわれても致し方ない旨の発言をしたこと、以上の事実が認められる。

他方、〈乙号証〉に弁論の全趣旨を総合すると、厚生省予防局長は、昭和二四年二月二四日付で各都道府県知事宛に、予防接種法に基づく予防接種を実施した際、強い副作用事故が発生したときは電報報告すべき旨通知したこと、厚生省大臣官房統計部では、人口動態統計において、予防接種の副反応による死亡者を集計してこれを公表してきたこと、同二八年及び同三二年に厚生省防疫課では「防疫必携」を発行し予防接種の異常反応について解説し、同三三年六月二〇日厚生省公衆衛生局防疫課が、都道府県、市町村の関係職員やその他関係医師等の参考に供するために「防疫事例集」を発行し、これにおいて同二〇年以降の予防接種による事故の事例や厚生省に報告された事例についての年表を掲載して予防接種に必要な情報の周知をはかつてきたこと、同三九年二月一〇日発行の厚生省防疫課監修の「防疫シリーズNo4痘そう」では、全国の防疫従事者、医療関係者のみならず一般国民を対象として種痘の副作用について平易な解説を行つていること、同四〇年一二月一〇日厚生省防疫課は、同年一二月三、四日に発生したインフルエンザ予防接種事故(死亡事故)について防疫関係者あて通知し、同四〇年以降開始された種痘研究班等の種痘による副作用調査の結果は、逐次公表されてきていること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はなく、この事実に照らすと、前記認定の事実だけからは、厚生省公衆衛生局長等において、予防接種による死亡、脳障害といつた重篤な副作用の存在を、一般国民に対してことさらに秘匿していたという事実を推認することは難しく、他に原告ら主張の右事実を認めるに十分な証拠がない。

2  本件各予防接種の被接種者らに対し予防接種による重篤な副作用の存在を説明しなかつたことについて

原告らは、本件各予防接種を受けた被害児の保護者らに対し、右接種により被接種者の生命を左右するほどの重篤な副作用が存在することを説明すべき義務があるのに、これをしなかつたのは被接種者(保護者を含めて)の自己決定権を無視するものであり、過失に該当する旨主張する。

前示第三の一1ないし6、8ないし29、32ないし48各掲記の甲F〇号証の各一、各証人の証言、法定代理人尋問及び原告本人尋問の各結果及び甲F⑧の一、法定代理人清原廣子尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、本件各被害児が本件各予防接種を受けるに際して、接種担当者らから、右主張の如き副作用の存在することの説明を受けなかつたこと、もし、この説明を受けておれば、当該予防接種を拒絶した可能性があつた事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

他方、乙八の三によると、ワクチンの重篤な副作用被害の発生率は、昭和四一年一〇月二〇日発行の金光正次ほか著「疫学とその応用」によれば、種痘後の汎発性牛痘疹と種痘後脳炎が何千人に一人(別の個所で数百万人に数人)の割合、百日咳ワクチンによる脳症は一〇〇万人に一人以下、ポリオ感染児についてポリオワクチンによる麻痺性ポリオの誘発率は三歳児以下の幼児一万五〇〇〇人に一人の率と、いずれも低い旨記述されており、乙二一の二によると、昭和五一年の予防接種法大改正(同年法律第六九号)の成立後、国立予防衛生研究所副所長福見秀雄は、「ワクチンの安全性」と題する論文において、ワクチンによる重篤な副反応の発生メカニズムが一般的には十分に解明されていないこと、個体の異常(免疫機能の異常等)によるものが多いと考えられること、この異常個体は人間集団の中では非常に稀有であり、種痘についていえば、定期接種を受ける幼児を対象とすると恐らく一〇〇万人に数人という程度のものである旨記述しており、また、乙二四六によると、昭和四八年四月の種痘研究班資料には、第一期種痘による種痘後脳炎及び重症皮膚合併症の発生状況は、昭和四〇年から同四七年までの間、おおむね接種者一〇〇万人に対し一六ないし三四人であり、うち死亡者の発生状況は、接種者一〇〇万人に対し1.7ないし8.5人であること、そして乙八〇によると、厚生省大臣官房統計調査部発行の人口動態統計下巻の死因統計(死亡診断書に記載してある死亡原因に基づく統計)には、昭和二六年から昭和三九年までの間における種痘後脳炎による死亡者数は一〇〇人で、うち一歳未満の死亡者数は六七人、右期間内のその他の種痘による合併症による死亡者数は五〇名と記載されており、一方、乙二四七の一ないし一五によれば、厚生省大臣官房統計調査部発行の保健所運営報告には、右期間内の第一期種痘接種を受けた者の数は一七七八万五三五八人と記載されており、これに基づいて第一期種痘の被接種者一〇〇万人当りの種痘後脳炎及びその他の合併症による死亡者数を算出すると8.43人となること、以上の事実が認められ(この認定を左右するに足りる証拠はない。)、この事実に弁論の全趣旨を総合すると、種痘のみならずその他の本件各予防接種ワクチンによる重篤な副作用の発生割合は、一〇〇万人当たり数人、多くて数十人というものであることが認められ、これよりすると予防接種それ自体が一般的に危険なものということはできないといわざるを得ない。そして、弁論の全趣旨によれば、予防接種の目的が、接種を受けた個人に対して当該伝染病に対する抵抗力を発生させる(個人防衛作用)とともに、その免疫をもつ者を増加させることにより社会集団に対しては、その伝染病を防ぐ(集団防衛作用)ことを目的として、法律に基づいて、あるいは厚生省公衆衛生局長らの地方自治体に対する行政指導に基づいて、実施されていることが明らかであり、これら、予防接種ワクチンによる重篤な副作用の発生率、予防接種の目的等を勘案すると、厚生省公衆衛生局長等が、強制接種において、直接、被接種者に対し個々的に右副作用の存在を説明すべき法的義務を負つていたということはできず、また、強制接種以外の接種において、地方自治体や開業医に対し被接種者に右副作用の存在を説明するよう行政指導すべき義務を負つていたということもできない。

そうだとすると、前示認定の本件各被害児らが本件各予防接種を受けるに際し、個別に右副作用の存在について説明を受けなかつたことに、被告の過失があつたということはできず、右主張は採用できない。

四具体的過失(請求原因5(三)(2))について

1  過失認定のあり方

原告らは、予防接種が絶対に安全であることを前提にして被告の管理下で実施されており、この予防接種によつて国民が被害を受けたときには、その過失の立証責任は、危険領域に国民をまき込んだ行為者である被告に分担させるか、過失の推定を行つて、被害者側の立証の困難性を救うべきであるとし、そうでないと著しく公平の理念に反することになること、他方、予防接種はその全過程を被告が管理しており、その過程における過失の存否に関する証拠は被告が独占していること(証拠との距離の近接性)、被告は予防接種の危険性を知つており、起こり得る被害を予測しうる立場にあり、被害防止手段に関する知識をも独占していること、被告は予防接種に関する研究機関を持ち専門知識についても独占していること、被告は予防接種被害の存在を知りながらこれを極力国民の目から隠そうとしてきたものであり、これは被告の「証明妨害」であること、以上のことから被告に右過失の立証責任を分担させるべきであり、そうしても決して被告にとつて酷なことにもならず、また不公平なことではない旨主張する。

しかしながら、国家賠償法一条一項の規定からすると、同項による損害賠償請求権の発生要件の一つである公務員の過失(主観的要件)の存在することの証明責任は、請求権者である原告側にあると解すべきである。原告らは、予防接種が絶対安全であることを前提としている旨主張するが、予防接種ワクチンは弱毒化又は不活化された病原体又はその毒素等本来人体にとつて有害なものを体内に注入するものであり、極めてまれにではあるがこれにより重篤な副作用を発生させる危険があるものであることは原告らにおいて自認するところであり、本件全証拠によるも現段階で絶対安全なワクチンというものが存在するとは認められず、従つて右主張は、ワクチンの安全性についての理想像を述べる趣旨において理解し得ても、過失の証明責任を明文の規定に反して賠償請求を受ける側に分担させる根拠とはならないものというべきである。また、予防接種が高度の専門的知識を必要とする分野に属するものであり、これに関する情報を国が把握すべき義務があり、現にそうしていることは所論のとおりであるが、証明責任(立証責任)の分配は、法規法条の文言の構成から読みとるべきであり、証拠に対する近接性の程度によりこれを定めるのは相当でないから、右原告ら主張のような事実をもつて、被告に右過失の証明責任を分担させることはできないというべきである。そして、原告らは、被告が予防接種被害を被告が秘匿してきたもので、これが証明妨害に該当すると主張するが、前記三1で説示したとおり、被告が予防接種による重篤な副作用の存在することを秘匿してきたことは証拠上認められない。また、右証明妨害の主張については、被告において原告らの右「公務員の過失」の立証を、故意又は過失により失敗させあるいは困難にさせた事実が認められない本件においては、右主張を採用すべき理由はないといわざるを得ない。

よつて、右過失認定のあり方に関する原告らの主張は、いずれも採用することができない。

2  厚生省公衆衛生局長等の具体的過失

(一) 種痘の廃止をしなかつた過失

原告らは、遅くとも昭和二七年にはわが国において天然痘(痘そう、以下「痘そう」という。)が非常在になつていたものであり、非常在国における防疫対策により、皆種痘の廃止が技術的に可能であつたから、右時点において、被告(厚生大臣、厚生省公衆衛生局長等)は、幼児強制種痘を廃止すべきであつたのにこれを怠つた過失があり、また、種痘による副作用の調査研究を十分につくしておれば、戦後の混乱期における患者発生が外国からの侵入であること及び副作用の被害が莫大なものであることが明らかになり、非常在国における防疫対策をとつて、昭和二三年当時から幼児強制種痘を廃止すべきことが明らかとなつたはずであつたにもかかわらず、右調査研究を怠り、漫然と幼児に対する皆種痘を強行した過失があつた旨主張するので、右過失の有無について判断する。

(1) 〈乙号証〉に弁論の全趣旨を総合すると、痘そうは、約五〇〇年位前に東アジアの高温多湿の密林地帯で発生し、世界各地に広まつたウイルス性の伝染病で、患者のくしやみの飛沫や痘そうの膿、痂皮の粉塵を吸いこむことにより人の上気道で感染し、右ウイルスは、リンパ組織で増殖して血症を起こし、皮膚や粘膜へと広がつていくものであること、その発病時期は、ウイルス血症時で、約一二日間(誤差七ないし一七日間)の潜伏期間の後に、二ないし四日間の発熱、インフルエンザのような頭痛、関節痛、腰痛が生じ、それに続いて発疹が顔及び上半身に生じ、一、二日のうちに全身に広がり、その後丘疹が生じ、発疹が生じて三日目位には水疱疹となり、発疹が生じて四、五日目には膿疱疹となり、それが乾燥してかさぶたとなり、発疹発生後二ないし三週間後には痂皮が落ち、治癒に向うものであること、死亡率は、軽いもの(分離型)で一七パーセント程度に達し、重い融合型、扁平型、出血型では一〇〇パーセント近くになること、痘そうのための治療方法はなく、抵抗力のない患者は全身衰弱を来し死亡すること、従つて、患者の中でも特に抵抗力の弱い一歳未満の乳児の死亡率が高く、分離型でも四〇パーセントにも達し、生き残つて治癒しても患者の顔面には顕著な班痕を残し、生涯消えることなく、失明することもあること、痘そうウイルスは、人間から人間に伝染するもので、発病後一、二週間における伝染力が強く、家庭、学校、病院、隣近所など患者と密接に接触する狭い地域を中心に流行し、患者が旅行することによつて他の地域へと流行が広がるものであること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(2) 〈乙号証〉に弁論の全趣旨を総合すると、痘そうについては、これが常に流行するために一定の患者が存在する国(常在国)と、外国からの侵入がなければ流行しない国(非常在国)があること、第二次世界大戦後の世界の痘そう患者の発生状況は、一九五八年(昭和二五年)の二四万六〇〇〇人をピークに概ね一〇万人前後の発生をみていたところ、WHOにおいて一九六六年(昭和四一年)から大規模の予算を投入して痘そう根絶計画を実施したため、常在国の数は、年々減少し、一九六九年(昭和四四年)当時四二か国を数えたものの、一九七四年にはインド、バングラデシュ及びエチオピアの三国がその発生の大半を占めるまでに減少したこと、しかしWHOの痘そう撲滅作戦の進捗により、常在国の患者数の把握が確実となり、報告される患者数は、一九七三年(昭和四八年)には一三万五〇〇〇人、一九七四年(昭和四九年)には二一万三〇〇〇人となつたこと、右インド等三国の患者発生数は、一九七二年(昭和四七年)が四万五二一四人、一九七三年(昭和四八年)が一二万六六〇八人であつたこと、ところが一九七五年(昭和五〇年)には右撲滅作戦が急速に実を結び年間の患者数は一万九〇〇〇人と減少し、同年末には遂にアジア地域において新発生が零となり、以後、常在国はエチオピア一国となつたが、一九七七年(昭和五三年)一〇月二六日のソマリア、メルカの患者の発疹発生を最後に流行はなくなり、右から二年後の一九七九年(昭和五四年)一〇月二六日、WHOは世界において痘そうが根絶した旨の宣言をするに至つたこと、わが国における流行状況をみると、明治時代には毎年一定の患者数が報告されていたが、大正時代以降第二次世界大戦時までは、報告される患者数は不規則な状況を呈し時折流行したにすぎない状況であつたところ、右大戦後、海外からの引き揚げに伴い、昭和二一年には一万七九五四人(うち死者三〇二九人)にのぼつたが、同二二年三八六人(同八五人)、同二三年二九人(同三人)、同二四年一二四人(同一四人)、同二五年五人(同二人)、同二六年八六人(同一二人)と順次減少し、同二七年二人(死亡者なし。)、同二八年六人、同二九年二人、同三〇年一人となり、その後痘そう患者の発生はなく、昭和四八年にバングラデシュからの帰国者一名が、同四九年にインドからの帰国者一名が、いずれも痘そうに罹患していたが、国立予防衛生研究所の北村敬博士らが当時研究していた迅速診断法により早期に発見できかつ患者が軽症であつたことからいずれも二次感染はなかつたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実からすると、わが国においては、昭和二七年以降において痘そうによる死亡者は出ていないこと、患者数も昭和二七年以降二名ないし一名と激減し、昭和三一年以降は、昭和四八、四九年の海外からの持込みを除いて患者は発生しておらず、結果的にみれば、わが国は昭和二七年ころを境として痘そうの非常在国になつたものと認められるが、他方、我が国の近隣国あるいは交通手段のあるインド、バングラデシュ、エチオピアでは昭和四八年ころまで三国だけでも年間一〇万人以上の痘そう患者が発生しており、戦後の国際交通網の発達とともにこれらの国々から我が国に痘そうウイルスが持ち込まれる危険性は常にあつたものであることが認められる。

(3) 〈乙号証〉に弁論の全趣旨を総合すると、痘そうの伝播は、顕症期の患者を通して人から人へと行われること、従つてその対策は、この伝播経路を断ち切ることを目的として、流行地よりの国際旅客の検疫と種痘の義務づけ、感受性個体をなくすための定期的種痘の強制的実施、患者が発見された場合は、その患者の隔離と接触者への種痘、さらに疫学的調査による侵入経路の確認、患者により汚染された物件の消毒などが行われることであり、痘そうウイルスの増殖を抑制する制剤としては、抗ワクチニア人免疫グロブリン(VIG)が実用的に見込みがあるとされているものの、痘そう防疫において真に特異的に効果の期待できる方法は、種痘のみであり、WHOの全世界痘そう根絶計画においても、その根本政策は、発生監視(サーベイランス)組織の整備による患者の発見と、その周辺の接触者(コンタクツ)の即時接種であるとされていたこと、定期種痘の効果は、感染に対する基礎免疫の付与による罹患率の低下であり、罹患してもその多くは不全型で症状も軽く、痘そうに感染した場合でもその致命率は明らかに低下していることが医学上証明されていること、そのために、歴史的に、定期接種が大部分の国で行われてきたが、痘そう非常在国にあつては、前述した種痘の副作用による損害と、種痘による痘そうの侵入流行阻止の利益との比較(コスト・ベネフィット・バランシング)から、必ずしも前者の方が軽いとはいえない状況が生じ、定期種痘接種について各国において再検討が求められ、一九七一年(昭和四六年)に至り、英国及び米国で、痘そう侵入の可能性が非常に少なくなつているという状況下では、定期種痘に伴う副作用の損害の方が痘そう侵入に伴つて生ずると推定される損害より大きいとして、定期種痘の廃止に踏み切つたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(4) 〈甲号証、乙号証〉、証人赤石英の証言に弁論の全趣旨を総合すると、わが国の学会において、昭和二、三〇年代において、種痘の定期接種廃止を主張する者は見当らず、ただ同二九年の第九回日本公衆衛生学会の際、弘前大学医学部の赤石英教授が、予防接種の実際的有効率が極めて低いのに比べ副作用の大きいことを指摘し、予防接種を法的に強制するよりも、むしろそれを希望者にのみするにとどめ、強制接種の費用と労力を衛生思想の普及と環境衛生の改善に向けることにより罹患を防いだ方が、より合理的ではないかという理論も成り立つと指摘したが、これに対しては、当時国立公衆衛生院の金子義徳において賛成する意見が公にされた以外には、一般の反応は乏しく、右赤石教授の提言にしても種痘の定期接種を廃止すべしとするものではなかつたこと、昭和四〇年代に至つても、同四三年に、厚生大臣から伝染病予防調査会に対し、今後の予防政策について諮問がなされ、同調査会接種部会種痘委員会において定期種痘の是非について前示のコスト・ベネフィット・バランシング論を中心に検討がなされたが、全体の結論としては、定期種痘の廃止は時期尚早であるというものであつたこと、同四四年の日本小児科学会予防接種委員会において、我が国は痘そう侵入の危険性にたえずさらされているので現行の定期種痘はなお当分継続する必要があると報告されていること、また、諸外国の定期種痘の改廃についてみると、英国は、一九三五年(昭和一〇年)には痘そうの非常在国になつていたけれども、世界に先がけて種痘を廃止したのは一九七一年(昭和四六年)に至つてからであり、前年の一九七〇年ころには同国内において定期種痘廃止につき賛否両論があつたこと、また米国においては、一九四九年(昭和二四年)以降痘そう患者の輸入例がなかつたけれども、種痘を廃止したのは英国と同様一九七一年(昭和四六年)に至つてからであり、同年(昭和四六年)以前においては、ほとんどの諸外国が種痘を実施していたこと、また、一九七〇年(昭和四五年)ころまでは、アジア、アフリカ、南米の諸国には、未だ痘そう常在国があり、世界の三〇か国以上の国々が痘そうで汚染され、我が国と交流の深い近在諸国、すなわちインド、バングラデシュ、パキスタン、アフガニスタン等で毎年痘そうが流行しており、これらの国からの入国者あるいは帰国邦人により痘そうが我が国に侵入する危険性が常にあつたのであり、隣国の中国においては同国内の痘そう発生状況は明らかにされてはいなかつたこと、そして、外国からの痘そうの侵入に対する検疫による侵入防止の点をみるに、我が国と諸外国との主要な交通手段が海上輸送(船舶)であつた時代においては、一定の潜伏期間(約二週間)を経て乗船中に発病することが多く、その後の臨床症状の発現により、入国者に対する検疫体制が完全なものであれば検疫により感染者を発見することが可能であり、ある程度は痘そうの侵入を防ぐことができたけれども、一九六〇年(昭和三五年)代に至り、右主要な交通手段が航空機に移行するに伴い、患者が潜伏期間中に我が国に上陸することになり、潜伏期間内の痘そうの診断は容易でないだけに、検疫段階で感染者を発見することは不可能に近く、検疫体制の強化のみをもつてしては、痘そうの侵入を防ぐことは困難になつてきていたこと、このような状況下において、前記のとおり、隣国で香港を通して接触のある中国内での痘そうの流行状況が把握できず、また痘そう常在国のインド、パキスタン、バングラデシュ、インドネシア等との交流も増加し、航空機による渡航者が増大し、いつ痘そうの輸入例に見舞われるかもしれない状態にあつたこと、加えて、昭和四五年当時においても、日本に近いアジアに常在していた痘そうの致命率は特に高いものであつたため、右常在諸国との交流が頻繁になるにしたがつて、痘そう侵入の危険性に対する不安感は強く、定期種痘廃止を主張する論者はほとんどいなかつたこと、当時の一般的見解としては、痘そう常在国との交流の多い我が国は、常に痘そう侵入の危険にさらされており、しかも痘そうの予防には種痘以外に有効な手段がなく、予め基礎免疫を与えておかなければ、流行時における臨時予防接種に際し迅速な免疫の上昇を期待できず、また、高年齢時に初回種痘を行うと重篤な副反応の危険性が高いと考えられており、これらの理由により、種痘を継続して実施する必要があるというのが大勢であつたこと、昭和四六年においても、ヨーロッパにおける痘そうの発生状況を見ると、我が国において過去二〇年間患者数が零であつたことは幸運としか言いようがなく、種痘による副反応事故を無くすには、痘そう根絶により種痘そのものを無用とすることしかないとの見解があり、学界等において、定期種痘廃止論が討議されるようになつたのは、英国及び米国で定期種痘が廃止された昭和四六年以降であり、その討議の中では、なるべく反応の弱いより安全なワクチンに切り替えて行く必要はあるが、全世界の痘そう患者の発生状況に照らすと、英国、米国が定期種痘を廃止した事実があつても、未だわが国において定期種痘を廃止することは時期尚早であるとの論が有力であつたこと、右のような学界等の風潮に抗して、福見秀雄は、昭和四七年において、定期種痘を廃止し、一定の者に対する選択的接種と検診、診断体制の強化、リングワクチネーションの実施によつて痘そうの防疫は可能である旨の見解を表明したものの大方の支持は得られず、少数意見に止つたこと、その後、ヨーロッパにおいては、毎年のように痘そうが輸入され、特に一九七二年(昭和四七年)には、ユーゴスラビアにおいて痘そう常在国のイラクからの帰国者が痘そうを同国内に持ち帰つて大流行させ、患者一七五名、死者三四名を発生させ、国内に大混乱を生じさせたこと、前記のとおり、我が国において昭和四八、四九年に各一例づつ痘そうの輸入があつたのであるが、これについては、前示のとおり航空機の大型化と高速化の下では、検疫段階で痘そうの侵入を阻止するのは不可能であることを実証するものであるとの見方もあり、この時には、前示認定のとおり二次感染の発生がなく痘そうの流行はみなかつたものであるが、これは当該輸入患者が日本人で種痘を受けていたため幸いにも症状が軽く、咽頭部の粘膜に異状が見られず、気道を介しての感染が極めて弱かつたと推定されるものであるとする見解や、接触者の側に定期種痘による免疫があつたことによるとする見解などがあつて、これらの見方の存在からすると、我が国においても、前示のユーゴスラビアにおけるように流行感染患者が発生しても不思議ではない状況にあつたことが研究者により指摘されていたこと、一九七四年(昭和四九年)にWHO痘そう専門委員会は、痘そう輪入の危険性の高い非常在国では、常在国と同様生下時もしくは生下後間もない時期に種痘を実施すべきであり、再種痘はすべての幼児に対して小学校入学時と次いで一〇歳時になつたころに確実に行うべきであり、右危険性の高くない非常在国では、保健機関がそれほど発達していない国が定期種痘を廃止すれば、痘そうが一度び侵入すればこれが発見される前に特に感受性の高い住民の間で広くまん延するので、定期種痘を廃止することが悲惨な結果をもたらすことになるから、小児期のできるだけ早い時期に種痘をし、学校入学時に再種痘をするということに重点を置くべきである旨の報告をしていること、昭和五〇年当時において、我が国では、まだしばらくの間は痘そう輸入に対する施策の充実を図りつつ痘そう根絶計画の経過、全世界の痘そう患者の発生の推移を見た上で、可及的早期に種痘を廃止したいとの意見が多数であつたこと、昭和五一年には、伝染病予防調査会予防接種部会において、それまで継続検討してきた定期種痘の是非について答申がなされたが、それによれば定期種痘の実施方法の改善案が示されただけで、定期種痘を廃止すべきであるとはされなかつたこと、そして、WHOが、一九六七年(昭和四二年)から痘そう根絶計画を実施し、我が国及び欧米諸国に痘そうの輸入の危険がなくなつたのは一九七八年(昭和五三年)に至つてからのことであること、かような状況下で、欧米諸国も古くから定期に強制的に種痘を行つて免疫水準を維持するとともに、輸入時の緊急種痘により、免疫を補完して痘そうの流行を阻止してきたものであり、この方法はWHOの痘そう根絶計画においても妥当な方法と考えられており、一九六九年(昭和四四年)当時ヨーロッパの多くの主要国が痘そうの非常在国になつていたにもかかわらず、種痘の強制接種が続けられていたことの背景となつていたこと、ところで前記のとおり一九七一年(昭和四六年)に英国及び米国において定期種痘の廃止に踏み切つたものの、これに対し、種痘の専門家であるベネソンやレーンにおいて右廃止に疑問ないし反対の意見が呈示されていたこと、WHOが痘そうの根絶が確認されていない国又はその近隣の国を除いて種痘を廃止すべきである旨の勧告をしたのは一九七八年(昭和五三年)一二月になつてからのことであり、それ以前においては、世界各国に対して痘そうの根絶計画を効果あらしめるために強制接種の継続を期待していたこと、我が国は、昭和五一年に定期強制種痘を廃止したが、同四六年から同五〇年までに強制種痘を廃止していた国は八か国しかなく、同四八年に、種痘政策を変更するに当つては、世界の痘そう流行状況の判断が根本になるべきで、今後数年間はその動向を見たうえで変更の是非を判断すべきであるとの見解があつたこと、なお、英国は、一九四九年(昭和二四年)に強制種痘を廃止しているが、その当時、他のヨーロッパ諸国は、これに反して種痘を強化していたもので、右英国の立法措置は例外的であつたとみられること、しかも英国において強制種痘を廃止したとはいえ、一九七一年(昭和四六年)までは同国政府は、地方の保険行政機関に種痘のための便宜供与を確保するよう要請し、国民に対しては種痘を事実上強制していたこと、そして同国は、一九七一年(昭和四六年)に任意の種痘をも全廃したのであるが、この措置に対して、近隣諸国(フランス、ベルギー等)から、種痘の廃止は時期尚早であり他の諸国において迷惑である旨の強い非難が寄せられていたこと、英国は、右のような早い時期に種痘を強制接種から任意接種に変更したために免疫率が下がり、他のヨーロッパ諸国に比べ、輸入患者からの第二次感染による流行に見舞われたこと、英米両国において、前記のとおり一九七一年に定期種痘が廃止されたことから、我が国においても定期種痘を続けるか廃止するかの論議が交されたが、その中心は、我が国においてこれを中止(廃止)できる条件、すなわち、痘そう侵入のおそれが極めて低いこと、万が一痘そうが侵入しても早期に発見、隔離できること、至急に緊急種痘を実施できること、種痘の効果が短期間内に期待できること、年長ないし成人に初種痘が行われても神経合併症の発生頻度がさほど高くならないこと、以上の結果短期間内に少人数の患者発生のみで流行を阻止できること、以上ないしの条件が充たされているかどうかの点であり、これに論議が集中したこと、これらの諸条件は英米両国でも論議されたものであるが、このような定期種痘の廃止条件の充足の有無の判断は、各条件の評価が不確実でありかつ個人差もあつて相当な困難を来すものであるから、必ずしも英米両国と同じ結論に達するものとはいえないこと、一方、伝染病予防調査会では、昭和四五年の中間答申後も引き続き諮問事項の検討を重ね、種々の議論の結果、同五一年三月二二日に厚生大臣に対し、「痘そうは流行地域における根絶計画が最近目覚しい成果をあげつつあるが、なおエチオピア等には流行がみられ、我が国への痘そう侵入の危険が全くなくなつたとは考えられない。しかし、WHOの根絶計画が着々とその成果をあげていること、乳幼児の種痘に際して極めて稀にではあるが重篤な副反応による事故が発生すること、また今回細胞培養痘そうワクチン(Lo16m8株)が開発実用化されること等を検討した結果、当面、平常時における初回種痘は、生後三六月から七二月に至る期間に右ワクチンを使用して実施し、小学校入学前六月以内及び小学校卒業前六月以内の種痘はいずれも廃止する等の改正を行うのが適当である。また、将来世界の痘そうの流行状況が本質的に変化した時には、種痘の継続について再検討を行う。」との答申を行い、この答申を受けて、同年五月予防接種法の一部改正案が第七七国会に提出され、可決成立して、右答申どおりに定期種痘の内容が改められたこと、しかし、厚生省は、WHOの痘そう根絶計画の進展により近い将来その計画が達成されると考えられたことから、当面定期種痘の実施を中止して根絶計画の推移を見守ることとし、世界根絶宣言を待つて定期接種の対象から種痘を削除するに至つたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(5)  以上(1)ないし(4)で認定した事実からすると、我が国は、結果的にみれば、昭和二七年を境にして痘そうの非常在国になつたものと認められるけれども、右当時はもとより、同四〇年代以降においても、近隣諸国からの痘そうの侵入の危険に常にさらされており、我が国と同様痘そうの非常在国であつた英米両国をはじめとする世界各国においても、痘そうの輸入、流行を防ぐためには、全国民に対する定期強制種痘の他に適切な方法はなかつたと考えられて、これが実施されていたものと認められ、厚生省公衆衛生局長らにおいて、同五〇年まで定期強制種痘を実施し、また地方自治体等に対して種痘を実施するよう行政指導してきたことは、当時の公衆衛生についての支配的な知見にそうものであつて、合理的な理由があつたというべきであるから、原告ら主張の同二七年ころまでに種痘の実施を中止ないしは廃止しなかつたことをもつて、厚生省公衆衛生局長等に過失があつたものということはできない。

(6) なお、原告らは、痘そうに対する防疫対策は、常在国と非常在国では必然的に異ならざるを得ず、非常在国における痘そうの防疫対策は、伝染経路(持込経路)の対策を基本とすべきであり、感染の機会の少ない家庭内の乳幼児に種痘を一律に強制することは、防疫対策として誤つている旨主張するので、これについて検討するに、〈乙号証〉に弁論の全趣旨を総合すると、米国の疫学者レイフ・ヘンダーソンとベニン(西アフリカ)の疫学者のヤクペの研究により一九六七年に痘そう伝播様式の解明が進められ、原告ら主張の如きいわゆる包囲種痘の有効性が認められ、一九六八年(昭和四三年)九月にWHOにおいて初めて西アフリカでこの方法が実施されたものであり、それまではWHOでの痘そう根絶のためには全面的な定期種痘しかないと考えていたこと、WHOが定期種痘から包囲種痘に種痘の強制方法を変更したのは、開発途上国では戸籍制度が整備されておらず、一定の集団の八〇パーセント以上の人に種痘による免疫を確保するのが困難であり、痘そうの伝播が遅いものであれば、痘そうの患者を発見してからその周囲の者に種痘を接種したほうが安くかつ効果的であるとの考えに基づくものであつたこと、右ヘンダーソンらの研究によるとアフリカのような高温の地域では、痘そうの伝播力は低かつたのであるが、我が国のような秋から春へかけての寒冷な気候の下でも伝播力が弱いかどうか確認されておらず、かえつて、アフリカより伝播力が強い危険があつたこと、そして、伝播力が仮に同じであつたとしても、我が国の場合、人の密接な接触の機会が多く、交通機関の発達により人の移動が激しく、第二次感染の危険が人数的にも地域的にも著しく大きく、包囲種痘の方法をとるとしてもその対象者を著しく拡大する必要があり、しかも痘そう輸入患者が発見されて包囲接種が行われたとしても、接種を受けた者が初種痘の場合は免疫ができるまで二週間かかり、発病阻止レベルまで抗体価が上昇するのに一か月はかかるのであるから、その間に痘そうに感染するおそれがあり、全国的に第二次感染が流行拡大するおそれがあつたこと、そして、包囲種痘制度のみを採用した場合、痘そう流行時に初めて種痘を受ける者の年齢が必然的に高くなり、その結果、年長児や成年者の種痘後脳炎・脳症の発生率も高くなり、危険性があること、以上の事実が認められ、右事実に反する証拠はない。右事実からすると、WHOが昭和四三年に西アフリカで最初に包囲種痘を実施した後においても、包囲種痘自体に危険性があり、痘そうの伝播力について資料のない時点では、包囲種痘制度と定期種痘制度との優劣を決し得る状況になかつたことが明らかであるから、我が国において定期種痘を続けたことが防疫対策として誤りであつたとはいえず、右原告らの主張は採用することができない。

また、原告らは、種痘が感染予防に効果があるのは三年間であつて、二〇年経過するとこれがほとんどなくなる旨主張するが、乙三、六六によると、種痘の免疫効果は、種痘を受けた者の半数は二〇年後でも免疫を有し痘そうに感染しないこと、厚生省の研究班の報告では、昭和三八年に、第一期ないし第三期の三回の定期接種を受けた者は、その後二、三〇年経過後においても一定の免疫効果があるとしていること、また、再種痘の場合、最初の種痘の免疫記憶により種痘後脳炎、脳症の危険性なしに種痘後数日間のうちに免疫力を回復すること、以上の事実が認められ、この事実に照らすと原告らの右主張は採用することができない。

さらに、原告らは、一九四八年に強制種痘を廃止した英国と一九七一年まで強制種痘を続けた西独を比較しても、天然痘の侵入事例において、その侵入の程度に有意差がないとして、乳幼児に対する皆接種が流行を阻止する要因でなく、常在国との交流の程度が侵入の決定的な要因となつている旨主張し、乙一三五の三によると英、西独両国において右主張のような輸入例を示す事実が認められるけれども、乙二四八によると、英国は一九四八年に強制種痘を廃止し任意接種に切り替えているが、その後の接種実施率は四〇パーセント前後であり、強制接種を続けていた西独における実施率は英国と同様であつたことが認められ、この事実からすると、右両国の痘そうの輸入例において有意差がないことをもつて、種痘の効果を否定することは相当ではないといわざるを得ない。

被告が種痘被害について十分な調査研究を尽しておれば、わが国において昭和三三年当時から種痘を廃止すべきことが明らかとなつたはずであつた旨の原告らの主張については、前示のとおり、同三三年当時において、強制種痘を廃止すべき事情にあつたものとはいえないのであるから、右主張は、理由がない。

(二) 一歳児未満の乳児に種痘を実施させた過失について

(1) 〈乙号証〉、証人大谷杉士の証言に弁論の全趣旨を総合すると、従前の初種痘における副作用の危険性についての支配的な見解は、零歳児が最も安全であり、年長になればなるほどその危険性が大であるとされていたこと、乳児は母体から受けついだ母子免疫を体内に有しているが、これが切れるのが生後六か月とされ、早い時期から免疫をつける必要があるとの指摘があり、これらのことが、一歳未満児における初種痘の根拠とされていたこと、ところが、英国において、同国保健省の医務官のグリフィスが、一九五九年(昭和三四年)に初種痘後の種痘後脳炎の発生の危険は、一ないし三歳児より零歳児のほうが大きいとの研究結果を発表し、同省の委員会は保健大臣に対して生後二年目を種痘の接種年齢とすべき旨の勧告をし、一九六二年一一月一六日保健大臣はその旨の指示をしたこと、米国においては、同国厚生保健省のネフらが一九六四年に一歳未満の乳児の種痘後脳炎の発生率が高い旨の調査結果を発表し、これに基づいて米国では一九六六年に初種痘年齢を一歳から二歳に引き上げていること、またオーストリアも一九六三年に接種年齢を一歳以上に、西独も一九六七年にこれを一歳から二歳へと引き上げていること、しかしながら、英国のグリフィスの研究を継続発展させた同国のコニベアの一九六四年の報告によると、零歳児、一歳児、二歳以上の三群の間で種痘後脳炎の発生率に若干の差はあるものの、それは有意の差とは認められないとされ、また米国のネフの発表した調査結果によつても同様に零歳児と一ないし四歳児との間に種痘後脳炎の発生率に差はあるものの、統計的に有意の差はないとされ、同国のレインの一九六九年の報告によつても零歳児のほうが一ないし四歳児に比べて統計上有意に初種痘による種痘後脳炎の発生率が高いとはいえないとされていること、西独のエーレングートが一九六九年に発表した論文によると、種痘後脳症の発生率は、生後二四か月までの間では一歳児が最も高く、六か月未満が最も低いことを明らかにしており、一九六八年において、零歳児の死亡率が高いのは、零歳児一般の死亡率が高いことからも説明できるとし、種々の要因を総合して考えると一歳児への初種痘は勧められないとし、初種痘年齢は零歳児(特に六か月未満児)又は二歳児が好ましいとの見解を表明していること、またオーストリアにおいても、零歳児と一ないし二歳児との間に種痘後脳炎による死亡率において統計的に有意の差がないこと、一九七三年当時においても、種痘の世界的権威者であるベネソンは、生後三ないし六か月児に初種痘をするのが良いとの主張をしていること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実からすると、英国において昭和三七年に初種痘年齢を一歳以上に切り上げたのを皮切りに、同三八年にオーストリアが、同四一年に米国が、同四二年に西独がそれぞれ初種痘年齢の引き上げを行つているけれども、右各国の厚生行政の政策変更の基礎とされた各研究者の調査結果には、一歳未満児と一歳ないし四歳児との間の初種痘における副反応の発生率の単純な比較においては差が認められるものの、それが統計上有意の差とは認められないこと及び英国のグリフィスの零歳児の初種痘における種痘後脳炎の発生率が高いとの指摘は、統計学的にこれを実証するデーターがなく、一九七三年当時においても、これに反対する有力な学説が存在したことが明らかである。

(2) 〈乙号証〉に弁論の全趣旨を総合すると、我が国において、前示の欧米諸国における初種痘の年齢変更の事実は、十分に把握しており、昭和三八年には国立公衆衛生院の松田心一を中心とする研究班が痘そうの免疫度に関する調査研究を行つたこと、同三九年には厚生省において一三道府県の協力を得て痘そうの免疫度に関する調査研究を行うとともに、種痘後の副反応の調査研究を行つたこと、しかしながら本格的な調査研究に着手したのは昭和四〇年代に入つてからであり、同四一年以降は被告の研究費補助により全国の小児科の研究者を中心に組織された種痘研究班が種痘の副反応の調査研究等を行い、その結果が予防接種リサーチセンターから毎年予防接種制度に関する文献集として発表され、また一般にも公表されるようになつたこと、同四四年には厚生省の補助金により種痘調査委員会が東京都、川崎市における種痘後の副反応に関する調査を行つたこと、この調査結果によると、合併症の総頻度、中枢神経系合併症(脳炎)、皮膚合併症の発生頻度が一歳以上より一歳未満に高率であるとは認められなかつたこと、ところが、同四五年六月にいわゆる「種痘禍事件」が全国の関心を呼ぶこととなり、同年七月二八日の予防接種部会において、第一期の接種年齢を、生後六か月から二四か月の間の健康状態良好時期にするようにとの意見がまとめられ、これに基づいて厚生省公衆衛生局長は、同年八月五日各都道府県知事宛に「種痘の実施について」と題する通知を発し、これまで生後二か月から一二か月までと定めていた法の定期接種年齢を生後六か月から二四か月の間とし、法による定期に該当する者については生後六か月以降の者のみを対象とするよう指導すべき旨を通知したこと、しかしながらわが国において零歳児が一歳児に比べて安全かどうかのデーターは、それまでの法による定期接種が前示のとおりであつたことから、ほとんど集積されておらず、かつ零歳児が最も安全であるとの支配的な見解もあつて、右の変更に疑問を呈する専門家も多く、当時の英国での合併症の頻度が六か月を境としてかなりの違いがあることに着目し、臨床家の意見もとりいれて最低年齢を六か月に設定したものであること、初種痘零歳児危険説をとなえるグリフィスやコニベアの研究では、乳児に予防接種と無関係に発生する脳炎、脳症があることは既に判示のとおりであるが、この数について把握しなければ予防接種に起因する脳炎、脳症を明らかにできないとされていたところ、これらの点についての考慮が払われていないとの批判があり、これに対し、エーレングートやベネソンは、乳児の急性神経系疾患や乳児の死亡率を考慮して、逆に零歳児は危険でないと主張しており、現在においても、零歳児に初種痘を行うことが危険かどうかについて専門家の間に定説がないこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(3)  以上、(1)(2)の認定事実からすると、被告が、昭和四五年まで初種痘年齢を生後二か月ないし一二か月と定めていたことは、当時の専門家の合理的な見解に従つていたものであり、また、零歳児が最も安全であるとの考えが専門家間で支配的であつた当時に、前示の欧米の学者の反対説が提示されたからといつて、一歳児初種痘を実験的に行い、これによつてデーターを集積することは国民の保健衛生行政の責任を担う厚生省当局として許されないことは明らかであり、結局、昭和五一年の法改正及び政令改正後同年九月一四日衛発七二六号厚生省公衆衛生局長通知により種痘の実施が見合せられる(この点は公知の事実である。)まで、一歳児未満児に初種痘を実施し、あるいは実施するよう行政指導したことについて、厚生省公衆衛生局長らには過失はないというべきである。

原告らが、一歳未満児に種痘をした過失があると主張する本件各被害児についてみると、その接種年月日、接種時の年齢は次のとおりであり、いずれも、その時期、年齢からして、右公衆衛生局長らの過失を問うことはできない。

被害児番号 氏名 接種年月日 年齢

(昭和年月日)

3     塩入信子 38.1.10 九月

8     小林誠 40.3.30 一〇月

16     上田純子 41.4.21 六月

21     四方正太 33.12.11 七月

22     三好元信 45.1.9 五月

26     三原繁 35.3.9 三月

27     中尾仁美 39.9.28 一一月

46     山本実 45.4.15 七月

47     安田美保 50.9.2 一〇月

(三) 腸パラワクチンを廃止しなかつた過失について

被害児番号29福山豊子が昭和三三年六月二三日に腸パラワクチンの接種を受けた事実は、当事者間に争いがないところであるが、原告らは、被告(厚生省公衆衛生局長等)において、右ワクチンは同三三年以前に廃止すべきであつたのに、これをしなかつた過失がある旨主張する。

そこで検討するに、〈乙号証〉に弁論の全趣旨を総合すると、腸チフスは、腸チフス菌の経口感染によつて起こり、菌が血液に侵入することにより生ずる急性の全身性感染症であり、パラチフスは、パラチフス菌による同様の感染症であるが、腸チフスに比べて症状が一般に軽いこと、腸チフス及びパラチフスは、水、牛乳、食物を介して伝染、流行を起こす代表的な伝染病で、衛生状態の悪い地域に多発し、感染源は、患者や保菌者の便や尿で、水による伝染が最も多く、飲食物、とくに牛乳がこれにつぐこと、近代的な衛生環境のよいところでも、食物調理者が健康保菌者である場合は、重大な結果をもたらすことがあること、我が国の患者発生数は、減少の一途をたどつてはきたが、いまだに各地に集団発生がみられ、交通機関の発達、物質流通機構の拡大、冷凍食品の普及などによつて、単一感染源から広範囲な地域に流行の発生する危険性が存在していること、腸チフス及びパラチフスの予防は、公共上水道や私的給水設備の整備、井戸水の衛生的管理、屎尿の衛生的廃棄、牛乳、乳製品の衛生的管理、貝類の衛生的処理等の環境衛生の改善と、病後回復者、保菌者等の永続保菌者の監視に重点をおくことが基本である(この点は当事者間に争いがない。)が、予防接種はこれらの対策と併用して有用であり、一般衛生状態の悪い時には、予防接種は重要な予防対策の一つであること、腸チフスワクチンの有効、安全であることは、古くからの使用実績や、調査研究の成果により確認されており、パラチフスワクチンも同様に考えられてきたこと、そして、腸チフスワクチンは、一九世紀末に英国等において開発されて以来、パラチフスワクチンも含めて、その改良と実用化が進められてきたが、我が国でも明治四三年以来、陸軍で腸パラ予防接種が実施され、大正五年からは海軍でも実施されているが、このような軍隊等における使用により、接種後の患者発生数は、いずれも明らかに激減し、軍隊だけでなく一般にもワクチンの有効安全であることが認められており、又、米国等の諸外国においても、広く腸パラ予防接種が行われ、その効果が認められており、とりわけ、終戦当時、米国においては、過去四〇年にわたる強制接種成績から、その結果は決定的であるといわれていたこと、ところで、腸パラ予防接種は、予防対策としては補助的対策であつて他の対策を併用して有用となるため、その定期接種が必要か否かは、上下水道の整備等の環境衛生対策と、永続保菌者の監視等の感染源対策によつて、流行を防ぎ得るか否かにかかつているところ、終戦後は、国内の混乱、極度に悪化した衛生環境等により、腸チフス及びパラチフスが大流行するところとなり、昭和二二年には米国から分与された菌株に基づくワクチンにより全国的に予防接種を実施した結果、同二一年の腸チフス及びパラチフス患者は、五万三〇〇〇人余りであつたのが、同二二年には二万二〇〇〇人余りと半数以下に減少したこと、このような予防接種の効果と我が国の腸チフス、パラチフスの全国的な流行状況、危険性、荒廃した環境衛生等にかんがみて、同二三年に予防接種法が制定された際、腸パラ予防接種を定期接種と定めたものであつたこと、もつとも、学界の一部にはワクチンの効果に関し疑問を抱く者もあつたが、ワクチンの効果は使用実績や野外実験等によつて確認されていたのであり、しかも右当時までの腸パラ予防接種の有効性、安全性に関する文献例も多数あつたものであるから、大部分の専門家は定期接種の継続を是としてこれを支持してきたこと、しかも、当時における我が国の環境衛生の整備改善の進展が、必ずしも十分とは言えなかつたことを考えると、このような学界の大勢も当然と考えられたこと、その後、同二六年から同二八年にわたり、国の研究費補助により腸チフス、パラチフス研究班が行つた腸パラ混合ワクチンの研究結果によつても、全国一八の伝染病病院に入院した腸チフス、パラチフス患者と赤痢患者とを比較検討した結果、当時市販の腸チフスワクチンの予防接種により接種後一年以内では明らかに発病防御効果があり、発病率を二分の一から三分の一に減少させると結論され、腸パラ予防接種の有効性、安全性が確認されていたこと、ところが、腸チフス、パラチフス患者の発生は、戦前から終戦後にかけては毎年年間数万名に及んだが、その後予防接種等の防疫対策の推進、上下水道の普及をはじめとする生活環境の整備向上によつて減少し、また抗生物質の普及等の結果、患者の致命率も減少した(それでも同三五年までの腸チフス患者の発生は毎年一五〇〇人以上であつた。)こと、しかしながら同三〇年当時の日本の上水道普及率は32.2パーセントでかなり低く、同三五年でも五三パーセントにすぎず、同三〇年度の日本の水洗便所、下水処理・糞尿処理浄化槽の普及率は、それぞれ6.4パーセント、3.3パーセントであり、同四一年度でも7.4パーセント、8.7パーセントにすぎなかつたこと、同三〇年ころの一般的見解としては、戦後腸チフス、パラチフス患者が激減した原因については、同じ経口伝染病である赤痢が当時大流行していたことから考えても、腸パラワクチンの予防接種の効果であるとされており、さらに同三二年ころ、公衆衛生院の疫学部長松田心一らの調査の結果、推計学的計算により腸チフスワクチンの接種者と非接種者の間にワクチンの効果につき有意の差があるとされていたこと、しかも、WHOの後援によりユーゴスラビア、英領ギアナ、ポーランド、ソ連等で一九六〇年(昭和三五年)以降一九六五年(昭和四〇年)にかけて行われた国際標準腸パラワクチンの効果についての野外実験の結果、腸チフスワクチンに一定の効果があることが認められ、また、一九六〇年の第一三回WHO総会における技術討議の開会演説でも、ツダノブは「人々の衛生状態が悪いため、腸チフスに比較的高率に罹病しているような国においては、予防接種は重要な対策ともなろう。適切に計画された予防接種であれば腸チフス罹患率をかなり減ずることができる」旨述べ、クリュックシャンクも、予防接種が他の防疫方法と並行して有用であるものとして腸チフスをあげており、あるいは、ホーニックの実験によつても一定の菌量の腸チフスに対しては、ワクチンの効果が認められ、いずれにしても、腸チフス予防接種の採用を禁止していなかつたものであること、しかし、他面、チフス菌検出の困難性、定型的症状の変化等を招来した事情のため、発症から診定までの期間の延長、診断の困難性をきたし、これが流行の発生、拡大の要因となり、昭和四一年には前年を上廻る患者の集団発生をみたこと、この対策としては、平常時における回復者、病原体保有者、特に永続保菌者の完全な把握と長期間の管理並びに患者発生時における流行の早期認知、流行の規模の把握、感染経路の究明、感染源の確認に必要な疫学調査の適正な実施等が重要であるところ、腸チフス、パラチフスの保菌者の管理は、非常に困難であり、全国的視野で患者発生状況が分析されるようになつたのは、昭和四一年以降であつたこと、腸パラワクチンの定期強制接種の廃止論としては、福見秀雄が昭和四一年一〇月に伝染病予防調査会腸チフス予防接種小委員会において、感染源の追跡が可能となつており、患者数が毎年減少していること等の理由から、右強制接種の廃止を提案したことがあつたが、その当初は廃止に反対する意見の方が多数であつたこと、その後、厚生省は、右調査会の意見に基づいて、同年一一月一六日「腸チフス対策の推進について」と題する公衆衛生局長から各都道府県知事及び政令市長あて通知を発して、防疫対策の強化を図つたこと、同調査会は、同年一〇月八日腸チフス、パラチフス患者の減少傾向と右防疫対策の強化や生活環境の整備等の状況の変化に対応して、腸パラワクチンの定期予防接種の継続の要否について検討を始め、同四三年一月二九日に開催された同調査会総括部会において、今後の環境衛生施策の充実と前記公衆衛生局長通知による腸チフス防疫対策が強力に推進されることを前提として、「腸チフス、パラチフスの定期予防接種を廃止する。ただし臨時又は任意接種については従来どおりとする」旨の結論が承認され、このような伝染病予防調査会の意見に基づいて予防接種法の一部改正案が国会に提出され審議の結果、昭和四五年第六三国会において可決成立し、腸チフス、パラチフスの予防接種は定期接種の対象からはずされ廃止されるに至つたこと、なお、WHOが一九六〇年(昭和三五年)にまとめた資料によれば、昭和三三年当時腸パラワクチンの接種を行つていない国は、主要な二五か国中わずか一ないし二か国にすぎなく、他の国では任意ないし一部強制としての接種が行われていたことが明らかであり、また、予防接種行政にかけても先進国と考えられている米国において、予防接種諮問委員会が定期的な腸チフスの予防接種は勧奨できないとの勧告を発表したのは一九六六年(昭和四一年)五月になつてのことであり、しかも、その勧告の中でも腸チフスワクチンの有効性は否定されていないこと、以上の事実が認められ、右事実を左右するに足りる証拠はない。右事実からすると、昭和三三年前後当時において、厚生省公衆衛生局長らにおいて、腸パラワクチンの接種を存続させたことに相当な理由があり、従つて、これを廃止しなかつたことに過失はないことは明らかであり、原告らの主張は採用することができない。

(四) インフルエンザワクチンを廃止しなかつた過失について

被害児番号48藤井崇治が昭和四三年一二月四日にインフルエンザの勧奨接種を受けたこと、厚生省が昭和三二年以来、インフルエンザワクチンの実施に関する通知を発し、右予防接種の勧奨を行政指導してきたことは当事者間に争いがない。原告らは、インフルエンザワクチンの有効性には疑問があり、インフルエンザは良性の疾患であり、二歳以下の乳幼児には副作用発生の危険が大であるから、右被害児が本件予防接種を受ける前の昭和四二年までには、インフルエンザワクチンの勧奨接種を廃止するとともに、右の年齢層に対しては一切接種を行わないよう措置すべきであつた旨主張する。そこで検討するに、〈乙号証〉に弁論の全趣旨を総合すると、インフルエンザは、全身症状として、発熱、頭痛、全身倦怠、違和感、腰痛、四肢痛、関節痛などが、呼吸器症状として、くしやみ、咽頭痛、鼻閉、咳などが、また、軽度の消化器症状として、食欲不振、嘔吐、腹痛、下痢などがみられるほか、合併症として、肺炎、気管支炎、脳炎、心筋炎などを伴う極めて伝染性の強い急性呼吸器系伝染病であり、大正七、八年にかけてのスペインかぜの流行の際は、全世界の罹患者は七億名、死者二〇〇〇万名を超えたと言われており、日本においてもインフルエンザによる死亡者数は昭和二〇年以降においても相当数にのぼつており、特に、学齢期の罹患率が高いうえに、幼児及び老年期に高い死亡率を示すとともに、インフルエンザの大流行の年には総死亡率の著明な増加があり、肺炎、気管支炎等の合併症をおこして死亡する率は多く、インフルエンザを死因とする統計学的数値の何倍かに達すると推定されていること、他方、インフルエンザに対して有効な化学療法剤ないしは化学予防剤が発見されていないので、ワクチンの接種は、今日科学的に有効な唯一の予防手段とされていること、我が国において、インフルエンザワクチンの接種を勧奨することを行政指導する直接的契機となつたのは、昭和三二年から同三三年にかけてのアジアかぜの流行で、それは、報告されたものだけでも患者数九八万三一〇五人、死者七七三五人を数え、特に、乳幼児の罹患率はかなり高く死亡率も老人についで高かつたため、同三三年頃においては、乳幼児はインフルエンザに弱くワクチン接種が必要であるとするのが小児科医一般の考え方であり、伝染病予防調査会においても、乳幼児のインフルエンザによる死亡率は高いからハイリスクグループに入れるべきであるとする意見があり、WHOにおいても、乳幼児は高齢者とともにインフルエンザに感染した場合生命に危険があるから、インフルエンザワクチン接種の優先的対象者とすべきであるとしていたこと、また、アジアかぜの流行時に、小、中学校の学童が流行増幅に果たしている役割について全国的に詳細な調査が行われたが、そこでは、小、中学校の学童の罹患率は明らかに高く、小、中学校が流行増幅の場になつていることが判明したため、被告は、同三二年以後、小、中学校等流行拡大の媒介者となる者、乳幼児・老齢者等致命率の高い者、警察・消防署等公益上必要とされる職種の人々に対してインフルエンザワクチンの予防接種を勧奨することを行政指導したこと、また、同三七年から行われたインフルエンザ特別対策の実施に当たり、伝染病予防調査会において、インフルエンザの流行の拡大、伝播の経路として重要部分をしめる小、中学校の学童に接種することが、流行増幅を抑えるのに一定の効果があるとの福見秀雄の提案が採用され、被告は、同三七年以降は、インフルエンザの流行は集団生活をする小児を中心として起こり、これが地域社会に拡大するという疫学調査の結果に基づいて、流行増幅の場である人口密度の高い地域の保育所、幼稚園、小、中学校の児童を対象に特別対策を実施してきたこと、この特別対策は、WHOを通じて諸外国の情報交換や各都道府県の協力を得て行う流行予防調査等に基づき、抗原構造の変異等に関する科学的予測の裏付けのもとに実施されているものであること、同三二年にインフルエンザ予防接種の勧奨を行政指導するにつきインフルエンザワクチンの有効性等を示す資料として参考としたのは、米国における一九四〇年代から五〇年代にわたるフランシス、ダベンボートらの軍隊等での野外実験の結果や、英国における一九四〇年代以降の医学研究審議会による野外実験の結果であり、我が国における研究としては、昭和二三年の山本繁夫、福見秀雄らの接種実験、同二五、六年の佐野一郎、長木大三、深井孝之助らの接種実験、同二七年の文部省科学試験研究費によるインフルエンザ委員会の野外実験等であつたこと、インフルエンザの接種開始後、その有効性を確認するデーターとしては、国立病院ウイルス病共同研究班・医療一五巻一二号九四一ページ(一九六一年)、園口忠男・第一六回日本医学界総会学術講演集第二巻二四四ページ(一九六三年)、佐野一郎・最新医学一四巻二号四八五ページ(一九五九年)、園口忠男ほか・日本公衆衛生雑誌七号四八五ページ(一九五九年)、同・診断と治療五二巻二号二〇八ページ(一九六四年)、同・日本医事新報二三三五号二一ページ(昭和四四年)等があり、これらによると、インフルエンザワクチン接種によつて血球凝集阻止抗体(HI抗体)価が一二八倍以上あれば、まずインフルエンザには罹患しないという効果が期待でき、HI抗体価が六四倍から一六倍位であれば、発症は軽くて済むという効果が期待できるとされており、また、インフルエンザの罹患率曲線と免疫度分布曲線によつてインフルエンザワクチンの効果率を計算すると、流行ウイルスとワクチンの抗原構造が一致した場合その効果率は約八〇パーセントになること、もつともインフルエンザウイルスは、その抗原構造に変化を起こしやすく、流行のたびに少しずつ抗原構造のずれを生じ、殊にA型ウイルスにおいては、このような連続的変異の他に、突発的な不連続変異を起こすことが知られていること、その結果、ある流行でインフルエンザに罹患して免疫を獲得した者が、抗原構造の若干異なる他の流行に曝された場合には、そのずれの分だけ免疫水準が低いこととなり、場合によつては再罹患することとなり、更に、流行株に抗原構造の不連続変異が起こつた場合には爆発的な流行を起こすことになること、このことは、ワクチンについても同様であつて、ワクチン株と流行株との間には抗原構造のずれが起これば、その分だけ効果が低下することになるが、毎年インフルエンザワクチンを接種することにより、接種したワクチンの株と実際に流行したインフルエンザの株との間の抗原構造がずれたとしても、若干でも共通抗原がある限り、翌年の接種において一定の追加免疫効果が期待できるという面があること、右のようなウイルスの変異があることを考慮しても、有効な化学療法剤若しくは化学予防剤がまだ開発されていないに等しく、ワクチンが科学的に有効な唯一の方法となつているのが現状であり、流行が予測されるウイルス株を用いてワクチンを製造することが流行抑止に最も有効な手段であつて、他に満足すべき方法はないこと、そのため、WHOではインターナショナル・インフルエンザ・センターを設けて全世界的な探知網をめぐらしインフルエンザに関する各国の情報を集め、流行の初期の段階でその年に流行が予想されるインフルエンザの型を決定しており、我が国でも、国立予防衛生研究所内にあるナショナル・インフルエンザ・センターは、WHOと情報交換をし、国内において接種すべきワクチン株を決定し厚生省に勧告しており、厚生省においても、疫学調査や流行予測事業等を行つて毎年インフルエンザの流行株の把握等に努めてきていること、しかし、現在の医学水準では、ワクチン株と流行株間の抗原構造のずれを、完全に埋めるまでには至つていないものであること、ところで、昭和四〇年ころから、インフルエンザワクチン接種による副反応に対する関心が高まり、同年一二月には、インフルエンザ予防接種の死亡例が五例報告されたが、厚生省は、専門家の参集を依頼して検討会を開催して検討した結果、その死亡例は特異体質と考えられる一例を除き、従来の予防接種による典型的なショック死とはかなり異なつており、予防接種と関係があるとは必ずしもいいがたいと考えられ、予防接種中止には反対の意見もあつたため、同四〇年一二月一一日「インフルエンザ予防接種の取扱いについて(衛発第八三〇号各都道府県知事あて、厚生省公衆衛生局長通知)」を発して、インフルエンザ予防特別対策は従来どおり推進すること、乳幼児の予防接種については、格段の注意をもつて実施すること、問題のあつたワクチンは念のため検査を行うこと、及び死亡例五例の検討結果等を通知したこと、また、その後インフルエンザ予防接種後の死亡例が同四一年に三例、同四二年に五例報告され、同四二年には、乳幼児への集団接種で発熱し加療中との報告もあつたため、厚生省は、専門家の参集を得て打合会を開催して検討し、その結果、同年一二月四日「二歳以下の乳幼児に対するインフルエンザ予防接種の取扱いについて(衛発第八七六号各都道府県知事あて、厚生省公衆衛生局長通知)」を発して、一般家庭における乳幼児はインフルエンザ感染の機会が少なく、また成人に比して二歳以下の乳幼児は副反応の頻度が高いので、慎重な予診、問診等を実施し、対象の選択に留意すること、一般家庭における二歳児以下の集団接種は好ましくなく、乳幼児をもつ保護者等の予防接種の励行をはかること、集団生活を営む保育所等の二歳以下の乳幼児については、従来どおり特別対策を実施し、実施に当たつては体温測定を全員に行うなど慎重に行うこと等を指導したこと、もつとも、同年当時においても、インフルエンザは小児にとつて年間一〇ないし二〇パーセントは経験されるものであり、重要なウイルス病因であるから、インフルエンザワクチン接種推進の価値が大きいとする見解があり、また、その当時インフルエンザによる死者が多かつたこともあつて、インフルエンザワクチンの接種を廃止できなかつたものであること、そして、同四六年には、これまで報告された予防接種後の死亡例や発熱例などにつき専門家による検討を行い、その意見に基づいて同年九月二九日「インフルエンザ予防接種特別対策実施上の注意について(衛防第二〇号各都道府県衛生主管部(局)長あて、厚生省公衆衛生局防疫課長通知)」を発して、二歳以下の乳幼児は成人に比して重篤な副反応の発生の頻度が高いこと、これらの年齢層はインフルエンザ感染の機会が少ないこと等にかんがみ、インフルエンザの流行が予測され、感染による危険が極めて大きいと予測される十分な理由がある等特別の場合を除いては、勧奨を行わないよう指導したこと、しかし、その後も、同五〇年当時においても、乳幼児はインフルエンザの被害を受けやすいからこれをインフルエンザワクチンの接種対象とすべきであるとの見解があり、また、一九八〇年(昭和五五年)から、一九八一年(昭和五六年)にかけて米国ではインフルエンザの大流行があり、超過死亡数は一五万名以上と推定されたが、我が国においては小、中学校の学童にインフルエンザワクチン接種を実施しているので流行の拡大がかなり防止されたとする見解があつたこと、なお、インフルエンザワクチン特有の危険性として、アレルギー反応や雑菌の内毒素による副作用の危険性が高いことが指摘されているが、卵アレルギーの存在については問診により容易に知り得るものであり、鶏卵に付着している雑菌がワクチンに混入する可能性があることについては、精製法の進歩、鶏舎の管理チェック等により非常に減少しており、また、インフルエンザワクチンは、生物学的製剤基準に基づいて製造され、有効性と安全性のための各種の試験を経ているものであつて、子供のころから毎年インフルエンザワクチンの接種を受けたことによりアナフィラキシーショックが起こつたという例は今までに存在していないことからみても、必ずしもこれが副作用の危険性が高いものとはいい得ないこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠がない。以上認定の事実からすると、インフルエンザは極めて伝染性の高い急性呼吸器系伝染病であり、これに対する有効な予防方法はワクチンの接種のみであること、特に、乳幼児へのインフルエンザワクチンの勧奨接種はアジアかぜの流行時における乳幼児の罹患状況が一つの根拠となつており、流行阻止のためではなく、乳幼児は身体機能の未発達なところがあつて、インフルエンザのような熱性疾患に罹患した時には成人に比べて重症になる危険性が高いとの乳幼児の個人防御の考えに基づくものであり、この考えはWHOをはじめ我が国の多数の専門家の支持を得ていたこと、インフルエンザワクチンの有効性を示すデータが数多くあつたこと、一方、二歳児以下の乳幼児に重篤な中枢神経系の副作用が生じやすいということは昭和三〇年代はもちろん、同四〇年当初の時点においても明らかであつたとはいえず、まだその認識はなかつたこと、さらには、同四二年当時及びその後においてもインフルエンザの一般接種の是非については各専門家の間においても見解の対立があつたことが明らかであり、従つて、我が国において、同四二年までの間に二歳児以下の乳幼児に対してインフルエンザワクチンの勧奨接種を実施してきたことには合理的な根拠があつたもので、かつ、被告の施策としてその裁量の範囲内にあるものというべきである。そうだとすると、被害児藤井崇治にインフルエンザワクチンを接種当時、被告にこれを廃止すべき注意義務はなく、これを存続したことに相当の理由があるから、被告に過失はなかつたと認められるので、原告らの主張は失当である。

(五) 百日咳ワクチン、二種混合ワクチン、三種混合ワクチンの接種量を誤つた過失について

原告らは、WHOが昭和三八年以降一回あたりの接種菌数の上限値を二〇〇億個と定めていたにもかかわらず、被告において、右基準に従わず、これを上回る菌数のワクチンの接種を実施させたこと及び百日咳ワクチンの効果が確認された同三一年以降には菌量を減らすべきであつたのにこれを怠つた点に過失がある旨主張し、証人大谷杉士は右主張にそう供述をしているところ、我が国における百日咳単味ワクチン及び混合ワクチンの接種菌量の変更の内容が次表のとおりであることは、当事者間に争いがない。

百日咳単味ワクチン

年月

菌濃度

初回接種(1期)

追加接種

(2期)

第1回

第2回

第3回

24.5

150億個/cc

接種液量

菌量

1.0cc

150億個

1.5cc

225億個

1.5cc

225億個

3.5cc

600億個

1.0cc

150億個

46.7

200億個/cc

接種液量

菌量

1.0cc

200億個

1.5cc

300億個

1.5cc

300億個

4.0cc

800億個

1.0cc

200億個

48.3

200億個/cc

接種液量

菌量

0.5cc

100億個

0.5cc

100億個

0.5cc

100億個

1.5cc

300億個

0.5cc

100億個

混合ワクチン

年月

菌濃度

初回接種(1期)

追加接種

(2期)

第1回

第2回

第3回

33.2

240億個/cc

接種液量

菌量

0.5cc

120億個

1.0cc

240億個

1.0cc

240億個

2.5cc

600億個

0.5cc

120億個

46.7

200億個/cc

接種液量

菌量

0.5cc

100億個

1.0cc

200億個

1.0cc

200億個

2.5cc

500億個

0.5cc

100億個

48.3

200億個/cc

接種液量

菌量

0.5cc

100億個

0.5cc

100億個

0.5cc

100億個

1.5cc

300億個

0.5cc

100億個

右争いのない事実に、〈乙号証〉に弁論の全趣旨を総合すると、厚生省は、昭和二四年、厚生省告示第一〇一号により、「百日咳ワクチン基準」を定め、菌量については、その中で「1.0cc中に150億以上の菌を含有しなければならない。」と規定したが、これは、後記k抗原に関する細菌学的知見が得られていなかつた当時において、百日咳菌が人工培地上で容易に変異をきたして毒性を失うと同時に、ワクチンとしての効力を失うため、ワクチンを作るには新鮮分離株で作成し、一ml(1cc)中の菌量は一五〇億個以上必要と考えられていたことによるもので、従来の専門家の研究の成果に基づき薬事委員会の意見を徴した上規定したものであつたこと、このように定めるについては、一九四八年に米国で作られた基準、すなわち米国ミシガン州の二〇〇億の菌数を一か月間隔で三回計約六〇〇億接種するという基準等を参考にしていること、同三一年には、同二四年の右基準を廃止して、厚生省告示第四号により新たに基準を制定し、製造用の菌株をⅠ相菌(百日咳菌は、以下にのべるk抗原を有するⅠ相菌と、これを有しないⅢ相菌に分けられるが、新鮮分離株は通常Ⅰ相菌であつて、継代培養を重ねると両者の中間であるⅡ相菌を経てk抗原を失つたⅢ相菌に変わる。)としたこと、これは百日咳菌の菌体成分であるk抗原(百日咳菌血清中の凝集素を吸収する活性をもつものとして取り出された菌体表面を覆つている物質)が、抗体産生のうえで重要であるとの医学の知見に基づくもので、一九五三年にk抗原の細菌学的知見が発表されて以来、専門家による研究の結果に基づき、中央薬事審議会の意見を求めたうえで制定されたものであること、菌量については、一ml中に一五〇億個の菌を含むように原液を希釈することに変更したことは、k抗原の細菌学的知見をワクチン製造に採用し、一ml中の菌量は一五〇億個で十分と考えられたことによるものであつたこと、同三三年には、厚生省告示第一九号により百日咳ジフテリア混合ワクチン及び沈降百日咳ジフテリア混合ワクチン基準を制定し、百日咳ジフテリア混合ワクチンを使用できることとしたが、これは国の研究費補助により行われた同三一年以降三年間にわたる百日咳ワクチンの改善に関する研究班とジフテリア及び百日咳混合ワクチンに関する研究委員会の共同研究の結果、混合ワクチンの有効性、安全性が確認されたことに基づき、中央薬事審議会の意見を徴したうえで定められたものであること、菌量については、一ml中に百日咳菌二四〇億個を含むようにすることとしたが、混合ワクチンについては、百日咳単味ワクチンより接種量を減じたこと(接種する菌量は、単味ワクチンとほぼ同量である)、同三九年には、厚生省告示第四号により百日咳ジフテリア破傷風混合ワクチン及び沈降百日咳ジフテリア破傷風混合ワクチン基準を制定し、百日咳ジフテリア破傷風菌混合ワクチンを使用できることとしたが、これは、同三五年国立公衆衛生院の染谷四郎博士を中心とする三種混合ワクチンの実用化に関する研究の成果に基づき、中央薬事審議会の調査、審議を経て定めたものであつたこと、菌量については、一ml中には、百日咳菌約二四〇億個を含むようにすることとしたこと、同四六年には、厚生省告示第二六三号により従来の基準を廃止して新たに生物学的製剤基準を制定し、百日咳ワクチン(混合ワクチンを含む。)の菌量について、一ml中の菌数が二〇〇億個を超えないようにしてつくることとしたが、これは専門家による研究の結果、ワクチンの改良が進んだことにより、中央薬事審議会の意見に基づいて定めたものであること、この規定の趣旨は、百日咳ワクチンは効果と安全性に関する諸検査に合格しなければならないが、そうであつても菌量は一ml中二〇〇億個を超えてはならないということであり、この上限の決め方は、百日咳ワクチンの製造には、力価が変動する要素を内包しているため、ワクチンの有効性を確保するという観点から、ある程度の幅をもたせたものであること、そして、その間、日本における専門的研究成果が集積され、また、力価の安定したワクチンが作られるようになつたことから、伝染病予防調査会予防接種部会等において検討が重ねられ、その結果、日本のワクチンの力価が高すぎるとの見解が反映され、同四八年及び同五一年に接種量や菌数についての基準が改正されたこと、我が国の百日咳ワクチン基準(混合ワクチンを含む。)では同四三年の改正により力価について国際基準との関連規定が新設されているが、それ以前のワクチンの力価を国際単位で表わすことは不可能であり、同四三年の改正後の基準及び同四六年新基準による力価を国際単位で示すと、百日咳ワクチンについての、同四三年以降の基準では、10.8単位/mlであり、同四六年以降の基準では、14.4単位/ml以上であり、混合ワクチンについては、同四三年以降の基準では、17.28単位/mlであり、同四六年以降の基準では、14.4単位/ml以上であること、ところで、WHOの基準は、四国際単位を三回、合計一二単位接種することとしており、この一二単位を菌量で換算すると約一六〇億個となるというのは、ワクチン中の実際の菌量が一六〇億個であることを意味するものではない(すなわち、国際単位と菌量の関係は直接比例するものではなく、一単位は国際標準品―標準品は被検品と同時に力価測定実験を行い、両者を比較して被検品の力価を測定しようとするもので、国際標準品はWHOが力価の国際的統一をはかるため定めた標準品である。―1.5mgのもつ活性(力価)と定義されているが、活性は菌量のほか菌株や不活化の方法等も関係するから、一二単位が一六〇億個の菌量に相当するというのは、一二単位の力価のあるものは、菌量が一六〇億個とみなすという意味にほかならない。)こと、しかも、ワクチンの用途は、その効果と安全性を考慮して決められるから、ワクチンの改良を離れては論ぜられないところ、百日咳ワクチンは、Ⅰ相菌を用いて作られるが、実際の製造における便用菌株や不活化法によつて力価が変動しやすい事情及び我が国では、同三〇年から同四三年ころまでは、百日咳ワクチンの検定において力価が足りないで不合格となつたものが非常に多かつた事情を考慮して、同四六年の新基準以前の基準では一ml中の百日咳菌を、単味ワクチンは一五〇億個、混合ワクチンは二四〇億個含むよう定められていたものであつたこと、一九六三年(昭和三八年)にWHOは百日咳ワクチンに関して国際基準を定めたが、元来、WHOの基準は国際間のワクチンの供給や研究開発を促進する目的で定められたもので、各国政府に対し拘束力をもつものではなく、各国は国内で実施するワクチンについてWHOの基準を参考としつつ、その国の実情に応じて規定を設けていること、WHOの標準ワクチンの一回接種量は四単位以上とされているのに対し、わが国では7.2単位の接種が行われているのは、検定誤差等を考慮してのことであつて、百日咳ワクチン四単位以上に力価を上げても防御効果はさほど上がるものではないが、四単位より下まわつた場合はたちまち効果がなくなるものであり、四単位といつてもデリケートな条件の動物実験を行つて決めるものであるから、同一人が同一ロットのワクチンを検定しても三倍位の差が生じ、四単位とされていても1.3単位しかないという可能性もあり、7.2単位としておく方が効かないワクチンが出て来る可能性が少ないことによるものであること、その後、我が国では、同四六年には、百日咳ワクチン(混合ワクチンを含む。)について一ml中の菌数は二〇〇億個を超えないようにと改め、WHOの基準の一回接種菌量二〇〇億個以下という点を採り入れたが、これは、当時専門家の間では、百日咳ワクチン接種後の発熱が菌量に相関することが定着した意見となり、副反応を減らすには接種量は少ないほど望ましいと考えられていたが、他方、同年ころには、専門家の研究も進んで、Ⅰ相菌をより多く含む実用的な百日咳混合ワクチンを安定的に製造できるようになり、菌量を少なくしても力価を確保できるようになつたことによるものであること、なお、ワクチンの効果は、その力価だけでなく、用法、用量によつても差が出るが、ワクチンの改良による力価の安定性と用法、用量についての調査研究の成果の集積にともない、厚生省は同四八年に用法、用量を改正し、定期一期の二回目、三回目の接種量を各0.5mlに変更したこと、百日咳ワクチンの接種による局所発赤、腫脹、発熱等の通常の副反応は、ワクチンに含まれる副反応惹起物質の量に関係するので、目的とする効果が得られる範囲で用量はなるべく少ないことが望ましいことは当然であるが、他方、接種後、脳症、ショック等の副反応の発生頻度については、従来の用量であれ、改正後の用量であれ、用量ないし菌量の差とは関連がないと考えられているうえ、日本のワクチンの菌量とWHOの国際標準ワクチンの菌量の差程度によつては影響を受けないとの見解があること、また、WHOの基準は、四国際単位で三回を有効性の下限としてそれ以上の力価を要求しており、安全性は、一回の接種量が二〇〇億個をこえてはならないとして菌量規制の点に求めていると解せざるを得ないから四×三=一二単位の(みなし)菌量約一六〇億個をこえる菌量の定めは違法ということにはならないこと、一方予防接種でも先進国といつてよい米国では、NIH(米・国立衛生研究所)の参考ワクチン六〇〇億個のマウス力価を一二単位と呼ぶことにし、これと比較したとき八ないし三六単位のワクチンを許容範囲とし(一九五二年七月)、下の限界はマウス試験の誤差を考慮して小児の免疫獲得を保証するためであり、上の限界は必要以上の注射を避けて、好ましくない副作用を少なくするためであるとされており、我が国の菌量はこれに照らしてみると、その許容範囲内にあり、更に、一九五六年における諸外国の菌量と比較してみても、日本の菌量が多いとは必ずしもいえない状況であること、更に、日本においては、百日咳ワクチンについて四つの安全試験が行われており、WHOの定める基準よりも厳格であつて、ワクチンの品質管理という点では世界のトップクラスにあること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。以上認定の事実からすると、被告(厚生省公衆衛生局長等)が、行つてきた百日咳ワクチンの接種量、菌量についての規定の改正作業に不適切なところがなく、昭和四六年一一月当時において、我が国の百日咳ワクチン接種量、菌量については専門家間に見解の対立が存し、未だ確立した知見が存在していなかつたことが明らかであり、右原告らの主張及び証人大谷杉士の供述は、これを採用することができず、他に原告らの右主張事実を認めるに足りる証拠はない。よつて、原告らの右主張は、採用できない。

(六) 禁忌事項の設定を誤つた過失について

原告らは、本件各予防接種を実施するにあたり、集団接種を前提とする場合には、健康であることの明らかな者のみを選んで接種し、被接種者の身体的条件に疑問がある者は集団接種からはずして個別接種による慎重な配慮の下で、接種の是非を決定すべきであるとし、被告において予防接種実施要領等で定めた禁忌の外に、①未熟児ないし低出生体重児として生れた者、出生時に異常のあつた者、②発達遅滞にある者、虚弱体質者、③風邪をひいている者、④下痢をしている者、⑤病気あがりの者、⑥アレルギー体質の乳幼児及び両親又は兄弟にアレルギー体質者がいる乳幼児、⑦これまでの予防接種で異常のあつた者、⑧けいれんの既往のある者及び両親又は兄弟にけいれんの既往のある者及び⑨種痘につき皮膚疾患のある者、以上の九類型に属する者についても禁忌事項とすべきであつたのに、被告(厚生大臣等)は、禁忌事項の設定を誤り、禁忌の重要性を看過して、集団接種により、接種すべきでない者に対して本件各予防接種を実施させた過失があるとする旨の主張をするので判断する。

(1) 〈甲号証〉、平山証人の証言に弁論の全趣旨を総合すると、

予防接種は大なり小なりの副反応を伴い、稀には重篤な症状を呈することがあり、これらの副反応の発生要因の多くは現在の医学水準からしても十分に明らかにされてはおらず、学説の一つとして発表されていたり、仮説とされているものがあることは、既に認定したところであるが、かような重篤な副反応が現実に発生している以上、これにつき確固とした医学的因果関係の明らかなものはもちろんのこと、因果関係が明らかとはいえないものであつても、重篤な副反応、合併症発生の蓋然性が高いと考えられる特定の身体的状態を禁忌として、予防接種の対象から除外することは、医学上当然の措置であり、しかして、いかなる身体的状態を禁忌とするかは、その時の医学の進歩の状況に応じて考慮されるものであるが、それは予防接種の歴史の中から経験の積み重ねにより決められるべきものであるとともに、実際に接種する医師の判断が優先されるべきものであると考えられること、法制度としても、このような医学上の措置に法的根拠を与える必要があるので、厚生省は各予防接種施行心得(厚生省告示)や予防接種実施規則(厚生省令)に予防接種の禁忌を規定してきたのであり、我が国における禁忌事項の設定の経緯をみると、次のとおりであること、すなわち、①昭和二三年六月当時、種痘に関し「種痘施術心得」(明治四二年一二月内務省告示第一七九号)が制定、施行されており、その第一一条において「施術者ハ受痘者ノ健康状態ニ注意シ左ノ各號ニ該当スル者ニハ成ルヘク種痘ヲ猶豫スヘシ但シ第四號ヲ除ク外痘瘡流行ノ場合ハ此ノ限ニ在ラス

一  出生後九十日未満ノ者

二  著シク栄養障害ニ陥レル者

三  蔓延性皮膚病ニ罹リ居ル者

四  熱性病又ハ重症疾病ニ罹リ居ル者」

と規定され、右一ないし四が禁忌事項としてあげられており、②昭和二三年一一月一一日、予防接種施行心得(厚生省告示第九五号)が制定され、右告示によつて「種痘施術心得」が廃止されるとともに「種痘施行心得」、「ジフテリア予防接種施行心得」、「腸チフス、パラチフス予防接種施行心得」、「発しんチフス予防接種施行心得」及び「コレラ予防接種施行心得」が定められ、右種痘施行心得の八項において、

「禁忌

左の各号の一に該当する者にはなるべく種痘を猶予する方がよい。但し、痘瘡感染の虞が大きいと思われるときにはこの限りでない。

(一)  著しく栄養障害に陥つている者

(二)  まん延性の皮膚病にかかつている者で、種痘により障害を来す虞のある者

(三)  重症患者又は熱性病患者」

と規定され、右(一)ないし(三)が種痘に関する禁忌事項とされ、右ジフテリア予防接種施行心得の八項においては、

「禁忌

脚気、心臓又は腎臓の疾患で相当な疾病がある者及び胸腺淋巴体質の疑がある者等に対しては予防接種を行つてはならない。」

と規定され、右事項がジフテリア予防接種に関する禁忌事項とされ、右腸チフス、パラチフス予防接種施行心得の八項において

「禁忌

有熱患者、心臓並びに血管系、腎臓その他内臓に異常のある者、結核、糖尿病、脚気、病後衰弱者、胸腺淋巴体質の疑がある者、妊産婦(妊娠六箇月までの妊娠を除く。)等に対しては接種を行つてはならない。」

と規定され、右事項が腸チフス、パラチフス予防接種に関する禁忌事項とされたこと、また、発しんチフス予防接種心得の七項において、

「禁忌

鶏卵に対し特異体質を有する者、有熱患者、心臓並びに血管系腎臓その他内臓に異常のある者、糖尿病、脚気、病後衰弱者、胸腺淋巴体質の疑がある者、妊産婦(妊娠第六箇月までの妊婦を除く。)五才以下の者等に対しては、接種を行つてはならない。」

と規定され、右事項が発しんチフス予防接種に関する禁忌事項とされ、右コレラ予防接種施行心得の七項において、

「禁忌

有熱患者、心臓並びに血管系、腎臓その他内臓に異常のある者、結核、糖尿病、脚気、病後衰弱者、胸腺淋巴体質の疑いある者、妊産婦(妊娠第六箇月までの妊婦を除く。)、乳児等に対しては接種を行つてはならない。」

と規定され、右事項がコレラ予防接種に関する禁忌事項とされたこと、③昭和二五年二月一五日には、「百日咳予防接種施行心得」(厚生省告示第三八号)が制定され、右心得の八項において、

「禁忌

高度の先天性心臓疾患患者等接種によつて症状の増悪するおそれのある者に対しては予防接種を行つてはならない。」

と規定され、右事項が百日咳予防接種に関する禁忌事項とされたこと、④昭和二八年五月九日、「インフルエンザ予防接種施行心得」(厚生省告示第一六五号)が制定され、右心得の七項において、

「禁忌

左の各号の一に該当する者に対しては、接種を行つてはならない。

(一)  鶏卵に対し特異体質を有する者(鶏卵を食べると発熱、発しん、ぜん息、下痢、嘔吐等を表す者)

(二)  熱性病患者、心臓・血管系・腎臓その他内臓に異常のある者、糖尿病患者、脚気患者、病後衰弱者、胸腺淋巴体質の疑いのある者、妊産婦(妊娠第六月までの妊婦を除く。)その他の者であつて、医師が接種を不適当と認める者」

と規定され、右事項がインフルエンザ予防接種に関する禁忌事項とされたこと、⑤以上のように予防接種ごとに施行心得が定められ、各予防接種の特質等に対応した禁忌事項が定められていたのであるが、昭和三三年九月一七日、前記各施行心得を統合改定した「予防接種実施規則」(厚生省令第二七号)(以下、旧実施規則という。)が制定、施行され、同規則第四条において、

「禁忌

第四条 接種前には、被接種者について、体温測定、問診、視診、聴打診等の方法によつて、健康状態を調べ、当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には、その者に対して予防接種を行つてはならない。ただし、被接種者が当該予防接種に係る疾病に感染するおそれがあり、かつ、その予防接種により著しい障害をきたすおそれがないと認められる場合には、この限りではない。

一  有熱患者、心臓血管系、腎臓又は肝臓に疾患のある者、糖尿病患者、脚気患者その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者

二  病後衰弱者又は著しい栄養障害者

三  アレルギー体質の者又はけいれん性体質の者

四  妊産婦(妊娠六月までの妊婦を除く。)

五  種痘については、前各号に掲げる者のほか、まん延性の皮膚病にかかつている者で、種痘により障害をきたすおそれのあるもの」

と規定され、右一ないし四が全予防接種に関する、また、右五が種痘に関する各禁忌事項とされたこと、⑥旧実施規則は、昭和三九年、同四五年に一部改正がなされた後、昭和五一年の予防接種法の改正に伴い、同年九月一六日、右予防接種実施規則も改正され(以下、新実施規則という。)、禁忌を定める第四条も次のように改訂されたこと、

「(禁忌)

第四条 接種前には、被接種者について、問診及び視診によつて、必要があると認められる場合には、更に聴打診等の方法によつて、健康状態を調べ、当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には、その者に対して予防接種を行つてはならない。ただし、被接種者が当該予防接種に係る疾病に感染するおそれがあり、その予防接種により著しい障害をきたすおそれがないと認められる場合は、この限りでない。

1  発熱している者又は著しい栄養障害者

2  心臓血管系疾患又は肝臓疾患にかかつている者で、当該疾患が急性期若しくは増悪期又は活動期にあるもの

3  接種しようとする接種液の成分によりアレルギーを呈するおそれがあることが明らかな者

4  接種しようとする接種液により異常な副反応を呈したことがあることが明らかな者

5  接種前一年以内にけいれんの症状を呈したことがあることが明らかな者

6  妊娠していることが明らかな者

7  痘そうの予防接種(以下「種痘」という。)については、前各号に掲げる者のほか、まん延性の皮膚病にかかつている者で、種痘により障害をきたすおそれのあるもの又は急性灰白髄炎若しくは麻しんの予防接種を受けた後一月を経過していない者

8  急性灰白髄炎の予防接種については、第1号から第6号までに掲げる者のほか、下痢患者又は種痘若しくは麻しん予防接種を受けた後一月を経過していない者

9  前各号に掲げる者のほか、予防接種を行うことが不適当な状態にある者」以上のような経過をたどり、厚生大臣(ただし、種痘施行心得は内務大臣)は、医学的水準及び禁忌設定の必要性等に照らして禁忌事項を設定、改訂し今日に至つたものであるが、これらの禁忌事項は、専ら医学的見地から定められたものであるけれども、医学の見地からすれば、予防接種の副反応は一様ではなく、かつ、ワクチンは種類も多岐にわたるため、あらゆる注意事項を禁忌として定めることやすべての予防接種に共通する禁忌項目を選択することは不可能に近く、また一応禁忌と考えられるものでも、特別な注意を払えば接種が可能な場合もあるので、禁忌の規定は、禁忌事項を基本的なものにとどめ、禁忌に該当するか否かを決定するには当該接種を担当する医師の判断を優先させようとの考え方に基づいて定めてきたものであり、種痘施術心得及び各予防接種施行心得が右のような考え方に基づき、各予防接種ごとの禁忌事項を定めていたこと、昭和三三年の旧実施規則により定められた禁忌事項もこのような考え方に基づくものであつて、種痘固有の禁忌事項以外は、一般的に異常反応、合併症発生の蓋然性が高いと考えられる特定の身体的状態を類型的に規定したものであること、すなわち、右規則四条一号は、疾病に罹患しているか否かの見地から、異常反応、合併症発生の蓋然性が高いと考えられる疾病を例示的に規定し、同条二号は、体力的見地から病後衰弱者や著しい栄養障害者を禁忌と定め、同条三号は、体質的見地からアレルギー体質の者とけいれん性体質の者を禁忌とし、同条四号は、医学的に特殊な身体的状態にあるか否かの見地から、妊娠七月以後の妊婦を禁忌としたものであること、新実施規則により定められた禁忌事項も右のような考え方に基づき一一項目を規定したものであること、すなわち、一号の発熱している者については、予防接種の副反応として発熱した場合さらに発熱の程度が高くなるということも考えられるが、むしろ一般に、有熱者は予期しない疾患の前駆症状である場合もあることから、偶発疾患の混入を防ぐという理由で設けられたとみてよいこと、また、同号の著しい栄養障害者は、一般に血清蛋白量が低く、ワクチンを接種しても十分な抗体を産生せず、そのためにワクチン接種が無効になることがあり、また、種々の感染症を起こしやすいということなどから、副反応が生じやすいとも考えられること(ただ、著しい栄養障害者は視診によつて容易に判断可能であろうし、また日本では、疾病による衰弱を除いては、小児の栄養失調はほとんど見られない。)、二号の心臓血管系、腎臓又は肝臓疾患が急性期若しくは増悪期又は活動期にあるものは、予防接種によつて原疾患を悪化させるおそれがあるという理由から設けられたものであること、なおこれらの疾患でも活動期等にないもの及びその他の慢性疾患においては、予防接種により原疾患が増悪することは考えられず、従つて禁忌にはされていないこと、三号の接種しようとする接種液の成分によりアレルギーを呈するおそれがあることが明らかな者は、副反応の起こる危険性があるからであること(なお、単なるぜん息、じんま疹などの一般的なアレルギー性疾患は禁忌には該当しない。)、四号の接種しようとする接種液により異常な副反応を呈したことがある者も、右同様副反応の起こる危険性があるからであること、五号の接種前一年以内にけいれんの症状を呈したことがある者は、もとからあるけいれん素因の自然発現であるにもかかわらず、副反応として混入することがあるからであること(なお、WHOの痘そう根絶計画における種痘の実施に際しては、けいれんの既往は禁忌とされていなかつた。)、六号の妊娠している者に生ワクチンを接種した場合、胎児に悪影響を及ぼす危険性が考えられて禁忌とされていること、しかし、最も問題とされている風しんワクチンを妊娠している者に接種してしまつた場合でも胎児に悪影響を与えたという事例は報告されていないこと、七号ないし一〇号については、種痘の際のまん延性皮膚病罹患者については副反応発生の危険性が高いため禁忌とされているが、それ以外はすべて予防接種が無効になることを避けるため禁忌とされているものであること、すなわち、ポリオを接種する際に下痢を呈していると、下痢の病原体によつて干渉され、ポリオに対する抗体ができにくいためであり、また、種痘、ポリオ、麻しん、風しんの生ワクチンは、相互に干渉し合いそれぞれの抗体産生を妨げるので、生ワクチン相互の投与は一か月以上あけることとしていること、一一号については、一号から一〇号の禁忌に該当しない場合でも、接種医が予診を行つた結果、種々の要素を総合的に判断して接種を行うことが不適当と認める場合も禁忌としていること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実からすると、被告(厚生大臣等)の昭和三三年の予防接種実施規則以前の禁忌設定については、種痘に関する禁忌を定める前記種痘施術心得及び種痘施行心得に定める禁忌事項、前記ジフテリア、腸チフス・パラチフス、発疹チフス、コレラ、インフルエンザ等の各予防接種施行心得に定める禁忌事項とを対比するとき、前者各心得において定められた禁忌事項は各個別の予防接種における特殊性をみることができるものの、その内容自体においては、旧実施規則に定められた禁忌事項とはおおむね同様であるということができ、一般的に禁忌事項を設定することの困難性を考慮すると、被告(厚生大臣)の禁忌設定に不十分なところがあつたとは認められず、この点に関する原告らの主張は、採用できない。

(2) そこで、原告らの主張する前記①ないし⑨の事項を禁忌事項として設定すべきであつたかどうかについて検討する。

〈乙号証〉、平山証人の証言に弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。すなわち、

①の未熟児ないし低出生体重児として生まれた者、出生時に異常のあつた者については、かかる者であつても、その後の発育が順調で接種時に健康であれば、予防接種をすることに何ら問題はなく、また、胎児及び新生児の体重は、成熟度の尺度として有力な方法ではあるが、それだけで成熟度を決めるわけにはいかないとされていることからしても、右事由のみをもつて予防接種を拒否することは相当ではないこと、なお、これらの者がその後の発育が順調でなければ、ワクチンに対する抵抗力が十分でなく過剰反応のおそれがある場合もあり、その場合には、「病後衰弱者若しくは著しい栄養障害者」旧実施規則四条二号(以下、号のみを掲げる。)又は「その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」(一号)等の禁忌に該当することとなるから、右事項をとりたてて禁忌事項として設定する必要はないというべきであること、

②の発達遅滞にある者、虚弱体質者については、前者は、先天的に免疫欠損症や中枢神経の障害がある等の重大な疾病に罹患しておらず、体力的にも著しい栄養障害がない等の場合は、禁忌ではなく、その可能性がある場合は、「けいれん性体質の者」(三号)又は「その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」(一号)等の禁忌に該当することとなること、後者の虚弱体質で慢性的に不健康な状態にある乳幼児には免疫欠損症等何らかの重大な病気が隠れていることがあるが、その場合には、「著しい栄養障害者」(二号)又は「その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」(一号)等の禁忌に該当するかどうかを接種担当医の判断にゆだね、もしこれに該当する場合には禁忌として排除されることとなるから、あえて右事項を禁忌事項として加えねば不充分とはいえないこと、他方、右のように発達遅滞の状況にあり、また、虚弱体質者である乳幼児の場合には、伝染病から守るためにもむしろ予防接種をする必要があるとの指摘があること、

③のかぜをひいている者については、かかる者でも、普通感冒のような発熱を伴わない軽症の感染症や治りかけの時期に入つていて「少し咳が残つている」「まだ鼻水が少し出る」という程度の場合は、予防接種を実施しても重篤な副反応を起こすとは考えられず、あまり心配はないとされており、また、風邪が免疫産生能力低下をもたらすとは考えられないこと、したがつて、「有熱患者」(一号)に該当すれば、禁忌であるとされている現行規定で十分であり、それ以外の風邪をひいている者で予防接種をすべきかどうかの判断は接種担当医の判断にゆだねるのが相当であること、

④の下痢をしている者については、ポリオでは下痢をおこしているウイルスによつてポリオ生ワクチンウイルスが干渉を受けて増殖できず、ポリオ生ワクチンがきかないという事態がおこるのを防ぐために、下痢が禁忌とされているだけであるから、下痢は、ポリオワクチン特有の禁忌であつて、他のワクチンへ適用する必要のないものであること、

⑤の病気あがりの者については、そのなかの「病後衰弱者」(二号)は、免疫産生能力が低下していることが多いために、とくに禁忌とすることが相当であるが、病後衰弱といえない程度の者であれば、通常、予防接種をすることに支障がないとみられるから、その者で予防接種をすべきかどうかの判断は、接種担当医の判断にゆだねるのが相当であること、⑥のアレルギー体質の乳幼児、両親又は兄弟にアレルギー体質者がいる乳幼児については、アレルギー性疾患には具体的にいかなるものがあるかは接種に当たる専門家としての医師の一般的知見に属すべきものであるとともに、アレルギー体質の者を予防接種の禁忌とした当然の帰結として、アレルギー体質の者に該当するか否かは、接種するワクチンに対してアレルギー体質であるか否かにより決めるべき事柄であるから、すべてのアレルギー性疾患の既往がある小児が禁忌となるものではなく、疾病によつてはそのような小児こそ予防接種が必要で、かつ接種可能な場合もあり、昭和五一年の予防接種実施規則四号の改正は、この点を更に明確に規定したものであること、両親又は兄弟にアレルギー体質者がいる者については、両親又は兄弟のアレルギー体質の性格、程度等を判断し、当該乳幼児が予防接種を受けることが相当でないかどうかを接種担当医の判断にゆだねるのが相当であること、

⑦のこれまでの予防接種で異常があつた者については、かかる者でも、その内容及び程度等は様々であるところ、これを一律に禁忌として予防接種を受けさせないというのは予防接種の目的に照らしても相当でなく、その異常の程度、内容等から判断して前同条一号、三号ないし五号等にあたる異常は、禁忌となり、それ以外は「予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかつている者」に当たるかどうかを接種担当医の判断にゆだねるのが相当であること、

⑧のけいれんの既往のある者、両親又は兄弟にけいれんの既往のある者については、前者は、三号において「けいれん性体質の者」が禁忌とされており、それ以外のけいれんの既往のある者については、けいれんの本体が判明すれば、場合によつては接種して差し支えない場合もあるのであるから、一号に該当するかどうかを接種担当医の判断にゆだねることとされていること、また、けいれんは必ずしも遺伝的素因によるとは限らないことからすると、両親又は兄弟にけいれんの既往のある者を一律に禁忌とすることは相当でなく、前記のとおり一号の該当性如何を接種担当医の判断にゆだねて解釈するのが相当であること、

⑨の種痘につき皮膚疾患ある者については、皮膚疾患のうち最も典型的な湿疹の場合においてもじめじめした湿疹が自己接種に適していることからすると、それ以外の湿疹は禁忌とする必要がないし、またごくわずかでも湿疹があれば禁忌だとすれば、ほとんどの乳幼児に接種できなくなつてしまうおそれがあり、それでは予防接種の目的が達せられないこととなること、従つて、種痘について「まん延性の皮膚病にかかつている者で種痘により障害をきたすおそれのあるもの」が禁忌とされ(五号)、また、それ以外の皮膚疾患を有する者については、一号に該当するかどうかを接種担当医の判断にゆだね解決するのが相当であること、

以上の事実が認められ、右認定に抵触する甲B七六の一の供述記載及び白木証人の証言は、採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実からすると、原告ら主張の①ないし⑨の事項を禁忌として設定する必要性は認められず、かえつて、これらを禁忌として設定することにより、真に予防接種を受ける必要がある者が排除されてしまうことになり、妥当性を欠くといわざるを得ない。よつて、原告らの右主張は採用することができない。

(3) なお、原告らは、集団接種における禁忌を問題にしているが、前記認定の予防接種における禁忌の趣旨からすると、個別接種におけるものと区別して集団接種における禁忌を定める必要性はないといわざるを得ない。原告らは、かかりつけの医師による個別接種を理想とし、これが被告の予算面等からの制約により、集団接種が原則とされている現実を踏まえたうえで、なお、集団接種における予診判断の不十分さから、接種対象児について集団接種にするか個別接種にするかの、「ふるい分けのための禁忌」を観念しているかのようであるが、前示のとおり、禁忌が集団接種と個別接種の区別を問わず、当該予防接種をすることを禁止するものである以上、原告らの右主張は、実情を重視した実践的意図に基づくものであるとはいえ、禁忌の主張としては、採用することができず、禁忌事項としては、前示のとおり実施規則等で定めているもので十分であり、接種担当医師としては、集団接種であろうと個別接種であろうと、予防接種を実施するにあたつては、被接種児が禁忌該当者かどうかを先ず発見するよう努めるべきであり、集団接種の際、これに疑いをもつたものの時間的制約等から、禁忌該当者でないとの確信が得られないときには、ひとまず接種を控えて、これに該当しないとの鑑別を経た後に接種を行えば良いのであり、乙三五、一三五によれば、現に、厚生省公衆衛生局長は、昭和四三年一月二一日付け「予防接種の実施方法について」(衛発第三二号各都道府県知事宛厚生省公衆衛生局長通達)により、このことを指示していることが明らかであり、集団接種における禁忌事項をことさらに定める必要があつたということはできない。よつて、この点に関する原告らの主張は失当である。

(4)  以上、(1)ないし(3)で判断したところからすると、厚生大臣等において禁忌事項の設定について誤りがあつたとは認められず、この点に関する原告らの主張は、採用することができない。

(七)  以上、(一)ないし(六)で検討したところからすると、厚生省公衆衛生局長等において、国が実施した本件各予防接種及び地方自治体等が実施した本件各予防接種についての行政指導において、原告ら主張の各過失があつたとの主張は、いずれも採用できず、右厚生省公衆衛生局長らの過失の存在を前提とする被告の国家賠償法に基づく責任は、その余の点について判断するまでもなく認められない。

3 接種担当者の具体的過失について

(一) 種痘の接種数を誤つた過失について

原告田村秀雄(被害児番号35)は、同人に対する種痘が第一期定期接種として切皮法で行われたが、昭和二三年一一月一一日厚生省告示第九五号に基づく種痘施行心得によれば二個でなければならないのに、切皮個所が四個であつたのであるから、右接種は、右施行心得に違反する過量接種であり、これが厚生大臣あるいは国の公権力の行使にあたる公務員としての接種担当医師の過失である旨主張するところ、前記争いのない事実に甲Fの一、検甲Fの二、証人田村キミ子の証言によると、被害児田村秀雄は、第一期定期接種として切皮法により本件予防接種を受けたが、その際、担当医師の市川トヨは、同児に対し四個所切皮した事実が認められる。

そこで先ず、厚生大臣等の過失の有無について検討するに、同原告は、厚生大臣としては、本件接種当時その実施主体並びに接種担当者に対して、規定量を超えた痘苗の接種が危険であるから、定められた接種量や術式を厳格に守るべきことを周知徹底すべきであつたにもかかわらず、この周知徹底を怠つたため、市川トヨに過量接種を実施させた点に過失があると主張するのであるが、乙一三二、一三三に弁論の全趣旨を総合すると、厚生大臣は、原告主張の種痘施行心得をもつて、痘苗の接種量0.1竓(昭和二八年厚生省告示第一六三号をもつて「竓」を「cc」に改めた。)をおよそ一〇人分とし、接種の方法として乱刺法又は切皮法のいずれかとし、切皮法については、第一期定期接種のときは二個、その他のときは四個と定め、接種法や術式を詳細に規定し、厚生省公衆衛生局長から日本医師会長宛に右心得の改正等について通知がなされ、これが日本医事新報などの民間の医療家向けの雑誌に掲載されていることが認められ、右認定に反する証拠はない。右事実からすると、右種痘施行心得の規定は詳細で内容も明確であるから、定期接種の実施主体において右規定に従つて実施するのが当然のことであると認められ、また、厚生省公衆衛生局長において右心得の規定を一般に了知し得る手段をとつていることが明らかであるから、原告の右主張は、理由がない。

次に、接種担当医市川トヨの過失の有無について判断するに、前記のとおり、同被害児に対する本件接種の根拠は、旧法五条であり、従つて、右担当医は国の公権力の行使にあたる公務員に該当し、同医師が右種痘心得の定めに違反していることは明らかである。種痘施行心得の定める痘苗の接種量及び切皮法における接種量については前示のとおりであるところ、乙二の四、同三によると、右痘苗に含まれるウイルス菌量の点については、わが国の場合、力価試験においてふ化鶏卵上のポック形成単位が「試料一ml当たり5×107」でなければならないとされているが、WHOの基準では、この二倍に当たる「1×108ポック形成以上」とされており、このWHOの基準からすると、種痘に際し、仮に二倍程度の過量接種を行つたとしても十分に安全であると考えられること、以上の事実が認められ右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実からすると、右接種担当医が前判示のとおり種痘施行心得に定める量の二倍の量の接種を行つたことは、同医師の過失といわざるをえないけれども、これが直ちに副反応事故を生じさせるものとはいえない以上、右過失行為と本件事故との間の因果関係を肯認することができず、その意味において本件事故に対する接種担当医の過失の存在を認めることはできない。

(二) 予診をしなかつた過失について

(1) 原告らは、本件被害児全員について、各被害児が予防接種を受けるにあたつて、接種担当者から予診を受けなかつたこともしくは予診が不十分であつたとし、これが被告の過失である旨主張する。右主張の趣旨からすると、これは、本件各被害児に対する予防接種時における接種担当者の具体的注意義務違反を責任原因としているものと見られるところ、既に第六で検討したとおり、右の予診欠如もしくは予診の不完全をもつて接種担当者の過失であるとし、これにより被告が責任を負うためには、右の各接種担当者(医師)が、国の公権力の行使にあたる公務員でなければならないこと、すなわち、右の各接種行為が国の公権力の行使とみとめられなければならないところ、既に判断したとおり、旧法五条に基づく接種、旧法九条に基づく接種のうち被害児番号32横山信二に対する本件②接種のみが、国の公権力の行使に該当し、それ以外(ただし被害児番号13上野雅美に対する接種については後記のとおり。)の接種は、国の公権力の行使とはみとめられないから、これらについては接種時における接種担当者の過失の有無を検討するまでもなく、原告らの右主張は、主張自体失当である。なお、被害児番号13上野雅美については、前示のとおり接種担当者に過失がある場合には、被告は、国賠法三条により責任を負うことになるから、同児については接種担当者の予診義務違反の有無について検討することにする。従つて、以下においては、旧法五条に基づく接種を受けた者並びに被害児番号32横山信二(本件②接種のみ)及び同13上野雅美について、各接種担当者の予診義務違反の有無について検討することになる。

なお、原告らにおいて、右被害児らについては重畳的に、右被害児以外の被害児らについては予備的に、予防接種に際しての予診に関する厚生省公衆衛生局長等の行政指導における過失をも主張しているものとみる余地もあるので、先ずこの点について検討する。

(2) 〈甲号証〉に弁論の全趣旨を総合すると、厚生大臣は、予防接種に伴う副反応発生の可能性を懸念し、それを防止するために、昭和二三年一一月一一日告示第九五号をもつて「痘そう・ジフテリア・腸チフスパラチフス・発しんチフス及びコレラ予防接種施行心得」を定め、その中で予診の必要性について、予防接種施行前に被接種者の健康状態を尋ね、必要がある場合には診察を行わなければならないと定め、同二五年二月一五日告示第三八号「百日咳予防接種施行心得」においても同様の規定を置き、同二八年二月二四日衛発一一九号公衆衛生局長通達「予防接種事故防止の徹底について」をもつて、接種に従事する班の長は、該当接種の予防接種施行心得及び関係法規の主要事項(特に免除及び禁忌に関する事項)を熟知しておく旨を指示し、同三〇年六月一〇日衛発三五八号公衆衛生局長通達「予防接種の普及及び事故防止について」をもつて、予防接種法による予防接種の実施は、当然予防接種施行心得によつて行われるべきであるが、そのうち特に予診及び禁忌の項については厳重な注意を払うことを指示し、従来の施行心得を統合した同三三年九月一七日省令二七号「予防接種実施規則」で、接種前には、被接種者について、体温測定、問診、視診、聴打診等の方法によつて、健康状態を調べ、当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には、その者に対して予防接種を行つてはならない旨定め、同三四年一月二一日衛発三二号公衆衛生局長通達「予防接種実施要領」をもつて、予診及び禁忌について詳細に定めていること、また、予診の補助手段として、禁忌に関する注意事項の掲示、印刷物の配布(「予防接種実施要領」)をし、母子手帳の持参(同三六年五月二二日衛発四四四号公衆衛生局長通達)を促し、問診票の様式設定(同四五年一一月三〇日衛発八五〇号公衆衛生局長・児童家庭局長通達)をする等の措置を指示していたこと、なお、予防接種実施規則四条には、接種前には体温測定、問診、視診、聴打診等の方法によつて健康状態を調べるようにと規定されていたが、これは予診の方法を例示したもので、そのすべてを行うべきことを規定したものではなく、予診を如何なる程度まで行うべきかは、医学の見地から、予防接種の必要性、集団接種における時間的制約等を考慮して、まず問診、視診を行い、その結果異常が認められた場合には、体温測定、聴打診等を行う方法によることも差し支えないと考えられるものであり、同三四年に旧伝染病予防調査会の意見に基づいて作成された旧実施要領でも同趣旨のもとに定められており、同五一年改正による予防接種実施規則四条の規定も同様であること、以上の事実が認められ、右認定に抵触する〈甲号証〉はいずれも採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実からすると、厚生省公衆衛生局長等が、予防接種時に接種担当者がなすべき予診について、告示、通達等をもつて周知徹底させていたことが明らかであり、厚生省公衆衛生局長等において、接種担当者が十分な予診を行つていないことを知りながら有効な措置をとらなかつた事実が認められない本件において、右厚生省公衆衛生局長等の行政指導に過誤があつたとは認められず、結局、この点についての原告らの主張は採用することができない。

(3) そこで、前示の旧法五条に基づく接種等における接種担当者の予診義務違反の有無について判断する。

ところで、予防接種における予診の目的は、当該接種を実施した場合に重篤な副反応等が生じること、すなわち、被接種者が当該予防接種についての禁忌者に該当することを発見することにあり、以下に検討する各被害児に対し、予診をしなかつたことが当該担当医師の過失であるというためには、予診をしてその被害児が禁忌に該当することを予見すべき義務があり、右義務を尽せば禁忌該当を予見することができた場合でなければならないところ、原告らにおいて、右の被害児のうち禁忌該当者と主張する者は、被害児番号1、3、4、7、26、32、43及び45の八名であり、その余の者(被害児番号2、10ないし14、17ないし19、25、29、35、36、39、44、46及び47の一七名)について、右各被害児が禁忌者に該当しないことを自認しており、従つて、これらの者(非禁忌者一七名)については、予診義務違反と結果との間に因果関係があつたとは認めることができず、接種担当医の過失を問う前提に欠け、主張自体失当であるというほかない。

なお、原告らは、予診の諸規定に違反して副反応事故が発生した場合には、被害発生につき過失があるものと一応の推定をすべきである旨主張し、右一七名の被害児についても接種担当医の過失が推定さるべきであると主張するようであるので検討するに、前示のとおり、予防接種を実施するにあたり予診をすべきであるとされるのは、当該被接種児について禁忌事項があるかどうかを発見するためであるが、禁忌事項とされる内容及び理由は様々であり、副反応の原因についても確立した医学的知見のない状況の下においては、どのように予診を行えば、どのような禁忌事項を発見することができたのか、また、その禁忌事項を看過したことが果して当該副反応発生の原因となつたかについて明らかでない以上、仮に予診を尽していない事実があつたとしても、この事実と副反応事故発生の事実だけから被害発生についての当該接種担当医の過失を推認して被告の過失責任を肯定することは困難であり、結局、原告らの右主張は採用することができない。

(4) 被害児番号1、3、4、7、26、32、43及び45の八名に対する接種担当者(医師)の過失の有無について

① 被害児番号1高倉米一について

前記第三(事故の発生について、以下同じ。)の一1(原告各論一関係)掲記の各証拠によると、米一は、本件予防接種を受ける当時、元気で何の異常もなく、右接種に際し、米一の母千枝子は接種担当医から「どうもありませんか」と聞かれ、「はい」と答えたうえで接種が行われたこと、米一は長子であるが、その後出生した四人の同胞はいずれも健康で大病をしたこともなく、てんかん、アレルギー体質異常体質者はなく、米一の両親及びその兄弟等にも右のような異常体質者はいないことが認められ、右事実からすると、接種担当医は米一に関し必要と判断した限度において予診をしているものであり、また、右以上に予診をしたとしても米一の予防接種事故を予見し得る事情が明らかになつたとは考えられないから、米一に関する本件主張は失当である。もつとも、甲F②の一によると、接種約一か月前に米一が風邪気味で熱があつたとき軽いひきつけのあつたことが認められるが、証人高倉千枝子の証言によると、かぜ気味といつても授乳時にちよつと熱つぽいような感じであり、ひきつけといつてもほんの数秒の軽い感じで医者に連れて行くこともなく、その後接種時まで普段と変わりなく元気であつたのであり、また、種痘を受けた後に容態の変化に気付いて連れて行つた大正病院においても、医師に対し、右ひきつけについて述べていないのであるから、右接種時に一か月前のかぜ気味症状及びひきつけを禁忌と判断し得たとは考えられず、また、そもそも母千枝子において右ひきつけ等の症状に対する認識が軽微なものであるとされていることからすると、仮に接種担当医が右以上の問診をしたとしても右医師に告げなかつたことも十分推測されるのであるから、米一に関する右のような事情をもつて、接種担当医の過失を問うことはできない。

② 同3塩入信子について

前記第三の一1掲記の各証拠によると、信子が未熟児で出生した者であり、アレルギー体質者であつたほか接種当日風邪をひいていたことが認められるが、右が禁忌に該当するかどうかについては、前記のとおり、禁忌事項に該当するとは認められない。接種担当医において信子に対し本件接種を行うに際し、その身体状況等を観察した上で接種することを是としたものであることは弁論の全趣旨より推認するに難くなく、右以上に予診を行つたとしても、信子の本件事故を予見し得る情況にあつたと認めるに足りる証拠がない。結局、信子に関する原告の主張は採用できない。

③ 同4秋山善夫について

前記第三の一4掲記の各証拠によると、善夫の二歳上の兄晋一がアレルギー体質であり、善夫もアレルギー体質者であることが認められるが、前記のとおり、これが禁忌に該当するとは認められず、また、塩入信子と同様接種担当医が善夫の身体状況等を観察した上で接種することを是としたものであることは推認するに難くなく、前掲各証拠によると、善夫は出生時に異常なく、その後は順調に発育し、非常に元気であり父母ともに健康であつた事実が認められ、これらの事実からすると、接種担当医において、右以上に予診をしたとしても、善夫の本件事故を予見し得る情況にあつたとは認められず、結局、善夫に関する原告の主張は採用できない。

④ 同7清原ゆかりについて

ゆかりが本件予防接種前一週間位まで下痢が約一〇日間続いており、病みあがりであつた事実は、当事者間に争いのないところであるが、甲F⑧の一、証人清原広子の証言によると、ゆかりは正常に出生し、健康に成育していたこと、本件ポリオ生ワクチンの接種を受ける際、予診表に記入するよう言われ、下痢をしていないことを含め必要事項は記入していること、ゆかりの父母、親族らに異常体質の者はいないことが認められ、これらの事実によると、ゆかりが右接種を受ける際に予診を受けていることは明らかであり、また、前記の下痢は右接種当日には軽快していたものと推認することができ、右事実に乙九九の二、平山証人の証言により認められる次の事実、すなわちポリオ生ワクチンの禁忌として下痢が定められているが、その理由は、下痢をしていると下痢の病原体によつて干渉され、ポリオに対する抗体ができにくいことにあることを併せ考えると、ゆかりが本件予防接種を受けた際、接種担当医において、予診表の記載を見、ゆかりの身体状況等を観察したこと以上に予診を行つたとしても、ゆかりの本件事故の発生を予見し得る事情を発見できたと認めるべき証拠がなく、結局、ゆかりに関する原告の主張は採用できない。

⑤ 同26三原繁について

原告らは、繁が本件接種一週間前に、幽門けいれん症で半月入院し退院したばかりであるうえ、同児は免疫産生異常者であつたのであるから、接種担当医において、予診を十分を行つていれば同児が禁忌該当者であることが容易に発見することができたものであるにもかかわらず、これを怠つた過失がある旨主張するところ、甲Fの一、原告三原洋子本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、繁は正常に出生し、生後二か月半程経つて幽門けいれん症で入院治療を受けたが、本件予防接種当時は健康であつたこと、繁が本件予防接種を受けるに際して、接種担当医を補佐する保健婦が発熱していないかどうかについて母親に質問して問診票を作成し、これを接種担当医がみて問診に代えて接種の可否を判断していたとされること、繁の母洋子は、右問診に際し特に異常はない旨答えていること、右洋子は、本件予防接種に先立ち、繁が入院治療を受けていたことを考慮し、右入院時の主治医に対し右接種を受けることの可否を尋ね、右医師から接種を受けても大丈夫である旨の返答に接していること、なお、右医師に対しては亡繁の兄二人が死亡している事実を話していること、以上の事実が認められる。右事実によると、繁が本件予防接種を受ける際、接種担当医から予診を受けていることは明らかであり、右以上の予診をしたとしても、繁の予防接種事故を予見し得る事情が出たとは考えられず、原告らの繁に関する主張は採用できない。

なお、平山証人の証言によると、繁の死亡時の診断名は前記のとおり汎発性種痘疹となつているけれども、死亡の結果からみて進行性種痘疹と診断できること、この症状は種痘の合併症であり、被接種者に免疫産生異常がある場合に起こるものであることが認められ、また、甲Fの一、原告三原洋子本人尋問の結果によると、繁の兄二人が、生後三ないし四か月でいずれも急性肺炎で死亡していること、繁の弟正広、妹のひろみについては、神鋼病院の医師からガンマグロブリンを投与した後に予防接種を受けることを勧められ、これに従つて予防接種を受けたところ安全であつた事実が認められる。右事実からすると、繁において、事前にガンマグロブリンの投与を受けさせておくべきであつた点の疑いがもたれるけれども、繁は本件予防接種を受けるに当たり前示のとおり接種担当医から十分な予診を受けており、右当時、それ以上に予診を尽くしたとしても繁が免疫産生不全又はそのおそれがあることを予見し得なかつたものであることが明らかであり、本件予防接種前に繁の兄二人が生後三ないし四か月で死亡しているが、繁自身は幽門けいれん症があつた以外には特に異常はなく、また兄二人の死亡原因がかぜから急性肺炎を併発したものというのであつて、幼児の死亡原因としては常識的にも納得のいくものであつたことから考えても、兄二人の死亡から繁について免疫産生不全ないしそのおそれがあることを予見すべきであるというのは、当時の免疫産生不全に対する知見の程度、診断技術の点からみて酷というほかなく(この点は、乙五一、一〇九の二により認められる)、加えて、右甲Fの一以下の証拠によると、神鋼病院の医師が繁の弟らに免疫障害を疑つてガンマグロブリンを使い始めたのは、八男正広(昭和四二年一二月生)に対してが初めてであり、それ以前には使用していないことからして、繁の接種担当医において、同児の免疫不全を疑つて措置することは、当時の医学水準に照らし、期待し得る状況になかつたことが明らかであり、結局、接種担当医において、右の点について過失があつたということはできない。

⑥ 同32横山信二について

前記第三の一32掲記の証拠によると、信二は本件①接種(三種混合第一期第二回目)の後、点頭てんかん様発作を起こしていたことが認められるが、他方、右証拠によると、信二は、正常に出生し、順調に発育しており、右本件①接種をかかりつけの大田医院(近医大田豊正医師、内科・小児科)において受け、本件②接種を集団接種で受けたが、その際、保健婦から異常の有無を聞かれたので、右本件①接種のあと少しけいれんがあつた旨答えたところ、接種医が検討のうえ右接種をしたこと、信二の両親、親族に異常体質者等はいないこと、以上の事実も認められ、この事実からすると、本件①接種はかかりつけの大田医師が接種したのであるから、信二の健康状態、体質等を十分把握したうえで右接種をしていることが容易に推認し得るし、また、本件②接種においては、接種担当医はその補助者である保健婦を通じて問診し、その結果を検討したうえで右接種を行つているのであるから、結局のところ、本件①、②接種とも、信二が本件各接種を受ける際、担当医から予診を受けたものということができ、右以上の予診をしたとしても、信二の予防接種事故を予見し得る事情が出たとは考えられず、信二に関する原告の主張は採用できない。

⑦ 同43野々垣一世について

一世が出生時体重二三〇〇グラムのいわゆる未熟児であつたことは前記認定のとおりである。甲A三二によると、一世が本件予防接種を受けた当時施行されていた種痘施行心得には、未熟児で生まれたことが直接に禁忌事項として定められていないことは明らかである。この事実に甲Fの一、検甲Fの一、二、原告野々垣久美子本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、一世は生下時二三〇〇グラムの未熟児ではあつたが、その後の発育は順調で、体重も三か月検診時には標準体重に追いつき、六か月検診時にはこれを追い越していたこと、頸は生後三か月ころには座り、本件予防接種当時までには言葉もしやべつており、這い歩きやつかまり立ちもできるようになつていたこと、本件予防接種当時も健康であつたこと、従つて、右接種時において、順調に発育した結果同児が未熟児で生まれたことを問題とする必要のない状況にあつたこと、以上の事実が認められ、これらの事実からすると接種担当医としては、一世に本件予防接種をするに際し、同児を見て何ら差支えないと判断していたことが推認でき、仮に、それ以上の予診をしたとしても、一世の本件予防接種事故を予見し得る情況にあつたことを証拠上認められない本件においては、結局、原告らの右主張は採用できない。

⑧ 同45垣内陽告について

陽告が発育遅滞にあり、慢性栄養障害、胸腺肥大との診断を受けており、その後脱腸の手術を受けていたことは前に認定したとおりである。甲Fの一、原告垣内千代本人尋問の結果によると、陽告が本件予防接種を受けたのは和歌山市中央保健所であり、同児の母千代は、陽告が脱腸の手術を受けていたため特に気になつて評判の良かつた青木医師に右接種を受けることにしたこと、母千代は、青木医師に対し、一か半前に脱腸の手術をしたが大丈夫であるのかどうかを尋ね、母子健康手帳を示したこと、同医師は手術個所を見たりして大丈夫と判断して本件予防接種をしたこと、以上の事実が認められ、右事実からすると、接種担当医は、陽告に予診をしていることは明らかであり、陽告の前記予防接種前の診断等が禁忌に該当しないことは前記認定のとおりであるから、右接種担当医のした予診が不十分なものであつたということもできない。よつて、原告らの右主張は失当である。

(5)  以上の次第で、右被害児八名について、いずれも接種担当者(医師)において、予診を怠つた過失があるとの原告ら主張事実は証拠上認められず、原告らの主張はいずれも採用することができない。

(三) 禁忌者に接種した過失について

予防接種を実施するに際しての禁忌事項については、前示のとおりであるが、平山証人の証言によると、右禁忌規定は、医学の進歩、伝染病のまん延状況とそれに伴う予防接種の目的としての集団防衛に加えて個人防衛の性格も加わつてきていること等から、その内容に変更がみられること、そして、前示認定の事実に平山証人の証言によると、それが存在することにより重篤な副反応を発生させる危険性があることを理由とする禁忌事項は、① 当該事項が存在する場合ワクチンの副反応が真実発生することから禁忌とされているもの及び② 当該事項が存在する場合ワクチンの副反応が発生する蓋然性があるということから禁忌とされているものであることであり、その外に禁忌事項とされる理由が右ではなく、③ 当該事項が存在する場合予防接種後に発生した症状が予防接種による副反応かどうか紛らわしいので無用の混乱を避けるため禁忌とされているもの(いわゆる「まぎれ込み防止」のため)及び④ 当該事項が存在する場合接種した予防接種の効果が無効となるため禁忌とするものの四種類があることが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。従つて、原告らの主張の本件各予防接種を実施するに際し、接種担当者(医師)において、禁忌該当者に接種した過失があつたかどうかの判断にあたつては、その主張にかかる禁忌事項が右の①②のいずれかに該当したかどうか、該当した場合には、これを不注意によつて看過したかどうかが問題となるというべきである。ところで、右接種担当者の禁忌該当判断に手抜かりがあつたかどうかは、先に判断した予診義務違反があつたかどうかということと不即不離の関係にあり、予診義務違反がなかつたことは前示のとおりであるから、この点において原告らの主張は既に失当であるといわなければならないが、なお、原告ら主張の禁忌事項が右の①②に該当するかどうかの見地から重ねて判断を加えることにする。

前示のとおり、接種担当者の具体的過失の有無が問題となり、これが禁忌該当者に対する接種であつたかどうかの判断の対象となるのは、被害児番号1、3、4、7、26、32、43及び45の被害児八名であり、右各被害児について、前示の観点から各接種担当者の過失の有無を個別に検討する。

(1) 被害児番号1高倉米一について

米一において本件予防接種半月前にひきつけがあつたことは前示認定のとおりである。甲A三二、平山証人の証言によると、米一が本件予防接種(種痘)を受けた昭和三二年当時に施行されていた種痘施行心得八号によると、「けいれんの既往(けいれん体質)」は種痘の禁忌とはされていないから、米一が本件接種半月前にひきつけを起こしていたとしても、その事実をもつて本件接種について禁忌に該当し、接種を行うべきでなかつたということができないこと、その後定められた予防接種実施規則等によると、けいれん体質の者が禁忌該当者とされているが、右事項が禁忌事項とされたのは前記③の観点によるものであることが認められ、これらの点からして、米一に関する原告の主張は採用できない。

(2) 同3塩入信子について

信子において、湿疹ができやすくアレルギー体質であつたこと及び出生時体重二三八〇グラムで未熟児であつたうえ、接種当時風邪をひいていたことは前示認定のとおりである。

まず、湿疹ができやすくアレルギー体質であつたとの点について検討するに、〈甲号証、乙号証〉に平山証人の証言によると、信子が本件種痘を受けた昭和三八年当時に施行されていた予防接種実施規則四条三号には「アレルギー体質の者」が禁忌事項とされているが、アレルギー体質の者が前記①、②の意味における禁忌該当者に当たるかは接種するワクチンに対してアレルギー体質であるか否かによつて決めるべきであつて、このことは、右規則制定前に各予防接種ごとに実施方法を定めていた種痘施術心得及び種痘施行心得においては「アレルギー体質」は禁忌とされておらず、また、昭和五一年改正後の予防接種実施規則においては、「アレルギー体質」の意味があいまいであるとして「接種しようとする接種液の成分によりアレルギーを呈するおそれがあることが明らかな者」(三号)と規定しているところ、種痘ワクチンにはアレルゲンとなるようなものは入つていないこと、以上の事実が認められ、右事実からすると、単に被接種者がアレルギー体質であるからといつてそれを種痘の禁忌事項であるとして種痘を受けさせるべきでないということはできないことが明らかである。従つて、信子がアレルギー体質であつたとしても、種痘を受けさせたことをもつて禁忌を看過した過失があるということはできない。

次に、信子の出生時体重が二三八〇グラムで未熟児であつたとの点については、「未熟児ないし低出生体重児として生まれた者」がそのことだけですべて禁忌事項に該当するものでなく、その後の発育が順調で接種時に健康であれば問題がないことは、前記のとおりであるところ、信子は出生時の体重が二三八〇グラムであつたというものの、その後の体重増加、生活力には問題がなく、首のすわりは七〇日で、また、おすわりは七か月ででき、精神身体発達に特に異常はなかつたとされ、その後の発育に遅れがあつたとは認め難いことからすると、信子は本件予防接種時発育も順調で健康であつたことは明らかであるから、出生時体重が二三八〇グラムであつたとしても、このことが禁忌事項に該当せず、本件予防接種をしたことに過失があつたとはいえない。

そして、信子が本件予防接種時かぜをひいていたとの点について検討すると、予防接種実施規則によるも「風邪ひき」が禁忌事項とされておらず、また、証人塩入久の証言によると、当時信子は熱もなくて「鼻水が少し出ていた」という程度であつたことが認められるのであるから、この程度では「予防接種を行うことが不適当と認められる疾病にかかつている者」にも該当しないことは、乙一〇九の二、平山証人の証言から認めることができ、従つて、これが禁忌といえないことは明らかである。

以上の次第で、信子に関する禁忌を看過した過失があるとの原告の主張はいずれの点においても理由がなく、採用できない。

(3) 同4秋山善夫について

善夫に関し、兄がアレルギー体質であつて、本人及び弟もアレルギー体質であることが判明したことは、前示認定のとおりである。

しかし、善夫が本件予防接種を受けた昭和三二年当時に施行されていた種痘施行心得による「アレルギー体質の者」は種痘の禁忌とされていなかつたことは前示のとおりであり、また、右塩入信子に関して指摘したアレルギー体質と予防接種の関係からして、アレルギー体質であることが種痘の禁忌となるものではないことは明らかであり、善夫がアレルギー体質であるとしても、証人秋山千鶴子の証言によると、そのことが判明したのは、一六才になつてからであるから、本件予防接種当時接種担当医においてそのことを知り得べき状況になかつたものと認めるのが相当である。

よつて、善夫に関する原告の主張はいずれの点からも理由がなく、採用できない。

(4) 同7清原ゆかりについて

清原ゆかりが、本件予防接種前一週間位まで約一〇日間下痢をしていたことは前示認定のとおりである。乙⑧の三、平山証人の証言によると、ゆかりは、本件予防接種日には下痢をしておらず、ふだんと変わらない健康状態であつたのであるから、禁忌である下痢患者には該当しないこと、そして、ポリオで下痢が禁忌とされているのは、下痢がウイルスによつて起こつている場合、そのウイルスの干渉作用によつてポリオウイルスの増殖が妨げられ、ポリオ生ワクチンが効かなくなることを避けるためであつて前記①、②の意味における禁忌ではないこと、また、禁忌事項とされる「病後衰弱者」とは、かなり重い病気後の者を指し、仮にゆかりが一週間位前まで下痢していたとしても、そのことをもつて右病後衰弱者に該当しないこと、以上の事実が認められ、右事実からすると、ゆかりに関する原告の主張は、理由がなく、採用できない。

(5) 同26三原繁について

繁が、幽門けいれん症で半月入院し、退院後一週間という病気あがりの者で、かつ免疫産生異常者であつたことは前示認定のとおりである。

そこで、退院後一週間という病みあがりの繁に接種をしたとの点について検討すると、繁が入院して治療を受けた幽門けいれん症は退院時には完治していたことは前示認定のとおりであり、このことからすると、病院としても繁の体調が回復したことを確認してから退院させていることが推認でき、また、甲Fの一、証人三原洋子の証言によると、繁の母洋子は、本件予防接種の通知に接し、これを受けるかどうかについて、繁の右疾病の治療に当たつた神戸市民病院の主治医に相談したところ、同医師は受けても大丈夫である旨返答していたことが認められ、このことからすると繁は、本件予防接種時において、右接種を受けることに支障となるような、いわゆる病後衰弱者あるいはそれに準じて予防接種を行うことが不適当と認められる者には該当するものとは認められない。

また、免疫産生不全(異常)の点について検討すると、乙一〇〇の二、平山証人の証言によると、免疫産生異常者に対する生ワクチンの投与は真性の禁忌に該当するほか、その他のワクチンの場合についても、これに著しい栄養障害が加わるなどする場合には、真性の禁忌もしくは、前記④の意味における禁忌に該当する場合があること、免疫産生不全ないし異常は事前の予診で発見することは極めて難しいこと、右異常は大部分が先天的なものであるが、昭和四〇年代ころの一般の医家の間にはこれについての十分な知識があつたとはいえないこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定事実に前記(二)(4)⑤で認定した事実を併せ考えると、前記の繁における免疫産生不全ないし異常の存在については、当時の医学水準に照らし、接種担当者において予診を尽すことにより同児が右の禁忌該当者であり、本件予防接種の結果本件事故を惹起するであろうことを予見し得る状況になかつたものと認めざるを得ない。結局、繁に関する原告らの主張は採用することができない。

(6) 同32横山信二について

信二において本件①接種の後けいれん発作を起こしたことは既に判断したとおりであり、これが禁忌に該当することも前示のとおりである。しかしながら、右が禁忌事項とされているのは、前記③の意味におけるものであり、真性の禁忌とはいえないこと、そして、前示のとおり接種担当医の予診に落度が認められないことからすると、信二が禁忌該当者であつても、それだけでは接種担当医師に過失があつたということはできず、結局、原告の主張は採用することができない。

(7) 同43野々垣一世について

一世が出生時体重二三〇〇グラムの未熟児であつたことは前示認定のとおりである。しかしながら、前記のとおり、一世が本件予防接種を受けた当時施行されていた種痘施行心得によると、未熟児で出生したことが直接禁忌事項として定められておらず、また、未熟児で生まれたことをもつて直ちに禁忌に該当するとして予防接種を受けさせないこととするのは相当でなく、その後の発育が順調で接種時に健康であれば何ら接種を受けさせることに支障はないものであるから、単に、右事実だけから一世が禁忌該当者であつたと認めるのは相当でなく、この点に関する原告らの主張は採用できない。

(8) 同45垣内陽告について

陽告に発育遅滞、慢性栄養障害、胸腺肥大の診断が下されており、その後脱腸の手術を受けこれが完治していなかつたことは、前示認定のとおりである。そこで、先ず、陽告の発育遅滞の点から検討するに、乙二五三、平山証人の証言によると、陽告の本件予防接種時の体重はやや少ないと思われるが身長は低いとは必ずしもいえないものであり、また、発育が遅滞していること自体、前記①、②の意味における禁忌事項ではないことが認められ、これからすると、陽告の本件予防接種時における発育程度をもつて遅滞しているものとし、本件予防接種を受けさせるべきでなかつたということはできない。そして、慢性栄養障害、胸腺肥大等の点について検討すると、陽告は、昭和四四年一〇月三日、右そけいヘルニア(高度)の手術を受けているが、平山証人の証言によるとそけいヘルニアは別に命にかかわるような病気ではなく、仮にその当時陽告が栄養障害等体力の弱つた状態にあつたとすれば、右手術は行われなかつたことは容易に推認し得るところ、医師が陽告に対し、右手術を実施したということは、とりもなおさずさほどの栄養障害の状態にはなかつたことが明らかであり、また、胸腺肥大というのは、成長に伴い小さくなり見えなくなつてしまうはずの胸腺が、何らかの原因で小さくならないで残つており、それがレントゲンに写つたということであつて、免疫異常を示す胸腺形成不全とは別のものであり、本件予防接種をする際に支障となるものではなかつたことが認められ、右事実に加えて、前示のとおり陽告のヘルニア手術後の状況を医師が診察したうえで大丈夫である旨判断して本件予防接種を行つていることからすると、右接種担当医師は陽告が本件予防接種当時病後衰弱している状況にもなく、また、本件予防接種を行うことが不適当であると認められる状況にないと判断して右接種を行つたものと推認でき、これらの点からすると、接種担当医において、陽告に対し禁忌事項を看過して本件予防接種を行つた過失があるとの原告らの主張は採用することができない。

(9)  以上の次第で、右被害児八名について、いずれも接種担当者(医師)において、禁忌該当者であることを看過して本件各予防接種を実施した過失がある旨の原告ら主張事実はこれを認めるに足りる証拠がなく、いずれも採用することができない。

(四) 副作用発症に対する救急態勢を怠つた過失について

(1) 原告は、被告は予防接種に重大な副作用が伴うことを知悉していたのであるから、予防接種の実施と同時に副作用の発症にそなえての救急態勢を予め準備し、万全の態勢を整え、発症時には右救急態勢が支障なく作動しうるようにしておくべき義務を負うところ、かかる配慮を欠き、副作用の存在を秘匿さえしてきた故、公然と救急態勢を整えることを放棄してきた旨主張する。

そこで検討するに、〈乙号証〉に弁論の全趣旨を総合すると、予防接種後に異常反応のあつた場合の急病患者については、従来からかかりつけの医師等によつて初期治療の大部分が行われてきており、厚生大臣においても、従来から都道府県知事からの通報により、都道府県知事や市町村長を指導してあるいは専門家の協力を得る等によつて対策を講じてきていること、すなわち、昭和三四年一月二一日には「予防接種の実施方法について(衛発第三二号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通達)」を発して「予防接種実施要領」を定め、接種後異常な徴候のあつた場合は速やかに医師の診察を受け、その結果事故と認められたときは、被接種者又はその保護者は当該予防接種の実施者に連絡するよう指示しておくこと、予防接種を行う場所には、救急の処置に必要な設備、備品等を用意しておくこと、事故発生の場合には、市町村長は保健所長を経て都道府県知事に報告し、都道府県知事はこの報告を受けた場合及び自ら実施した予防接種において事故が発生した場合には厚生省に報告すること等を通知したこと、また、同四五年六月一八日には「種痘の実施について(衛発第四三五号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」を発して、種痘の実施後異常な徴候のあつた者は、速やかに医師の診察を受けるようその保護者に周知すること、異常な徴候のあつた者を診察した医師は、速やかに市町村長又は最寄りの保健所長に報告するよう管内各医師に協力を依頼すること、万一事故発生の場合は、前述の実施要領により、速やかに報告するよう管下市町村長に周知を図ること、診断、治療等の指導が必要である場合には、最寄りの「種痘研究班」の班員に連絡すること等を通知したこと、同四五年八月五日には、「種痘の実施について(衛発第五六四号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」を発して、「種痘実施の手引き」を定め、以上の注意事項をとりまとめたほか、種痘による合併症のうち全身性痘疱、種痘性湿疹等の治療については科学療法剤N―メチルイサチン―β―チオセミカルバゾン(マルボラン)が有効とされているので、最寄りの種痘研究班員に連絡するよう通知し、同年九月二日「種痘合併症の治療薬について(衛防第三五号各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生省公衆衛生局防疫課長通知)」により、種痘の合併症の治療に用いるマルボラン及びVIGの保有希望を各都道府県に照会したこと、また、一般に救急医療施設については、同三八年の消防法の一部改正に伴い、同三九年二月に「救急病院等を定める省令」を制定し、主として初期治療を担当する救急病院、診療所の告示制度を創設し、同五〇年一〇月現在における救急告示病院は二九二〇箇所、救急告示診療所は一八二一箇所合計四七四一箇所であること、さらに、救急告示病院、同診療所の後方病院として、救急医療センターを同四二年以降、国立、公的病院を中心として整備を促進し、同五〇年度末までに二一四箇所が整備されていること、そして、休日及び夜間のいわゆる診療時間外の急病患者に対する医療の確保については、休日の当番医師制が、以前から各地域医師会単位で実施されていたが、国も保健所単位で地域の医療関係者等を構成員とする休日夜間診療確保対策協議会の設置の助成を通じて普及に努めてきており、同四九年度から休日夜間急患センターを計画的に整備するとともに、その運営費に対しても助成することとし、同五〇年度末現在で一四三箇所の休日夜間急患センターが設置されていること、以上の事実が認められ、右事実からすると、厚生大臣としては、都道府県知事に対し、あるいは同知事を通じて市町村長等に対し、予防接種後異常な徴候のあつた場合の対処等について指示し、国の施設としての救急医療態勢を整備してきていることが明らかであるから、被告が予防接種の副作用の存在を秘匿し救急態勢を整えることを放棄してきたとの原告の主張は失当であるといわざるを得ない。

(2) 原告は、被害児番号18仲本知加について、同児の本件予防接種事故は、接種担当医である風川医師がけいれんを止めるべき適切な救急処置をとつていたならば、知加の脳の損傷は現在よりはるかに軽微なもので済んだものであるのに、同医師が右処置をとらなかつたため重篤な脳損傷を受けたのであるが、同医師が右処置をとらなかつたのは、被告が接種担当現場の問診医であつた風川医師には種痘後脳炎、脳症の情報(警告)を与えず、かつ副作用発症時の応急態勢について何ら指示していなかつた過失に基因する旨主張する。しかしながら、被告(厚生省公衆衛生局長等)において、本件予防接種時に接種担当医に対して、種痘後脳炎、脳症等の知識を与え、副反応発症時の応急態勢について指示すべき法律上の義務を負つていたものとは解せられないばかりか、既に認定したように、被告としては予防接種実施規則、各種の通知、通達により一般に予防接種の重篤な副反応の存在及びこれが発症した際の対応について承知せしめていることは明らかであり、この点よりして原告の右主張は理由がない。また、さきに認定したとおり、風川医師は、本件予防接種を知加に対して行つたのは、国の公権力の行使にあたる公務員としてであつたことは前示認定のとおりであるが、原告の主張によると、知加が本件予防接種後の昭和四六年六月九日に至り容態に変化が生じたため、近医の風川医師に往診を依頼したが、原告主張の如き同医師の対応のまずさからその症状を悪化させたというのであり、この主張からすると、右種痘後における副反応発症後の知加と風川医師の関係は、私人間の医療契約関係の問題としてとらえるべきであり、かような場合にまで、前示認定の国と国民との間の予防接種を契機とする法律関係(公法上の法律関係)が存続しているものとみることはできず、従つて、右副反応発症後の風川医師の立場は、国の公権力の行使にあたる公務員には該当せず、この点においても原告の右主張は失当といわざるを得ない。

(五)  以上、(一)ないし(四)で検討したところからすると、国の公権力の行使として行われた本件各予防接種において、各予防接種担当医師に予防接種実施上の具体的過失があつたとの原告らの主張は、いずれもこれを認めるに足りる証拠がなく、採用することができない。

五以上判示のとおり、本件各予防接種事故について、被告に国家賠償法に基づく責任があるとの原告らの主張事実については、厚生大臣、厚生省公衆衛生局長等予防接種行政を担当する国の公務員並びに国の機関たる予防接種担当医師に原告ら主張の過失の存在が認められないから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの右主張は、理由がないものといわなければならない。

第七  損失補償責任

(請求原因6)について

一損失補償請求にかかる訴えの追加的併合の可否

1  原告らは、被告に対し、昭和五九年五月一四日付準備書面(同年六月七日本件第四〇回口頭弁論期日で陳述)で、従前の債務不履行、不法行為及び国家賠償法に基づく各損害賠償請求につき、形式的には憲法一三条、一四条一項、二五条一項、二九条三項に、実質的には講学上の国家補償法に基づくものとする損失補償請求権を訴訟物とする請求を、予備的に追加する旨の併合申立てをしたのに対し、被告は、原告らの右請求が行訴法四条後段のいわゆる実質的当事者訴訟に該当することを理由に、右申立てが不適法である旨主張するので、まず、この点について判断する。

2 原告らは、その主張する損失補償請求権の形式的根拠として憲法の前記各条項を挙げているが、その趣意は、後にも判示するように講学上の国家補償法を実質的根拠とする右損失補償請求権を含意内包する憲法条規を示すところにあるものと解される。しかして、不法行為による損害賠償請求権が違法有責の原因行為による違法な結果に基づくものとして私法上の権利であること、他方、憲法二九条三項の規定の適用(類推適用を含む。)により生ずる損失補償請求権が適法な原因行為(公用収用)による適法な結果に基づくものとして公法上の権利であることは、いずれも明らかであるが、これに対し、原告ら主張の前記損失補償請求権は、適法な原因行為による法の予想しない(その意味で違法な)結果に基づくものとして、前二者の中間領域に成立するものとみられるから、これを一概に純正な公法上の権利であると評価することができず、従つて、右請求権を訴訟物とする訴訟を単純に実質的当事者訴訟とみることはできないこと、また、本件においては前記準備書面で併合を申立てられた原告らの損失補償請求が原告らの従前の損害賠償請求に対して追加的になされるものである旨表示されているとはいえ、原告らの訴状には右損失補償請求の請求原因事実となる事実関係はもとより、憲法一三条、一四条一項、二五条一項の各条項を記載するとともに、同訴状による請求が民法七〇九条ないし国家賠償法一条に基づくものである旨の主張と併せて、本件各被害児が被告の伝染病対策の痛ましい犠牲者であり、これに対する被告の救済対策が昭和四五年七月三一日の閣議了解に基づく行政的救済措置及び同五一年六月一九日改正の予防接種法に基づく法的救済制度によつても不完全であり、その完全な救済を求めるのが本訴の目的であるとの主張をも明示していることは、弁論の全趣旨より明らかであり、右事実よりみれば、原告らは、右損失補償請求を本件訴えの提起時よりなし、前記準備書面は、単にこれを明確化したのにすぎないものと評価できる余地がないわけではないこと、加えて、本件訴訟の経過に照らし、右請求の併合が許されないことによつて、原告らに多大の時間的、経済的損失の生ずることが予測されること、以上の各事情を考え併せると、右原告らの申立てを実質的当事者訴訟の追加的併合の申立てとみて、訴えの客観的併合の要件(民訴法二二七条所定の訴訟手続の同質性)を欠くことを理由に、右申立てを不適法とすることは、原告らに極めて酷な結果となり、相当でないというべきである。

3 もつとも、原告ら主張の右損失補償請求権が純正な公法上の権利であると評価できないとはいえ、公法上の権利としての側面を持つものであることは否定できず、この面に着目すると、原告らの右申立てを請求の追加的併合の申立てとみる限り、行訴法が行政訴訟の特殊性より定めた特則規定(同法二三条、二四条、三三条等)との関係で、原告らの右申立てを許した場合に生ずる被告の応訴上の不利益を考慮しなければならないけれども、本件訴訟の性質及び進行状況に徴し、被告に右応訴上の不利益のあることは、認められない。

4 そうすると、原告らの右損失補償請求にかかる訴えの追加的併合は、これを許すべきである。

二損失補償責任の有無

1  原告らは、その主張する損失補償請求権の形式的根拠として、憲法一三条、一四条一項、二五条一項、二九条三項を挙示しているところ、右憲法各条項相互の関係についての原告らの主張内容を弁論の全趣旨により要約すると、原告らは、右憲法の各条項がそれぞれ別個独立に原告ら主張の損失補償請求権の根拠となつていることを主張しているわけではなく、講学上の国家補償法を実質的根拠とする右損失補償請求権がこれを明定した成文法を持たないところから、法解釈上、右請求権の存在を認識させるのに充分な明示の規定として、憲法の前記四条項を挙げ、生命、自由及び幸福追求の権利の尊重を保障する一三条、法の下の平等と差別の禁止を保障する一四条一項、生存権を保障する二五条一項の各規定を持つ憲法が、その二九条三項において財産権に対する特別な犠牲が課せられた場合の補償の必要を規定していることからみて、同条項は本件各予防接種被害のような生命、身体に対する特別な犠牲が生じた場合に、その補償が必要なことを当然のこととして前提としている旨解釈すべきことをいうものと解される。

2 ところで、憲法二九条三項は、財産権の不可侵を規定した同条一項、財産権の内容の立法による制約を定めた同条二項の各規定を前提として、公共の利益のために、同条二項による制約の範囲をこえて財産権の剥奪、制限等をなしうること、そしてこの特別な犠牲を課した場合には同各一項の規定する財産権不可侵の見地から正当な補償を必要とすることを規定し、同条全体として、わが国における経済秩序について調和のとれた私有財産制度のあり方を規定したものである。従つて、原告らの本件各予防接種による被害を特別な犠牲とみても、被害を受けたものが生命、身体であつて、財産権のように損失補償をすることにより収用できることが予定されているものではないから、右被害に対する補償を憲法二九条三項の規定の適用(ないし類推適用)により解決することができないことは、被告の主張するとおりである。しかしながら、前判示のとおり、本件各予防接種は、伝染病の発生及びまん延を予防し、公衆衛生の向上と増進に寄与するとの公益目的を実現するため、被告が罰則ある法律により強制し、または事実上の拘束力のある勧奨によりこれを実施させ、その結果、被接種者中の極く一部である本件各被害児らが前判示のとおりの重篤な健康上の被害という社会生活上の受忍限度を超える損失、すなわち特別な犠牲を強いられることとなつた反面、その余の者は伝染病からの集団防衛の目的が達成されたことによる利益を受けることとなつたのであり、この公共の利益のために特定の個人が特別な犠牲を強いられる結果が生じているという点において、憲法二九条三項における損失補償を必要とする状況と共通の状況が出現しているものと評価することができる。しかして、右状況における損失補償の必要性の程度については、憲法上、一方が本来的に公共のための収用の可能性を背負わされている財産権であるのに対し、他方にはかかる収用の可能性が全くないことはもとより、憲法がその一三条において国政上最大の尊重を保障する生命、自由及び幸福追求の権利であるうえに、右権利に関してはその二五条一項において健康で文化的な生活を営むことができることを保障しているのであるから、損失補償の必要性の程度は、保障されている権利の性質において、前者の財産権についてよりも後者の生命等について格段に高いことが憲法上明白であるといわなければならない。もつとも、被告が指摘するように、右特別な犠牲は、財産権においては当初から意図されたところであるのに対し、生命等においては意図されたところではないということ、すなわちその発生経緯の点に差異があり、右差異は、補償の必要性の程度にも影響するかのようにみえる。しかしながら、前判示のように、本件各予防接種における本件各被害児が受けた前判示のような副作用は、個々の被害児ごとに具体的に予見され得るものではないが、本来、稀ではあるが不可避的に発生するものであること、換言すれば、予防接種を実施する以上、何れかの被接種者に副作用として特別な犠牲が発生するものであることは、被告を含む関係者に十分知られていたけれども、被告において伝染病からの集団防衛等を内容とする公共の利益を実現するため、右特別な犠牲の発生もやむなしとして、本件各予防接種を含む予防接種を実施した結果、稀なものとしてではあれ不可避的なものとして予測された副作用が本件各被害児に発現したものであること、すなわち、右副作用としての特別な犠牲は、意図された結果でないとしても、単なる偶然の結果ではなく、当初から予測され、しかもやむをえないものとしてではあれ、当初から認容されていた結果であるから、発生した結果に対する補償の必要性の観点からは、当初から意図された結果としての特別な犠牲と同視し得るものということができる。そうすると、被告が主張する特別な犠牲の発生経緯の差異を考慮しても、財産権と生命権とにおける補償の必要性についての前記判断を左右するものでないというべきである。

4  結局、憲法一三条、二五条一項、二九条の各規定をみると、憲法は、国民の生命、身体を財産権よりも格段に厚く保障していることが明らかであり、その憲法が一四条一項で国民が法の下に平等であることを保障し、二九条三項で公共のために財産権につきなされた特別な犠牲に対して損失補償の必要を規定しているところよりすれば、憲法は、右二九条三項の規定の当然の含意として、公共のためになされた本件各予防接種のような予防接種により本件各被害児がその生命、身体に受けたような特別な犠牲である副作用による重篤な被害について、財産権につき保障している損失補償を下廻ることのない、換言すれば、右財産権につき保障している補償と少なくとも同程度の損失補償が必要であることを規定しているものと解するのが相当である。すなわち、憲法が一三条、一四条一項、二五条一項、二九条の各条項を規定する趣旨に照らした二九条三項の規定の勿論解釈により、原告ら主張の損失補償請求権(但し、その内容については、後記三に判示するとおりである。)を肯認することができる。これに反する被告の主張は、採用できない。なお、憲法二九条三項は、財産権について公共のための特別な犠牲がある場合には、これにつき損失補償を認めた規定がなくても、直接同条項を根拠として補償請求をすることができるものと解される(最高裁判所昭和五〇年三月一三日第一小法廷判決・裁判集民一一四号三四三頁、最高裁判所同年四月一一日第二小法廷判決・裁判集民一一四号五一九頁参照)ところ、この解釈が、生命、身体について前記特別な犠牲がある場合においても妥当することは、勿論である。

三損失補償の範囲

1 本件各被害児が本件各予防接種の副作用として受けた特別な犠牲である損失につき、原告ら主張の被告に対する損失補償請求権が認められることは、前判示のとおりであり、これも前判示のとおり、右損失補償の内容は、少なくとも財産権についてのそれと同程度のものであるべきであることより、少なくとも憲法二九条三項に定める正当な補償でなければならない。

2 右正当な補償は、伝染病の発生、まん延を防止するという公益上の必要のためになされた本件各予防接種により本件各被害児が受けた前記各副作用による特別な犠牲の回復をはかることを目的とするものであるから、右予防接種による副作用発生の前後を通じて被接種者の状態を等しくならしめるような補償、すなわち完全な補償であるべきである。ただ、右特別な犠牲の対象が被接種者の生命、身体であるところから、対象の相異により財産権につき正当な補償を考慮する際とは異なる考慮が必要とされる。すなわち、生命、身体が財産的価値にとどまらない点より、右財産的価値の側面に対しては完全な補償をなすべきであり、さらに非財産的側面に対する完全な補償として慰謝料の形による補償が不可欠なものとなる。右慰謝料の額の具体的算定は、便宜上、不法行為による損害賠償の場合の慰謝料を想定し、これより損害賠償と損失補償との相異点(一般的には行為者の目的ないし意図、行為の性質、被害回復への措置等についての差異であるが、具体的な本件各予防接種に関してみれば、過失の有無の点に限定されるであろう。)を斟酌することにより、容易になしうるものである。なお、原告らは、本件訴訟の提起、追行にかかる弁護士費用が右損失補償の範囲内に含まれる旨主張するけれども、右弁護士費用出捐による原告らの経済的損失は、本件各予防接種により被接種者に生じた特別な犠牲を回復するために必要な出費であるとはいえ、右特別な犠牲の内容をなす損失とは認められないから、右原告らの主張は、採用できない。

四救済制度との関係

1  被告は、原告ら主張の損失補償請求につき、憲法二九条三項等の規定を受けて制定された法律において、右損失補償の原因、内容及び額の確定手続等が具体的詳細に規定されている場合には、右補償の要否及び多寡の問題は、右法律の解釈、適用により解決すべきであり、本件においては、かかるものとして予防接種法一六条以下に規定された法的救済制度が存在する旨並びに右法的救済制度のもとにおける補償の支給決定及び不支給決定は、補償の支給の要否及びその内容を決定する行政処分であるから、右行政処分の効力を度外視して補償額の増額を求めることはできない旨主張するので、以下、右主張について検討する。

2 右法的救済制度が予防接種を受けた結果、健康被害を生ずるに至つた被接種者に対し、相互扶助、社会的公正の理念に立ちつつ、公的補償の精神を加味して制定された特殊な国家補償の性質を有するものであり、その意味で伝統的な違法有過失の行為に基づく損害賠償または適法な収用行為に基づく損失補償のいずれでもない新類型の公的給付制度であることは、〈乙号証〉によつて認められる右法的救済制度の制定経緯に照らして明らかであり、右制度により認められる被接種者の補償請求権には前判示のとおり憲法上肯認される原告ら主張の本件損失補償請求権と共通の性質を有する一面の存することは否定できない。しかしながら、右乙号各証によつて認められるとおり、右法的救済制度は、昭和四五年七月三一日閣議了解に基づき設定された行政的救済措置による補償内容を、格段に拡充、強化したものであるとはいえ、両者同一理念に基づくものであり、被接種者には前判示のような財産権についての損失補償に対する憲法の保障を下廻ることのない補償(完全な補償)が要請されることを内容とする憲法解釈を前提としているものでない結果として、右行政的救済措置による補償内容はもとより、これを整備、拡充した右法的救済制度による補償内容も、前記認定の本件損失補償請求権に基づく補償内容と比較して不充分であること(右法的救済制度による救済としての給付は、医療費、医療手当、障害児養育年金、障害年金、死亡一時金及び葬祭料に限定され、右本件損失補償請求権に基づく補償内容の根幹をなす逸失利益及び精神的負担に対する補償の面については、これが欠如しているとまではいえないとしても、稀薄であること)は、明らかである。そうすると、原告らの本件損失補償請求権が前判示のとおり憲法上認められるものである以上、行政的裁量によつてはもとより、立法的裁量によつても、右権利を実質的に改変するような限定を加えることができないものというべきであり、従つて、右法的救済制度を、被告の主張するように、これと別個の救済手段を封ずるものとして、原告らの本件損失補償請求が許されないものと解することは、できず、原告らは、本件損失補償請求権に基づき、右救済制度とは別個に、本件予防接種事故による被害の救済を求めることができるものというべきである。

3 右のように、法的救済制度とは別個に右被害の救済を憲法の規定に基づき直接に請求することができるとすることにより、法的救済制度の存在理由を否定する結果となるのではないかとの疑念が生じるかのようであるが、同制度は、救済を受ける側の者のために、訴訟によらない簡易な手続により迅速な救済を与えるものであり、その目的に副うために救済内容も、最低の保障として定型的に判定されるものとなつており、他方、救済を与える側の者のために、救済費用の財源負担の点についても公正の理念に基づく応益原則をとり入れ、国と都道府県と市町村で分担関係を定める等しており、同制度に充分な存在理由が認められるところである。

4 また、被告は、法的救済制度による支給決定等の公定力を問題とするけれども、法的救済制度は、前判示のとおり訴訟によらない場における簡易迅速な救済を目的とするものであるところより、同制度のもとにおける支給決定、不支給決定は、いずれも右簡易迅速な救済の付与につき公定力をもつてなされる行政処分であるということができるけれども、それ以上に、前判示の本件損失補償請求権の存否、内容につき公定力をもつてする何らの判断をもしているものとは認められないから、右被告の主張は、採用できない。

五損失補償請求権の時効及び除斥期間について

1  被告は、損失補償の場合にも、民法七二四条が準用ないし類推適用されるべきであり、そうでなくても、少くとも民法一六七条が準用ないしは類推適用されるべきであると主張する。前示のとおり本件損失補償請求権は、公法上の権利である損失補償請求権が発生するいわゆる公用収用の場と、私法上の損害賠償請求権(国家賠償請求権)が発生する不法行為の場の中間領域に成立するものであり、純然たる公法上の請求権でなく、不法行為に基づく損害賠償請求権との親近性が濃いことからして、右請求権の時効に関しては、民法七二四条が類推適用されるものと解するのが相当である。そして、本件損失補償請求権が、被告の適法無過失の行為による法の許容していない結果に基づくものであるところからすると、その短期消滅時効の起算日は、被接種児またはその法定代理人において、当該発症が被告が実施しあるいは行政指導により他の機関に実施させた本件各予防接種によるものであることを知つた時からであると解するのを相当とする。

2  そこで、まず、三年の短期消滅時効について検討する。

(一) 被告は、本件原告ら全員について、本件各予防接種後、遅くとも一か月位までの間に、右各発症が右予防接種によるものであることを知つたから、三年の消滅時効が完成したと主張するところ、本件各被害児が本件各予防接種を受けた後、一か月位までの間に右各発症をみており、この発症から三年以上経過した後に本訴提起がなされていることは、前記原告各論の各1及び2につき認定した事実と弁論の全趣旨より明らかであるが、本件各被害児またはその法定代理人(父母)が被告主張の本件各予防接種当時において、その各発症の原因が被告が実施しあるいは行政指導により実施させた本件各予防接種によるものであることをそれぞれ知つていたことを認めるに足りる的確な証拠はなく、被告の主張は失当であり、採用することができない。

しかしながら、原告番号二高倉米一、同三河島豊、同四塩入信子、同五秋山善夫、同六吉田理美、同九小林誠、同一〇の一、二幸長好雄ら、同一一鈴木旬子、同一二稲脇豊和、同一四上野雅美、同一五金井真起子、同一八藤本章人、同二〇森井富美子、同二二四方正太、同二九、三〇常信勇ら、同三一、三二三原政行ら、同三三、三四中尾巖ら、同三五ないし三七田辺幾男ら、同三九ないし四二大木清子ら、同四五横山信二、同四六大橋敬規、同四七木村尚孝、同四八田村秀雄、同四九西晃市、同五〇矢野さまや、同五一菅ユキエ、同五二高橋勝己、同五三原雅美、同五四池上圭子、同五七、五八野々垣幸一ら、同五九、六〇原竹彦ら、同六一、六二垣内光次ら、同六三、六四山本昇ら、同六五、六六安田豊ら及び同六七、六八藤井崇治らについて、原告もしくは法定代理人らが被告主張の日に行政的救済措置に基づく給付申請書を作成したことは当事者間に争いがなく、これを予防接種済書等とともに市町村長に提出したことは弁論の全趣旨より認めることができる。右によると、当該原告らもしくは法定代理人において、右給付申請書作成日には本件各被害児の発症が本件各予防接種に起因することを認識していたものと推認することができる。そうすると、右の時から右原告らについて前示三年の時効が進行するものと認めるのが相当であり、いずれも右の時から本訴提起までの間に三年以上の期間が経過していることは明らかである。すなわち、右原告ら五〇名について三年の短期消滅時効が完成していることが明らかであり、この点において、被告の抗弁は、理由がある。

(二) しかしながら、本件各予防接種は、被告が一定の割合で犠牲者が不可避的に発生することを認識しながらも、伝染病に対する集団防衛という公共目的のために、全国一律に強制し、もしくは被告の強力な行政指導のもとに実施してきたものであり、他方、被害児側には何ら過失その他の帰責事由が存しないのにもかかわらず、被告が不可避と予見していた副反応事故を、思いもかけず引き受ける結果となり、当該接種児の生命、身体を犠牲にさせられ、またその介護(助)にあたる父母らに多大の精神的、経済的負担を負わせるに至つた反面、幸いにして右犠牲となることを免れた大多数の国民は、その予防接種によつて伝染病のまん延から免れ、健康な生活を享受していることは明らかである。このような状況の下においては、右被害児らの犠牲になる損失を補償するために最善の措置をとることは、前判示の憲法の各条規のもとに国民の負託を受けて行政を行う被告の責務であり、現に被告において右措置の一環として、前判示の行政的救済措置及び法的救済制度を定めて、右犠牲者に対し金銭給付を実施するほか右犠牲が社会防衛のための尊い犠牲であつたことを承認してお見舞いする旨の厚生大臣の見舞状を交付し、右犠牲者及びその関係者の精神的苦痛を慰謝する措置をとつてきたのであり、このことは、弁論の全趣旨より明らかであるけれども、右被告の各救済措置もなお憲法の予定する補償として充分でないと判断されるところに、前判示のとおり、原告ら主張の損失補償請求権を認めるべき根拠が存するけれども、原告らの右請求権の存在については、多くの問題点があり、従来の学説においても、裁判例においても、疑いの余地のないものとして明確に認識されていたものではなく、とくに被告においては本訴における応訴内容からも明らかなように、右請求権の存在を強く否定する認識のもとに、右救済にかかる行政を執行していたものであるところ、弁論の全趣旨によると、原告らが本訴で損失補償請求をするまで、右請求権の主張をしなかつたことについては、右請求権の前記の問題性に加えて、被告の右行政における姿勢が重要な原因となつていたこと、換言すれば、原告らは、被告の行政姿勢により、被告が提供する救済以外の救済手段に思い及ばず、右請求権の存在の認識及びその行使を困難にさせられた事情にあつたことを認めることができ、この事情を考え併せると、前記救済の責務を有する被告が単に一定の時の経過をもつて、この義務を免れるとするのは著しく正義公平の理念に背馳するものというべく、被告の消滅時効の援用は、権利の濫用として許されないものといわざるをえない。原告らの再抗弁は、理由があり、結局、この点に関する被告の時効の主張は、採用できない。

3  次に民法七二四条後段の除斥期間の満了についての被告の主張について検討する。

被害児番号11(原告番号一二、以下同じ。)稲脇豊和、同14(一五)金井真起子、同35(四八)田村秀雄、同38菅美子(五一菅ユキエ)、同41(五四)池上圭子及び同43野々垣一世(五七野々垣幸一、五八野々垣久美子)については、それぞれが受けた本件各予防接種の日から右原告らの本件訴えの提起の日までに二〇年が経過していることは明らかである。

ところで、民法七二四条後段について、被告は、これを時効とは性質の異なる除斥期間であると主張する。右のような考えは、同条前段の短期時効が被害者の認識(主観的事情)により左右されることに鑑み、画一的基準を定めることにより、法律関係の速やかな確定を図ろうとすること等を根拠とするものであるが、同条項の定める二〇年間というのは法律関係の速やかな確定を図る期間としては長すぎ、同条前段と同様、被害者保護の見地から、起算点を被害者の主観にかかわりなく規定する代りに長期時効を定めたものと解するのが相当であり、当事者の何らの援用を要しない除斥期間とみることはできない。

被告がここにおいて、民法七二四条後段の類推適用を主張するのは、時効を援用する趣旨と見れなくはないが、時効の援用については、前示のとおり、権利の濫用にあたると認められるので、結局、被告の右主張は失当であり、採用の限りでない。

4 よつて、被告の右時効もしくは除斥期間満了の主張は、いずれも理由がなく失当である。

第八  損失額の算定

一原告らは、右第七で検討したとおり、本件各被害児について、本件各予防接種に起因すると認められる範囲内の損失の補償を被告に対し請求できるので、同所で判示したところに従い、右損失額の算定をする。なお、原告らは、損失額の算定にあたつては、本件各被害児の被つた被害を損失として正当に評価するためには、かかる被害を総体として包括して把握することが不可欠の前提となるとし、また本件各被害児に共通、等質な損失は一律に算定すべきであり、各被害児の損失のランク付けは原告らの意思によつてのみなし得るものと主張し、本件訴訟において主位的にいわゆる包括一律請求(ただし医療費を控除した一部請求)をなしているが、請求権者の被害の日時、年齢、性別、職業、家族構成等によつて、損失額は異るものであり、本件においては、被害児らに共通するのは、予防接種を受けたことによる被害というだけで、その接種の日時も昭和二三年六月ないし同五〇年九月の長期間の内に点在し、接種ワクチンの種類も違つており、個々の被害児によつて発生した被害内容も区々に分れていることは、原告らの主張自体からも、当裁判所の証拠調べの結果からも明らかである。従つて、立証の便宜のため、損失内容の項目につきある程度のグループ分けをすることは、それがグループごとの控え目な算定であるかぎり許容されるけれども、右の限度をこえて、原告ら主張のように包括的一律的に損失額の算定をすることは相当でなく、以下においては、原告らが仮定的なものとして主張する個別積上げ方式によつて算定することとする。

二本件各被害児の現在の症状、要介護の程度については、請求原因末尾添付の原告各論一ないし二九、三二ないし四八の各5の「損害」欄記載の事実が、これに対応する〈証拠〉並びに検証の各結果に弁論の全趣旨により認めることができ、右各事実に基づいて各被害児がこうむつた損失を個別に算定することとする。

三右事実によると、本件各被害児については、死亡者と生存者に分けられ、生存者はさらに、日常生活に全面的に介護を必要とする後遺障害を有する者(以下便宜上「Aランク被害児」という。)、日常生活に介助を必要とする後遺障害を有する者(同様「Bランク被害児」という。)及び一応他人の介助なしに日常生活を維持することの可能な後遺障害を有する者(同様「Cランク被害児」という。)とに区別することができ、右の区別に従つて、以下において、各被害児の損失額を算定することとする。

四本件各被害児の損失額の算定について

1  死亡被害児(その一)

(一) 逸失利益

死亡被害児である被害児番号22三好元信、同23毛利孝子、同24柳澤雅光、同25常信貴正、同26三原繁、同27中尾仁美、同28田辺恵右、同29福山豊子、同43野々垣一世、同44原篤、同45垣内陽告、同46山本実、同47安田美保及び同48藤井崇治について、その逸失利益は、本件各予防接種事故によつて死亡しなければ、一八歳から六七歳までの四九年間就労可能であつたものとし、当裁判所に顕著である昭和五九年賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男女別一八〜一九歳労働者平均賃金を基準として、一年当り男子は一七八万四七〇〇円、女子は一五二万五六〇〇円の収入を得られたにもかかわらず、これを喪失したものと推認される。そこで右の額を基礎として、生活費控除を男子四割、女子三割とし、新ホフマン方式による中間利息を控除して、右期間の得べかりし利益の喪失額の本件各予防接種事故当時における現価を、次の算定式によつて求めると、別紙Ⅶの表の(一)「死亡被害児の認定損失額一覧表(その一)」の該当欄記載のとおりとなる。

計算式 (年収−生活費)×{(六七−本件予防接種事故時の年齢)のホフマン係数−(一八歳−右事故時の年齢)のホフマン係数}

なお、原告らは、被害児の性別により逸失利益に相違を生じさせるべきではない旨主張するが、右賃金センサスは、賃金の現に存在する態様を反映したものであるから、この点についての右主張を採ることはできないところであるが、この点については、控除さるべき生活費割合を考慮することにより、男女間の較差の均衡を計ることとしているものである。

また、原告らは、逸失利益の算定にあたつては、インフレによる目減り分を算入すべきとある旨主張しているところ、戦後の我が国の経済動向にインフレ傾向が持続し、消費者物価が上昇してきていること、しかもその多くは国の経済政策に基因する流動的なもので、不確定、不確実な要素の多いことも公知の事実であるから、当裁判所としては、このインフレの影響を損害額の算定にあたり考慮することをしない。

(二) 慰謝料

死亡した右被害児は、被害児番号29福山豊子(当時一〇歳)を除き、いずれも三歳未満の乳幼児であり、本件各予防接種の当日かその後のわずかの期間内に死亡しているものであり、いずれもその生涯はあまりにも短く痛ましいものであつたこと、しかしながら、本件各事故は、いずれも前判示のとおり公共のため被告の強制もしくは行政指導の下に行われた予防接種に起因した特別な犠牲であり、前記のとおり、被告の無過失による事故であることも考慮せざるを得ず、諸般の事情を参酌して、一人あたり一〇〇〇万円をもつて相当と認める。

(三) 弁護士費用

前判示のとおり、これを損失と認めることができない。

(四) 右死亡した本件各被害児の損失額の合計から、後記の行政上の損失補償による既給付額(以下「既給付額」という。)を控除すると、各被害児の損失の個別の損失合計額は、右別紙Ⅶの表の(一)「死亡被害児の認定損失額一覧(その一)」の各合計額欄記載のとおりとなる。

2  死亡被害児(その二)

死亡被害児のうち、被害児番号6増田裕加子、同9幸長睦子、同19森井規雄及び同38菅美子はいずれも本件訴提起時は生存しており、口頭弁論終結時までに死亡したものであり、その生存中においては、後記生存被害児と同様に、そのランクに応じて介護(助)費を加算する(森井規雄はCランク相当であるが、前掲証拠よりして父母らの介助を要したものと認められる。)ほか、生前、死亡後を通じての逸失利益について個別に算定することとする。また、被害児番号42小川健治については、前記認定のとおり本件予防接種と死亡との因果関係は認められないため、その損失額の算定は、生存被害児に準じることになるが、併せてここで検討することにする。

(一) 逸失利益

前記認定の事実からすると、被害児番号6増田裕加子及び同9幸長睦子はAランク、同19森井規夫はCランク、同38菅美子はAランクの各被害児であつたと認められ、Aランクについては労働能力喪失率は一〇〇パーセントであることは前示のとおりであるが、Cランクについては、その症状により二〇ないし六〇パーセントの労働能力の喪失があつたと認めるのが相当であり、右森井規夫については六〇パーセントの労働能力の喪失があつたものと認めるのを相当とする。そして、前記の算定方法により個別の逸失利益の額を算出すると別紙Ⅶの表の(二)「死亡被害児の認定損失額一覧表(その二)」の該当欄記載のとおりとなる。

(二) 慰謝料

各被害児について一人あたり一〇〇〇万円をもつて相当と認める(小川健治については、その症状からみてAランク被害児と認められるので、後記生存被害児中Aランクの者と同様一〇〇〇万円をもつて相当と認める。)。

(三) 介護(助)費

死亡した右各被害児のうち、発症後死亡するに至るまで一年以上生存し、日常生活に介護(介助)を必要とした被害児については、介護(介助)の状況に照らし、後記生存被害児と同様、介護(介助)費用として、Aランク被害児と認められる増田裕加子、幸長睦子、菅美子は年間各一五〇万円(介護費)、本件予防接種後死亡に至るまでの全期間を通じてCランク(労働能力喪失率六〇パーセント)と認めるのが相当である森井規雄については年間八〇万円(介助費)、小川健治については、前記認定のとおり昭和五〇年三月下旬に若年性関節リュウマチが発症するまでの同児の症状は本件予防接種に起因するものと認められ、その症状はAランクに該当すると認めるのが相当であり、この期間を通じ年間一五〇万円(介護費)をもつて相当とし、これらの額について、これを基礎として新ホフマン方式による中間利息を控除して右要介護(助)期間(年間に満たない端数は切り捨てる。)の介護(助)費相当額の本件各接種事故当時における現価を求めると、右別紙Ⅶの表の(二)の該当欄記載のとおりとなる。

(四) 弁護士費用

前判示のとおり、これを損失と認めることができない。

(五) 右死亡した本件各被害児の損失額の合計から、前同様既給付額を控除した、右各被害児の個別の損失合計額は右別紙Ⅶの表の(二)の各合計額欄記載のとおりとなる。

3  生存被害児(その一、Aランク被害児)

(一) 逸失利益

前記認定の事実に本件審理にあらわれた諸事情を勘案すると、被害児番号1高倉米一、同2河島豊、同4秋山善夫、同5吉田理美、同7清原ゆかり、同10鈴木旬子、同11稲脇豊和、同12山本治男、同32横山信二、同33大橋敬規及び同35田村秀雄は、いずれも前記Aランク生存被害児に該当するものと認められ、これらの被害児の労働能力喪失率は一〇〇パーセントと認めるのが相当であり、右各被害児が、本件各予防接種によつて本件各事故に遭わなければ、一八歳から六七歳までの四九年間就労して、その間前示のとおり、少くとも毎年男子は一七八万四七〇〇円、女子は一五二万五六〇〇円の収入が得られたところ、その一〇〇パーセントを喪失したものと推認でき、これを基礎として新ホフマン方式による中間利息を控除して、右期間の得べかりし利益の喪失額の本件予防接種事故当時における現価を求めると、別紙Ⅶの表の(三)「Aランク生存被害児の認定損失額一覧表」の各該当欄記載のとおりとなる。

(二) 介護費

前示各認定の右Aランク生存被害児の介護の状況よりすると、本件各予防接種による発症後死亡するに至るまで、その生涯にわたり日常生活において全面的に介護を必要とするものと推認でき、右要介護期間は、右各被害児の本件各予防接種時における年齢と同年齢の者の平均余命期間に一致するものと認めるのが相当であり、右余命期間は、当裁判所に顕著である昭和五九年簡易生命表によることとする(ただし、一年未満は切捨てる。)。そして、右介護に費やされる労務を金銭に換算すると、右要介護期間を通じて、年間一五〇万円を要すると認めるのが相当である。そこで右の額を基礎として、新ホフマン方式による中間利息を控除して右要介護期間の介護相当額の本件各予防接種事故当時における現価を求めると、右別紙Ⅶの表の(三)の各該当欄記載のとおりとなる。

(三) 慰謝料

Aランク生存被害児の精神的苦痛の慰謝料は、一〇〇〇万円をもつて相当とする。

(四) 弁護士費用

前判示のとおり、これを損失と認めることができない。

(五) 右Aランク生存被害児の損失額の合計から、前同様既給付額を控除した、右各被害児の個別の損失合計額は、右別紙Ⅶの表の(三)の合計額欄記載のとおりとなる。

4  生存被害児(その二、Bランク被害児)

(一) 逸失利益

前記認定の事実に本件審理にあらわれた諸事情を勘案すると、被害児番号3塩入信子、同8小林誠、同18仲本知加、同20末廣美佳、同21四方正太、同36西晃市及び同37矢野さまやは、いずれも前記Bランク生存被害児に該当するものと認められ、これらの被害児の労働能力喪失率は九〇パーセントと認めるのが相当であり、右各被害児が、本件各予防接種によつて本件各事故に遭わなければ、一八歳から六七歳までの四九年間就労して、その間前示のとおりの各収入が得られたところ、その九〇パーセントを喪失したものと推認でき、これを基礎として前同様の算定方式により右期間の得べかりし利益の喪失額の現価を求めると、別紙Ⅶの表の(四)「Bランク生存被害児の認定損失額一覧表」の各該当欄記載のとおりとなる。

(二) 介助費

前示各認定の右Bランク生存被害児の介助の状況よりすると、本件各予防接種による発症後死亡するに至るまで、その生涯にわたり日常生活に介助を必要とするものと推認でき、その要介助期間については、前示のAランク生存被害児におけると同じと認めるのが相当であり、右介助に費やされる労務を金銭に換算すると、右要介助期間を通じて年間八〇万円を要すると認めるのが相当である。それで右の額を基礎として、前示Aランク生存被害児におけると同様の算定方法により右要介助期間の介助費相当額の本件各予防接種事故当時における現価を求めると、右別紙Ⅶの表の(四)の各該当欄記載のとおりとなる。

(三) 慰謝料

Bランク生存被害児の精神的苦痛の慰謝料は、七〇〇万円をもつて相当とする。

(四) 弁護士費用

前判示のとおり、これを損失と認めることができない。

(五) 右Bランク生存被害児の損失額の合計から前同様既給付額を控除した、右各被害児の個別の損失合計額は、右別紙Ⅶの表の(四)の各合計額欄記載のとおりとなる。

5  生存被害児(その三、Cランク被害児)

(一) 逸失利益

前記認定の事実に本件審理にあらわれた諸事情を勘案すると、被害児番号13上野雅美、同14金井真起子、同15前田憲志、同16上田純子、同17藤本章人、同34木村尚孝、同39高橋勝己、同40原雅美及び同41池上圭子は、いずれも前記Cランク生存被害児に該当するものと認められ、これらの被害児の労働能力喪失率は、各被害児の後遣症状に応じ、右池上圭子については二〇パーセント、上野雅美、藤本章人、高橋勝己及び原雅美についてはいずれも四〇パーセント、その余の被害児については各六〇パーセントと認めるのが相当であり、右各被害児が、本件各予防接種事故に遭わなければ、一八歳から六七歳までの四九年間就労して、その間前示のとおり各収入が得られたところ、その二〇ないし六〇パーセントを喪失したものと推認でき、これを基礎として前同様の算定方式により右期間の得べかりし利益の喪失額の現価を求めると、別紙Ⅶの表の(五)「Cランク生存被害児の認定損失額一覧表」の各該当欄記載のとおりとなる。

(二) 介助費

前示認定の右Cランク被害児は、本件各予防接種による発症後、一応他人の介助なしに日常生活を維持することが可能となるに至るまで、父母らの介助を必要としたものと認められ、右介助に費やされた労務を金銭に換算すると、右要介助期間を通じて年間八〇万円を要したものと認めるのが相当である。そこで右の額を基礎として新ホフマン方式により中間利息を控除して右要介助期間の介助費相当額の本件各予防接種事故当時における現価を求めると、右別紙Ⅶの表の(五)の各該当欄記載のとおりとなる。

(三) 慰謝料

Cランク生存被害児の精神的苦痛の慰謝料は、その労働能力の喪失率に応じ、これが六〇パーセントである被害児が五〇〇万円、四〇パーセントである被害児が三五〇万円、これが二〇パーセントである被害児が二〇〇万円をもつて、それぞれ相当とする。

(四) 弁護士費用

前判示のとおり、これを損失と認めることができない。

(五) 右Cランク生存被害児の損失額の合計から前同様既給付額を控除した、右各被害児の個別の損失合計額は、右別紙Ⅶの表の(五)の各合計欄記載のとおりとなる。

五時効、除斥期間を除くその余の被告の抗弁について

(一)  因果関係の割合的認定、過失相殺又は寄与度(抗弁5)について

被告は、別紙Ⅴ記載のとおり本件各被害児側にも本件各予防接種事故の発生もしくは被害の拡大に寄与した身体症状等があつたとして、因果関係の割合的認定の法理又は過失相殺ないし損害公平分担の法理により、損失額算定にあたり考慮すべきである旨主張するが、別紙Ⅴの各被害児の「損害額の減額について考慮すべき事実」のうち、「禁忌事項」の欄及び「その他」の欄に記載の各事実は、いずれも被告の過失を前提としての主張であり、仮に右各事実があるとしても本件損失補償額算定にあたつては考慮する必要のないものであり主張自体失当である。そして「他原因」欄の記載のうち、被害児番号2河島豊、同3塩入信子、同4秋山善夫、同6増田裕加子、同7清原ゆかり、同9幸長睦子、同10鈴木旬子、同11稲脇豊和、同12山本治男、同15前田憲志、同18仲本知加、同19森井規雄、同21四方正太、同28田辺恵右の各主張、同32横山信二、同35田村秀雄、同37矢野さまや、同40原雅美、同42小川健治のうち「てんかん発症の可能性」の主張、同44原篤及び同46山本実に関する主張が認められないことは既に前示第四因果関係についての部分で判断したとおりであつていずれも失当である。同25常信貴正、同27中尾仁美及び同36西晃市に関する各主張部分については、これを認めるに十分な証拠がなく失当である。同1高倉米一のけいれん素因の存在、同19森井規夫のポリオの感染・発症(左足麻痺)、同33大橋敬規に周産期の異常による底上げ状態があつたこと、同41池上圭子の自己接種の可能性、同42小川健治の死因が若年性関節リュウマチであつたこと及び同45垣内陽告について消化器の異常があつたことは、いずれも前示第四の各被害児毎の因果関係の判断において、これを認めたところである。しかして、右のうち、小川健治については、右死因による死亡の事実を損失額の算定にあたり考慮済みであることは前記のとおりであるが、その余の右各被害児について、被告の主張する右被害児らの本件各予防接種と競合する他原因(体質的素因等)の存在、すなわち、右体質的素因等の寄与は、本件各被害児が選択したものではなくいずれも本件各予防接種により余儀なくされたものであることからして、被害児らに損失を分担させることはかえつて正義公平に反する結果となるうえに、右寄与の程度を判定するに足る資料もないから、これを考慮しないこととする。従つて、被告の右主張は失当であり採用することができない。

(二)  損益相殺等(抗弁3)について

原告らが、昭和六〇年六月二〇日までに被告から別紙Ⅳの表(一)「将来給付額の現価及び給付済額一覧表」の「既給付済額」欄記載のとおりの給付を受けたことは当事者間に争いがない。従つて、右既給付額を本件各被害児の損失額から控除するのが相当である。原告らは、本訴において、特に医療費、医療関係費を請求していないことを根拠として、その旨の給付を含む補償額を損失額から控除することが不当である旨主張するが、本件損失補償請求における訴訟物は原告一名毎にそれぞれ一個であつて、原告が一部の特定の損失費目をあえて請求していないことをもつて、被告がその名目で給付したものの控除計算を阻止する理由とならないことは明らかである。また、原告らは、地方自治体単独給付分につき、これが損失のてん補としての性質を有しない旨主張するが、これを認めるに足りる証拠がない。よつて、原告らの右主張はいずれも失当である。

(三)  予防接種法に基づく給付と本件請求との調整(抗弁4)について

1 前記の既給付分について本件損失補償額から控除すべきことは前示のとおりであるが、被告は、右給付以降本件口頭弁論終結時までに各原告らに支払われた予防接種法等に基づく給付金をも控除すべきであると主張する。当裁判所も、右主張は正当なものであると考えるけれども、本件口頭弁論終結時までにどの原告に対し現実にいくら支払われたかについての証明がない以上、右主張を認めることができない。

2 生存被害児である原告らが、被告主張のとおり将来にわたつて、現行の予防接種救済制度に基づいて給付を受けることができるものであることは関係法令から明らかであるけれども、右給付が現実になされていない(1については、給付の証明がない。)以上、これを現段階においてその現価相当分の限度においても、原告らの損失額から控除することは相当でなく、被告の抗弁4(一)の主張は採用できない。

3 被告は、右主張が容れられなくとも、障害児養育年金及び障害年金相当額については、右年金の所定の給付履行時期までは履行の猶予がなされるべきであると主張するが、その法律上の根拠に乏しく、採用することができない。被告は、右法律上の根拠として労災保険法六七条一項一号の趣旨を類推すべきである旨主張するが、本件において、右規定を類推適用あるいは規定の趣旨を類推する合理的根拠を見出し難く失当である。

六損失補償請求権の相続承継について

本件各被害児のうち、本訴提起前に死亡した者は、別紙Ⅶの表(一)記載の一四名と同表(二)のうち被害児番号42小川健治の合計一五名であり、それぞれの相続人である各原告名とその相続分は、原告各論の各1の該当欄記載のとおりであることは前示のとおりであり、本訴提起後死亡した原告の権利の承継についての原告ら主張事実(請求原因8の事実)は当事者間に争いがない。そこで、右各死亡被害児の相続人たる各原告について、その相続分に応じて死亡被害児から承継した損失補償請求権の額を算出(円未満は切捨てる。)とすると、別紙Ⅷ「死亡被害児の相続人たる原告の相続承継額一覧表」記載のとおりである。

第九  結論

以上によると、原告らの本訴請求は、別紙Ⅱ主文別表記載の原告らについて、その「認容額」欄記載の各金員及び右各金員に対する本件各事故による損失発生の後の日であり、各訴状送達の日の翌日である右主文別表「付帯請求起算日」欄記載の日からそれぞれ支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、右原告らのその余の請求及びその余の原告らの請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用し、右認容金額の三分の一の限度において仮執行を相当と認め、仮執行の免脱宣言は相当でないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井上清 裁判官宮城雅之 裁判官後藤隆)

別紙 Ⅱ

認容金額一覧表

原告番号

原告名

認容額

付帯請求起算日

(昭和年月日)

高倉米一

六六〇七万三〇一二円

五〇・八・五

河島豊

六三五二万〇九四五円

五〇・八・五

塩入信子

三八七三万九九三六円

五〇・八・五

秋山善夫

六五二二万五九一二円

五〇・八・五

吉田理美

六五九六万七一五四円

五〇・八・五

七の一

増田肇

一〇二八万四七七九円

五〇・八・五

七の二

増田恭子

一〇二八万四七七九円

五〇・八・五

清原ゆかり

六六四四万九七九四円

五〇・八・五

小林誠

四二七九万〇二九一円

五〇・八・五

一〇の一

幸長好雄

一三〇二万〇六八七円

五〇・八・五

一〇の二

幸長律子

一三〇二万〇六八七円

五〇・八・五

一一

鈴木旬子

五九九三万九四一四円

五〇・八・五

一二

稲脇豊和

六一六五万六六六三円

五〇・八・五

一三

山本治男

七四〇一万四〇三一円

五〇・八・五

一四

上野雅美

一一六三万四〇七二円

五〇・八・五

一五

金井真起子

一五六六万七六九五円

五〇・八・五

一六

前田憲志

二一六五万三一七八円

五〇・八・五

一七

上田純子

一九五〇万六〇七五円

五〇・八・五

一八

藤本章人

一九七四万三八九八円

五〇・八・五

一九

仲本知加

四四三八万五一二八円

五〇・八・五

二〇

森井富美子

一五五四万二六二五円

五〇・八・五

二一

末廣美佳

四五六七万三二八四円

五〇・八・五

二二

四方正太

五〇四五万八五四一円

五〇・八・五

二三

三好一美

一〇七六万六〇〇三円

五〇・八・五

二四

三好道代

一〇七六万六〇〇三円

五〇・八・五

二五

毛利鴻

一一〇六万四九二一円

五〇・八・五

二六

毛利舜子

一一〇六万四九二一円

五〇・八・五

二七

柳澤康男

一一〇二万六七六五円

五〇・八・五

二八

柳澤二美子

一一〇二万六七六五円

五〇・八・五

二九

常信勇

一一六九万一〇〇三円

五〇・八・五

三〇

常信知子

一一六九万一〇〇三円

五〇・八・五

三一

三原政行

一一八四万一〇〇三円

五〇・八・五

三二

三原洋子

一一八四万一〇〇三円

五〇・八・五

三三

中尾巖

一一八二万五四六一円

五〇・八・五

三四

中尾八重子

一一八二万五四六一円

五〇・八・五

三五

田辺幾雄

一五五八万八〇〇四円

五〇・八・五

三六

田辺美好子

二五九万八〇〇〇円

五〇・八・五

三七

田辺博法

二五九万八〇〇〇円

五〇・八・五

三九

大木清子

六七〇万三八六二円

五〇・八・五

四〇

桑原恵子

六七〇万三八六二円

五〇・八・五

四一

前田訓代

六七〇万三八六二円

五〇・八・五

四二

中野節子

六七〇万三八六二円

五〇・八・五

四五

横山信二

八五一四万五七四六円

五四・一〇・一九

四六

大橋敬規

八五七四万七一一九円

五四・一〇・一九

四七

木村尚孝

一九八八万二三七八円

五四・一〇・一九

四八

田村秀雄

八五一四万五七四六円

五四・一〇・一九

四九

西晃市

四七七〇万〇五五一円

五四・一〇・一九

五〇

矢野さまや

五四九七万八三七八円

五四・一〇・一九

五一

菅ユキエ

五五四八万三〇二三円

五四・一〇・一九

五二

高橋勝己

一四七二万二六六三円

五四・一〇・一九

五三

原雅美

一七〇一万一〇九二円

五四・一〇・一九

五四

池上圭子

七七七万一六六六円

五四・一〇・一九

五五

小川昭治

八二七万三二二五円

五四・一〇・一九

五六

小川良子

八二七万三二二五円

五四・一〇・一九

五七

野々垣幸一

一一四九万二一九六円

五四・一〇・一九

五八

野々垣久美子

一一四九万二一九六円

五四・一〇・一九

五九

原竹彦

一一三四万一〇〇三円

五四・一〇・一九

六〇

原須磨子

一一三四万一〇〇三円

五四・一〇・一九

六一

垣内光次

一一四四万一〇〇三円

五四・一〇・一九

六二

垣内千代

一一四四万一〇〇三円

五四・一〇・一九

六三

山本昇

一一一四万一〇〇三円

五四・一〇・一九

六四

山本幸子

一一一四万一〇〇三円

五四・一〇・一九

六五

安田豊

九五一万七一九六円

五四・一〇・一九

六六

安田明美

九五一万七一九六円

五四・一〇・一九

六七

藤井英雄

一一五九万九六九九円

五四・一〇・一九

六八

藤井鈴恵

一一五九万九六九九円

五四・一〇・一九

別紙 Ⅲ

請求債権目録

原告番号

原告氏名

損害額

(単位千円)

(弁護士費用除く)

弁護士費用

(単位千円)

請求総額

(単位千円)

高倉米一

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

河島豊

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

塩入信子

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

秋山善夫

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

吉田理美

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

七の一

増田肇

六〇、〇〇〇

九、〇〇〇

六九、〇〇〇

増田恭子

六〇、〇〇〇

九、〇〇〇

六九、〇〇〇

清原ゆかり

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

小林誠

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

一〇の一

幸長好雄

六〇、〇〇〇

九、〇〇〇

六九、〇〇〇

幸長律子

六〇、〇〇〇

九、〇〇〇

六九、〇〇〇

一一

鈴木旬子

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

一二

稲脇豊和

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

一三

山本治男

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

一四

上野雅美

五〇、〇〇〇

七、五〇〇

五七、五〇〇

一五

金井真起子

九〇、〇〇〇

一三、五〇〇

一〇三、五〇〇

一六

前田憲志

九〇、〇〇〇

一三、五〇〇

一〇三、五〇〇

一七

上田純子

九〇、〇〇〇

一三、五〇〇

一〇三、五〇〇

一八

藤本章人

五〇、〇〇〇

七、五〇〇

五七、五〇〇

一九

仲本知加

九〇、〇〇〇

一三、五〇〇

一〇三、五〇〇

二〇

森井富美子

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

二一

末広美佳

九〇、〇〇〇

一三、五〇〇

一〇三、五〇〇

二二

四方正太

五〇、〇〇〇

七、五〇〇

五七、五〇〇

二三

三好一美

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

二四

三好道代

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

二五

毛利鴻

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

二六

毛利舜子

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

二七

柳澤康男

二五、〇〇〇

三、七五〇

二八、七五〇

二八

柳澤二美子

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

二九

常信勇

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

三〇

常信知子

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

三一

三原政行

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

三二

三原洋子

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

三三

中尾巖

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

三四

中尾八重子

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

三五

田辺幾雄

四六、六六六

六、九九九

五三、六六五

三六

田辺美好子

七、七七七

一、一六六

八、九四三

三七

田辺博法

七、七七七

一、一六六

八、九四三

三九

大木清子

一七、五〇〇

二、六二五

二〇、一二五

四〇

桑原恵子

一七、五〇〇

二、六二五

二〇、一二五

四一

前田訓代

一七、五〇〇

二、六二五

二〇、一二五

四二

中野節子

一七、五〇〇

二、六二五

二〇、一二五

四三

澤崎慶子

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

四四

高島よう

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

四五

横山信二

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

四六

大橋敬規

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

四七

木村尚孝

九〇、〇〇〇

一三、五〇〇

一〇三、五〇〇

四八

田村秀雄

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

四九

西晃市

九〇、〇〇〇

一三、五〇〇

一〇三、五〇〇

五〇

矢野さまや

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

五一

菅ユキエ

一二〇、〇〇〇

一八、〇〇〇

一三八、〇〇〇

五二

高橋勝己

五〇、〇〇〇

七、五〇〇

五七、五〇〇

五三

原雅美

九〇、〇〇〇

一三、五〇〇

一〇三、五〇〇

五四

池上圭子

二五、〇〇〇

三、七五〇

二八、七五〇

五五

小川昭治

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

五六

小川良子

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

五七

野々垣幸一

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

五八

野々垣久美子

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

五九

原竹彦

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

六〇

原須磨子

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

六一

垣内光次

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

六二

垣内千代

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

六三

山本昇

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

六四

山本幸子

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

六五

安田豊

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

六六

安田明美

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

六七

藤井英雄

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

六八

藤井鈴恵

三五、〇〇〇

五、二五〇

四〇、二五〇

別紙 Ⅳ

表(一) 将来給付額の現価及び給付済額一覧表

被害児

番号

被接種者

(被害児)

生年月日

60.6.1の年齢

平均余名

(昭和59年簡易生命表)

障害の等級

障害児養育年金

在宅月額

1級(98,800円)

2級(58,300円)

施設入所月額

1級(47,800円)

障害年金

月額

1級(203,800円)

2級(133,200円)

3級(100,000円)

死亡一時金

定額

既給付済額

合計

1

高倉米一

31.12.5

28歳

47.90年

S-1級

203,800円×12月×23.8322=

58,284,028円

850,000円×0.2985=

253,725円

19,072,734円

77,610,487円

2

河島豊

35.3.1

25歳

50.78年

S-1級

203,800円×12月×24.7019=

60,410,966円

850,000円×0.2857=

242,845円

21,624,801円

82,278,612円

3

塩入信子

37.4.4

23歳

57.99年

S-2級

133,200円×12月×26.5952=

42,509,767円

850,000円×0.2597=

220,745円

16,238,442円

58,968,954円

4

秋山善夫

32.3.4

28歳

47.90年

S-1級

203,800円×12月×23.8322=

58,284,028

850,000円×0.2985=

253,725円

19,919,834円

78,457,587円

5

吉田理美

39.8.13

20歳

60.93年

S-1級

203,800円×12月×27.3547=

66,898,654円

850,000円×0.2500=

212,500円

17,090,100円

84,201,254円

6

増田裕加子

38.1.13

死亡

26,638,834円

26,638,834円

7

清原ゆかり

46.4.29

14歳

66.84年

Y-1級

98,800円(在宅)×12月×3.5463=

4,225,834円

203,800円×12月×25.2282=

61,698,085円

850,000円×0.2325=

197,625円

16,288,387円

82,409,931円

8

小林誠

39.5.21

21歳

54.60年

S-1級

203,800円×12月×25.8056=

63,110,175円

850,000円×0.2702=

229,670円

15,032,000円

78,371,845円

9

幸長睦子

31.3.29

死亡

26,061,067円

26,061,067円

10

鈴木旬子

31.7.12

28歳

22,798,767円

22,798,767円

11

稲脇豊和

26.8.18

33歳

49.82年

S-1級

203,800円×12月×24.4162=

59,712,258円

850,000円×0.2898=

246,330円

23,489,083円

83,447,671円

12

山本治男

45.9.8

14歳

61.34年

Y-1級

47,800円(施設入所)×12月×3.5643=

2,044,482円

203,800円×12月×24.0374=

58,785,865円

850,000円×0.2469=

209,865円

11,660,700円

72,700,912円

13

上野雅美

38.7.26

21歳

59.95年

S-3級

100,000円×12月×27.1047=

32,525,640円

850,000円×0.2531=

215,135円

8,241,500円

40,982,275円

14

金井真起子

24.12.3

35歳

46.28年

S-3級

100,000円×12月×23.5337=

28,240,440円

850,000円×0.3030=

257,550円

12,689,303円

41,187,293円

15

前田憲志

43.11.30

16歳

8,118,300円

8,118,300円

16

上田純子

40.10.16

19歳

61.91年

S-2級

133,200円×12月×27.6017=

44,118,557円

850,000円×0.2469=

209,865円

7,895,483円

52,223,905円

17

藤本章人

39.9.1

20歳

1,300,000円

1,300,000円

18

仲本知加

45.5.25

15歳

65.85年

Y-2級

58,300円(在宅)×12月×2.7310=

1,910,607円

133,200円×12月×25.8289=

41,284,913円

850,000円×0.2352=

199,920円

10,840,219円

54,235,659円

19

森井規雄

32.7.25

死亡

17,406,339円

17,406,339円

20

末廣美佳

46.1.31

14歳

66.84年

Y-2級

58,300円(在宅)×12月×3.5643=

2,493,584円

133,200円×12月×25.2282=

40,324,754円

850,000円×0.2325=

197,625円

9,305,094円

52,321,057円

21

四方正太

38.5.1

22歳

7,363,750円

7,363,750円

22

三好元信

44.7.30

死亡

6,050,000円

6,050,000円

23

毛利孝子

42.6.21

死亡

6,050,000円

6,050,000円

24

柳澤雅光

40.8.3

死亡

6,175,681円

6,175,681円

25

常信貴正

36.10.25

死亡

4,200,000円

4,200,000円

26

三原繁

34.11.23

死亡

3,900,000円

3,900,000円

27

中尾仁美

38.10.6

死亡

4,200,000円

4,200,000円

28

田辺恵右

38.11.19

死亡

4,200,000円

4,200,000円

29

福山豊子

22.8.6

死亡

4,550,000円

4,550,000円

30

澤崎慶子

38.4.25

22歳

31

高島よう

46.10.29

13歳

4,221,250円

4,221,250円

32

横山信二

42.6.5

17歳

33

大橋敬規

44.4.2

16歳

675,651円

675,651円

34

木村尚孝

42.3.7

18歳

57.46年

S-3級

100,000円×12月×26.5952=

31,914,240円

850,000円×0.2597=

220,745円

9,889,100円

42,024,085円

35

田村秀雄

30.12.28

29歳

36

西晃市

43.5.29

17歳

58.41年

Y-2級

58,300円(在宅)×12月×0.9523=

666,229円

133,200円×12月×25.8992=

41,397,441円

850,000円×0.2564=

217,940円

10,121,740円

52,403,350円

37

矢野さまや

46.5.11

14歳

38

菅美子

27.11.30

死亡

39

高橋勝己

42.12.13

17歳

58.41年

Y-2級

58,300円(在宅)×12月×0.9523=

666,229円

133,200円×12月×25.8993=

41,397,441円

850,000円×0.2564=

217,940円

7,870,755円

50,152,365円

40

原雅美

43.12.23

16歳

41

池上圭子

22.12.2

37歳

42

小川健治

44.9.12

死亡

43

野々垣一世

32.8.25

死亡

4,550,000円

4,550,000円

44

原篤

43.5.31

死亡

4,900,000円

4,900,000円

45

垣内陽告

44.5.9

死亡

4,700,000円

4,700,000円

46

山本実

44.9.10

死亡

5,300,000円

5,300,000円

47

安田美保

49.10.25

死亡

8,500,000円

8,500,000円

48

藤井崇治

42.11.15

死亡

4,700,000円

4,700,000円

12,006,965円

830,897,252円

3,803,750円

423,828,914円

1,270,536,881円

注 1 支給金額(月額)は、昭和60年6月現在の金額を基準にした。

2 平均余命の端数は切り捨て、年として計算した。

3 障害の等級は、現在の等級を基準にした。

障害の等級欄に「S-1級」とあるのは「障害年金の障害1級」であることを、「Y-2級」とあるのは「障害児養育年金の障害2級」であることを、示す。

なお、障害児養育年金の障害の等級と障害年金の障害の等級は必ずしも同一ではないが、同一の等級に認定されるものとして計算した。

4 死亡一時金の額は、17年以上障害年金を受領するものとして計算した。

5 係数は、法定利率による単利ホフマン係数(年別)によった。

6 障害児養育年金から障害年金への切替えがある年の端数月は、障害児養育年金を一年間もらうものとして計算した。

7 障害児養育年金の「在宅・施設入所」の区分は、現在の状況によって区分した。

8 円未満の端数は切り捨てた。

(別紙 Ⅳ)

表(二) 予防接種法の救済制度に基づく将来給付額一覧表

被害児

番号

被接種者

(被害児)

生年

月日

60.6.1

年齢

平均余命

(昭和59年簡易生命表)

障害の等級

医療費

自己負担額

医療手当入院

通院別に定額

障害児養育年金(18歳未満)

障害年金

月額

1級(203,800円)

2級(133,200円)

3級(100,000円)

死亡一時金定額

在宅の場合

月額

1級(98,800円)

2級(58,300円)

施設入所の場合

月額

1級(47,800円)

2級(31,800円)

1

高倉米一

31.12.5

28歳

47.90年

S-1級

予測

不可

予測

不可

47年×12月×203,800円=

114,943,200円

850,000円

2

河島豊

35.3.1

25歳

50.78年

S-1級

予測

不可

予測

不可

50年×12月×203,800円=

122,280,000円

850,000円

3

塩入信子

37.4.4

23歳

57.99年

S-2級

予測

不可

予測

不可

57年×12月×133,200円=

91,108,800円

850,000円

4

秋山善夫

32.3.4

28歳

47.90年

S-1級

予測

不可

予測

不可

47年×12月×203,800円=

114,943,200円

850,000円

5

吉田理美

39.8.13

20歳

60.93年

S-1級

予測

不可

予測

不可

60年×12月×203,800円=

146,736,000円

850,000円

6

増田裕加子

38.1.13

死亡

7

清原ゆかり

46.4.29

14歳

66.84年

Y-1級

予測

不可

予測

不可

(60.6~64.4)

47月×98,800円=4,643,600円

(60.6~64.4)

47月×47,800円=2,246,600円

(66年×12月-47月)

745月×203,800円=151,831,000円

850,000円

8

小林誠

39.5.21

21歳

54.60年

S-1級

予測

不可

予測

不可

54年×12月×203,800円=

132,062,400円

850,000円

9

幸長睦子

31.3.29

死亡

10

鈴木旬子

31.7.12

28歳

11

稲脇豊和

26.8.18

33歳

49.82年

S-1級

予測

不可

予測

不可

49年×12月×203,800円=

119,834,400円

850,000円

12

山本治男

45.9.8

14歳

61.34年

Y-1級

予測

不可

予測

不可

(60.6~63.9)

40月×98,800円=3,952,000円

(60.6~63.9)

40月×47,800円=1,912,000円

(61年×12月-40月)

692月×203,800円=141,029,600円

850,000円

13

上野雅美

38.7.26

21歳

59.95年

S-3級

予測

不可

予測

不可

59年×12月×100,000円=

70,800,000円

850,000円

14

金井真起子

24.12.3

35歳

46.28年

S-3級

予測

不可

予測

不可

46年×12月×100,000円=

55,200,000円

850,000円

15

前田憲志

43.11.30

16歳

16

上田純子

40.10.16

19歳

61.91年

S-2級

予測

不可

予測

不可

61年×12月×133,200円=

97,502,400円

850,000円

17

藤本章人

39.9.1

20歳

18

仲本知加

45.5.25

15歳

65.85年

Y-2級

予測

不可

予測

不可

(60.6~63.5)

36月×58,300円=2,098,800円

(60.6~63.5)

36月×31,800円=1,144,800円

(65年×12月-36月)

744月×133,200円=99,100,800円

850,000円

19

森井規雄

32.7.25

死亡

20

末廣美佳

46.1.31

14歳

66.84年

Y-2級

予測

不可

予測

不可

(60.6~64.1)

44月×58,300円=2,565,200円

(60.6~64.1)

44月×31,800円=1,399,200円

(66年×12月-44月)

748月×133,200円=99,633,600円

850,000円

21

四方正太

38.5.1

22歳

22

三好元信

44.7.30

死亡

23

毛利孝子

42.6.21

死亡

24

柳澤雅光

40.8.3

死亡

25

常信貴正

36.10.25

死亡

26

三原繁

34.11.23

死亡

27

中尾仁美

38.10.6

死亡

28

田辺恵右

38.11.19

死亡

29

福山豊子

22.8.6

死亡

30

澤崎慶子

38.4.25

22歳

31

高島よう

46.10.29

13歳

32

横山信二

42.6.5

17歳

33

大橋敬規

44.4.2

16歳

34

木村尚孝

42.3.7

18歳

57.46年

S-3級

予測

不可

予測

不可

57年×12月×100,000円=

68,400,000円

850,000円

35

田村秀雄

30.12.28

29歳

36

西晃市

43.5.29

17歳

38.41年

Y-2級

予測

不可

予測

不可

(60.6~61.5)

12月×58,300円=699,600円

(60.6~61.5)

12月×31,800円=381,600円

(58年×12月-12月)

684月×133,200円=91,108,800円

850,000円

37

矢野さまや

46.5.11

14歳

38

菅美子

27.11.30

死亡

39

高橋勝己

42.12.13

17歳

58.41年

Y-2級

予測

不可

予測

不可

(60.6~60.12)

7月×58,300円=408,100円

(60.6?60.12)

7月×31,800円=222,600円

(58年×12月-7月)

689月×133,200円=91,774,800円

850,000円

40

原雅美

43.12.23

16歳

41

池上圭子

22.12.2

37歳

42

小川健冶

44.9.12

死亡

43

野々垣一世

32.8.25

死亡

44

原篤

43.5.31

死亡

45

垣内陽告

44.5.9

死亡

46

山本実

44.9.10

死亡

47

安田美保

49.10.25

死亡

48

藤井崇治

42.11.15

死亡

注 1 支給金額(月額)は、昭和60年6月現在の金額を基準にした。

2 平均余命の端数は切り捨て、年として計算した。

3 障害の等級は、現在の等級を基準にした。

障害の等級欄に「S-1級」とあるのは「障害年金の障害1級」であることを、「Y-2級」とあるのは「障害児養育年金の障害2級」であることを、示す。

なお、障害児養育年金の障害の等級と障害年金の障害の等級は必ずしも同一ではないが、同一の等級に認定されるものとして計算した。

4 障害児養育年金からは、特別児童扶養手当又は福祉手当の額を、

障害年金からは、特別児童扶養手当、福祉手当又は障害福祉年金の額を、

それぞれ控除して支給することになっているが、本表ではそれらを控除していない(各原告らは、名目は違っても、総体としてはこの金額相当額を受領し得ることになる。)。

5 該当原告らは旧制度に基づく後遺症一時金を既に受領しているところ、その金額は新制度の障害年金から減額されることになっているが、計算が複雑になるため、本表では減額しないで計算した。

現実の障害年金の支給額は、本表金額より、後遺症一時金及びそれに対する障害年金支給開始月までの利息(年5%複利)を差し引いたものとなる(もっとも、支給額の増額の点を考慮していないところ(注1参照)、増額分でほぼ相殺されるので、この計算方法であっても原告らにそれほど不利な結果とはならないと考える。)。

6 死亡一時金の額は、17年以上障害年金を受領するものとして計算した。

別紙Ⅴ

損害額の減額について考慮すべき事実一覧表

被害児番号

被接種者

接種日

予防接種

他原因

禁忌事項

その他

1

高倉米一

32.4.10

種痘

けいれん素因の存在

けいれんの既往

予診時、けいれんの事実を告げず

2

河島豊

36.2.17

点頭てんかん発症の可能性

3

塩入信子

38.1.10

前屈けいれん(点頭てんかん)発症の可能性

未熟児(二三八〇グラム)、アレルギー体質者、風邪(鼻汁)

一歳以上でもおこる可能性

4

秋山善夫

32.11.26

膀胱炎ないし敗血症の可能性、先天性精薄の可能性

アレルギー体質者

5

吉田理美

41.10.31

6

増田裕加子

38.7.30

二混

てんかん素因の可能性

風邪ぎみ(主張は撤回しても事実は残る。)

7

清原ゆかり

46.11.9

ポリオ

消化不良性中毒症の可能性

病みあがり(下痢後)

8

小林誠

40.3.30

種痘

一歳以上でもおこる可能性

9

幸長睦子

31.10.16

二混?

金属ブジーによる脳損傷(焦点性けいれん)の可能性

10

鈴木旬子

32.2.14

種痘

けいれん素因の可能性

11

稲脇豊和

27.2.12

四歳時の高熱けいれんの影響

12

山本治男

46.10.5

ポリオ

不明

13

上野雅美

39.3.25

14

金井真起子

25.4.21

種痘

15

前田憲志

45.11.17

急性髄膜脳炎(ビールス性)の診断

16

上田純子

41.4.21

一歳以上でもおこる可能性

17

藤本章人

40.5.19

ポリオ

18

仲本知加

46.5.26

種痘

急性小児片マヒ(右側)の診断(左前大脳動脈が細い)

19

森井規雄

33.6.6

ポリオの感染・発症(左足マヒ)、てんかん発症の可能性(精薄)

20

末廣美佳

46.10.21

三混

21

四方正太

38.12.11

種痘

生来的難聴の可能性

一歳以上でもおこる可能性

22

三好元信

45.1.9

23

毛利孝子

45.1.27

24

柳澤雅光

43.3.27

免疫不全、未熟児(二〇七〇グラム)出生

25

常信貴正

37.2.15

細菌感染の可能性(髄液が濁っている。)

26

三原繁

35.3.9

病気上がり(幽門けいれん症の治療)、免疫不全

一歳以上でもおこる

27

中尾仁美

39.9.28

蜂窩織炎の発症

28

田辺恵右

39.8.27

二混

乳児突然死の可能性

29

福山豊子

33.6.23

腸パラ

30

澤崎慶子

39.4.22

種痘

先天性発育遅滞の可能性、点頭てんかん発症の可能性

一歳以上でもおこる可能性

31

高島よう

48.1.29

先天性発語力低下の可能性

32

横山信二

43.2.5

三混②

三混③

点頭てんかん発症の可能性

けいれんの既往

33

大橋敬規

49.3.19

種痘

三七歳の高年齢時出産、精神運動発達遅滞の存在

発達遅滞、湿疹、かぜ

34

木村尚孝

43.9.17

35

田村秀雄

31.5.8

不明

36

西晃市

44.2.18

種痘

吸引分娩・用手剥離

一歳以上でもおこる可能性

37

矢野さまや

46.11.25

三混

てんかん素因の可能性

38

菅美子

29.1.21

百日咳

39

高橋勝己

43.5.16

ポリオ

40

原雅美

44.8.27

三混

てんかん素因の可能性

体力低下(下痢)、アレルギー体質者

41

池上圭子

23.6.20

種痘

自己接種と蜂窩織炎

アレルギー体質者、頭部湿疹

42

小川健治

45.7.2

三混

てんかん発症の可能性、死因は若年性関節リウマチ

43

野々垣一世

33.5.20

種痘

未熟児(二三〇〇グラム)出生

44

原篤

43.11.14

ポリオ

特発性呼吸マヒの可能性

45

垣内陽告

44.11.21

消化不良性中毒症の可能性

慢性栄養障害・胸腺肥大・鵞口瘡・右無気肺、脱腸手術後(一か月半)

46

山本実

45.4.15

種痘

麻疹の罹患・内攻の可能性

一歳以上でもおこる可能性

47

安田美保

50.9.2

48

藤井崇治

43.12.4

インフル

注1 「他原因」欄中には当事者間に争いのある事実(例えば、てんかん発症の可能性など)があるが、これは、このような可能性も存する点を考慮すべきとの趣旨によるものである。

2 「その他」欄中の、「一歳以上でもおこる可能性」というのは、原告らが被告の具体的過失として「種痘を一歳未満に接種したこと」を挙げているところ、一歳以上であっても副反応事故が零になるわけではないから、この過失を認定される場合には、一歳以上で接種しても同じように副反応事故が発生したかもしれない可能性が十分ある点を考慮すべきとの趣旨によるものである。

別紙 Ⅶ

表(一) 死亡被害児の認定損失額一覧表(その一)

被害児

番号

被害児

氏名

性別

生年

月日

(昭和)

接種

年月日

(昭和)

接種時

年齢

死亡

年月日

(昭和)

死亡時

年齢

逸失利益

慰謝料

既給付額

合計額

22

三好元信

44.7.30

45.1.9

5か月

45.1.19

5か月

178万4700円×0.6×16.4192=

1758万2007円

1000万円

△605万円

2153万2007円

23

毛利孝子

42.6.21

45.1.27

2歳7か月

45.2.14

2歳

7か月

152万5600円×0.7×17.0236=

1817万9842円

1000万円

△605万円

2212万9842円

24

柳澤雅光

40.8.3

43.3.27

2歳7か月

43.5.2

2歳

8か月

178万4700円×0.6×17.0236=

1822万9211円

1000万円

△617万5681円

2205万3530円

25

常信貴正

36.10.25

37.2.15

3か月

37.2.26

4か月

178万4700円×0.6×16.4192=

1758万2007円

1000万円

△420万円

2338万2007円

26

三原繁

34.11.22

35.3.9

3か月

35.3.28

4か月

178万4700円×0.6×16.4192=

1758万2007円

1000万円

△390万円

2368万2007円

27

中尾仁美

38.10.5

39.9.28

11か月

39.10.6

1歳

152万5600円×0.7×16.7156=

1785万0923円

1000万円

△420万円

2365万0923円

28

田辺恵右

38.11.19

39.8.27

9か月

39.8.27

9か月

178万4700円×0.6×16.4192=

1758万2007円

1000万円

△420万円

2338万2007円

29

福山豊子

22.8.6

33.6.23

10歳9か月

33.6.24

10歳

9か月

152万5600円×0.7×20.0066=

2136万5448円

1000万円

△455万円

2681万5448円

43

野々垣一世

32.8.25

33.5.20

8か月

33.5.31

9か月

152万5600円×0.7×16.4192=

1753万4392円

1000万円

△455万円

2298万4392円

44

原篤

43.5.31

43.11.14

5か月

43.11.25

5か月

178万4700円×0.6×16.4192=

1758万2007円

1000万円

△490万円

2268万2007円

45

垣内陽告

44.5.9

44.11.21

6か月

44.12.9

7か月

178万4700円×0.6×16.4192=

1758万2007円

1000万円

△470万円

2288万2007円

46

山本実

44.9.10

45.4.15

7か月

45.4.22

7か月

178万4700円×0.6×16.4192=

1758万2007円

1000万円

△530万円

2228万2007円

47

安田美保

49.10.25

50.9.2

10か月

50.9.8

10か月

152万5600円×0.7×16.4192=

1753万4392円

1000万円

△850万円

1903万4392円

48

藤井崇治

42.11.15

43.12.4

1歳

43.12.5

1歳

178万4700円×0.6×16.7156

1789万9398円

1000万円

△470万円

2319万9398円

(別紙 Ⅶ)

表(二)死亡被害児の認定損失額一覧表(その二)

△控除分

被害児

番号

被害児氏名

性別

生年

月日

(昭和)

接種年月日

(昭和)

接種時

年齢

死亡

年月日

(昭和)

死亡時

年齢

要介護(助)

期間

逸失利益

介護(助)費

慰謝料

既給

付額

合計額

6

増田裕加子

38.1.13

38.7.30

6か月

58.6.10

20歳

4か月

Aランク

19年

152万5600円×0.7×16.4192=1753万4392円

150万円×13.1160=1967万4000円

1000万円

△2663万8834円

2056万9558円

9

幸長睦子

31.3.29

31.10.16

6か月

58.3.1

26歳

11か月

Aランク

26年

152万5600円×0.7×16.4192=1753万4392円

150万円×16.3789=2456万8050円

1000万円

△2606万1067円

2604万1375円

19

森井規雄

32.7.25

33.6.6

10か月

57.9.19

25歳

1か月

Cランク

24年

178万4700円×0.6×16.4192=1054万9204円

80万円×15.4997=1239万9760円

1000万円

△1740万6339円

1554万2625円

38

菅美子

27.11.30

29.1.22

1歳

1か月

60.9.4

32歳

9か月

Aランク

31年

152万5600円×0.7×16.7156=1785万0923円

150万円×18.4214=2763万2100円

1000万円

0円

5548万3023円

42

小川健治

44.9.12

45.7.2

9か月

54.7.8

9歳

9か月

Aランク

5年

0円

150万円×4.3643=654万6450円

1000万円

0円

1654万6450円

(別紙 Ⅶ)

表(三)Aランク生存被害児の認定損失額一覧表

△控除分

被害児

番号

被害児氏名

性別

生年月日

(昭和)

接種

年月日

(昭和)

接種時年齢

要介護期間

逸失利益

介護費

慰謝料

既給付額

合計額

1

高倉米一

31.12.5

32.4.10

4か月

74年

178万4700円×16.4192=

2930万3346円

150万円×30.5616=4584万2400円

1000万円

△1907万2734円

6607万3012円

2

河島豊

35.3.1

36.2.17

11か月

74年

178万4700円×16.4192=

2930万3346円

150万円×30.5616=4584万2400円

1000万円

△2162万4801円

6352万0945円

4

秋山善夫

32.3.4

32.11.16

8か月

74年

178万4700円×16.4192=

2930万3346円

150万円×30.5616=4584万2400円

1000万円

△1991万9834円

6522万5912円

5

吉田理美

39.8.13

41.10.31

2歳8か月

78年

152万5600円×17.0236=

2597万1204円

150万円×31.3907=4708万6050円

1000万円

△1709万0100円

6596万7154円

7

清原ゆかり

46.4.29

46.11.9

6か月

80年

152万5600円×16.4192=

2504万9131円

150万円×31.7927=4768万9050円

1000万円

△1628万8387円

6644万9794円

10

鈴木旬子

31.7.12

32.2.14

7か月

80年

152万5600円×16.4192=

2504万9131円

150万円×31.7927=4768万9050円

1000万円

△2279万8767円

5993万9414円

11

稲脇豊和

26.8.18

27.2.12

5か月

74年

178万4700円×16.4192=

2930万3346円

150万円×30.5616=4584万2400円

1000万円

△2348万9083円

6165万6663円

12

山本治男

45.9.8

46.10.5

1歳

74年

178万4700円×16.7156=

2983万2331円

150万円×30.5616=4584万2400円

1000万円

△1166万0700円

7401万4031円

32

横山信二

42.6.5

43.2.5

43.3.6

8か月

9か月

74年

178万4700円×16.4192=

2930万3346円

150万円×30.5616=4584万2400円

1000万円

0円

8514万5746円

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